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悲劇のブタが生まれた(1) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                     「恋なんて理不尽な夢」

第1章 悲劇のブタが生まれた(1)

 横浜港の夜景が目の前に広がり、運転席では俊介君が黙って遠くの灯りを見つめている。彼は同じ職場の同僚で、女子の間では高嶺の花だ。彼の一挙手一投足が昼休みの話題に出ない日はない。誰にも悟られないよう、必死のラブラブ光線を送り続けた甲斐があった。遂に用意周到に仕組んだ計画が実を結んだのだ。その仕上げが目前に迫っている。モテ男の大半は待男に違いない。このまま手を拱いていては千載一遇のチャンスを逃す。さり気なく辺りの様子を見ると、この岸壁にいるのは私たちの車と、少し離れたところに釣り人が三人いるだけだ。予想通りこの進入禁止区域は人が少なく、ロケーションは抜群だ。
 晩秋の海風は冷たくフロントガラスは暖房でいい感じの曇り具合に仕上がってきた。気づかれないよう、ブラウスの第一ボタンを外しておく。これほどの好条件が揃っているのに俊介は黙って前を見ている。もうフロントガラスは完全に曇っているのに何を見ているのか、やはり高嶺の花は究極の待男なのだろう。いやいやこれぞ最高の技、モテ男のみ可能な待ち伏せ攻撃なのかも知れない。相手が最高の技を繰り出してきたのなら望むところだ。私も最高の技を繰り出すしかない。ドリンクホルダーにミネラルウォーターを用意したのは正解だった。古典的だがかなりの威力を発揮することは実証済みだ。機は熟した。

 私は眠そうな気配を装いながら、怠そうにドリンクに手を伸ばす。半分ほどは飲んでおいた方がいい。横目で俊介を見ると、曇ったフロントガラスを見つめている。なかなか手強いヤツだ。決行するしかない。口の中に半分ほどミネラルウォーターを含み、口を半開きにしたままで喉の奥に流し込むと間違いなくむせる。激しくむせるのは初心者だが、私のレベルになると可愛くむせることが出来る。むせながらコップの水をブラウスにこぼすのがポイントで、胸元に水を少し垂らしておくのも忘れてはいけない。
「うぅ、ゴホッ! ごめんなさい」
 私はそう言って、濡れたブラウスを困ったように見た。後はさり気なくコップを左手に持ち替え、右手でブラウスをつまんで胸元を見えるようにした。寄せて作った谷間も申し分ない。だめ押しでもう一度むせておいた。
「あぁ~大丈夫?」
 俊介が遂に行動開始、私の背中をさすってくれる。この角度なら苦心の谷間がバッチリ見えているはずだ。大抵の男はここで起動し、立ち上がりの早い男ならブラウスのボタンを二つほど外してハンカチで拭いてくれる。ここまで来れば少し恥ずかしそうに見上げるだけで十分なのだ。だが俊介は心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
 そう言うと俊介は、安心したように優しい笑顔で微笑んだ。もう、世話のかかるヤツだ。こうなったら仕方がない。自分でブラウスのボタンを外してからバッグに手を伸ばした。ハンカチを探す振りをしながら、二時間迷って決めた黒のブラも見せた。統計学上は、黒の方が心理的に行動を誘発しやすいからだ。理由はわからないが、何かで読んだ記憶がある。私の選択は間違っていないはずだ。
 おぉ、これだ。俊介の気配が変わった。動きが止まったように感じるのは俊介の理性が活動を停止したのだろう。いよいよ本能が飛び出してくる吉兆だ。

 

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悲劇のブタが生まれた(2) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

悲劇のブタが生まれた(2)

