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始まり(4) [小説<物体>]

                                始まり(4)

 健二老人はそこまで話すと、俺の表情を見て一息ついた。老人の息子夫婦も一緒になって聞いているが、老人と同じように俺の反応を気にしているように見える。
「じゃぁ、マー君も早苗さんも遺伝子プログラムで生まれたのですか?」
 俺が質問すると、老人は暫く黙って考え込むようにしたが、
「人間から生気を奪ったのは樹木の遺伝子プログラムが発動した事が原因と思いますが、不思議な子どもたちの出生については昔からあったことで、全く別の事だと思っています。今回のような状況になって、二つのことが絡み合ってきたのです」
 そう言うと少し考え、

「どの子も共通しているのは樹木の根元で発見されたことと、雨の日ということです。雨の日がどう関係しているかは分かりませんが、しかし何かの理由があるのでしょう。樹木については友人に依頼して、早苗が発見されたところの樹木と早苗の遺伝子を比較研究しました。明らかに遺伝子組み換えと似たような部分を発見したのです。つまり、硬膜で覆われた樹木の細胞が柔らかい膜に変化出来ることが分かったのです。これは樹木が人間に似た身体を持てる可能性を秘めていることになるのです。
 遺伝子組み換えは最近の技術で、例えば日持ちの良いトマトを皮切りにユーカリやポプラなどが一般的になっていますし、温暖化に向けては、二酸化炭素吸収に優れたスーパー樹木の開発が進んでいます。でも早苗から発見した遺伝子はそれとは比較にならないくらい複雑で高度なシステムが出来上がっていました。専門家の友人が調べたので間違いは無いと思います。今の遺伝子技術では不可能だと言っていました。なぜそんな遺伝子が出来たのか、全く分かりません。自然界の不思議と言えばいいのか、神の手が働いたと言えばいいのか……。その話を聞いてから昔の記録を色々調べてみたのですが、日本各地には樹木に関する民話が数多く残っていたのです。その中には樹木が人間になるような話もいくつか残っていて、私は本当に驚きました。私の体験したこととよく似ていたのです。かぐや姫は有名な話ですが、私から見ればあれも早苗と同じ事があったのではないかと思っています。早苗はあの男から元の世界に戻るように言われましたが、かぐや姫も同じように言われて戻ってしまったのです。きっとその後戦乱の世になったのではないかと思います」
 健二老人はそこまで話すコーヒーを口に運んだ。

「ということは、マー君は樹木なんですか? それに、私にも不思議な感覚が身に付き始めたのはどういう事なんでしょうか?」
 俺が訊くと、
「マー君も早苗も肉体的には全く人間ですが、遺伝子の一部は樹木の特徴を持っているのです。ある種の感覚の鋭さは樹木の影響だと思います。遺伝子の情報伝達は不思議なもので、空間を超えて伝える何かを持っているのです。全く交流のない猿の集団が同じ時期に芋を洗って食べることを学習した話は有名ですが、あれもまだ明らかにされていない遺伝子の情報伝達能力ではないかと言われています。それと同じように早苗やマー君の力が私の家族や謙太さんに伝わったのだと思います」
 健二老人の話は矛盾無く聞こえるし、一々納得出来る。人間が狂い始めた理由も納得出来るし、樹木から人間に変化することも説明を聞けばそうかなと思ってしまう。しかし、やはり分からないのは、なぜ人間になろうとしたのか根本的なことが分からないし、これからどうすればいいのか肝心なことが見えてこない。

 

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