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第2章 8 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 ビザールの前に古そうな黄色の車が停まっている。ハザードランプを点けているから紗羅かも知れない。見たことのない車だ。運転席を覗くとやはり紗羅がハンドルを握っていた。
「すごい車だね。見たことないよ」
「カズはね、貸すのを嫌がったけど店を手伝うって言ったら貸してくれた。祐介さんも帰ったら働くのよ」
 紗羅のペースに少々呆れたが、しかし悪い気はしないのが紗羅の不思議なところだ。しばらく就職するつもりはないし、面白そうだから紗羅の提案に従うことにした。
「なんていう車?」
「いすずの117クーペよ。デザインが日本人離れしているでしょう。有名なイタリア人デザイアーの作品。カズが若い頃に手に入れて大事にしているけど、最近はほとんど乗っていないみたいね。オーナー会ぐらいかしら。でもメンテは完璧、エンジンは快調よ」
 そう言うとエンジンを吹かした。最近の車にはない心地よい音が響く。
「運転できるでしょう、百キロで交代ね」
 そう言うと紗羅はサングラスを掛け、
「どの道で行く?」
 と訊いた。
「太平洋側がいいね」
 祐介は、太平洋側の気持ちよいドライブコースを思い浮かべた。今の時期なら桜の開花を見物しながら西に下ることができるだろう。高速には乗らず、一般道のみのドライブなので時間は高速の倍近くかかるが、その方が寄り道も出来るし、楽しそうに思える。
 紗羅は百キロで交代と言っていたが、多摩川を越えた辺りで祐介に交代となった。エンジンの調子は良いが、実際に運転となると、相当疲れてしまう。クラッチとギアー操作が煩雑で、しかも旧車のクラッチペダルはかなり重い。渋滞で紗羅の左足が音を上げ祐介に交代になったのだ。しかし祐介もマニュアル車は教習所以来だから、ぎごちない発進を数回繰り返してようやくスムーズに動かせるようになった。紗羅の運転で祐介は助手席で何度も右足を踏ん張り、祐介の運転で紗羅は身を乗り出すようにして前方を睨んだ。その緊張感がようやく緩み、時々見かける桜を眺める余裕も出てきた頃、祐介は気になっていたことを訊いた。
「どうして俺と一緒に田舎へ行こうと思ったの?」
「だって、不思議な話を聞いたのよ、真実を知りたいわ。友達の慎太郎君が実在するかも確かめたいし、好奇心プラス成り行きね。祐介さんはどうして断らなかったの?」
「雰囲気かなぁ、昔からの友達に誘われたみたいで、一緒に行くのが当たり前のような気がしたからだよ。紗羅さんのことは何にも知らないのに、全部知ってるような気がするんだよね」
「私の何を知っているの?」
 紗羅が笑って訊いた。
「何もかも知ってるけど、今は忘れて思い出せないだけ」
 車内に二人の笑い声が響き、恋人同士のようだ。二つの円が急速に接近し、重なり合ったところに濃密な何かが生まれようとしている。
 太陽が西に傾き、正面から遠慮のない光線が差し込んでくる。茜色に染められた紗羅の横顔は、祐介の知性では届かない世界を隠し持っているようだ。祐介は謎を秘めた横顔を何度も見た。
 やがて太陽は落ち、沈黙が二人を柔らかく包み始めた。沈黙はリトマス試験紙のように何かの反応を確かめようとしている。紗羅の左手が髪をかき上げ、胸を大きく動かし息を吐くと、祐介も同調するように大きく息を吐いた。祐介の反応は紗羅に伝わり、それが無限ループのように回転を始め、感情を緩やかに揺らし始めた。
「どこかで休む?」
 祐介が訊いた。
「そうね、少し足を伸ばしたいわ」
「わかった」
 祐介は当然のように小さく返事をすると、アクセルを少し踏み込んだ。遠くの方に街の灯りが見え始めてきたからだ。あそこまで行けば二人が足を伸ばして休めるところがあるだろう。遠くからでも目立つラブホの看板も見えてきた。静かに駐車場に滑り込むこともできるが、ホテルが近づくと少しスピードを緩めただけで何事もなかったように通り過ぎてしまった。次に見つけたホテルもやはり同じようにスピードを緩めただけで通り過ぎてしまった。やがて街の灯りが途絶え、道沿いの人家もなくなり暗い山道に入った。
「ちょっと怖いわ」
 紗羅はそう言いながら辺りを見回した。ヘッドライトの先は得体の知れない闇に包まれている。
「ああ、何か出てきそうだね」
 祐介はそう言うとルームミラーで背後を確かめた。
 上り勾配がきつくなり、道幅も狭くなってきた。
「大丈夫かしら?」
「この道幅じゃUターンも難しいなぁ」
「圏外だからスマホも使えないわ」
「これでエンジンが故障でもしたらお手上げだね、頼むよ」
 祐介はそう言うとハンドルを軽く叩いた。
「エンジンなら大丈夫よ、古い車だけどカズの整備は完璧よ」
「それなら安心だね、慎重に走ろう」
 祐介はカーラジオのスイッチを入れたが、電波状態が悪くてほとんど聞こえない。
「ねぇ、さっきホテルに入ろうと思った?」
「うん、ちょっと思った。よくわかったね」
「ホテルが見えてくると黙り込むし、入り口近くでスピード落としたよね、バレバレよ。年の割に純情なところは褒めてあげるわ」
 紗羅はそう言いながらくすりと笑った。
「なんだか緊張して損したなぁ、この次は大丈夫だから任せてもらおう」
 祐介は胸を張った。
「でもこの山の中じゃ無理そうね。少し眠ったら交替ね」
 紗羅はそう言うと、靴を脱いでリクライニングを倒した。そのままピクリとも動かず、暫くすると小さないびきがが聞こえてきた。
 出逢ってまだ四日目の紗羅という女が助手席で眠っている。祐介は時々紗羅の寝顔を見るが、どう考えても、自分には不釣り合いないい女なのだ。だけど違和感を感じない。それはビザールで話したときからそうだった。カズの家で飲んだときもそうだったし、草刈りをしたときも同じだった。まるで家族か兄弟のようで、同じ材料で作られているような気がする。二人の一部を切り取って混ぜればすぐに一つに混じってしまいそうで、祐介の本心は今すぐにでも紗羅を抱いてそれを確かめたい衝動に駆られる。紗羅はそんな祐介の本心を見透かして面白がっているようだ。
 祐介はハンドルの向こうの暗闇を見ながら、紗羅と出逢ってからのことを思い返した。ビザールへ行ったあの日の行動の小さなことも含めて、どんな些細なことも今に繋がっていたのだろうか。こうなる為にビザールへ行ったのだろうか。何かに手綱を引かれて京都へ向かっているのだろうか。そして一番の不思議は、あの思い出した記憶のことだ。あれからずっと考えているが、あれ以上は何も思い出せない。思い出した部分は鮮明なのに、それ以外の部分は欠片も見えないのだ。
 一時間ほど走ると突然道が広くなり、人家の灯りが見えてきた。このまま西に走れはコンビニくらいはあるだろう。疲労はもう限界に近く、目を開けているのがやっとで、腰も相当怠くなってきた。小さな集落をいくつか過ぎるとようやくコンビニの看板が見えてきた。ここで休まなければ確実に居眠り事故を起こすだろう。祐介は駐車場の端に車を停め、そのままリクライニングを倒すと急速に意識が遠のいた。

