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第2章 その(12) [小説 < ツリー >]

至上の愛(デラックス・エディション) 

至上の愛(デラックス・エディション)

~ ジョン・コルトレーン (アーティスト, 演奏), マッコイ・タイナー (演奏), ジミー・ギャリソン (演奏), エルヴィン・ジョーンズ (演奏), アーチー・シェップ (演奏), その他

 

                           第2章 その(12)

  ヨットはいつの間にか向きを変え、港の方に向かっていた。風の音を聞き、波の音を聞きながら先ほどの話を思い返した。
 事の重大さに気づいていないのは俺だけで、美緒と片岡さんの2人は軽口を叩いてはいるが、実は本気で戦おうとしてくれているように思える。俺にあまり心配させないようにと、わざとあんな話し方をしているのではないだろうか。

  俺の中に宿っているモノってなんだろう。アパートでの生活を思い返すと、確かに自分でも変だと思うことがある。加代子とのこともそうだ。今までは加代子に対してあんな風に思ったことはなかった。もっと大切に思っていたはずだ。なのに今は蹂躙する喜びを感じている。一体こんな気持ちはどこから生まれてきたのだろうか。確かに考えれば自分の中の何かが変化してきていることが分かる。
 
 港に着くと、片岡さんは用事があるからと一人で帰り、俺は美緒の車で神社まで送ってもらうことになった。途中でスーパーに寄り、俺を一緒に連れて入って食材を色々買い込んでいる。
「今夜は私が美味しい食事を作ってあげるわ。カップラーメンばかりで飽きたでしょう」
 美緒はスーパーの買い物かごの中身を調べながら言った。
「ああ、ありがとう、美緒さんは家庭的なんだね」
 もう少し気の利いたことを言えないのかと、後から気恥ずかしくなった。
美緒は、俺に気があってアプローチをしてきたと思っていたが、どうもそれだけではないようだ。伊豆に来てからの美緒の態度は、桜の下で抱き合ったときの印象とはかなり違ってきた。

  神社に着いた頃にはすっかり暗くなり、あの古ぼけた神社もまるで別の世界の建物のように見える。吹き付ける寒風が身体の震えを誘っているのか、それとも別の感覚が何かを察知し、身体を震わせて警告しているのか分からない気がする。美緒は俺の腕を掴み、身体をすり寄せるようにしているが、歩きながら身体の震えが伝わってくる。二人とも同じように感じていると思うが、美緒は何も言わず、ただしっかり掴まって歩くだけだ。

  社務所の中は冷蔵庫のように冷え切っていて、薄暗い白熱電球の光は心細さを意識させてしまう。石油ストーブを点火すると、小さなリングとなった火の輪が次第に大きくなり、一緒に並んで座っている美緒の顔をほんのりと赤く染め始めた。
「彼女、怒らない?」
 美緒は炎を見ながら小さな声で訊いた。
「あの人は怒らない人だから」
 美緒は、俺に彼女がいることは知らないはずだが、きっと分かるのだと感じた。嘘をつくことも出来るが、この赤い炎の前では自然に正直になってしまう。
「あなたのことが本当に好きなのね」
 そう言うと、黙って炎を眺めている。炎は揺れ動き、まるで生き物のように見える。その動きを見つめる美緒の横顔は、何かの決断をしようとしているようだ。感情に流されないよう懸命に耐えているようにも見える。俺はゆっくりと顔を寄せ、頬に軽く唇を触れた。

 

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