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第6章 その(9) [小説 < ツリー >]

なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書 658)

なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書 658) (新書)

木田 元 (著)

 

 

                                   第6章 その(9)

 繊細なガラス細工を扱うように布を広げると、黄色みを帯びたどくろが姿を現した。後輩達も源三郎に口を合わせるように真言を唱えている。源三郎はどくろを手に取ると、目の高さに持ち上げ、あらゆる角度から眺めながら言った。

「これは私です。弟子に、私が死んだらどくろを大切に保管するように言い残していたのです。このどくろを真言の秘技で本尊にするのです。真言天地流が邪教と言われた理由の一つがこれなのです。遺骨で本尊になれるのは、本来釈迦牟尼仏ただ一人ですが、天地流においては、特別のどくろを本尊にすることが出来るのです。今はただの骸骨に過ぎませんが、二根交合の儀によって、一切衆生の望みを叶える尊いどくろとなるのです」
 源三郎は話し終えると、名残惜しそうにどくろを箱の中に入れた。

「加代子さん、素晴らしいと思いませんか、いよいよどくろ本尊を手に入れることが出来るのですよ、あなたと私でこの本尊を完成させるのです。よろしいですね」
 その言葉は加代子の意志など関係ないとでも言うような威圧感がある。

「嫌です。私はあんな気持ち悪いどくろなんか見たくもないし、関わりたくもないわ、私はあなたの言うことなんか絶対に聞きません」
 加代子は強い口調で言ったが、声は幾分震え、心の中の怯えが俺に伝わってくる。

「もう、後戻りできません。これがあなたの役目なのです。役目が果たせない場合は、あなたのどくろが本尊になります。本来どくろは新しければ新しいほど良いと伝わっているのです。言うことを聞いても聞かなくてもあなたは本尊を完成させることになるのです」

 つまり……言うことを聞かなければ殺してどくろにすると言うことなのか。加代子は言葉も出ないほど怯えてしまった。この連中には天地流だけが真実で、常識など通用しないようだ。逆らう者を殺すことに何の躊躇も迷いも、一片の情けも感じないのだろう。むしろ殺してしまうことが正しいことで、天地流の常識のようだ。

「それでは支度を始めて下さい」
 源三郎がそう言うと、後輩は黙って加代子を立ち上がらせ部屋を出た。広間では祭壇にお供物が乗せられ、香が焚かれて中央には大きなテーブルが出されている。

「これから加代子さんのお清めをします。私たちの言うとおりにして下さい」
 後輩の荒木が事務的に言うと、下田も田島もまるで別人のようになって従っている。

「お清めって何よ、私に何をする気なの?」
 加代子は後輩達を睨み付けながら言ったが、誰も加代子と視線を合わせようとせず、黙って裏口からつれて出た。

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