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第2章 9 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「しんちゃん! 僕だよ! 僕だよ! しんちゃん!」 
 祐介は懸命に叫んだが、少年は後ろ姿を見せて走って行く。いくら呼んでも振り向きもせず、少年の背中が小さくなっていった。
 祐介は自分の口から発した言葉に驚いて目覚めた。紗羅が祐介の顔を覗き込むように見ている。
「俺、なんか言ってた?」
 祐介は額の汗を拭きながら訊いた。至近距離で見る紗羅の顔が別の女のように見える。
「大丈夫? ずっと眉間に皺を寄せて眠っていたわ。誰かの名前を呼んでたよ」
「名前を?」
「そう……しんちゃんって呼んでたわ。泣きそうな顔してた。どんな夢だったの?」
「……置き去りにされて……泣いた……悲しかった」
 祐介は消えかける夢を追いかけたがそれ以上は何も思い出すことはできなかった。自分が呼んだ、しんちゃんという名前は慎太郎君のことだと思うが、しんちゃんと呼んでいた記憶はない。
「涙の跡があるわよ」
 紗羅に言われ、手の甲で涙の跡を拭うと、お腹が減っていることに気づいた。
「何か買って朝ご飯にしようか」
 祐介が誘った。二人ともよく眠ったようで、駐車場には数台が駐まり、車中で弁当を食べている人もいる。八時前だから出勤前の腹ごしらえだろうか。二人も弁当を買い込み、車中で朝食となった。
「四時間ほど眠ったね、身体はきついけど眠気はスッキリしたよ。このまま綾部まで行けば昼前には着くね。それともどこか温泉でも寄る?」
 祐介が訊いた。
「温泉もいいけど、私は早く着く方がいいわ。そうしたら午後には裏山に登れるでしょう?」
「そんなに裏山へ行きたいの?」
「そうよ、まずは現場検証からね」
 紗羅は目を輝かせた。
「現場? 検証? 二十年ほど前だよ、何もないよ」
「見ることは沢山あるの、楽しみだわ」
「UFOマニア?」
「近いわね、市民サークルに参加しているわ。変わり者の集まりだけどね。最近は未確認空中現象UAPって言うのよ。私は接近遭遇の情報を集めているの」
「接近遭遇?」
 祐介は、半ばあきれ顔で言った。
「UFO接近遭遇よ。こういうジャンルのサークルは市民権を得ていないけどね。カッコよく言えば現代の民俗学ね、幾つかの事例を集めたわ。綾部に行くのもフィールドワークのつもりよ」
「現代の民俗学? 民俗学って昔の伝承とかを集めたりして調べるんだろう? どこでUFOと結びつくの?」
 祐介には理解できない。
「昔はね、鬼も天狗も河童も民話の中に生きてたのよ。とても生々しくね。沼には龍が住んでいたし、妖怪はどこにでもいたわ。でも現代になって、そんな不思議が消えていったの。非科学的とか言われてね。でもね、そう簡単に死にはしないわ。UFOは現代の妖怪かも知れないし、本物の宇宙人ってこともあるかも知れない。だからUFOは現代の民俗学なの、調べる価値はあるわよ。龍とUFOは一緒かもね」
 紗羅の目が輝いている。
「龍とUFOが一緒?」
「可能性としてね。昔の人には空を飛ぶ乗り物という発想がないから、鳥以外の大きな物が空を飛んでいるのを見て、話しが伝わるうちに変化して、例えば龍と言うだれにも理解できる形の物語になったかも知れないの。民話や伝承の中にはそんな話しがいっぱい詰まっているの。江戸の歴史を記録した武江年表にもね、UFOらしき物の記録が残っているのよ。勿論本物のUFOかどうかは疑わしいけどね」
 紗羅は熱心に話してくれるが、祐介は話しについて行けない。
「紗羅さんが真面目にUFOのことを調べてることはわかったけど、民俗学やってるなんて、もうびっくりだよ」
 祐介は笑って言ったが、意外な紗羅の一面を知って複雑な心持ちがした。