だがここで慌ててはいけない。俊介に十分な時間と隙を与えよう。しかし回りくどいやり方は理性を回復させてしまうので注意が必要だ。本能が目覚め始めたら直球勝負でぐいぐい押していくのが一番効果的だ。
「ちょっとごめんね」
 そう言って、ハンカチで胸元をゆっくり時間をかけて丁寧に拭いた。まだ俊介は本能と戦っている。ここまで来たら最後の一手を繰り出すしかないだろう。ゆっくり顔を上げ、顎を前に突き出すようにしながら目を閉じて見せた。これで駄目なら撤退するしかない。頭の中でゆっくりカウントする。一、二、三、四、まだ? 五をカウントしたとき俊介が動いた。吐息を感じた瞬間、歯に衝撃を感じた。
「キャー!」
 目を開けると身体が傾き全身に鈍い衝撃を感じた。俊介が大声で叫んだが何を言ったかわからない。サイドウインドウに水面が見える。
「助けて! 助けて!」
 懸命に叫んでドアを開けようとしたがどうにもならない。窓もロックされて動かない。車内に海水が噴き出すように入ってくる。俊介は気が狂ったように窓を叩き、足でフロントガラスを蹴っている。車が沈んでいくのがわかる。もう海水は胸の辺りまで迫ってきた。身体が海水で浮き上がってくる。こんなところで死にたくない。苦しくなって俊介にしがみついたが、俊介はまだ蹴っている。苦しい、喉に海水の流れ込むのがわかった。

 いい香りがする。身体は柔らかいもので包まれとても心地いい。今日は日曜日……いや月曜……仕事………えっと………確か俊介と………俊介!! そうだ、私たち車ごと岸壁から海に落ちたはずよ。私生きてるわ! 恐ろしい記憶が蘇り心地よさを断ち切るように目を開けた。  
 目の前に髪の毛をくしゃくしゃにした女の後頭部が見える。状況が理解出来ない。慌てて起き上がったが、なんだかいつもの感じと違う。目線の位置が変だ。立ち上がっているはずなのに目線は三十センチほどしかない。足元を確かめると変な足が二本見える。どう見てもブタの足。それも前足だ。試しに右手を動かすとブタの前足が動いた。これって夢?そう思いながら左手を動かすとまたブタの前足が動いた。夢にしてはリアルすぎる。頭に手を乗せようとしたがどうやっても出来ない。ジャンプしてみたが明らかに感じが違う。お尻だけが変に動いている感じだ。
「どうしたの? まだ早いよ」
 女が寝返りをしながら言った。
<絵里子! 何であんたがここにいるの? どういうこと?>
「花子、うるさいよ、今日は日曜だからね、散歩はあとで、わかった? あとで!」
<絵里子! 私よ! 一美よ! 変なこと言わないでちゃんと私を見て!>

 

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悲劇のブタが生まれた(3) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                                 悲劇のブタが生まれた(3)

 私は絵里子の肩を揺り動かしたが、その手はどう見てもブタの前足だ。何がどうなっているのか、悪い夢を見ているとしか思えない。絵里子は私を無視するかのように手を払いのけた。自分の身体をもう一度確認したがやはりブタとしか思えない。いや、私はブタ以外の何物でもないように思える。顔が見たい。夏のボーナスをつぎ込んで整形した私の顔が見たい。鏡はどこなの? 室内を見回すと鏡は見つけたものの目線より高いところにある。あれじゃ見えないわ。もう一度見回すとテレビを見つけた。あの黒い画面に映せば見えるはずだわ。ベッドから床に飛び降りたがテレビも少し高い。ローテーブルがある。あの上に乗ればきっと見える。ひょいと飛び乗りテレビに顔を向けた。

<あぁ~! 何よ! 嘘よ、嘘! あり得ない、きっと何かの間違いだわ>
 私は何度も何度も振り返っては見直した。だけどテーブルの上には黒い小さなブタが乗っているだけだ。私はどこに行ったのよ、絶対あれは私じゃないわ。だけど、私の見ているのは紛れもない黒いブタ………てことは………私はブタの中にいる? つまり、つまり、………私はブタ? なんで、なんでこんなことになったのよ。私が何をしたって言うの?悪いことなんかしてないわ、そりゃ少しはしたけど、でもそんなの小さなことばかりよ。こんな酷い罰を受けるようなことじゃないわ。私は俊介と決めデートをしてただけよ。あの時だわ。急に車が動き出して海に落ちて………苦しくなって………あぁ、思い出せない。私は死んだの? いや、ここに生きてるわ、でも、でも私はブタじゃない、人間よ。ブタの私って何なの? 
<もう、いやー!>

