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第2章 9 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「しんちゃん! 僕だよ! 僕だよ! しんちゃん!」 
 祐介は懸命に叫んだが、少年は後ろ姿を見せて走って行く。いくら呼んでも振り向きもせず、少年の背中が小さくなっていった。
 祐介は自分の口から発した言葉に驚いて目覚めた。紗羅が祐介の顔を覗き込むように見ている。
「俺、なんか言ってた?」
 祐介は額の汗を拭きながら訊いた。至近距離で見る紗羅の顔が別の女のように見える。
「大丈夫? ずっと眉間に皺を寄せて眠っていたわ。誰かの名前を呼んでたよ」
「名前を?」
「そう……しんちゃんって呼んでたわ。泣きそうな顔してた。どんな夢だったの?」
「……置き去りにされて……泣いた……悲しかった」
 祐介は消えかける夢を追いかけたがそれ以上は何も思い出すことはできなかった。自分が呼んだ、しんちゃんという名前は慎太郎君のことだと思うが、しんちゃんと呼んでいた記憶はない。
「涙の跡があるわよ」
 紗羅に言われ、手の甲で涙の跡を拭うと、お腹が減っていることに気づいた。
「何か買って朝ご飯にしようか」
 祐介が誘った。二人ともよく眠ったようで、駐車場には数台が駐まり、車中で弁当を食べている人もいる。八時前だから出勤前の腹ごしらえだろうか。二人も弁当を買い込み、車中で朝食となった。
「四時間ほど眠ったね、身体はきついけど眠気はスッキリしたよ。このまま綾部まで行けば昼前には着くね。それともどこか温泉でも寄る?」
 祐介が訊いた。
「温泉もいいけど、私は早く着く方がいいわ。そうしたら午後には裏山に登れるでしょう?」
「そんなに裏山へ行きたいの?」
「そうよ、まずは現場検証からね」
 紗羅は目を輝かせた。
「現場? 検証? 二十年ほど前だよ、何もないよ」
「見ることは沢山あるの、楽しみだわ」
「UFOマニア?」
「近いわね、市民サークルに参加しているわ。変わり者の集まりだけどね。最近は未確認空中現象UAPって言うのよ。私は接近遭遇の情報を集めているの」
「接近遭遇?」
 祐介は、半ばあきれ顔で言った。
「UFO接近遭遇よ。こういうジャンルのサークルは市民権を得ていないけどね。カッコよく言えば現代の民俗学ね、幾つかの事例を集めたわ。綾部に行くのもフィールドワークのつもりよ」
「現代の民俗学? 民俗学って昔の伝承とかを集めたりして調べるんだろう? どこでUFOと結びつくの?」
 祐介には理解できない。
「昔はね、鬼も天狗も河童も民話の中に生きてたのよ。とても生々しくね。沼には龍が住んでいたし、妖怪はどこにでもいたわ。でも現代になって、そんな不思議が消えていったの。非科学的とか言われてね。でもね、そう簡単に死にはしないわ。UFOは現代の妖怪かも知れないし、本物の宇宙人ってこともあるかも知れない。だからUFOは現代の民俗学なの、調べる価値はあるわよ。龍とUFOは一緒かもね」
 紗羅の目が輝いている。
「龍とUFOが一緒?」
「可能性としてね。昔の人には空を飛ぶ乗り物という発想がないから、鳥以外の大きな物が空を飛んでいるのを見て、話しが伝わるうちに変化して、例えば龍と言うだれにも理解できる形の物語になったかも知れないの。民話や伝承の中にはそんな話しがいっぱい詰まっているの。江戸の歴史を記録した武江年表にもね、UFOらしき物の記録が残っているのよ。勿論本物のUFOかどうかは疑わしいけどね」
 紗羅は熱心に話してくれるが、祐介は話しについて行けない。
「紗羅さんが真面目にUFOのことを調べてることはわかったけど、民俗学やってるなんて、もうびっくりだよ」
 祐介は笑って言ったが、意外な紗羅の一面を知って複雑な心持ちがした。

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