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第2章10 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 京都の五条通りを西に向かって進むと国道九号線に入る。京都縦貫道を走るとすぐに到着するが急ぐ必要も無い。一般道でも昼頃には着くことが出来るからだ。
 京都を一歩出ると人家は少なくなり、険しい峠道にさしかかる。老ノ坂だ。市内から目と鼻の先なのに、夜になれば闇の支配する異世界となる。京都の権力者が怖れた妖怪や鬼はこの辺りに潜んでいたに違いない。おそらくは都を追われたアウトロー集団の拠点があったのだろう。
 JR山陰線に平行しながら山間を縫うように車を走らせ、信号も渋滞もなく気持ちよいドライブが続いた。
「そろそろ到着だよ」
 祐介が指さした先に家が見える。紗羅は田舎の古い家を予想していたが、カズの家よりも新しい現代的な家だ。家の前には手入れの行き届いた庭があり、カズの家とは大違いだ。
 車を停めると、すぐに中から祖父母が出てきて迎えてくれた。祐介は女の友達としか伝えていないが、相当気合いを入れて待ち構えていたようだ。
 三年ぶりの再会で、表座敷に通されると、祖父母は丁寧に挨拶を始めて紗羅を慌てさせた。結婚する彼女を紹介するために来たと思っているようで、祐介に恥をかかせないように気を使っている。紗羅は祖父母の対応に、こちらも祐介に恥をかかせないようにと思ったのか、三つ指をついて丁寧に挨拶をした。一本筋の通った綺麗な姿勢を満足そうに祖父母が見ている。酒飲みの紗羅とは思えない躾の良さを思わせ、祖父母は祐介の次の言葉を期待して待っている。
「あの、違うよ、友達だからね、友達」
 そう言ったが、祖父母は嬉しそうに紗羅を見ている。友達と言ったのは照れているからと理解したようだ。誤解は解けないまま、二人はリビングに通され、予想通り最初の質問は二人のなれそめだった。祐介が困り顔で話そうとすると、紗羅が先に口を開いた。
「祐介さんとは、五日前に新宿のジャズ喫茶で出逢いました。色々あって、その日の夜に一緒にマスターの家に泊めてもらうことになったんです。明け方まで飲んで意気投合したというか、それで友達になりました。そのときに綾部の話を聞いたのです。それでどうしても行きたくなって連れてきてもらいました」
 紗羅はそう言うと、祐介に微笑んで見せた。祖母は目を丸くしてしばらく黙っていたが、
「五日前に知り合って……それでここに?」
 祖母はそれだけ言うのが精一杯のようで、次の言葉が出てこない。
「紗羅さんはね、学生時代から民俗学の研究をしていてね、前々から綾部で色々調べたいことがあって、偶然知り合った俺が綾部出身だったから一緒に来ただけなんだ」
 祐介はあまり祖父母を心配させないように話しを取り繕った。民俗学の研究という話しを理解してくれたかはわからないが、遊び半分のいい加減な二人ではないと安心してくれればそれでいい。
 どうやら誤解は解けたようで、今度は祖父がこの地域の歴史を得意げに話し始めた。そもそも綾部という地域には古墳が多く、かなり大規模な古墳も発掘されていて、勢力のある豪族が居たという。この地域が織物産業で成り立ってきた歴史は渡来人が多く移住したからだとも話してくれた。祐介には興味の無い話しばかりだったが、紗羅は祖父の話に質問をしたり、一緒に笑い合ったりして通じ合っている。祖父の話が真実かどうかはわからないが、紗羅はこの地域のことについて俺よりも詳しい。このままだと、明日は祖父と一緒に古墳に行くことになりそうだ。
「その古墳の近くに慎太郎君って居たよね、覚えてる?」
 祐介は強引に話題を変えた。
「慎太郎……ああ、覚えてる」
 祖父は眉間に皺を寄せた。
「一緒に遊んだ記憶があるんだけど、今、どうしてるかなと思って」
「そうか、何も知らないままだったのか」
 祖父はそう言うと俯いた。
「どういうこと、何も知らないよ。四年の夏休みに遊んだっきり会ってない」
「……そうか、お盆が終わってすぐ東京へ戻ったからな」
「何も聞いてないよ。何があったの?」
「慎太郎君はあの夏、祐介が東京に帰ってから十日も過ぎた頃だったな。突然いなくなって、今も消息不明のままなんだ。当時は大変な騒ぎになって、警察、消防団、地域のボランティアが総動員で探したけど見つからなかったんだ。裏山の登り口で目撃されたのが最後だった」
「裏山で?」
「そうだ。そこから山の中に入ったのか、引き返したのか……裏山を隅々まで捜索し、池や川も徹底的に捜索したけど、何一つ手がかりは見つからなかったよ。何の痕跡も残さず消えてしまったんだ。昔なら神隠しと言うだろうね」
 祖父は大きく息を吐いた。
「裏山……神隠し……」
 祐介は祖父の言った言葉をゆっくり呟いた。祐介に残された慎太郎の記憶もずっと神隠しのように消えていたのだ。