「花子! 花子! うるさいわね、何を走り回ってるの?」
 絵里子が頭を掻きむしりながら起き上がってきた。私の、違う、このブタの名前は花子らしい。絵里子が私を捕まえようと手を伸ばしてきた。何で私が絵里子に捕まえられなくちゃならないのよ、あんた、私の後輩でしょ。仕事だって教えたし、恋愛の相談にも乗ったじゃない。何でよ! 何で! 
「待て、花子! お座り! お座りったら、お座り!」
 絵里子はしつこく追いかけてくるが、もうどうなってもいい。全力で走り回れば元の私に戻れるような気がした。心臓が止まるまで走ってやる。
「姉ちゃん、朝からうるせぇよ」
 誰か若い男が部屋に入ってきたが、そんなことは構わない。私はその男の膝に鼻から突っ込んだ。
「痛ぇ! 何だよ!」
「花子を捕まえて!」
 運動神経の鈍い絵里子はかわせそうだが、男は敏捷に手を伸ばしてくる。身体があちこちぶつかって痛い。それでも捕まりたくない。ドアが開いた。思いっきり飛び出そうとしたら、頭を押さえられ、必死で藻掻いたが両手で抱え上げられた。頭の禿げたオヤジが嬉しそうに笑っている。
「花子、どうした? お腹空いたか?」
 なんだこいつ、絵里子のオヤジか? なんか酸っぱい匂いがして気持ち悪い。

 

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悲劇のブタが生まれた(4) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                           悲劇のブタが生まれた(4)

 結局私は絵里子に連れられ散歩に行くことになった。何を言っても鳴き声にしかならない。勘の悪い絵里子は何も気がつかないし騒いだところでどうにもならない。情けないけどしばらく様子を見るしか無いみたいだ。
 向こうから白い大きな犬がやって来る。確かゴールデンレトリーバーとか言う種類だ。
大人しくて飼いやすいらしいけど私は好きじゃない。と言うより犬が嫌い。特に理由はないけど、今まで犬を飼ったこともないし、これからも飼おうなんて気はない。犬の為に貴重な自分の時間を割いて散歩に行くのも嫌だし、動物の世話なんて考えただけでもゾッとする。
 絵里子が優しい声で挨拶をして、ゴールデンは私を睨みながら近づいてきた。
<もうどうにも何ねぇよ、諦めて気楽にやんな>
 え? 犬が話したの?
<ちょっと待って!>
 私は振り返って叫んだが、鳴き声にしかならない。絵里子は強引に引っ張り先に進もうとする。ゴールデンは振り返りながら歩いていったが、哀しそうだった。もう何がどうなっているのか頭の中が混乱してきた。自分の境遇が余りにも突飛すぎるし理解の範疇を超えている。とにかく元の自分に戻りたい。そうだわ、来たのなら戻る道もあるはず。絶対そうよ、何か元に戻る方法があるはずよ。あのゴールデンと話したい。ほかの犬も話せるかと思ってすれ違う度に声をかけたが、他に話せる犬はいなかった。

