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第3章2 [メロディー・ガルドーに誘われて]


『お元気ですか、この季節は少々苦手で早く落ち着かないものかと思っています。きっと沙羅さんも私と同じような毎日を過ごされているのかと想像しています。
 沙羅さんの知り合いのカズさんのお宅を訪問するのを楽しみに待っていましたが、急に思い立ち旅行に出かけることにしました。出かけると言うよりも、この季節の日本から脱出したいというのが正直な気持ちです。沙羅さんにも時々話していました世界一周の旅です。予算は二百万と心細いのですが、何かに急に背中を押されたような気がします。
 それから、その青い塊はまだ誰にも話していません。私がUFOに乗り、戻ったときに手に握っていたものです。自分でもいつの間にこんな物を握ったのか記憶にありませんし、この青い塊の正体は不明です。沙羅さんにこれを送ったのは、なんと言えばいいのでしょうか、これを持ち続けることに少し疲れたのです。これが部屋の中にあるだけで、脳内のどこかが常に研ぎ澄まされているような感じがするのです。しかし、旅の間、部屋に置きっ放しにするのも妙に心配なのです。それで、私が旅から戻るまで沙羅さんに預かっていただきたく一方的に送ってしまいました。自分が疲れたから持っていて欲しい、旅行に行くから預かって欲しいとは、自分でも呆れてしまう言い草ですが、それでもなぜか、沙羅さんにしばらく持っていて欲しいと思ったのです。もしかしたら私よりも沙羅さんが持つ方が正解なのかも知れません。本当に勝手なことを言って申し訳ありません。よろしくお願いします。身勝手な振る舞いをお許し下さい』
 紗羅は手紙を読むと、もう一度その半透明の青い塊を色々な角度から注意深く観察した。
材質は石のようでもあるし、何かしらの樹脂製のようにも見える。指先で擦るようにすると、ガラスのような滑らかさが伝わってくる。淳子さんは脳内のどこかが刺激されるようだと伝えているが、紗羅にはその感覚はわからない。しかしUFOから持ち帰ったというのが真実なら、人類史上最大最高の出来事であることは間違いない。そんな代物を紗羅に預けようというのだ。本当ならこの変な塊は厳重なセキュリティに守られ、世界中の天才たちの頭脳を使って分析され研究されて当たり前なのだ。それを淳子さんは宅急便で送りつけてきたのだ。紗羅はしばらく考え込んでしまったが、淳子さんの言うとおりに自分が保管するしかない。こんな小さな石ころ一つ、引き出しの奥に放り込んで置けばいいのだが、妙な存在感に紗羅の心がジワジワと圧迫されているのを感じた。

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第3章1 [メロディー・ガルドーに誘われて]


「それはサークルの仲間も同じ考えで、最初はみんなそう思ったわ。専門家の診断を仰いだわけじゃないけど、二人とも模範的と言っていいくらい立派な社会人で、責任ある仕事をしているし何の問題もないわ。もちろん人格とか性格とかもね。結論を言えば、サークルの仲間は信じたわ」
 紗羅の顔に強い意志が浮かんでいる。
「なるほどね、そういう話に真偽を確かめもせず飛びつく人は多いけど、紗羅のサークルの人たちは違うってことだね」
カズは沙羅を見て言った。
「そうよ、興味本位だけの人はいないわ。自分の見たことや経験したことに真摯に向き合う人たちばかりだと思う。だから私は仲間を信頼しているの。でも自分で確かめるのが一番だと思うわ。ここに呼んでもいい?」
 紗羅が訊くと、カズはいつでもいいと応えた。
         第三章
 桜の花びらが舞い始めると、心がざわざわと落ち着きをなくす。紗羅はこの時期が苦手でついつい部屋の中に閉じこもってしまう。今まで仕事が長続きしなかったのはこの時期を乗り越えられず、五月に限界を迎えて仕事を辞めてしまうからだ。
 サークルの友達をカズの家に連れて行くと言いながらまだ実現していない。ビザールにもしばらく顔を出していないし、祐介とも連絡を取っていない。祐介から連絡が来ないのはきっとカズから様子を聞いているのだろうと紗羅は思っている。だから自分からも連絡しない。落ち着いてくるのは梅雨に入る頃からだけど、今年はもっと早く動けそうな気がしている。
「紗羅に宅急便が来たわよ」
 母の呼ぶ声で、まどろんでいた体がピクンと反応した。時計を見ると時計の針は午後二時を示している。アマゾンでポチした記憶はないし、何だろうと階下に下り、玄関脇に置いてある小さな包みを手に取った。
 差出人を見ると、飯野淳子と書いてある。サークルの友達でカズの家に連れて行くと約束している人だ。十歳ほど年上で、出版社で働いている。特に思い当たる節もない。何を送ってきたのだろうか。紗羅はガムテープを剥がしながら部屋へ戻った。大きさは十センチ四方の紙製の箱のようだ。中を開けるとクッション材に何かが丁寧に包まれ、その横に四つ折りになった紙が見える。クッション材の中身が気になり包装を解くと、中から青い小さな塊が出てきた。ピンポン球くらいの大きさで、完全な球体ではなく、所々に凹みが見える。これは一体何なのか、紗羅は手の平に乗せてあらゆる角度から眺めてみたが見当が付かない。折りたたまれた手紙を広げると、淳子さんらしい丁寧に書かれた文字が並んでいた。