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第2章11 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 昼食後一休みすると紗羅は祐介の肩をポンと叩き、
「さぁ、裏山に登るわよ」
 と嬉しそうに言った。祐介は一眠りしたいと思ったが、嬉しそうな紗羅の顔を見て諦めた。
 祖父の家から裏山の入り口までは五十メートルほどで、裏口からよく見える。祐介は目印の大きな岩を探したがここからではよくわからない。細い道を行くと、伸びた雑草の間に腰くらいの高さの岩を見つけた。記憶ではもっと大きかったが、これが入り口の岩に間違いないだろう。あとは木を掴みながら上を目指せば頂上に着くはずだ。低い山だからそれ程時間はかからない。笹や木の枝が顔に触れたり足に絡みついて面倒だが、それらを踏みつけながら登るとようやく木々の隙間から空が見えてきた。もう少しだが、頂上の直前だけちょっとした崖のようになっていて、木の幹から幹へ抱きつくようにしながらやっと頂上へ着いた。もう少し広いと思っていたが、テニスコート位の広さしかなく、その周囲を木々が取り囲むようになっている。頭頂部だけ禿げた頭のようだ
「ここでUFOを見たの?」
 息を切らしながら沙羅が訊いた。
「そう……ここだ。昔とほとんど変わらない」
 祐介は周囲を見わたしながら言った。
「ここだけ木も雑草もないわね」
 紗羅はそう言うとポケットからなにか取り出して辺りを歩き始めた」
「何してるの?」
 祐介は沙羅の後から訊いた
「地磁気を調べてるの。UFOの現れた場所は地磁気が狂っていることが多いの。理由はわからないけど、UFOが磁力と関係があることは確かだと思うわ」
 紗羅は振り返り、手の中のコンパスを見せてくれた。コンパスの針は急に回り出したり、地面に吸い寄せられるように傾いたり、不自然で奇妙な動きをしている。
「有り得ないでしょう、ここの磁場はまるで嵐みたい。祐介さんも調べてくれる?」
 祐介は紗羅の手からコンパスを受け取ると、同じように辺りを歩きまわった。雑草や樹木の生えているところでは正常に北を指しているが、草木の生えていない石ころだらけのところへ行くと、コンパスが狂ったように動き出す。まるで見えない生き物が暴れているような気がする。
「あり得ない、こんなの見たら俺の脳細胞も狂いそうだ」
 祐介は何かを警戒するように辺りを見廻したが、何一つ変わったところは見当たらない。西に傾けかけた太陽が辺りの木々をセピア色に染め始めた。
 何百年、いや何千年も前からこの山は同じように西日に照らされ、木々は栄養を蓄え成長してきたはずだ。そう考えると山頂の石ころだらけの広場は不自然に思える。人間の手の入った形跡はないし、仮に何かの手が入ったとしても、これほど見事に地表がむき出しになったままになることはないはずだ。桜の咲く季節になれば待ちわびたように雑草が伸び始めるからだ。
「慎太郎君はこの裏山で行方不明になったんだよね」
 沙羅が訊いた。

