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ツリー 第1章 その(1) [小説 < ツリー >]

アスタリフト トライアルキット

 

アスタリフト トライアルキット

 

 

              「ツリー」 第1章 その(1)

 その日は哀しかった。無性に哀しくなってしまった。こんな時は布団を頭から被り哀しみ通り過ぎるのをただ待つしかない。祐介にはこの哀しみがどこからやって来るのか解らなかった。きっと何かの呪いに違いない。窓の外には冷たい風。祐介は布団から目を出し、揺れている桜の小枝を見た。まだ芽が小さい。その尖った芽が突然憎悪を露わにし、弾丸のように窓を突き破り喉に突き刺さる。血液は気管に満ちてゴボゴボと音を立てる。目に入るものは全て自分を攻撃してくるに違いない。

 祐介は腕に爪を立て血が滲み、その血をシャツにこすりつけるとまた頭から布団を被って闇の中に潜り込んだ。闇の中に蛙がいて不遜な態度でこちらを睨んでいる。片手で鷲掴みするとぬるぬるした感触とお腹のぶよぶよした感触が伝わってくる。蛙の肛門に爆竹を無理矢理押し込むと、蛙は後ろ足で空気を懸命に蹴り逃れようとする。藻掻く姿を満足げに眺めると導火線に火を付け、爆発寸前に空中に放り投げた。空中で白い腹を見せた時火薬がボッっと低い音を立てた。

 下半身は闇の中に飛び散り、上半分が足元に落ちると内臓を引きずりながらつま先に這い上がってきた。足で踏みつけると残った内臓がところてんのように綺麗に押し出され滑稽な押し花のように見える。こいつの呪いに違いない。

 目覚めたのはブルーの薄れる時間、深夜2時。頭は一番すっきりするが、正体の分からない哀しみは依然として祐介の心の端を掴んでいる。だがこんな事はもう日常なのだ。闇の中に葬った生き物は数知れない。これから外に出て、夜が明ける少し前に部屋に戻ってまた眠る。こんな生活がもう三ヶ月ほど続いている。順調に行けば今春には大学を卒業出来るはずだが、その見通しもない。

 

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その(2) [小説 < ツリー >]

                                第1章 その2

 祐介の住むアパートは都内から一時間ほどで、近辺には公園が多く夜間には殆ど人通りは見られない。足音を立てないようにそっと抜け出すと、いつものあの場所へ向かった。住宅街を抜けると中央公園になり、その公園を突っ切ると鎌倉古道という古い山道に出る。尾根伝いに伸びる細い道で暗くなれば通る人は誰もいない。昔なら追いはぎや山賊が出たとしても不思議ではない場所だ。

 祐介は慣れた足取りで進んでいく。明かりも無く足元は見えないが、危険なものは何も無い道なのだ。湿った落ち葉がやわらかいクッションとなって心地よい。その鎌倉古道から更に谷側に降りる細い道があり一人通るのがやっとの広さである。周囲は笹の中からクヌギの木が立っているのが分かるだけで、他に見えるものは空の星だけである。道がやや広くなったところに一本だけ場違いのように立派な桜の巨木があり、そこがいつもの祐介の場所なのだ。だが今日はその根元に花束らしき物が置いてある。

 祐介は髪の毛が逆立つのを感じその感覚は背筋から全身へと伝わった。祐介は一刻も早くその場から立ち去りたいと思ったが、よく見るとワインと煙草が封を切って置いてある。ワインもタバコも見たことがないものだ。目を凝らすとタバコはエクスタシーと読める。

 ここで誰かが亡くなったことは間違いない。そしてそれは事故ではなく自殺だと直感した。花束とワインと煙草が祐介に何かを語りかけてくる。今まで死者に何かを手向けるという気持ちがよく分からなかったが、こうして見ていると何かしら伝わってくるように思える。死者に何をしても無意味と思っていたが、もしかしたらこのワインや煙草を喜んでいるのかもしれない。恐ろしさから逃れるためなのかも知れないが、そう思うと不思議に親密感も感じる。