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第2章17 [メロディー・ガルドーに誘われて]


「飲んでるか?」
 カズがバスタオルを頭から被りながらリビングに入ってきた。
「これから私のUFO体験を話すところだからね、余計なこと言わないでよ」
 紗羅がカズを見ながら言うと、カズはハイハイと頭を動かしてソファーに座った。
「最初の体験は中学一年の夏、ビザールで話した通りよ。あのとき由美と私二人だけで屋上にいたら、今頃地球上にはいないかも知れないわ」
「あのときの由美ちゃんは普通じゃなかったね、俺のせいでUFOが来なかったとひどく責められたよ」
 カズは紗羅を見ながら言った。
「今は私と一緒のサークルで活動してるけどね、今でもあの日に戻ってUFOと一緒に行きたいって言うわ」
「由美さんも呼ばれてたんだね」
 祐介が言った。
「慎太郎君と同じよ、呼ばれたって言ってた」
 紗羅はそう言うとコップに手を伸ばした。
「紗羅のまわりは不思議な友達が多くて驚くよ。というか、紗羅のまわりに吸い寄せられてるような気がするよ。祐介君もまんまと吸い寄せられたようだね」
 カズはそう言うと祐介の方をポンと叩き、レコードを選びに立った。
「私もそう思うわ。だってね、別に呼びかけたわけでも探したわけでもないのに、いつの間にか同じような仲間が祐介さんを入れて三十三人ね。こんな活動をしているとね、情報が不思議といつの間にか集まるのよね」
「類は類を呼ぶか、不思議だね。同類を嗅ぎ分ける優秀なセンサーがあるんだね」
 カズは次の盤を探しながら言った。
「サークルにUFOに乗った経験のある人がいるとか言ってたよね、本当なの?」
 祐介が訊いた。
「サークル仲間でUFOに乗ったことのある人は二人いるわ。慎太郎君みたいに呼ばれたというのは同じよ。興味本位のテレビ番組や出版物で言われているような話とは全然違うわ。よくあるのは、誘拐されて体を調べられたとか、妊娠させられたって話が有名だけど、そんなことはなかった。アブダクションじゃなくて自分の意思で乗ったのよ。真偽を確かめる方法はないけど、私は本当だと思ってる」
 紗羅が言った。
「呼ばれて、誘われて、自発的に乗ったってこと?」
 祐介はソファーから身を乗り出すようにして訊いた。
「私が聞いた限りではその通りよ」
「そういう風変わりな主張をする人は、何か心理的な問題を抱えているような気がするけど、その辺りは大丈夫なの?」
 カズは心配そうに訊いた。

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ちょっと困ったなぁ [小説について]