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第2章12 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「最後に目撃されたのがこの裏山の入り口だからね、きっとここまで来ていたと思う」
 祐介はコンパスの動きを見ながら松の木の下まで移動すると、ここがむしろを敷いた秘密基地だったことを思い出した。モノクロ写真のように浮かび上がった慎太郎君の姿は空を見上げて立っている。突然だった。慎太郎君が〈呼んでる!〉と声を出し、祐介はその声で空を見上げた。あの日の出来事が脳裏に蘇る。彼はUFOに呼ばれていたのだ。
「慎太郎君は呼ばれてここに来て、そしていなくなったと思う」
 祐介は石ころだらけの広場を見ながら言った。
「呼ばれて?」
 沙羅は祐介の顔をのぞき込むようにして訊いた。
「UFOが来ることを知っていたんだ。行方不明になった日も呼ばれたんだ。そしてここでいなくなったと思う」
「どういうこと?」
 沙羅には確信があったが、あえて祐介に訊いた。
「UFOに乗って行ったと考えるのが妥当だと思う。常識では考えられないことだし、そんなこと誰も信用しないけど。だけどそれが真実だと思う」
「同じね。私もそう思うわ。そんなことありえないと思うようなことを真面目に考えることが大切なのよ。でないと宇宙の進歩について行けないわ」
「宇宙の進歩?」
「ごめんね、これはサークルでの言い方だったわ。深い意味はないのよ、人類と地球外の知的生命体がそれぞれ個別に進化する段階は終わって、お互いが影響し合いながら進化する段階を迎えたって意味なの」
 沙羅は当然の考えであるかのように話した。
「宇宙で人類はひとりぼっちと言うのが世間の常識だと思うけど、沙羅さんの仲間は違うんだね」
「祐介さんだってそうでしょ。だって友達の慎太郎君が円盤に乗って遠くの星に行ったと思ってるんだからね」
 沙羅はそう言うと笑って見せた。
「俺はUFO見たからね、あんなもの見ると何でもありと思えるよ。人間の子供が誘われて行ってしまうのも当然ありだよね。どこへ行って今頃何してるのかと思うけどさ、時間だって、それこそ浦島太郎みたいにさ、こちらの百年は別の世界では数分かも知れないし、慎太郎君はほんのちょっと内緒で出かけてる感覚かも知れないよね」
 祐介は空を見上げながら言った。もしかしたら慎太郎君に見られているような気がして雲の隙間を探した。
「久しぶりにこの場所に立って何か感じる?」
 紗羅も同じように空を見上げながら訊いた
「俺は呼ばれなかった……けど、どこかで繋がってるような気がする」
 祐介は足下の小石を拾うと、子供の頃を思い出すように眼下に投げた。見ていた紗羅も同じようにして投げた。眼下の由良川まで届きそうな気がするが、小石は木々の間に吸い込まれ、カサリと音を立てるだけだ。
 鉄橋を渡る電車が小気味良い音を響かせながら渡り、祐介と紗羅は風景の一部になったように小石だらけの広場に二人のシルエットを伸ばしている。
「UFOはいいやつだと思う?」
 祐介が訊いた
「どうかしら、悪いやつなら今頃人類は何かに利用されてると思うわ。色々調べたけど、たまたまじゃないのよね、慎太郎君のことも、祐介さんが急に思い出したこともね。もしかしたら私がここに来たこともそうかも知れない」
 紗羅の小指が風に吹かれて揺れるように動き、並んだ祐介の小指に触れる。祐介は黙って下界を眺めているが、紗羅の指が触れるたびに心臓が反応している。
「そろそろ行く? 早く下りないと暗くなっちゃうわ」
 紗羅が言った。
「現場検証はもういいの?」
 祐介が訊くと、紗羅は広場にうずくまるようにして小さな小石を二つ拾った。その小石を手の平に乗せて祐介に見せると、
「証拠品ね」
 と言って一つを祐介の手に握らせた。
「広場と磁気を確認できたから十分よ、それと小石ね」
 紗羅はそう言うと祐介の手を握り斜面を下り始めた。祐介は紗羅が滑り落ちないように注意深く手を引き、入り口の大岩を過ぎてようやく繫いだ手を離した。
 二人は翌朝早く綾部を発ち、十数時間かけて東京までたどり着いた。