 散歩が終わると家の中では自由に出来る。何とか私のことを知らせようと考えたがいい方法がない。絵里子をじっと見つめれば何かを感じ取ってくれるかと期待したけど、頭を撫でられペットフードをくれただけだった。元々鈍感な絵里子だが話にならない。この手では文字も書けないし、キーボードも打てない。仕方なく絵里子のベッドに乗り色々思い返してみた。
 俊介と車ごと海に落ちて苦しかったことはありありと思い出せる。だけどそこからあとは何一つ思い出せない。突然絵里子の部屋に飛ばされた感じだ。しかもブタの姿だ。私は、いや、私の身体はどうなったんだろう。あ! 今日は日曜日だって絵里子が言ってたし、リビングのテレビでは歌手の岬千香の挙式が今日だと放送していた。
 と言うことは………私が俊介とデーとしたのは昨日で、海に落ちたのは深夜。もし死んでいたら絵里子に連絡が入るはずだし、こんなにのんびり散歩なんかしていないわ。でももし誰にも発見されずに海の底に………あり得ないわ。あの岸壁には私たち以外に三人いたから誰かが気がついたはずよ。
 嫌な胸騒ぎがする。暗い海の底から車が引き上げられ、中から水死体となった私と俊介が発見される。生きていようが死んでいようが二人は病院に搬送されそこで死亡宣告を受ける。家族にはすぐ連絡されるがそれで事は済まない。きっと家族は警察から事細かに事情聴取を受け、私は死因を特定する為に素っ裸にされるに違いない。やって来るのはスケベそうな中年の刑事だわ。そして隅々まで舐めるように観察されて、エッチをしたかなんてことまで調べられる。
 ああ、もうこれ以上考えたくない。毒物とか睡眠薬とか麻薬とかも調べられて、最後に解剖なんかされたら最悪。でもそうかも知れない。絵里子に何の連絡も来ないのはまだ解剖中だから? もうイヤ! 恐ろしくなって絵里子の布団に頭を突っ込んだ。 

 

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悲劇のブタが生まれた(5) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                               悲劇のブタが生まれた(5)

「一美! いつまで寝てるの、遅刻するわよ」
「………あと五分」
「もう三回目よ、起きて!」
 ママの三回目という言葉でようやく身体のスイッチがオンになる。いつものことだけど、世の中でこれほど恨めしい言葉はないと思う。気持ちは精一杯抵抗しているのに身体は従順に動き始める。ママは私が身体を起こすまで仁王立ちで見ているはずだわ。
「キャー!」
「どうしたの、そんなお化けでも見るような顔して。悪い夢でも見たの?」
「ママの顔が………顔がブタよ!」
「もういい加減にしてよ、ママだって忙しいのよ」
 ママは呆れたように言うと、そのまま部屋を出て行った。スカートに小さな穴があり、そこから出ている短い尻尾を振っていた。鏡よ、鏡! 私は跳ねるようにドレッサーの前に立った。
「キャー!」
 なんで、なんで、なんで! どうしてパジャマを着た私の顔がブタなのよ。まるで絵本に描かれているような服を着たブタがいる。
「姉ちゃん、うるさいよ。寝てらんねぇじゃん」
 弟の声だ。今度は驚かないようにゆっくりドアの方を見た。やっぱりブタ顔だ。
「あんた誰よ!」
 今度は落ち着いて睨みながら言った。
「大丈夫かよ、この顔よく見ろよ、康平だろう」
 そう言って私の方に顔を突き出した。
「あんたもブタなのね、この家はみんなブタ顔なの?」
「わけわかんねぇよ、一度病院行きな」
 康平の声で話すブタはそう言って部屋を出て行った。やっぱりジーンズの後ろに小さな穴があり尻尾が出ている。鏡で自分の後ろ姿を見ようと思ったが首がそこまで回らない。手で確かめようと思っても手が届かない。不便な身体だ。
 覚悟を決めて階下へ降りると、リビングから話し声が聞こえる。
「一美がね、私の顔見て驚くのよ、まるで私が人間か犬にでもなったみたいな言い方するの」
 ママの声だ。
「俺も言われたよ、この家はみんなブタ顔なのかって」
 康平がそう言って面白そうに笑っている。私が思いきってリビングのドアを開けると、予想通りというか、案の定パパもブタ顔で眼鏡をかけている。
「早く食べなさい!」
 ママはそう言って私の席にトーストを置いた。
「食べたくないわ」
 目眩がしてきた。サイドボードの上にはブタ顔の家族写真が並んでいるし、テレビのアナウンサーもブタ顔だし。壁には人間の赤ちゃんがバスケットの中で笑っている写真が飾ってある。
「なんで、なんで、みんなブタなのよ! もうイヤ!」
 私はテーブルを両手でバンと叩いてリビングを出た。部屋に戻ってもう一度鏡で確かめたけど、やっぱり私は泣きべそをかいたブタにしか見えない。悲しくて悲しくて、もう一度布団に潜り込んだ。