 手向けるものと手向けられるもの、肉体のある命とそうでない命。そんな風にも思える。桜の木を夜空に見上げると、幹の先端は明るい星を指し示しているように見えた。桜の命と亡くなった人の命と自分の命。そして先端に見える瞬く星。全く別のようだがこの空間ではそれらが溶け合うような感じさえしてくる。全ては混沌として明確な区別など何処にも無いのだ。現実も夢も怒りも憎悪もありとあらゆるものが祐介の中で煮えたぎり泡を吹き出している。

 宇宙を見上げる時に感じるのは、混沌がただ無制限に拡がっていく感覚。美しく壮大な宇宙なんてとんでもない、宇宙こそ不安と恐怖の源なのだ。その感覚は緩慢に命を蝕む生物となって胸の中にしこりのようにこびり付く。一度しこりが出来るとその呪縛から逃れることは出来ない。

 

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その(3) [小説 < ツリー >]

BRITA Maxtra リクエリ COOL 1.1L

  BRITA Maxtra リクエリ COOL 1.1L

 目からうろことはこのことですよ
天然水と変わらず
おいしいです
水道水がここに入ったら
こんなに変わるなんて
思ってもみなかった
コーナンで2480円で買っちゃいました (レビューより)

 

 

                                    第1章 その3

 祐介はしばらく花束やらワインを眺めると、いつものように桜の木に腕を廻し目を閉じた。ざらざらした木肌に体を預けるように密着させていると、皮膚に伝わる堅さとは別の何かが染み込みんでくる。得体の知れないブルーが隅に追いやられてしまうのだ。閉じた視野の中に夜空が広がり、最も奥深い混沌の暗闇から何かがやって来るような気がする。ラジオのチューニングを注意深く合わせるように感覚を尖らせると、瞬く間に視野は閉じてしまい木肌の堅い感触だけが無意味に残る。祐介は伸ばした腕を解くと桜の幹を手の平で軽く叩き大きく息を吐いた。

 いつもこうなのだ。混沌の中に何かを期待するのは馬鹿げていると思うが、一度宿ったしこりが消えない以上永遠に期待するのだろう。麻薬のようだと思った。麻薬のようなしこりが何かに駆り立てる。
 いつもの時間より少し遅く部屋に戻りまた布団に潜り込むと、あの花束とひしゃげた蛙が深い暗闇に浮かんでくる。様々に思いを巡らしている内に意識は薄れ、ぼんやりした感覚の中で桜の巨木に凭れて座る人が見えたような気がした。

 昼頃にメールの着信音で目が覚めた。加代子に違いない。最近は友達からのメールも少なくなり、加代子だけが毎日送ってくる。
『おはよう、起きてる!午後休講だから行ってもいい?』
返信は面倒だからしない。どうせ加代子は来るのだ。大学に入った頃からの付き合いで、付き合い始めた頃はバイトで貯めた金を惜しげもなく二人の旅行やプレゼントに注ぎ込んだ。だからいつも金が無く学業よりもバイトに汗を流すようになった。それが全てだったし当然二人は卒業したら一緒になるものと思っていた。

 四年になってすぐの頃、蛙は突然姿を見せた。アパートのドアを開けた加代子の肩に乗ってやって来たのだ。加代子の嬉しそうな笑顔は見えるが声は聞こえず、口をパクパク開けたり閉めたりしているのが腹話術の人形のようだった。こんな馬鹿げた光景は今まで目にしたことがなく、その馬鹿さ加減に気づかない加代子は性器を丸出しにして尻尾を振りながら町中を歩くメス犬のように思えた。蛙は来る度にその姿を蛇やトカゲなどに姿を変えた。加代子と付き合う楽しみは、その生き物を出来るだけむごたらしい方法で殺してしまうことだった。そして加代子は俺の楽しみに気づかず腹話術の人形のようにパクパク嬉しそうなのだ。

 祐介は布団の中で加代子の肩に乗ってくる生き物を想像した。出来るだけ生命力の強い生き物がいい。しぶとくていつまでも体を痙攣させて死なない生き物がいい。体を痙攣させてぴくぴくする生き物と加代子を重ね合わせるのが一番興奮する。闇の中で上手く重ね合わすことが出来たときは見る見るうちに下半身に血液が集中し、膨張した無敵の武器で加代子と生物を貫き通す。理想のシュミレーションに満足した祐介は夢と現実の狭間を漂いながらまた意識が薄れていった。

