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第5章 その(32) [小説 < ツリー >]

明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)

 

明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫) (文庫)

河合 隼雄 (著)

 

                        第5章 その(32)

 美緒はソファーに横になると、時間を気にしながら眠り始め、俺も美緒の中で、同じように気持を休ませた。眠るという感覚はなく、ただ何もせずにいるだけである。暫くぼんやりしていると、美緒の気持が昂ぶってくるのがわかった。夢を見ているのだろう、俺にははっきりした映像として見え始めた。

 美緒にボールペンを突き立てられた男が、血を流しながらどこまでも追いかけてくるのだ。逃げる方向に桜の巨木があり、美緒は誰かが手招きしているのがわかっている。行きたくないと思っているようだが、次第に追い詰められ、そこにいる女が「変われ」と言って、美緒を幹の中に引きずり込もうとしている。美緒は懸命に藻掻くが、次第に身体が幹の中に吸い込まれてしまうのが見える。

<これは夢だ、落ち着け>
 と、何度も呼びかけ、美緒を目覚めさせようとしたがなかなか目覚めない。美緒には夢だが、俺には目の前で起きている現実のように見える。身体の殆どは幹の中に取り込まれ、辛うじて右手だけを出し、美緒は空を掴むようにして抵抗している。

 俺が助けたいと思った瞬間、夢の中に俺の身体が現れ、美緒の右手を握ったところで映像が消えた。
 美緒の心臓の鼓動はまだ早いが、気持は徐々に落ち着いてくるのがわかる。やがて、目を開けると、
「眠ったみたいね、嫌な夢をみたわ。でも祐介君が助けようとしてくれた」
 そう言うと、身体を起こして冷めたコーヒーを口に入れた。

「私が夢を見ると、祐介君も同じ夢を見るのかしら……」
 美緒は返事を求めるでもなく、呟くように言った。確かに俺の見たのは、美緒の夢なのだろう、もし同じ夢を見たのなら、俺は美緒の夢の中に意識的に潜入したことになる。夢というのは全く個人的なもので、他人の意識など関係ないと思っていたが、もしかしたら、そうでないこともあるのかも知れない。

 誰かが、誰かのことを強く思ったりすると、その想いが相手の夢の中で伝わってしまうような気がする。そう思うと、夢はもしかしたら、自分に向けられた様々な想いの影響を受けているのかも知れない。自分に向けられた微弱な信号を無意識に受け取り、それを夢の中で増幅させ、リアルな映像としてみているのだろうか。

 美緒は暫くソファーに座って考え事をしていたが、もしかしたら同じ事を考えていたのかも知れない。人の身体の中に入っていると、自分の考えとの区別が曖昧になってしまいそうだ。

 

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