 

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悲劇のブタが生まれた(6) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                            悲劇のブタが生まれた(6)

私………えっと………生きてる! でも変だわ。何も感じないし、それに………見えない! 目の前は白い靄がかかったみたいで身体の感覚がないわ。どういうこと?
「一美! 一美! 一美!」
 お母さん? 聞こえるわ、お母さんの声ね! 
<私はここよ、お母さん!>
 返事をしたのに声が出ない。手や足を動かそうとしたけど身体はシンと静まりかえったままで手応えがない。どうすればいいの………。
「先生、何とかして下さい、お願いします!」
 お母さんの声だわ、私のこと? 私はどうなっているの? 私はここにいるよ! だけど手も足も背中も頭もわからない。まるで宙に浮いてる見たい、身体はどこにあるの?
「最善を尽くしていますが、今は深い昏睡状態ですのではっきりしたことは申し上げられないのです」
 昏睡状態って私のこと? でも私は声も聞こえるし考えることもできるのよ、昏睡なんかしてないわ。
<私はここよ! お母さん返事をして!>
「はっきりしたことが言えないって、助かるんですか?」
「脳幹は生きていますので心臓や肺は自力で動いています。しかし脳のダメージの程度によってはこのまま脳死に至る場合もあります。ですが、脳幹が生きていれば回復するケースもありますので、どうか希望を捨てないで見守ってあげて下さい」
 脳死? 私のことなの? 私は死んだりしないわ。ちゃんと考えられるし声も聞こえるのよ、馬鹿なこと言わないで!
「助かる可能性はあるのですね、どうかよろしくお願いします」
 足音が遠ざかりドアの閉まる音がした。お母さんのすすり泣く声がする。
「大丈夫だよ、一美は必ず目覚める。顔色だって良くなってきたし、先生も回復するケースがあるって言ったろう。一美は頑張っているんだよ。何度も心臓が止まって、それでまた息を吹き返したんだからこの子は生命力が強いんだよ」
「姉ちゃん、頑張れよ!」
 お父さんと康平もいるわ。でも私はひとりぼっちよ、誰か私に気づいて! 
「瞼を三十分ほど開けて固定します。先生の指示で視覚からの刺激を脳に入れます」
 聞いたことのない声、看護師さんかしら。瞼を固定するって何? え? 目の前の霞が突然晴れた。見えるわ! 白い天井と蛍光灯が眩しい。ここが病室だってわかる。私は何でも聞こえるし、目だって見える。昏睡状態なんて嘘よ、すぐに目覚めるわ。でもどうしたらいいの?
<康平! 驚かせないで!> 
「お母さん、俺が覗きこんだら瞳孔が大きくなったよ、姉ちゃんの瞳孔が動いた」
 康平の顔が引っ込むと、お母さんとお父さんの顔がくっついて私の目の前に飛び出した。よく見えるわ、嬉しい。二人の目が潤んでいる。私の目も潤んでいるのかしら、でも何も感覚がない。
<見えるよ! 見えるよ! 私生きてるよ!>
 心の中で叫び、身体のどこでもいいから動かそうとしたけど手応えがない。壁の方を見ようとしたけど、いくら頑張っても天井しか見えない。私の目は動かないの? こんなに見えているのに動かせないの? 私は目と耳だけの生き物なの?