 

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その(4) [小説 < ツリー >]

Braun マルチクイック プロフェッショナル MR5550MCA 

Braun マルチクイック プロフェッショナル MR5550MCA

Braun (ブラウン)

 

                          その(4)

  物音で目が覚めると台所に立つ加代子の後ろ姿が見えた。台所といっても小さなシンクに粗末なガス台があるだけである。時計を見ると3時だった。時間に縛られない生活でも時間を気にするのはどうしてだろう。まるで死へのカウントダウンをしているようだ。
「何も食べてないんでしょう?」
「ああ」
「すぐ出来るからね」
 加代子の肩には何も見えない。キャンパスに行かなくなってから、週末や休講になった時には必ず来て世話を焼いてくれる。もういい加減俺に愛想を尽かしてもいい頃だと思うが、俺が加代子に対して冷たくすればする程、情愛を鍛え上げ着実に何かを積み上げてくる。積み上げたモノを何度も蹴飛ばし崩したがそれでもまた営々と積み上げ更に強固にしてくるのだ。
 台所に立つ加代子の後ろ姿が裸に見え、身体のあちらこちらから血が滴っている。なんだか難しい名前の粉を使ったスパゲッティを作っているが、加代子が調理しているのは自分の肉なのだろう。料理を作る事も食べることも性行為なのだ。

 俺は黙ってふくよかな胸の肉や内太股の白い肉を食べた。肉を口へ運ぶのを見るのが好きなのだろう、口に放り込むたびに目が潤んだように光る。食事を作る度に加代子はやせ細り、削った肉を補うためにせっせと脂肪を身体に溜め込むのだ。男に食べられない女は脂肪が増えて身動き出来なくなってしまう。料理の上手い女は自分の味付けに才能を発揮するが、付き合う男が味の分かる男かと言えば決してそうではない。

 食べ終わるといつもの日課であるかのように手作りの粗末なシャワーを浴び、その間に加代子は後かたづけをし、俺が布団にはいると加代子はシャワーを浴びて横に潜り込んでくる。加代子は悲鳴を何度かアパートに響かすと大人しくなる。会話らしいことをするのはそれからなのだ。セックスをしなければ何事も始まらない。終わった後も加代子はねだるように俺の一部分を弄んでいるが、もう一度試みる固さにはならず、ほどよく目覚めさせる程度である。

「俺さぁ、変なもんみたよ、巨木の下の花束。どう見たって自殺の現場でさぁ、最初は身震いしたけどね、見ている内に慣れて、慣れると妙な具合で古い友達に会ったような感じがするんだよね。」

「それって、首つり?」
「もしかして殺人なんて事もあるかもね。、桜の木に縛り付けてリンチ、首つりに見せかけた殺人、恋人を誘い出してグサリなんてね。これから行こうか。」
「冗談やめてよ」
「いや、決めた、行こう。」
「何で行かなきゃ行けないのよ」
「俺の秘密の場所へ行きたいっていってたろう、いいからついて来いよ。タバコとワインを持って行くから。お供え物すればそこでHしたってバチ当たらないよ」
「ふざけないでよ、もぉー」

 怖い物見たさもあるが、ちょっとした期待もあり一緒に行くことにした。辺りはすでに暗く加代子は俺の手を握りながら歩いている。握った手の僅かな動きから気持ちが伝わってくる。料理と同じでもう加代子の中ではスイッチが入っているようだ。
「あの木なのね、凄いわ」
「ああ、見事な奴だよ」
 ひときわ高く空に向かって伸びているシルエットは遠くからでもそれと分かる。笹を避けながら細い道を通りようやくたどり着くと、その根本には花束らしき物が幹に立てかけてある。加代子は俺の後ろに立つとしばらく見つめていた。

「ここに誰かいるような気がする。きっと一人だったら逃げ出しているわ」
「ああ、いるかも知れない」
 だが、そんなことはどうでもいい。加代子の言うことは無視して、いきなり抱き寄せ木に押しつけた。誰が見ていようと聞いていようと構わない。今はこの荒々しい欲情を混沌とした宇宙と得体の知れない暗闇に撒き散らし征服したかった。期待を裏切られ続けた事への復讐のようでもある。
「やめてよぉ」                       
 閉じた腿をこじ開けるように手を入れると中は熱いものが滴り落ちそうになっている。敏感なところに少し触れると膝の関節が壊れかけたように動き、倒れないように支えながら後ろを向かせると、加代子は桜の木にしがみついた。俺も加代子をサンドウィッチにするように桜の木にしがみついた。