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第2章13 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 桜の花びらが舞い散り、浮かれた空気もやや落ち着きを取り戻しつつある。フィールドワークと称した丹波篠山探訪の旅は、裏山に登り近くの古墳を見学しただけで東京に戻った。急いで帰る必要もなかったが、祖父母の家に長居するのも気が引けるし、他に行きたいところも思いつかなかった。慎太郎君の家に行こうと思ったが、家族はどこかに引っ越して消息は誰も知らなかった。
 祐介と紗羅は相変わらず無職のままだ。東京に戻り一週間ほど過ぎた金曜の夜にビザールで紗羅と待ち合わせた。いつもと違って客が多く、カウンターの隅にどうにか二人分の席を確保した。
「今日は盛況ですね」
 祐介はカズに声をかけた。紗羅はまだ来ていないようだ。
「ああ、ちょっと雑誌で紹介されたからね、ご覧の有様だよ。頼んだ訳じゃないのにね」
 それだけ話すと、カップにコーヒーを注いだ。店内を見廻すとコーヒーを待っている客が何人かいる。
「手伝いましょう」
 祐介はそう言うとお盆にコーヒーを乗せて運んだ。コーヒーを出しても気がつかない客もいて、目を閉じて体を小さく揺らしている。指にたばこを挟んでいる客も多く、照明に照らされた煙が視界を悪くしている。小さな換気扇が動いているが、こんなところに一日いたらそれだけで呼吸器が音を上げそうだ。他人の煙は毒以外の何ものでも無い。
 祐介がコーヒーを運び終わると紗羅がやって来た。狭い通路をキョロキョロしながらカウンターに近づくとカズの目の前に座った。
「また雑誌のコラムか何か?」
 紗羅は店内を見廻しながら訊いた。
「年代物のスピーカーが珍しいって何かの雑誌に写真が載っただけだよ。一週間もすれば落ち着くよ。京都はどうだった?」
 カズはコーヒーを注ぎながら訊いた。
「そうね、収穫ありよ。慎太郎君が幻じゃないってことが確認できたわ」
「それじゃ、二人でUFO見たってことも確認できたのかな」
 カズは客の迷惑にならないように、顔を近づけて訊いた。
「それがね、二人でUFO見た日から十日後に行方不明になって、そのまま今も行方不明のままなの。でね、最後に目撃されたのが、裏山への入り口なの」
 紗羅もカズの顔のそばで話した。カズは黙って顔を上下に動かすと、
「未確認てことか。行方不明とはただ事じゃないね」
 そう言うとレコードを手に取ってターンテーブルに乗せ、会話はそこで終わった。他の客が迷惑そうにカウンターに目を向けたからだ。