 

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悲劇のブタが生まれた(7) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

            悲劇のブタが生まれた(7)

呼んでも叫んでも誰も答えてくれないし、私はただ受け止めるだけなの? 何一つ伝えられないの? 指一本でもいいから動かしたい。渾身の力を振り絞って身体を動かそうとしたり、声を出そうとしたけどやっぱり身体は何の手応えもない。どこも動いていないのに疲れだけは感じて、重労働を終えたあとみたいな気分がする。誰もそんな私に気がついてくれなくて、時々顔を覗き込んだりする。だんだん天井の蛍光灯が不快に思えてきた。

「ねぇ、一美は本気で臓器提供するつもりだったのかしら。私はそんなこと一度も聞いた覚えないわ」
「だけど、ケースワーカーさんの見せてくれたカードの筆跡は間違いなく一美だったよ」
「私は嫌よ、一美は生きようとしているのよ。こんな時にあのケースワーカー非常識よ」

 臓器提供? そうよ、思い出したわ。絵里子が何枚かカードを持ってきてみんなに配ったことがあったわ。何か一つくらいいいことしようって言ってた。まさか自分が脳死状態になるなんて思いもしなかったから、その場の勢いで全部の臓器を提供するようにサインしたような気がする。だって目と心臓はよくて肝臓はイヤなんて理由は無かったわ。だけどなんでそんな話になるの? 私が臓器提供カードを持ってたから? 医者が脳死になるかも知れないって言ったから? 私は生きているし、聞こえるし見えるし考えることもできるわ………。
<イヤ! イヤ! 絶対イヤよ、私の身体をバラバラになんかするのイヤよ、人助けなんかしない! 生きたいの!> 

「目を閉じます」
 看護師の手が私の視野を遮ったかと思うと目の前が薄暗くなって何も見えなくなった。
この次はいつ目を開けてもらえるのだろう、もしかしてもう二度と………。考えるだけで恐ろしい。私がこの世から消えてしまうなんて想像出来ない。でも、もし私が眠っている間に脳死判定されて私が気がつかなかったらどうなるの? 脳波なんかあてにならないし信用出来ないわ。気がついたときには解剖台の上に寝かされていたらどうしよう。誰が助けてくれるの? 大学病院だったら若い研修医の視線に晒されながら、私の身体から臓器を切り取られる音を聞くことになるわ。

「一美、頑張るのよ、あなたはね、特別なのよ」
「そうだよ一美、お前には二人分の命が宿っているんだからね、だから頑張れ」
<何のこと? お母さん、特別ってどういうこと? お父さん、二人分の命ってわからないわ。そんな話し聞いたことないよ、教えて!>
「姉ちゃんが特別ってどういう意味?」
 そうよ康平、ちゃんと聞くのよ。

<なぜ黙ってるの、二人とも何か言ってよ!>
「私から話すわ。一美はね、双子だったの。でも普通の双子じゃなかったの」
「普通じゃないって………?」

 

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悲劇のブタが生まれた(8) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                            悲劇のブタが生まれた(8)


「結合双生児だったの、シャム双生児のことよ。腰のところが繋がってたわ。妊娠五ヶ月の時にそのことがわかってね、とても悩んだし苦しんだわ。でも生まれて来る時には覚悟を決めていたの。どんな姿で生まれても大切に育てようとね。二人とも可愛くて大きな声で泣いたわ。名前は一美と薫って決めてた。でもね、生まれてみると色々問題があってこのままでは二人とも生きられないって。早く分離手術をすれば一人は助けられるから生かす一人を選ぶように言われたの。なんて酷いことを言う医者だと思ったわ」

