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第2章 その(8) [小説 < ツリー >]

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫) 

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫) (文庫)

立花 隆 (著), 利根川 進 (著)

 

 

                         第2章 その(8)

 薄れる意識の中にぼんやりと桜の木が見えた。その傍らに加代子がいて俺を呼んでいる。加代子なのは分かるが、顔が見えない。懸命に顔を思い出そうとするがどうしても見えない。思い出すのを諦めたとき、身体が緩やかに波打ち始めた。実際に動いていないことはかろうじて分かるが、感覚としては海の上に漂っているように思える。しばらくその感覚に身を任せていると次第に身体が軽くなり宙に浮いているような気がしてきた。やがて身体の重さを感じなくなり、全ての感覚がなくなってしまった。

「待っていたのよ」
 加代子の声が聞こえる。声のする方向に顔を向けると、生まれたままの姿の加代子が立っている。
「なんでここに?」
 加代子は俺が伊豆に来ていることを知らないはずだ。
「ここは秘密の場所よ」
「秘密の場所って、あの秘密の場所?」
「そうよ、きっと来るって思ってた。だって、あなたは呼ばれているのよ」
「呼ばれているって、誰に?」
「そんなの誰でもいいわ、それより、私を抱いてくれるでしょう」
加代子はそう言うと後ろを向き、桜の木に抱きついた。加代子の腰がゆっくりと動き始め、まるで桜の木に愛撫されているように見える。
 忘れかけていた感覚が蘇り、体中の血液が音を立てて流れ始める。その血液が身体の中心部に集まると、加代子を求めて固まり始める。俺は夢中で加代子の身体に固くなったモノを押しつけた。
 ガムランが聞こえる。無限に続く果てのない音楽とリズム、宇宙の創生期のような破壊と混乱、そして熱だ。これこそ生きている証だと感じる。加代子の身体の動きは激しさを増す。熱いものが滴り、カエルやトカゲ、蛇、うごめく生き物が苦しげに悶え痙攣する。俺はそれらの生き物を蹂躙し、加代子は木肌に爪を立て必死で耐えている。足下に無数の生き物の死骸が散らばり、加代子が断末魔のような声を響かせた。その声が桜の木に吸い込まれ、俺は加代子の尻に食い込ませていた指を離した。ゆっくりとした動きで加代子が振り向くと、顔があるべきところに真っ黒な空間がぽっかり穴を開けていた。それは、桜の木のうろ(空洞)のように見える。
 驚いて身体を離すと、身体の重さとだるさを感じた。辺りを見回すと、カップラーメンの容器ややかんなどが見える。夢………なのか。

 

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