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第2章3 [メロディー・ガルドーに誘われて]

   庭を見ると、予想していたよりも広くて荒れている。ありがちな庭石とか灯籠などは見当たらず、だだっ広い空き地のようになっている。周囲は塀に囲まれているので、通りからは見えないが、それをいいことに荒れ放題にしているのだろう。昨夜、やりたいと言ったことを後悔した。暫くすると紗羅は長靴に長いエプロン、フェイスガードを抱えてやって来た。

「これを装備してね」

 紗羅は祐介の足もとに置き、庭の隅にある物置の中に消えた。祐介が身支度を終えると、物置から草刈り機を持ち出してきた。かなり古そうで汚れが付いたままだ。手入れをした形跡はない。草を刈る部分には汚れたナイロンコードが付いている。これが高速回転をして鞭のように雑草をなぎ倒すのだ。使ったことは一度もないが、なんとかなるだろう。

 紗羅は慣れた手付きで紐を引いてエンジンを掛けると、祐介に手渡した。スロットルを開くと甲高い音が響き、シュルシュルとナイロンコードが音を立てる。雑草に当てると見事に粉砕し、飛び散った雑草がエプロンにこびり付く。テニスコート一面くらいはありそうだ。新宿でこの広さは相当な資産家のはずだ。この土地を売れば郊外に豪邸を建て、一生を贅沢に遊んで暮らせるだろう。祐介は自分ならそうすると思いながら、荒れた庭を見廻した。

「ここは刈っちゃダメよ。カズは何にも手入れしないから花が可哀想だわ。ちっとも興味がないのよね」

 紗羅はそう言うと腰を屈めて手で雑草を引き抜き始めた。どうやらそこら辺りには可愛い花が咲くらしい。

 祐介は言われた場所を避け刈り進める。懐かしい匂いが鼻の粘膜を刺激し、子どもの頃に母の田舎で過ごした夏休みを思い出した。


 二歳年上の慎太郎に連れられ、急な山肌を木の枝に捕まりながら登った。裏山でそれ程の高さはないが、四年生の祐介にはちょっとした冒険に思えた。慎太郎の後を追い、息を切らせながら頂上にたどり着くと、慎太郎は粗末な造りの秘密基地に入っていく。枝が屋根代わりで、所々破れたブルーシートで周囲を囲んである。下には粗末なむしろが一枚敷いてあるだけだ。

 中に入ると慎太郎はポケットからクッキーを一枚渡してくれた。下界を見渡せる側はシートを開けてあり、そこから川向こうの町並みが見える。祐介は鉄橋を渡る電車を見ていたが、慎太郎は下界にはまったく目もくれず、枝の間から、上空を見上げながら何かを目で追っている。

「呼んでる!」

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第2章4 [メロディー・ガルドーに誘われて]

  草刈り機を動かす手が止まった。今まで思い出したことのない映像がありありと蘇った。慎太郎の声で顔を上に向けるとそこにいたのは間違いなくUFOだった。

「どうしたの?」

 紗羅が大きな声で言った。

「いや、何でもない」

 祐介は何事もなかったかのように草刈り機を操作したが、心臓は騙せない。あの時と同じように大きな鼓動でめまいがした。辛うじて足を踏ん張り耐えるとその場に座り込みエンジンを止めた。

「終わりにする?」

 紗羅は腰を伸ばしながら言った。

「そうだね、終わりにしよう」

 祐介は小さな声で返事をすると、草刈り機のベルトを肩から外した。汗が噴き出すように出てくる。

「気持ちいいね。残りはこの次よろしく」

 紗羅はそう言いながら隣に座った。

「俺の体力じゃ一時間が限界だよ」

 祐介は刈り残した雑草を眺めた。小さなピンクや紫色の花を咲かせている雑草も混じっている。何も気にとめず片端からなぎ倒すようにして作業を進めたが、終わってみると、自分が随分乱暴なことをしたような気がした。雑草には小さな虫もいて、驚いて逃げ出す姿を何度も見た。

「急に考え事してたね」

 紗羅が真顔で訊いた。

「変だった?」

「時間が止まったみたいだった。抜け殻みたいに見えたよ。ちょっと心配になって声を掛けたの。何かあったの?」

「うん、突然だった……思い出したんだ。UFOを見たことを。記憶のカケラも残っていなかったのに……思い出した」

 祐介は刈り終えた雑草を見ながら考え込んだ。

「UFOって、あの未確認飛行物体のこと?」

「そう、俺はあの時、UFOを見た。間違いないよ。でも誰にも話していない。秘密にしたんじゃなくて、記憶から消えてたと思う。でも間違いないよ。俺は裏山で慎太郎君と一緒にUFOを見たんだ」