「それで姉ちゃんを選んだ?」
「………お父さんと二人で一晩泣きながら抱いて考えたわ。いくら考えても決められなかった。窓から朝日が一美と薫の顔を照らしたわ。そしたら薫が笑ったように見えたの。選んだのは薫よ。それから手術までの間、ずっと一美の身体を撫でお乳を飲ませ歌を歌ってた。涙がぽろぽろこぼれたわ。一美はお腹が一杯になると私の歌を聴きながら気持ちよさそうに眠ってた。看護師さんが連れに来たときも一美は気持ちよさそうに眠ってたわ。私は看護師さんを断って自分で手術台まで連れて行ったの。母親として出来ることはもうそれしかなかった。二人を手術台の上に乗せたけど手を離すことが出来なかったわ。私が手を離せば手術が始まるのよ、わかる? お父さんが後ろから私の身体を抱きしめるようにして手術台から引き離したの。お父さんの手が震えていたのを覚えているわ。私は抱き抱えられるようにして廊下に出て泣いたわ。連れ出したお父さんが憎らしかった。しばらくしたら看護師さんが血相を変えて飛び出して来たの、薫が危ないって。中に入るとまだ手術前で二人の胸にセンサーが取り付けられていた。モニターの一つは元気そうな波形が見えたけど、もう一つは壊れてしまったように見えたわ。何の予兆もなく薫の心臓が突然動きを止めたって説明してくれた。分離手術は終わり傷跡には薫の皮膚を移植したわ。薫はね、自分で死ぬことを選んだように思えてならないの。生まれたばかりの赤ちゃんにそんなことが出来るはず無いと思うけど、でも母親の私にはわかったわ。薫は一美の身体の中で一緒に生きようと思ったのよ」
「姉ちゃんはそのこと知っているの?」
「話してないわ。知ってるのは私とお父さんだけよ。だから一美は絶対死んだりしないわ。だって薫も一緒なのよ。きっと薫が助けてくれる」

 私が結合双生児? 薫? 私の中で一緒に生きてるって? 訊きたいことは山ほどあるのにこれじゃ何一つ訊けないじゃない。 
「生きて分離出来てれば俺にもう一人姉ちゃんがいたのか………話してみたかったなぁ」
 何暢気なこと言ってるのよ。私は解剖されるかどうかの瀬戸際なのよ!

「話したことあるわ」
「え? なんで?」 
「結合双生児ってね、身体が一つになっても二人で共有出来るのよ。だから今でも薫は一美の中で生きてて、一美が眠ったりすると顔を出すことがあるの」
 お母さん何を言い出すの、私は一美で薫じゃないわ!
「眠ってるときに?」

 

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悲劇のブタが生まれた(9) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

           悲劇のブタが生まれた(9)

「そうよ、時々夜中に目を覚まして起きてくることがあるでしょう、あの時は薫よ。康平は気がつかなかった? 一美は眠っていて薫が目覚めていたのよ」
「まさかぁ、普通に話してるんだよ、いつもの姉ちゃんだったよ」
「違うわ。一美が目覚めてから夜のことを訊くと何も覚えていないのよ。だけど夜中に目覚めたときに訊くと前の日の夜のことを覚えていたの。夜中に行動したことを完全に覚えていなければ夢遊病だけどそうじゃなかったわ。子どもの頃ちゃんと専門医にも診て貰ったから確かよ」
「それって、多重人格とかじゃないの?」
「それも違うわ。一美と薫は元々一卵性だから性格も思考もそっくりなのね、多重人格だと明らかに違ってるはずよ」
「いつから?」
「はっきり気がついたのは小学校に入学した頃だったわ。夜中に目覚めてね、リビングで編み物をしている私の隣にちょこんと座ったの。寝ぼけてるのかと思ってしばらく見ていたら習ったばかりのひらがなをノートに書き始めたわ。後でノートを見た時は心臓が止まるかと思った。かおるって大きな字で書いてあったの。次の日の夜にね、薫って名前を呼んだら嬉しそうに返事をしたわ。その時からお母さんと薫は話すようになったの。知ってるのはお母さんとお父さんだけよ」
「今の姉ちゃんは薫なの?」
「………お母さんにもわからない。でも二人とも生きようと頑張ってると思う」
 私が眠っている間に薫が………何も知らなかったわ、私が眠れば薫が目覚めるのね。今もいるの? 私も薫と話したい………薫………薫………。

「花子、起きて!」
 はなこ? 薫は? お母さんはいるの?
「今日は天気いいから布団干すのよ、あんたの寝床はあっちでしょ!」 
 絵里子だわ。また私の前で仁王立ちしてる………確か同じようなことが………思い出したわ、私は黒いブタ? そうよ、私は絵里子に連れられて散歩に行ったわ。どうしてこんなことになるのよ。
 私は病院で目を覚ましてお母さんの話を聞いたわ。薫のことも覚えてるし、目を開けて天井を見たのも覚えてる。
 それなのに今の私は絵里子のブタになってる。これって悪い夢?