 「メロディー・ガルドーに誘われて」を書き続けていますが、展開が地味すぎると感じています。子供の頃にUFOを見た、というのが物語の発端になるのですが、なかなか次のステージに進めません。ああだこうだと、登場人物が感想を述べ合うような退屈な展開に終始しています。動きが少ない、大きな変化もない。なんだか、つまらない会議に延々と付き合わされているような気分です。書いていてそう思うのだから、読んでいる人はなおさらだと思います。ああ、困ったなぁ。劇的な展開は思い描いているのですが、やり過ぎると、おいおい、それはあまりにも現実離れしすぎだろうと思ってしまいます。

 でも、今回はそんなことは気にせず、大胆な(自分の中では)展開、あり得ないような展開にしてみようと思っています。

 文章上達のこつは、とにかく書くとこ意外にないと思っています。質より量です。量を重ねれば、多少はじょうたつするのかなぁ・・・とかすかな希望を抱きながら今後も、楽しみながら小説を書いていこうと考えています

 最後に、なんちゃって・・・いつも書いてから恥ずかしくなるのです。



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第2章16 [メロディー・ガルドーに誘われて]


 久しぶりのカズの家は、前回来たときと同じように、時代に取り残された古き良き時代の風格を醸し出している。そして紗羅も前回と何一つ変わらない振る舞いを見せてカズの家に入っていった。紗羅はキッチンに直行し、カズはアンプの電源を入れた。いつものルーティーンなのだろう。年季の入ったテーブルにビールが並ぶと、暖まった真空管が働き始め、サックスの気怠そうな音が鼓膜を揺らし始めた。
「とりあえずツナ缶ね」
 紗羅はそう言うと手際よくガラス製の器に移した。
「俺はシャワーだな」
 カズはそれだけ言うと廊下の奥に消え、祐介はキッチンに立つ紗羅の後ろ姿を眺めながら冷えたビールを喉に流し込んだ。ここで飲んでいるのは夢の中の自分のような気がしてまだ信じられない。ビザールもそうだが、このリビングも居心地が良すぎるのだ。自分は社交的ではないし、どちらかと言えば人との関わりは苦手な方なのにまるで自分の部屋のように振る舞えている。紗羅とカズの魔法にまんまと引っかかったか、それとも紗羅とカズが俺の中にある何かを呼び覚ましてしまったのだろうか。祐介は今まで自分が他人に感じていた距離感がどこに消えてしまったのだろうかと不思議で仕方がない。距離が近いとかじゃなくて、重なってしまうのだ。そしてそれが心地よいのだ。突然UFOの記憶を思い出したのはこの心地よさと関係があるような気がしている。
「どうしたの、静かね」
 紗羅が冷や奴をテーブルに乗せ、サックスの音色は祐介の心の奥にまで忍び込んだ。
「不思議だなって思ってた」
「何が不思議なのかな~」
 紗羅は祐介の目を悪戯っぽく覗き込みながら訊いた。
「紗羅という名前の謎の女」
 祐介も紗羅の目を覗き込みながら言った。
「その女は宇宙人よ。気をつけた方がいいわ。きっと地球の男を騙そうと思ってる」
 紗羅が言うと、
「宇宙人の女なら喜んで騙されるよ、宇宙人に騙された地球人第一号だ」
 と祐介は笑った。
「考えたら不思議なことばかりだわ。祐介さんだって不思議の塊よ。不思議だなって思わない方が不思議だと思わない? だって、世の中不思議なことだらけなのに、みんな平気な顔して暮らしてる。私はそれが不思議だわ」
 紗羅は祐介のコップにビールを注いだ。
「そうだね、何から何まで不思議だよ。でも一番不思議なのは、今ここでビールを旨そうに飲んでいることかな」
 そう言うと祐介はビールを喉に流し込んだ。
「私の一番は勿論UFOだわ。不思議が溢れてくるの」
 紗羅はそう言うと、冷や奴を口に入れた。
「沙羅さんのUFO体験をもっと聞かしてくれない?」
 祐介が訊くと、紗羅は箸を置いて天井を見上げた。