 祐介はそう言って空を見上げた。

「どんなだったの?」

 紗羅は祐介の顔を覗き込むようにして訊いた。

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第2章5 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「すぐ頭の上、十メートル位の高さだと思う。浮かんでた。絵に描いたような円盤がそこにいたんだ。オレンジ色の光もなく、無音で目立たない色、グレーだったと思う。大きさは十数メートル程度かな。そんな巨大じゃなかった。最初に見つけたのは慎太郎君で、呼んでるって叫んだからわかったんだ。二人とも黙って見上げていた」
 祐介は空を見ている。
「怖いとか、逃げようとか思わなかったの?」
 紗羅も空を見上げながら訊いた。UFOがそこにいそうな気がしたからだ。
「それが不思議なんだ。草刈りしているときにね、最初に思い出したのはその時の感情だったと思う。だから思わず目を閉じてしまったんだ。その感情に引きずられるように映像が出てきたんだ。あの時の気持ちはなんだろう、懐かしくて、安心感に満たされたような気持ちだった。だから怖いとか逃げようなんてこれっぽっちもなかったよ」
「それでどうなったの?」
 紗羅が訊いた。
「黙って見ていた。あっという間だったかも知れないけど、よくわからない。そしてあっけなく見えなくなった」
「それだけ?」
「あぁ、それだけ。ポカンと浮かんだ円盤が一枚の絵みたいだ」
「UFOが見えなくなってからどうしたの? だって円盤見たんだよ、慎太郎君と二人で盛り上がったでしょう?」
「覚えているのは、黙って山道を下りたことだけで、バイバイも言わずにそのまま別れたような気がする。毎年帰省しているのに、慎太郎君とはそれ以来顔を見ていない。UFOと一緒に慎太郎君も記憶から消えてしまったみたいだ。そんな名前の友達がいたことを今日思い出したんだ」
 祐介は西に傾き始めた太陽を見ている。二十年前にも慎太郎と一緒に裏山から沈みかけた太陽を見たはずだ。
「不思議な話ね。見たのが祐介さんだけなら、子どもの頃に見た夢だった可能性もあると思うけどね、でも二人で見たのなら、音信不通の慎太郎君に連絡すれば何かわかるんじゃないかしら」
「そうだね、久し振りに帰省してみるかな。その裏山にも登ってみたいね」
「いい考えね、私もその話もっと詳しく知りたいわ。円盤が二人の前に現れたのは何か理由があるはずよ、絶対そうだわ」
 紗羅は大きく目を開いて言った。
「何で急に思い出したんだろう。今日は不思議な日で、おまけに疲れたよ。シャワーを浴びたいね」
「シャワーは私が一番よ、草刈り機は物置ね、よろしく!」
 紗羅は素早く立ち上がると、後ろも見ずに家の中に消えた。

