第2章 その(19) [小説 < ツリー >]
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第2章 その(19)
「戦時中のことで、あんたらには想像がつかんだろうけど、兵隊が一番偉い時代だった。ある日何人かの兵隊が隣村にやってきて、海に面した斜面に陣地を作るから何本かの黒松を切り倒すと言ったね。その中に数百年生きた立派な黒松があって、それだけはなんとか生かしてくれと頼んだがだめで、あっけなく切り倒された。だけど、結局戦争には負けて、基地は作られることなく、ただ、無惨に切り倒された黒松だけが残ったんだ。あんな立派な奴はもう二度と見られないねぇ。爆弾を仕掛けられて倒されたから、その切り口は焼け焦げて可哀想だった。あの黒松の側にはもう一本同じような黒松があってね、少し小さいが辺りを圧倒するような立派な奴があった。村の人間はその二本がまるで夫婦のように思えて大切にしてきたんだよ」
婆さんはそこまで話すと、下を向いて大きく息を吐いた。
「生き残った兵隊がぽつりぽつり帰り始めて、村にはまた昔の活気が戻ったように思えたがね、ある日のことだった。一番最初に帰ってきた兵隊が首を吊ったんだ。その残った黒松でね。跡取り息子で、自殺するような原因なんか無かった。次の月に二人、またその次にも二人。せっかく戦地から命を拾って帰ってきたのに、誰にもさっぱり訳が分からなかった。死に方は色々で、お腹を裂いたり毒を呑んだり、松に釘を打ち付けて、その釘に頭を突き刺した者もいた。その釘の後は今でも残ってるよ。村では、切り倒された黒松だろうって噂になって、寺の住職が、黒松と亡くなった若者の供養をしたんだよ。そんな見当違いな事じゃ終わらなくて、また死人が出た。それで隣村のリュウの爺さんが呼ばれて、駆け出しの私もついていったね。その場所へね。その時の臭いがあんたと同じだった」
婆さんはそう言って俺を見た。
「タバコあるかい?」
「ええ、軽いのなら」
俺は一本渡すと、婆さんがくわえたタバコに火をつけた。
「あぁ、何年ぶりかね、これは軽くないね、くらくらするよ。こんな話をすることになるとは思いもしなかったね。もう、私の命も長くないと言うことだね」
婆さんは美味しそうにタバコの煙を吐き出すとまた話し始めた。
「どこまで話した?そう、臭いだったね。臭いはね、あの時は黒松の近くに行くと臭ったね。どこからともなく漂ってきたよ。怪談話でね、生臭い臭いがしてくるなんて言うだろう、あれはね、まるっきり嘘じゃないよ。感じる人には生臭く感じるんだよ。爺さんに臭いのことを話したら、黒松だって言った。残った一本が悪さをしてるってね。お祓いはすぐに始めたよ。お祓いってのはね、神主だから出来るってもんじゃないんだね。要は、その人の何かなんだよ。山や川、動物に植物、色んなものに命を感じることが出来る人にしか出来ない技だね。そんな人はね、あらゆる命を呼び寄せることが出来てしまう。爺さんは黒松の命を感じたんだろうね。そして私も同じように感じたね。黒松の命をね。凄まじい力だった。そりゃ、何百年も生き抜いてきた奴だからね。まともにぶつかり合ったら人間なんかあっという間に飲み込まれてしまうよ」
婆さんはまた一息つくとお茶を口に入れた。
「これはね、今まで誰にも言わなかったことだよ。私ははっきり声を聞いたんだ」
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