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第2章15 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「UFOを見たのは本当よ。あのときカズがいなかったら私も今頃行方不明かも知れないわ、マンション屋上から忽然と消えた中学生ってね。何も証拠がないから信じてくれたのは母とカズだけ。学校の友達は皆面白がって、しばらくは二人とも珍獣扱いだったわ。でもすぐ飽きられた。だって本当だとしても何がどうなるわけでもないし、へぇ、それでってなるのよ。だからね、それからはUFOの話は誰にもしてないわ。だからサークルに入って仲間内で情報を共有して話したり、調べたりするようになったって訳なの」
 紗羅はそう言うとコーヒーを口に運んだ。
「もしかしたらさ、UFOを見たことのある人はたくさんいるかも知れないね。俺たちのようにね」
 祐介も冷めかけたコーヒーを口に運んだ。
「その通りよ。東京サークルのメンバーは三十二人だけど、全員接近遭遇経験者よ。UFOが頻繁に来て人間を乗せる話はサークル内では常識ね。実際に乗ったことのある人の話も聞いたわ。宇宙人は仲の良いお隣さんよ」
 紗羅は当たり前のように言った。
「それは初耳だぞ、詳しく聞かせろよ」
 カズはアンプのボリュームを絞ると、身を乗り出すようにして言った。
「そうね、アブダクションの話はしてなかったわね。UFOの話は飲み会で時々ネタにすることもあるし、不思議がってもらえることもあるけどアブダクションの話はちょっと次元が違うのよね。カズだってママだって、話を聞けばきっと何か怪しいことに巻き込まれているか精神的な問題を抱えていると思うわ。でなければ、UFOはタクシーじゃないし、ゴミ出しで出会うお隣さんとも違うだろうと突っ込まれるのが関の山ね。絶対本気じゃ聞いてもらえないと思う。図星でしょう?」
 紗羅は大きな目でカズを睨むように言うと、カズはしばらく天井を見上げて黙っていた。
「アブダクションか……。確かにそれは信じがたいね。だけど、冷静に考えてみると、これだけ目撃情報が世間に溢れているんだからね、まぁ、乗った人がいたって不思議ではないということになるよね。いや、それでもあり得ないよ、もしそれが本当に事実だったとしても世間は絶対に認めないね。もし認めてしまったら、世界の存在そのものが揺らいでしまうと思うよ。人間を凌駕する存在を認めるんだよ、目に見える神を認めることになる。世界のバランスが根底から崩れて混乱するよ」
 カズはそう言うと又考え込んだ。ビル・エヴァンスのピアノが響いている。
「今夜はカズのところに泊まりね」
 紗羅はそう言うと店内の椅子を片付け始め、祐介も手伝った。