<痛い! なによ!>
 絵里子が私の頭を叩いた。睨み返したが絵里子の手はもう一度振り下ろされそうだ。会社ではカワイコぶってるくせに家では動物虐待じゃない。でも取り敢えず逃げるしかない。身体を動かし始めたがもう遅かった。絵里子に頭をもう一発叩かれベッドから転がり落ちた。
運動音痴の絵里子を舐めすぎた。
<ブスえりこぉぉ!!>
 私は叫びながら絵里子の膝に体当たりをしてやった。当たり所が良くて絵里子の尻がストンと床に落ちて悲鳴が家に響いた。やっぱり私の勝ちだわ。

 

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悲劇のブタが生まれた(10) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                          悲劇のブタが生まれた(10)

 絵里子が起き上がる前に部屋を飛び出しリビングのソファーの裏に隠れた。まだ自分の境遇が信じられないけど、これは夢でも幻でもないと思う。私は一美で病室のベッドに横たわっている。どうやら昏睡状態が深くなるとブタになってしまうようだ。しかもドジな絵里子のミニブタだ。原因は薫のような気がする。一つの身体に私と薫が同居しているってお母さんが言ってたけど、それが本当なら今頃薫は私の身体で目覚めているのかも知れない。それとも私の代わりに脳死と懸命に戦ってくれているのだろうか。元の身体に戻ったら脳死状態なんてイヤだわ。だけどこんなに簡単に身体から出たり入ったりできるなんて信じられない。しかもブタの身体なんて。せめて精悍なシェパードとか、可愛いトイプードルなんかだったら良かったのに。でもここでジタバタしても仕方ないし、この身の境遇を受け入れるしかないんだわ。私の家族が皆ブタだったような気もするけど、あれは何だったんだろう、ブタの見た夢? あり得ない! もしかしたら私の生きてる人間の世界はとんでもない虚構の世界だったりして………壮大な虚構か夢の世界。それを真実不変の世界と勘違いしているのかしら。本当はもっともっとダイナミックに変化しているような気もする。そうでなきゃ、私がいきなりブタになったりしないわ。自分がいつも人間でいられるなんて幻想に違いない。誰だって気がついたら犬や猫になってるかも知れないのよ。朝の散歩で出会ったゴールデンもそうだったのね。もし薫がいなかったら今の時点で私の身体は脳死になって解剖されて、そして私は死ぬまで絵里子のブタかも知れない。きっとそうだわ。でもブタはイヤ。昏睡状態でも元の身体に戻りたい。何とか出来ないかしら。そうよ、精神統一すれば戻れるかも知れない。心で念じるの。私の身体を思い浮かべて、強く念じて………うぅぅー

「おーい絵里子、花子が唸ってるぞ!」
「どこにいるの?」
「ソファーの裏だ」

<痛い!>
 また絵里子が仁王立ちで目の前にいる。もう一度突進しようと思ったら、絵里子にしては素早く私の身体を掴んで抱き上げた。
「何度言ったらわかるの! ぶつかるのはダメ!」
 わかったよ、もうやんないから早く下ろして欲しい。こんな宙ぶらりんの姿勢で持ち上げられたらいい気持ちしないし、私はそれどころじゃないの。生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ。私がこれほど絵里子の目を見つめているのにまだわからないの? 何か感じるでしょう?
「花子って、すごく見るよね。何が言いたいの?」
<私は一美よ、一美! 頼むから早く下ろして頂戴!>
 まぁ下ろしてくれたけど何もわかってない。でもそうよね、まさか私がブタなんてわかるはずないわ。わかったら絵里子は天才よ。

 携帯が鳴ってる! きっと私のことよ、早く出て!
「もしもし、うん………え! それで? 場所は? わかった。すぐ行く」
 絵里子が慌ててる。
「お母さん、俊介さんから電話でね、一美先輩が車ごと海に落ちて意識不明の重体なんだって、俊介さんも同じ病院にいるって」

 

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