 

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その(5) [小説 < ツリー >]

  CCP インテリジェントロボットクリーナー SO-Zi CZ-901R ホワイト

CCP インテリジェントロボットクリーナー SO-Zi CZ-901R ホワイト  ロボットクリーナーってなかなか手の届かない高嶺の花の商品だと思っていたけど暇つぶしにWEBでリサーチしてみたらこれはマジで安い。それでもって機能も充実してそうなので試しに購入してみた。音はちょっと気になる気もするけど、ん!?よく考えたら、どうせいない時掃除させるもんだから問題ナッシングだ。吸引力は友達の家で使ってるルンバより遥かに高い気がする。とにかくちょこまか動き回って飼ってるネコ(名前はキロロ)ともじゃれ合ってその光景がこれまた愛くるしい程可愛い。うん、これは買って正解の商品だね

                            

                           その5

  「さむいよぉー」
 身体の震えが伝わってきたが、固くなったモノを躊躇無く一気に突き上げると悲鳴を辺りに響かせた。加代子の口から吐き出される白い息が月明かりに浮かび、まるで亡霊のように動いて消えていく。震える加代子の白い尻に爪を立てるとひしゃげた蛙の声が聞こえる。それは加代子の声かも知れないがどちらでも構わない。しぶとく痙攣し藻掻き苦しみあえいでくれればいい。それで混沌の闇の快楽を貪ることが出来るのだ。花束とワインとタバコが踏みつけられて散らばった。                                   

 木に凭れてタバコを吸っている間に加代子は黙って供え物を片づけ、用意してきた物を丁寧に並べて置いた。手を合わせると小さな声で「ごめんなさい」と言うのが聞こえた。
「何をあやまってるの」
「だって、そうでしょう、きっと仏様が怒ってるわ」
「仏様?Hで信心深いんだね」
 祐介は加代子が半年ほど前から大学の怪しげな宗教サークルに時々顔を出しているのをからかった。
「それとは関係ないわ」
「あるさ。Hも宗教も同じだよ」
「違うわよ、絶対」
「でもこれほど人を虜にするものはそうないだろう」
「虜になんかなってないよ」
「俺は確実になってるね」
「それなら私の虜って言い直してよ」
「俺はセックスの虜です。俺はセックスの虜です。俺はセックスの虜です」
 祐介は大声で叫んだ。
「じゃぁ、させてくれれば誰でもいいのね」
「そうでもないなぁ」
「じゃぁ私の虜でしょ」
「まぁそういうことかな」

 会話はそこで終わったが、きちんと置かれたタバコとワインを見ながら会話の続きを考えていた。加代子が好きなのか、それとも加代子とするHが好きなのか、Hの出来る加代子が好きなのか、いずれにしてもHなしでは考えられなかった。男とは所詮こんな生き物だと思えば納得できない事もないが、何かが違って思える。何か重大な欠陥が自分にはあるのかも知れない。心の中にとてつもない大きな穴がぽっかりと口を開けているようで、まるで宇宙と同じなのだ。哀しみの欠片が見えたような気がした。
突然加代子がぽつりと言った。