タグ:UFO
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第2章6 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 広い庭に取り残された祐介は目を閉じ、思い出した記憶を辿りながら裏山を登った。決まった道はないが、獣道を辿るように木々を掴んで急な斜面を登るのだ。裏山の入り口は確か、大きな岩があって、その岩を掴んで最初の一歩を踏み入れるのだ。そこから頂上までほぼ一直線に進むことになる。大岩のところはありありと思い出せたが、そこから先は思い出せるほど目立つものはなく、登山シミュレーションはすこし進むと記憶が霞んであっけなく終わってしまった。
 祐介は暮れかけた新宿の、高層ビルの隙間から届く西日を身体に浴びながら、山頂から遠くに見える鉄橋を思い浮かべた。その景色は鮮明に思い描くことができるのに、一緒にいたはずの慎太郎君の顔がどうしても思い出せない。あともう少しなのに、最後のパーツが気持ちよく収まらない。そして霞の向こうに消えてしまう。もどかしさを味わいながら家の中に入ると、紗羅が髪の毛を拭きながらやって来た。
「お母さんが夕方来るんだけど、それまでいてくれる、いいよね」
「いいけど、どうして?」
「面白そうだから行くって言ってたわ」
「面白そうって、何が?」
「祐介さんに決まってるでしょ」
「俺を見物に来るってこと? 珍獣扱いだなぁ」
 祐介は困ったような顔で返事をしながらシャワーを浴びに行った。
 なんだか妙な感じになってきた。昨日まで何の関わりもなかった人が、突然祐介の懐に土足で踏み込んでくるような感じなのだ。だけどそれは不愉快ではなく、簡単に受け入れてしまっている。強引に扉を開けられた気はしないし、祐介が扉を全開にしているわけでもない。たまたま鍵穴が合ってしまったような感じなのだ。こんな時、田舎の祖母なら、何かの因縁よと言うに違いない。
 祐介が風呂から出て、何か聴こうとブルーノートの盤を物色していると、玄関の方から物音と声が同時に聞こえた。
「入るわよ!」
 振り返ると、買い物袋を重そうに持った女の人が上がり込んで来た。
「あ、あなたが谷野祐介さんね、紗羅の母です。来ちゃいました、よろしくね」
 そう言いながら買い物袋をテーブルの上に乗せた。
「ケーキ買ってきたわよ」
 お母さんがキッチンに大きな声で言った。
「ありがとう、珈琲入れるから待っててね」
 紗羅の大きな声がキッチンから響く。
 他人の家なのに何の違和感もなく、この家の家族のような気がしてきた。この不思議さは紗羅なのか、お母さんなのか、それともこの家なのか。少なくとも祐介にそんなものはない。
「祐介さん、悪いけどそこの戸棚からケーキ用の皿を出してちょうだいね」
 お母さんは祐介の顔も見ずに言った。戸棚と言われて周りを見たが見当たらない。キッチンを覗くと隅の方に確かに戸棚があって食器類が入っている。紗羅は珈琲を淹れることに集中しているようだ。祐介が棚の中から金の縁取りのある皿を三枚取りだしテーブルに出すと、お母さんは手際よくケーキを取り分け、
「どれが好きかしら?」
 と祐介の顔を見て訊いた。
「それじゃ、このモンブランにします」
 と答えると、
「予想通りね」
 と言って笑った。娘の年齢からすると五十近いはずだが、とても若く見える。三十代でも通りそうだ。紗羅も珈琲をテーブルに置き、フルーツの乗ったケーキを選んだ。
「紹介するわ、無職の谷野祐介さん、二十九歳で独身。彼女なし、夢もなしで貯蓄はあり。親と同居で、子どもの頃UFOを見たことがあるらしい。それにジャズ好きね」
 紗羅はケーキと祐介を交互に見ながら早口で言った。
「次はお母さん、山辺みち代、年齢は適当ね。友達のケーキ屋を手伝ってるわ。独身で彼氏なし、だと思うけど。趣味は料理とケーキかしら、味は一流よ。あとはね、色々こだわりがあるみたいだけど、私には理解不能ね。これでいいかしら?」
「まぁ、いいわ。そんなところね。味は一流って本当よ、モンブラン食べてね、美味しいわよ」
 お母さんは祐介にケーキを勧めた。どうやらお母さんの手作りで、友達のお店に出しているものらしい。
 祐介はすっかり二人のペースに乗せられ、モンブランを口に運んだ。確かに美味しい。食べながら思わず声を出してしまった。 
「気に入ったみたいね」
 紗羅が笑いながら言った。
「出逢ったばかりと聞いたけど、昔からの知り合いみたいね」
 みち代が訊いた。
「そうなのよ、まさかカズの家に連れてくるなんて思ってもいなかったわ。タクシーに乗って並んで座ったときに気がついたの。とんでもないことしたって。そしたら急に意識しちゃって、私の緊張感たらハンパなかったよ。こう見えても人見知りだからね。おかげで酔いが醒めちゃった。でもね、並んで座ってたら不思議なのよ、着く頃には安心しちゃったの。どうしてかしら」
 紗羅はお母さんに話していたが、最後は祐介に訊いた。
「俺は正直言うとね、ヤバイ奴らのカモにされたかも知れないと思ったけどね、妙に緊張している紗羅さんを見て俺は安心したんだ。それよりも驚いたのはこの家を見たときだよ。豪邸だからね、とんでもないところに来たと思ったよ」
「そうね、カズは見かけによらずお坊ちゃまなのよ。おじいさんは国会議員だったし、お父さんは大学病院の医者だったの。この家はおじいさんが建てた家らしいわ。年季が入っているでしょう。ちゃんと建てた家はね、年月が価値を高める……はずだけど、カズはきちんとメンテナンスしないからダメね。だからこの立派な家もカズの代でおしまいかしら」
 みち代は値踏みするように天井を見上げた。
「この家を継ぐ人はいないんですか?」
 祐介が訊いた。