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第2章14 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 終電前に客はいなくなり、いつもの時代遅れのジャズ喫茶に戻った。換気扇を強にしてたばこの煙を地上へ追い出したが、匂いはいつまでも残る。そこにコーヒーの香りが漂うと、地下室のビザール独特の味わいが漂い始める。この味わいは壁の向こうの地中からやってくるのかも知れないし、床下の得体の知れないカビが謎の胞子を放っているのかも知れない。
「京都の話の続きだけど、慎太郎君は裏山で消えたってこと?」
 カズは待ちかねたように訊いた。
「そうなの、裏山よ。間違いなくUFOだわ。カズもそう思うでしょう?」
 紗羅が言った。
「いきなりUFOと決めつけるのはどうかと思うけど、状況は何かありそうな気がするね。祐介君はどう思う?」
「俺はUFOをこの目で見たからね、慎太郎君がUFOに乗ってどこかへ行ったって何の不思議もないと思う」
 祐介には確信があった。UFOのことを思い出したときは、自分の記憶に自信が持てなかったし、慎太郎君の存在も自信がなかった。しかし裏山に登り思い出の場所に立ったときにありありとあの日の情景が目に浮かび、慎太郎君の存在も確信することができた。行方不明になったのはその十日後で、それが一本の糸で繋がったのだ。
「紗羅は似たような事例をたくさん知っているんだろう?」
 カズが訊いた。いつの間にか聞き覚えのあるピアノ曲に変わっている。ジャケットを見るとビル・エヴァンストリオだった。
「一番の事例は私よ。カズもよく知ってるでしょう、中学一年だったわ」
 紗羅はそう言うと横目で祐介を見た。
「え、事例って沙羅さんもUFO見たの? なんで今まで教えてくれなかったの?」
 祐介は意外なカミングアウトに驚いて訊いた。
「同じ体験者がそばにいるとね、記憶とかに変なバイアスがかかることがあるのよ。同じような事例を調べたときに、私の体験を話すとね、曖昧な記憶を確かなことと思い込んでしまったり、間違った記憶を正しい記憶だと勘違いすることがあるの。だから今まで黙っていたの」
 紗羅はそう言うと申し訳なさそうに微笑んで見せた。
「どんなだったの、沙羅さんの見たUFOは」
 祐介は紗羅の顔をのぞき込むようにして訊いた。
「祐介さんと似ているわ、私も友達と見たの。東京のど真ん中、うちのマンションの屋上よ、薄暗くなりかけた夕暮れだったの。何気なく友達を見たらね、黙って空を見上げて指さしてたわ。指さす方を見るといたの。銀色の目立たないUFOだった。オレンジ色の光もなく無音で空中にいたの。真上よ、十メートルくらいだった。大きさも祐介さんが見たのと同じくらいだと思うわ」
「それだけ?」
「うん、二人で黙って見上げてた」
「で、それから?」
「それだけなの、そんなに長い時間じゃなかったと思う。あっという間にいなくなった」
 紗羅は素っ気なく言った。
「その友達は?」
「いるよ、私と一緒にサークル活動をしてるわ。二人とも記憶は確かよ、見間違いでも思い込みでもないわ。間違いなくUFOだった。カズも知ってるよね」
「俺は見ていないけど、あの日のことはよく覚えているよ。会社に電話ですぐ来いって言うんだ。お母さんとは連絡が付かないと言うから行くしかなかったんだ。で、何事かと思ったら屋上へ連れて行かれて、UFOを見たって話だった。もう一度現れるからと言われて三時間も屋上にいたよ。来なかったけどね。俺が邪魔だったようだ」
 カズは紗羅を見て笑った。

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第2章13 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 桜の花びらが舞い散り、浮かれた空気もやや落ち着きを取り戻しつつある。フィールドワークと称した丹波篠山探訪の旅は、裏山に登り近くの古墳を見学しただけで東京に戻った。急いで帰る必要もなかったが、祖父母の家に長居するのも気が引けるし、他に行きたいところも思いつかなかった。慎太郎君の家に行こうと思ったが、家族はどこかに引っ越して消息は誰も知らなかった。
 祐介と紗羅は相変わらず無職のままだ。東京に戻り一週間ほど過ぎた金曜の夜にビザールで紗羅と待ち合わせた。いつもと違って客が多く、カウンターの隅にどうにか二人分の席を確保した。
「今日は盛況ですね」
 祐介はカズに声をかけた。紗羅はまだ来ていないようだ。
「ああ、ちょっと雑誌で紹介されたからね、ご覧の有様だよ。頼んだ訳じゃないのにね」
 それだけ話すと、カップにコーヒーを注いだ。店内を見廻すとコーヒーを待っている客が何人かいる。
「手伝いましょう」
 祐介はそう言うとお盆にコーヒーを乗せて運んだ。コーヒーを出しても気がつかない客もいて、目を閉じて体を小さく揺らしている。指にたばこを挟んでいる客も多く、照明に照らされた煙が視界を悪くしている。小さな換気扇が動いているが、こんなところに一日いたらそれだけで呼吸器が音を上げそうだ。他人の煙は毒以外の何ものでも無い。
 祐介がコーヒーを運び終わると紗羅がやって来た。狭い通路をキョロキョロしながらカウンターに近づくとカズの目の前に座った。
「また雑誌のコラムか何か?」
 紗羅は店内を見廻しながら訊いた。
「年代物のスピーカーが珍しいって何かの雑誌に写真が載っただけだよ。一週間もすれば落ち着くよ。京都はどうだった?」
 カズはコーヒーを注ぎながら訊いた。
「そうね、収穫ありよ。慎太郎君が幻じゃないってことが確認できたわ」
「それじゃ、二人でUFO見たってことも確認できたのかな」
 カズは客の迷惑にならないように、顔を近づけて訊いた。
「それがね、二人でUFO見た日から十日後に行方不明になって、そのまま今も行方不明のままなの。でね、最後に目撃されたのが、裏山への入り口なの」
 紗羅もカズの顔のそばで話した。カズは黙って顔を上下に動かすと、
「未確認てことか。行方不明とはただ事じゃないね」
 そう言うとレコードを手に取ってターンテーブルに乗せ、会話はそこで終わった。他の客が迷惑そうにカウンターに目を向けたからだ。