「私が欲しいのは真実だけよ。宇宙にたった一つの真実。セックスでも宗教でもないわ」
「真実なんて何処にでも転がってるさ、Hの中にも真実はあると思うけどね」
「そりゃぁ、満たされるし幸福感もあるけど、でもそんな風には思えない」
「どこかの宗教では究極の快楽の果てに悟りがあるんだって。もしかしたらエクスタシーと死は似たもの同士かもね。セックスと死は肉体の最大の喜びなんだよ。そして生まれることは最大の苦痛、そんなとこかな」
「死ぬことが最大の喜び?それなら人類はあっという間に滅びるわよね」
「そこが難しい所なんだなぁ。今の俺はHが出来るから生きている。Hが出来ないと死ぬな、俺」
「そんなこと言ってるから変になるのよ」
「いっそこの巨木のようになりたいね」
 そう言うと祐介は身震いした。寒さではなく自分の口から出た言葉に身震いした。誰かに聞かれたような気がしたのだ。急に目の前が真っ白になったかと思うと、スパークのような光が見えた。気がつくと、目の前で加代子が驚いたような顔で口をパクパク動かし白い息を吐き出している。
「大丈夫、どうしたの?」
 加代子が祐介の手を引っ張るようにして言った。
「なんか変だった?」
「目の玉が急に吊り上がったのよ、そして震えていたわよ。昔見た弟の痙攣発作みたいだった。自分で分からなかったの?」
「いや、ちょっと……」
「それって一度医者に行った方がいいと思うよ、早く帰ろうよ」
 そう言うと加代子は祐介の手を強引に引っ張り来た道を戻りかけた。祐介は何か心残りで後ろを何度も振り返ったが、桜の木の大きなシルエットが宇宙に伸びているだけで何も変わりはない。ただ誰かに呼ばれたような感じがして気になった。

 

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その(6) [小説 < ツリー >]

                                その(6)

 翌朝加代子は身支度を済ますと、「たまには一緒に行かない?」と挨拶代わりに誘った。爽やかな笑顔が不思議でならない。女はどうしてあんなに爽やかに目覚めることが出来るのだろう。昨夜蹂躙した生き物の数を思い出した。                

 加代子が部屋を出て行くと空虚が身を包む。加代子と触れあっている時だけは生きていると錯覚する。俺はとうの昔に死んでいるに違いない。無数の死骸に囲まれ押し潰されているのだ。頭の中にガムランが鳴り響く。終わりのないリズムの繰り返しは宇宙の果てまで響き逃げ場がない。きっと一人一人逃げられないリズムを持っているのかも知れない。

 どんなにあがいても無駄なのだ。また布団を頭から被った。身体とか心とか精神とかいうものがリズムに揺さぶられバラバラになって宇宙の闇に落ちていく。この手とか足とかは誰の物なのだろう。自分の一部だとは到底信じることが出来ない。ガムランのリズムが激しくなればなるほど自分がミクロの細切れになってしまう。果てしない死の道を彷徨っているのだろうか。

 子どもの頃に毎夜夢見たモザイク模様がぐるぐる回りをしながら闇に吸い込まれていく。空虚というのは空っぽではなくてまとまりのない断片のゴミ捨て場なのだ。全ての関係がずたずたに切り刻まれ何一つ繋ぎ合わせることが出来ない。過去も未来も現在もそして自分自身も壊れたジグソーのようになってしまった。
 
 身体が無性に痒くて堪らない。掻きむしり血だらけになるときは全てを忘れることが出来る。蹂躙した生き物の死骸も消えガムランも聞こえない。宇宙空間を一人で漂っていようともこの痒みがあれば耐えることが出来る。死の誘惑を拒んでいるのはこの痒みなのだろう。

 何度か目覚めそしてまた闇に落ち眠る。もう眠ることが苦痛でしかなくなったときようやく身体を起こし、ぼんやりと辺りを眺め何も変わっていないことを確かめる。変わったのは時間だけだが、時間なんて信用できないし目覚めていることだって信用できない。夢の方が余程真実に近いと感じるし、夢の中に確かな現実がありそうだ。

 しばらくぼおっとしていたが、思い立ったように身支度を調え部屋を飛び出した。
なんだか気持ちが落ち着かない。どうしたというのだろうか。時々何かに突き動かされるように行動してしまう。勝手にストーリーが出来上がり、自分は舞台の上で演出家の言うとおりに演技をしている役者のようだ。そういう時は余計なことを考えない方がいい。何をしてるだとか、バカみたいとか思うと一気にブルーの穴に落ち込んでしまう。何かの衝動を感じるときだけが生きている時間なのだろう。

 まるで酸欠になった魚のように喘ぎながら急ぎ足で巨木の下に着いた。白い息が木々の間に吸い込まれ、夕暮れ近い陽光が斜めに差し込み光と影の境界を際立たせる。何かが充満し辺りを包み込んでいる。死に場所としては最高の場所なのかも知れない。この場所にいつも何かを期待してやってくる。