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第2章7 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「そうね、子どもが一人いるけど施設で暮らしているの。重度の障害があってね、自宅では介護できないの。二十歳の女の子で千晶って名前よ。生まれてからずっと病院だったわ。一歳になった頃に退院したけど、ほとんど一日中介護が必要だったし、一日に何度も痰の吸引が必要だったの。六歳のときに母親が亡くなってからはずっと施設暮らし。だってカズが一人で育てることはできなかったの。だから跡継ぎはいないわね。でもね、カズはそんなことはこれっぽっちも気にしていないみたいね。自分の家系が絶えることは平気だけど、チーちゃんのことが心配で先に死ねないって言ってるわ。自分の家で一緒に暮らすのは難しいけど、ほとんど毎週面会に行って普通の親子よりも仲良しだわ」
「お母さん、お喋りはそのくらいにしたら? そんな話をされたって困るわ。祐介さん、そうよね」
「そんなことないですよ、自分の好きなことを仕事にできて羨ましいとばかり思っていたのですが……」
「お気楽なオヤジに見えたのは仕方がないわね、私は今だってそう思ってるわ。それがあの人の不思議なところだし魅力ね」
 みち代はそう言って笑った。
「祐介さんに言わないでカズに言えばいいのにね」
 紗羅が言うと、
「絶対言わないわ。そんなこと言うとね、カズは調子に乗るからね」
「本当は言いたいのよ」
 紗羅は横目で祐介を見ながら言った。
「紗羅はね、いつもそうやって私をからかうのよ。でも今日はそんなことはどうでもいいの。私はUFOのことが聞きたいから来たのよ。祐介さん、いいでしょう?」
 みち代はコーヒーカップをテーブルに置きながら言った。
「いいですよ、でも何も面白くないですよ」
 祐介はそう前置きをすると、先ほど思い出したことから、裏山でのこと、友達の慎太郎のことを話した。
 みち代はUFOのことを詳しく知りたがったが、祐介は下から見上げていただけなので、外観以上のことは何もわからないし、窓から宇宙人が覗いていたなんてこともない。みち代はそれ以上の話しはないとわかると、慎太郎のことを訊いた。だけど何一つ答えられない。それどころか、慎太郎という友達が本当にいたのかどうかも疑わしい。もしその友達が実在しなかったら、祐介の夢か幻想と言うことになる。
「どうして思い出せないんだろう、一緒に頂上にいたことは鮮明に思い出したのに。それ以外の慎太郎君のことは何もわからないなんて。これじゃUFOを見たことも疑わしくなるよ。でもなぁ、あれは絶対本物のUFOだった」
 祐介は天井を見上げながら言った。見上げればそこに、あのとき見たUFOを思い浮かべることができる。なのに慎太郎君のことが思い出せない。
「帰省して確かめるしかないわね。私はいつでもいいわよ」
 紗羅は一緒に出かける気になっている。
「帰省って、京都だよ、丹波篠山。なかなか大変だよ」
 祐介が心配そうに言うと、
「大丈夫よ、カズの車で行けばいいわ。一般道ならガソリン代だけでオーケーよ。割り勘でいいよね」
「いいけど、まだ知り合って二日目だよ。俺から言うのも変だけど、悪い男かも知れないし、もしかしたら犯罪者かも知れないよ」
「じゃぁ、決まりね。いつにする?」
 紗羅のペースで話しが進み、みち代は微笑みながら聞いている。普通の母親なら止める場面なのに、そんな気配はなく、好きなようにしなさいと言っているようだ。
「まぁ、いつでもいいよ。暇だからね」
「それじゃ、明日は寝るから、明後日がいいわ。ビザールの前に十二時よ」
 紗羅はそう言うと、祐介の返事も聞かずにキッチンへ消えた。祐介は冷静さを装うだけで精一杯だ。昨日の夜から紗羅という女に翻弄されっぱなしで、とうとう京都までドライブ旅行をすることになった。勿論、紗羅はタイプだし断る理由は何もない。むしろ棚からぼた餅状態なのだが、それにしても展開が急すぎる。理性とかの判断力はほとんど機能不全になっている。そして紗羅のいいなりに事が運ぶのだ。とにかく祐介にとってこんな女は初めてなのだ。どう対処するのが正解なのかわからない。
「ごめんね、いつもこんな調子なの。紗羅をよろしくね」
 みち代は軽く頭を下げると微笑んだ。親の顔が見てみたいと言うがその親が目の前にいて頭を下げた。この親にしてこの子ありか……祐介はそう思いながら、黙って頭を下げた。

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