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第2章14 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 終電前に客はいなくなり、いつもの時代遅れのジャズ喫茶に戻った。換気扇を強にしてたばこの煙を地上へ追い出したが、匂いはいつまでも残る。そこにコーヒーの香りが漂うと、地下室のビザール独特の味わいが漂い始める。この味わいは壁の向こうの地中からやってくるのかも知れないし、床下の得体の知れないカビが謎の胞子を放っているのかも知れない。
「京都の話の続きだけど、慎太郎君は裏山で消えたってこと?」
 カズは待ちかねたように訊いた。
「そうなの、裏山よ。間違いなくUFOだわ。カズもそう思うでしょう?」
 紗羅が言った。
「いきなりUFOと決めつけるのはどうかと思うけど、状況は何かありそうな気がするね。祐介君はどう思う?」
「俺はUFOをこの目で見たからね、慎太郎君がUFOに乗ってどこかへ行ったって何の不思議もないと思う」
 祐介には確信があった。UFOのことを思い出したときは、自分の記憶に自信が持てなかったし、慎太郎君の存在も自信がなかった。しかし裏山に登り思い出の場所に立ったときにありありとあの日の情景が目に浮かび、慎太郎君の存在も確信することができた。行方不明になったのはその十日後で、それが一本の糸で繋がったのだ。
「紗羅は似たような事例をたくさん知っているんだろう?」
 カズが訊いた。いつの間にか聞き覚えのあるピアノ曲に変わっている。ジャケットを見るとビル・エヴァンストリオだった。
「一番の事例は私よ。カズもよく知ってるでしょう、中学一年だったわ」
 紗羅はそう言うと横目で祐介を見た。
「え、事例って沙羅さんもUFO見たの? なんで今まで教えてくれなかったの?」
 祐介は意外なカミングアウトに驚いて訊いた。
「同じ体験者がそばにいるとね、記憶とかに変なバイアスがかかることがあるのよ。同じような事例を調べたときに、私の体験を話すとね、曖昧な記憶を確かなことと思い込んでしまったり、間違った記憶を正しい記憶だと勘違いすることがあるの。だから今まで黙っていたの」
 紗羅はそう言うと申し訳なさそうに微笑んで見せた。
「どんなだったの、沙羅さんの見たUFOは」
 祐介は紗羅の顔をのぞき込むようにして訊いた。
「祐介さんと似ているわ、私も友達と見たの。東京のど真ん中、うちのマンションの屋上よ、薄暗くなりかけた夕暮れだったの。何気なく友達を見たらね、黙って空を見上げて指さしてたわ。指さす方を見るといたの。銀色の目立たないUFOだった。オレンジ色の光もなく無音で空中にいたの。真上よ、十メートルくらいだった。大きさも祐介さんが見たのと同じくらいだと思うわ」
「それだけ?」
「うん、二人で黙って見上げてた」
「で、それから?」
「それだけなの、そんなに長い時間じゃなかったと思う。あっという間にいなくなった」
 紗羅は素っ気なく言った。
「その友達は?」
「いるよ、私と一緒にサークル活動をしてるわ。二人とも記憶は確かよ、見間違いでも思い込みでもないわ。間違いなくUFOだった。カズも知ってるよね」
「俺は見ていないけど、あの日のことはよく覚えているよ。会社に電話ですぐ来いって言うんだ。お母さんとは連絡が付かないと言うから行くしかなかったんだ。で、何事かと思ったら屋上へ連れて行かれて、UFOを見たって話だった。もう一度現れるからと言われて三時間も屋上にいたよ。来なかったけどね。俺が邪魔だったようだ」
 カズは紗羅を見て笑った。

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第2章15 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「UFOを見たのは本当よ。あのときカズがいなかったら私も今頃行方不明かも知れないわ、マンション屋上から忽然と消えた中学生ってね。何も証拠がないから信じてくれたのは母とカズだけ。学校の友達は皆面白がって、しばらくは二人とも珍獣扱いだったわ。でもすぐ飽きられた。だって本当だとしても何がどうなるわけでもないし、へぇ、それでってなるのよ。だからね、それからはUFOの話は誰にもしてないわ。だからサークルに入って仲間内で情報を共有して話したり、調べたりするようになったって訳なの」
 紗羅はそう言うとコーヒーを口に運んだ。
「もしかしたらさ、UFOを見たことのある人はたくさんいるかも知れないね。俺たちのようにね」
 祐介も冷めかけたコーヒーを口に運んだ。
「その通りよ。東京サークルのメンバーは三十二人だけど、全員接近遭遇経験者よ。UFOが頻繁に来て人間を乗せる話はサークル内では常識ね。実際に乗ったことのある人の話も聞いたわ。宇宙人は仲の良いお隣さんよ」
 紗羅は当たり前のように言った。
「それは初耳だぞ、詳しく聞かせろよ」
 カズはアンプのボリュームを絞ると、身を乗り出すようにして言った。
「そうね、アブダクションの話はしてなかったわね。UFOの話は飲み会で時々ネタにすることもあるし、不思議がってもらえることもあるけどアブダクションの話はちょっと次元が違うのよね。カズだってママだって、話を聞けばきっと何か怪しいことに巻き込まれているか精神的な問題を抱えていると思うわ。でなければ、UFOはタクシーじゃないし、ゴミ出しで出会うお隣さんとも違うだろうと突っ込まれるのが関の山ね。絶対本気じゃ聞いてもらえないと思う。図星でしょう?」
 紗羅は大きな目でカズを睨むように言うと、カズはしばらく天井を見上げて黙っていた。
「アブダクションか……。確かにそれは信じがたいね。だけど、冷静に考えてみると、これだけ目撃情報が世間に溢れているんだからね、まぁ、乗った人がいたって不思議ではないということになるよね。いや、それでもあり得ないよ、もしそれが本当に事実だったとしても世間は絶対に認めないね。もし認めてしまったら、世界の存在そのものが揺らいでしまうと思うよ。人間を凌駕する存在を認めるんだよ、目に見える神を認めることになる。世界のバランスが根底から崩れて混乱するよ」
 カズはそう言うと又考え込んだ。ビル・エヴァンスのピアノが響いている。
「今夜はカズのところに泊まりね」
 紗羅はそう言うと店内の椅子を片付け始め、祐介も手伝った。