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第2章12 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「最後に目撃されたのがこの裏山の入り口だからね、きっとここまで来ていたと思う」
 祐介はコンパスの動きを見ながら松の木の下まで移動すると、ここがむしろを敷いた秘密基地だったことを思い出した。モノクロ写真のように浮かび上がった慎太郎君の姿は空を見上げて立っている。突然だった。慎太郎君が〈呼んでる!〉と声を出し、祐介はその声で空を見上げた。あの日の出来事が脳裏に蘇る。彼はUFOに呼ばれていたのだ。
「慎太郎君は呼ばれてここに来て、そしていなくなったと思う」
 祐介は石ころだらけの広場を見ながら言った。
「呼ばれて?」
 沙羅は祐介の顔をのぞき込むようにして訊いた。
「UFOが来ることを知っていたんだ。行方不明になった日も呼ばれたんだ。そしてここでいなくなったと思う」
「どういうこと?」
 沙羅には確信があったが、あえて祐介に訊いた。
「UFOに乗って行ったと考えるのが妥当だと思う。常識では考えられないことだし、そんなこと誰も信用しないけど。だけどそれが真実だと思う」
「同じね。私もそう思うわ。そんなことありえないと思うようなことを真面目に考えることが大切なのよ。でないと宇宙の進歩について行けないわ」
「宇宙の進歩?」
「ごめんね、これはサークルでの言い方だったわ。深い意味はないのよ、人類と地球外の知的生命体がそれぞれ個別に進化する段階は終わって、お互いが影響し合いながら進化する段階を迎えたって意味なの」
 沙羅は当然の考えであるかのように話した。
「宇宙で人類はひとりぼっちと言うのが世間の常識だと思うけど、沙羅さんの仲間は違うんだね」
「祐介さんだってそうでしょ。だって友達の慎太郎君が円盤に乗って遠くの星に行ったと思ってるんだからね」
 沙羅はそう言うと笑って見せた。
「俺はUFO見たからね、あんなもの見ると何でもありと思えるよ。人間の子供が誘われて行ってしまうのも当然ありだよね。どこへ行って今頃何してるのかと思うけどさ、時間だって、それこそ浦島太郎みたいにさ、こちらの百年は別の世界では数分かも知れないし、慎太郎君はほんのちょっと内緒で出かけてる感覚かも知れないよね」
 祐介は空を見上げながら言った。もしかしたら慎太郎君に見られているような気がして雲の隙間を探した。
「久しぶりにこの場所に立って何か感じる?」
 紗羅も同じように空を見上げながら訊いた
「俺は呼ばれなかった……けど、どこかで繋がってるような気がする」
 祐介は足下の小石を拾うと、子供の頃を思い出すように眼下に投げた。見ていた紗羅も同じようにして投げた。眼下の由良川まで届きそうな気がするが、小石は木々の間に吸い込まれ、カサリと音を立てるだけだ。
 鉄橋を渡る電車が小気味良い音を響かせながら渡り、祐介と紗羅は風景の一部になったように小石だらけの広場に二人のシルエットを伸ばしている。
「UFOはいいやつだと思う?」
 祐介が訊いた
「どうかしら、悪いやつなら今頃人類は何かに利用されてると思うわ。色々調べたけど、たまたまじゃないのよね、慎太郎君のことも、祐介さんが急に思い出したこともね。もしかしたら私がここに来たこともそうかも知れない」
 紗羅の小指が風に吹かれて揺れるように動き、並んだ祐介の小指に触れる。祐介は黙って下界を眺めているが、紗羅の指が触れるたびに心臓が反応している。
「そろそろ行く? 早く下りないと暗くなっちゃうわ」
 紗羅が言った。
「現場検証はもういいの?」
 祐介が訊くと、紗羅は広場にうずくまるようにして小さな小石を二つ拾った。その小石を手の平に乗せて祐介に見せると、
「証拠品ね」
 と言って一つを祐介の手に握らせた。
「広場と磁気を確認できたから十分よ、それと小石ね」
 紗羅はそう言うと祐介の手を握り斜面を下り始めた。祐介は紗羅が滑り落ちないように注意深く手を引き、入り口の大岩を過ぎてようやく繫いだ手を離した。
 二人は翌朝早く綾部を発ち、十数時間かけて東京までたどり着いた。