 

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その(7) [小説 < ツリー >]

世界のナベアツ 3の倍数の時アホになる音声電卓世界のナベアツ 3の倍数の時アホになる音声電卓

 

 

 

                                   その(7)

 混沌という名の期待。混乱した感性。それらが最高潮に達したとき、くるくる回る羅針盤が急に方向を定めピタリと止まる。それが唯一の行動原理なのだ。だがいつもそこには何もない。荒い呼吸がため息になったのを感じながら、加代子が丁寧に並べたタバコやワインを眺めた。落ち葉を踏む足音が聞こえ振り返ると若い女性がこちらを見ている。吸い込まれるように視線が合うと、その女は小さく会釈をしてゆっくり近づいてきた。

「あなたなのね、、お供え物をしてくれたのは」
 祐介は慌てた。衝動の結末はいつも何事もなく無為に終わっていたし、今日も期待は裏切られたと確信していたのだ。狼狽えた自分を繕うことも出来ず自分だと返事をし、偶然この場所を見つけただけなのだと言った。言い終わった瞬間、錆びた巨大な歯車がゆっくりと動き出したような気がした。

「自殺なの。私の妹で紗英と言います」
 返す言葉が見つからず、「そうですか」と言うと俯いてしまった。
「この木は人の命を吸い取るのよ」
 その言葉に驚き顔を上げると真正面から女と視線が合った。まるで無防備と思えるその眼差しが危険な罠なのかそれとも善良な証なのか分からない。吸い込まれるように視線を合わせ続ける不自然さに気が付いて巨木を見上げた。

「あなたも紗英と同じね、きっとこの木に吸い取られてしまうわ」
「どうしてそんなことが分かるのですか?」
「だって、目の色が同じだもの。紗英と貴方が生きて出会っていたらきっと恋人になっていたわ」
 女はそう言いながら近づき、俺の目を見ながら両腕を伸ばし、そのままゆっくりと背中に巻き付けた。今まで味わったことのない香りがする。まるで催眠術にでもかかったように女の背中を抱きしめた。胸が重なり合いお互いの呼吸の動きが伝わってくる。力を入れるでもなく話すでもなくただ黙って抱き合っている。確かなものは何もない。ただあるのは感じる存在感だけなのだ。

 抱きながら状況を理解しようとしたが、何処かに迷い込んでしまった困惑を覚えるだけでただ身を任せるしかない。目に見えない力に翻弄されてしまう不安を感じるが、それよりも女の持つ存在感は瞬く間に思考を停止させてしまった。

「一緒に来てもらえるかしら」
 女は冷静にそう言うとゆっくり腕を下ろし黙って歩き始めた。来た方向とは逆に歩いて行くとやがて視野が広がり、暮れ始めた景色に街路灯の明かりがぽつりぽつりと
見えてきた。この辺りに人家はほとんど見られない。軽自動車がかろうじて通れる程の道をしばらく歩くとようやく古い平屋建ての家が見えてきた。敷地は広く周囲は塀で囲まれている。

 

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その(8) [小説 < ツリー >]

                             その(8)

 案内されて入った部屋は12畳ほどの和室で、一枚板の大きな座卓が置いてある。正面の仏壇はまるで飾り気が無く一段高いところに大きな水晶玉がある。調度品の類はほとんど無く、部屋には不似合いなアラジンストーブと上に乗せられたヤカンがあるだけである。質素だが柱の一本一本が年季の入った色合いで、それを見ているだけでこの家の歴史を感じさせられる。
「妹に線香を一本上げてもらってもいい?」
 そう言われて仏壇の前に座り中を見ると写真立てが置いてある。姉妹とはいえこれほど似ているとは思わなかった。今話している女は幽霊で、甘い罠にまんまとかかったのでなないだろうか。昔見た牡丹灯籠という怪談映画を思い出した。美しい幽霊が男に恋をし、幻影の色香で惑わせ徐々に命を奪っていくのだ。例え見破っても今の俺にはその誘惑に勝てない。不器用な手つきで線香に火を点けたが、こんな所に易々と来てしまった自分が分からない。きっとあの香りのせいに違いない。