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第2章16 [メロディー・ガルドーに誘われて]


 久しぶりのカズの家は、前回来たときと同じように、時代に取り残された古き良き時代の風格を醸し出している。そして紗羅も前回と何一つ変わらない振る舞いを見せてカズの家に入っていった。紗羅はキッチンに直行し、カズはアンプの電源を入れた。いつものルーティーンなのだろう。年季の入ったテーブルにビールが並ぶと、暖まった真空管が働き始め、サックスの気怠そうな音が鼓膜を揺らし始めた。
「とりあえずツナ缶ね」
 紗羅はそう言うと手際よくガラス製の器に移した。
「俺はシャワーだな」
 カズはそれだけ言うと廊下の奥に消え、祐介はキッチンに立つ紗羅の後ろ姿を眺めながら冷えたビールを喉に流し込んだ。ここで飲んでいるのは夢の中の自分のような気がしてまだ信じられない。ビザールもそうだが、このリビングも居心地が良すぎるのだ。自分は社交的ではないし、どちらかと言えば人との関わりは苦手な方なのにまるで自分の部屋のように振る舞えている。紗羅とカズの魔法にまんまと引っかかったか、それとも紗羅とカズが俺の中にある何かを呼び覚ましてしまったのだろうか。祐介は今まで自分が他人に感じていた距離感がどこに消えてしまったのだろうかと不思議で仕方がない。距離が近いとかじゃなくて、重なってしまうのだ。そしてそれが心地よいのだ。突然UFOの記憶を思い出したのはこの心地よさと関係があるような気がしている。
「どうしたの、静かね」
 紗羅が冷や奴をテーブルに乗せ、サックスの音色は祐介の心の奥にまで忍び込んだ。
「不思議だなって思ってた」
「何が不思議なのかな~」
 紗羅は祐介の目を悪戯っぽく覗き込みながら訊いた。
「紗羅という名前の謎の女」
 祐介も紗羅の目を覗き込みながら言った。
「その女は宇宙人よ。気をつけた方がいいわ。きっと地球の男を騙そうと思ってる」
 紗羅が言うと、
「宇宙人の女なら喜んで騙されるよ、宇宙人に騙された地球人第一号だ」
 と祐介は笑った。
「考えたら不思議なことばかりだわ。祐介さんだって不思議の塊よ。不思議だなって思わない方が不思議だと思わない? だって、世の中不思議なことだらけなのに、みんな平気な顔して暮らしてる。私はそれが不思議だわ」
 紗羅は祐介のコップにビールを注いだ。
「そうだね、何から何まで不思議だよ。でも一番不思議なのは、今ここでビールを旨そうに飲んでいることかな」
 そう言うと祐介はビールを喉に流し込んだ。
「私の一番は勿論UFOだわ。不思議が溢れてくるの」
 紗羅はそう言うと、冷や奴を口に入れた。
「沙羅さんのUFO体験をもっと聞かしてくれない?」
 祐介が訊くと、紗羅は箸を置いて天井を見上げた。

タグ:UFO
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ちょっと困ったなぁ [小説について]


 「メロディー・ガルドーに誘われて」を書き続けていますが、展開が地味すぎると感じています。子供の頃にUFOを見た、というのが物語の発端になるのですが、なかなか次のステージに進めません。ああだこうだと、登場人物が感想を述べ合うような退屈な展開に終始しています。動きが少ない、大きな変化もない。なんだか、つまらない会議に延々と付き合わされているような気分です。書いていてそう思うのだから、読んでいる人はなおさらだと思います。ああ、困ったなぁ。劇的な展開は思い描いているのですが、やり過ぎると、おいおい、それはあまりにも現実離れしすぎだろうと思ってしまいます。

 でも、今回はそんなことは気にせず、大胆な(自分の中では)展開、あり得ないような展開にしてみようと思っています。

 文章上達のこつは、とにかく書くとこ意外にないと思っています。質より量です。量を重ねれば、多少はじょうたつするのかなぁ・・・とかすかな希望を抱きながら今後も、楽しみながら小説を書いていこうと考えています

 最後に、なんちゃって・・・いつも書いてから恥ずかしくなるのです。



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