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第2章11 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 昼食後一休みすると紗羅は祐介の肩をポンと叩き、
「さぁ、裏山に登るわよ」
 と嬉しそうに言った。祐介は一眠りしたいと思ったが、嬉しそうな紗羅の顔を見て諦めた。
 祖父の家から裏山の入り口までは五十メートルほどで、裏口からよく見える。祐介は目印の大きな岩を探したがここからではよくわからない。細い道を行くと、伸びた雑草の間に腰くらいの高さの岩を見つけた。記憶ではもっと大きかったが、これが入り口の岩に間違いないだろう。あとは木を掴みながら上を目指せば頂上に着くはずだ。低い山だからそれ程時間はかからない。笹や木の枝が顔に触れたり足に絡みついて面倒だが、それらを踏みつけながら登るとようやく木々の隙間から空が見えてきた。もう少しだが、頂上の直前だけちょっとした崖のようになっていて、木の幹から幹へ抱きつくようにしながらやっと頂上へ着いた。もう少し広いと思っていたが、テニスコート位の広さしかなく、その周囲を木々が取り囲むようになっている。頭頂部だけ禿げた頭のようだ
「ここでUFOを見たの?」
 息を切らしながら沙羅が訊いた。
「そう……ここだ。昔とほとんど変わらない」
 祐介は周囲を見わたしながら言った。
「ここだけ木も雑草もないわね」
 紗羅はそう言うとポケットからなにか取り出して辺りを歩き始めた」
「何してるの?」
 祐介は沙羅の後から訊いた
「地磁気を調べてるの。UFOの現れた場所は地磁気が狂っていることが多いの。理由はわからないけど、UFOが磁力と関係があることは確かだと思うわ」
 紗羅は振り返り、手の中のコンパスを見せてくれた。コンパスの針は急に回り出したり、地面に吸い寄せられるように傾いたり、不自然で奇妙な動きをしている。
「有り得ないでしょう、ここの磁場はまるで嵐みたい。祐介さんも調べてくれる?」
 祐介は紗羅の手からコンパスを受け取ると、同じように辺りを歩きまわった。雑草や樹木の生えているところでは正常に北を指しているが、草木の生えていない石ころだらけのところへ行くと、コンパスが狂ったように動き出す。まるで見えない生き物が暴れているような気がする。
「あり得ない、こんなの見たら俺の脳細胞も狂いそうだ」
 祐介は何かを警戒するように辺りを見廻したが、何一つ変わったところは見当たらない。西に傾けかけた太陽が辺りの木々をセピア色に染め始めた。
 何百年、いや何千年も前からこの山は同じように西日に照らされ、木々は栄養を蓄え成長してきたはずだ。そう考えると山頂の石ころだらけの広場は不自然に思える。人間の手の入った形跡はないし、仮に何かの手が入ったとしても、これほど見事に地表がむき出しになったままになることはないはずだ。桜の咲く季節になれば待ちわびたように雑草が伸び始めるからだ。
「慎太郎君はこの裏山で行方不明になったんだよね」
 沙羅が訊いた。

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