 取り敢えず両手を合わせて目を閉じた。目を開け頭を上げると、女も後ろに座り同じようにしているのが気配で分かる。まだ出会って一時間も経たないのに、二人で仏壇の前に座っていると妙な一体感が部屋に漂う。
「ごめんなさいね、突然こんなことになって」そう言うと女は初めて笑顔を見せた。
「その写真が妹の紗英で、私は麻田美緒と言います」女が丁寧に頭を下げた。漂い始めた香りは、巨木の下で抱き合ったときに感じたものと同じだった。
「どうして俺をここへ?」
「貴方のことは前から知ってたわ、桜の木に抱きついているのもね。お供え物を見たとき、あなたに違いないと思ったわ。そして来てくれるような気がしたの」
 そう言うと美緒はお茶の用意を始めた。
「変な女って思っているんでしょう?」
 そう言いながら見せる笑顔は、桜の下で出会った女と同一人物とは思えない。
「俺も変な男って思っているんでしょう?」
「そう、かなり変よね。妹もね、あなたと同じようにしていたわ、そんな女がいたなんて知らなかったでしょう?」
「妹さんも?……俺だけの特別な場所だと思っていたけど……」
「今時はね、変な男の方がいいのよ、本当に変なのはまともに見える男たちよ」
「そんなに変?」
「 自分でも分かるでしょう……。何もかもが見えたような気がするけど、見ようとすると瞬く間に消えてしまう。だから、手がかりを探そうと懸命になってるの。一番確かなのは肉と肉が触れあう瞬間だけ。あなたが生きてるのはその瞬間だけね。」
 随分好き放題言う女だと思ったが不思議と腹は立たない。言われてみると本当のような気もするし、どこか違うような気もする。
「そんなとこかなぁ」と、適当な返事をした。
「美緒さんは変じゃないの?」
「きっと変ね、、そうでなきゃあなたを此処に連れてきたりしないわ」
そう言うと笑顔を見せたが、その笑顔は寂しげなものを感じさせた。

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ツリー 第2章 その(1) [小説 < ツリー >]

「死ぬ瞬間」と臨死体験 

「死ぬ瞬間」と臨死体験 (単行本)

E. キューブラー・ロス (著), Elisabeth K¨ubler‐Ross (原著), 鈴木 晶 (翻訳)

 

 

                        第2章 その(1)

 サイドウィンドウを僅かに開けると冷たい風がヒュウヒュウと音を立てる。足下に当たる生暖かい風が瞬く間に車外に吸い出され、全身の皮膚が熱を奪われないようにガードを固め始めた。魔法にかかったような出会いから一週間が過ぎ、俺は得体の知れない美緒という女とドライブをしている。二歳年上と言うが本当だろうか。でもそんなことはどうでもいい、無表情でハンドルを握る美緒がいい女であることは間違いない。

 何か魂胆があるにしても俺には失うものは何もないのだから。それにこの心地よさは説明のしようがない。加代子もいい女だが、美緒とは決定的に違うものがある。美緒は乱暴に俺のコアを剥き出しにしたが、加代子は絶対にそんなことはしない。そっと美緒の左足に手を伸ばしてみたが、美緒は相変わらず無表情でハンドルを握っている。

「今日ね、合わせたい人がいるの、逢ってくれる?」
「いいけど、どんな人?」
「そうね、一言で言うと海族かな」
「海族?」
「そうよ、海に特別な郷愁を感じる人ね、きっとあなたもそうだと思うわ」
「俺は違うと思うよ、どちらかというと山族。山の中の方が気持ちが落ち着くしね、生まれも育ちも山の中で、遊びも山の中。海とは今まで全然縁がなかったよ。」
「私にはそうは見えないわよ、あなたには絶対海の血が入ってるわ」

  何でこの女は勝手に決めつけるんだろう、俺のことを大して知りもしないくせに……
だが、言われるとそんな気がしないでもない、だんだん暗示にかかってしまいそうな気がする。

  いったい何を考えているのだろう、なぜドライブに誘ったのか見当が付かない。最初は恋人気分で助手席に座っていたが、どうも風向きは違うような気がしてきた。
 他愛の無い話をしながら海沿いの道を走る。芸能界や音楽のこと、映画の話、だけど肝心な話はほとんどしない。家族の事、仕事のこと、これから会いに行く人との関係など知りたいことはたくさんあるが、わざと自分からは切り出さないでいた。

 着いたところは海から遠く離れた山中のしょぼくれた神社だった。ますます分からなくなってくる。
美緒は慣れた足取りで鳥居をくぐり、社務所の裏口へと歩いていった。神社にも色々あるが、これほど侘びしい感じの神社も珍しい。

 清楚な感じとか、厳粛な雰囲気とか、そういったものが何一つ感じられない。ただ、時代から取り残され、人々から忘れ去られようとしているように思える。所々に生えている雑草が尚更その思いを強くする。社務所の裏口は物置のようで、廃材やらが雑多に積み上げてある。

 

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第2章 その(2) [小説 < ツリー >]

死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」―退行催眠による「生」と「生」の間に起こること、全記録 

死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」―退行催眠による「生」と「生」の間に起こること、全記録 (単行本(ソフトカバー))

マイケル ニュートン (著), Michael Neuton (原著), 沢西 康史 (翻訳)

 

 

                           第2章 その(2)

「来たわよ、居る?」
 と、彼女は返事を聞く前に戸を開けた。中から、
「おう、はいれ」
 と太い男の声がして、俺は美緒の後からおそるおそる中の様子を見ながら入った。
古びた畳に安物の座卓があり、その上に大きなアルミ製のやかんが置いてある。粗末な集会所みたいだ。
 声の主は、五十半ばくらいだろうか、日焼けした顔に無精ひげが伸びていて、なにやら作業らしきことをしていた。
「紹介するわ、叔父で、片岡隆一、ここの神主よ」
 男は、「おう!」
 と言うと、人懐っこい笑顔で俺を見た。
「よろしく、田川祐介といいます」
 いきなり逢わされて、どう自己紹介していいか分からない、いったい彼女はどういうつもりなんだろう。こんな男に俺を逢わせてどうしようというんだろう。話の成り行きが皆目見当が付かない。
「君かぁ、毎晩桜の木に抱きついているのは」
「はい…そうですが…」
 いったいこの女は俺のことをどこまで話してるんだ。少し腹が立ってきた。わざわざこんな山奥にまで連れてきて………伊豆にドライブと言うから、少しは期待してきたのに、そんな気分が一気に萎えてしまった。
「どう?」
 美緒は俺を品定めするように男と俺を交互に見ながら聞いた。
いきなりそれは失礼だろうと思い、横目で美緒を睨んだがまるで気づいていないかのようだ。
「うーん、そうだなぁ、感覚は鋭いみたいだけどね、でも、大事なことは分かってないかなぁ、そうでなきゃ、あの桜の木に抱きついたりしないだろうと思うよ」
「大丈夫かしら」と、美緒がさも心配そうな表情で聞いた。
「まだそこまではいってないと思うよ」
 いったい何の話だか分からない。あの桜の木のことらしいが、勝手に大丈夫だとか何とか、この男のさも分かったような口ぶりはどうも好きになれない。
「いったい何の話ですか」と、わざと無愛想に聞くと、美緒が話し始めた。

「叔父さんはね、あの桜の木はだめだって教えてくれたの、紗英を死なすことになるって、最初は半信半疑で、まさかと思ってたわ。紗英には桜の木に近づかないように言ったけど、もう手遅れだったの。私がもっと早く叔父さんの言うこときいていれば紗英は助かっていたかも知れないの。だから今日あなたを此処に連れてきたのよ」

「そういうことだ、美緒の言う通りでね、俺がもう少ししっかりしてれば、あの子をしなせなくて済んだよ。どうにも悔しくて仕方がない。これ以上犠牲者を出したくないんだ」
「じゃぁ、俺は放っておくとあの桜の木に殺されてしまうんですか」
「その通りだね」と、男は自信ありげに言い切った。

 どうせこんな話だろうと思った。こうやって驚かせて、最後にはお守りを買わされてしまうに違いない。それも高価なお守りだ、どうやってその話に持ち込むのか、じっくり楽しみながら観察してやろう。どこかでボロが出るに違いない。こんな不釣り合いないい女が易々と俺の彼女になるはずがない。どこかで美緒を信用し自惚れていた自分がバカバカしく思えてくる。

 

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