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第4章02 [宇宙人になっちまった]

 予定より早かったせいか研修室にはまだ誰も来ていない。夢実は絵里子に落ち着きが無くなったことに気付いた。
「浜辺くんまだ来てないよ~」
 夢実が意地悪っぽく言った。
「別に待ってないよ、エフはまた円盤で来るのかなって思ってただけよ」
 絵里子はそう言って誤魔化したが、視線は空ではなく、駅方向ばかり見ている。夢実は絵里子に言われてエフが気になり始めた。今日も円盤で来るのだろうか。
 敬一と陽介は夢実たちとは別のところで話している。夢実は敬一と色々話したかったのに不自然な感じで夢実たちを避けるように移動したのだ。どうせ学校の女の子の話でもしているに違いない。そう思って近寄らないようにしている。
 室内のあちこちで話し声や笑い声が響き始めた、浜辺青磁も仲間と楽しそうに話している。絵里子はその中に入れず夢実と一緒にいる。
「いいかな、全員集まった?」
 後藤ドクターの大きな声が聞こえると、浜辺がそれとなく人数を数えた。
「全員来ています。あと、エフだけです」
 そう言われて皆が窓の外を見たとき、
「お待たせ」
 と言ってエフがドアから入ってきた。小さなエフはテーブルほどの高さで、首を伸ばさないとよく見えない。どうやってここまで来たのか分からないが、ドクターはエフを確認するとすぐに本題に入った。
「それではまずそれぞれの班の様子は僕から話そう。どの班も直接悪魔に襲われたという話は聞いていないが、身近なところで悪魔を目撃した事例はあった。実害は無かったが、危なかった事例もある。サードブレインが近くにいなかったら確実に犠牲者が出ただろう」
 ドクターは簡単に各班の状況を話すとエフを前に呼んだ。小さくてよく見えない。ドクターはエフを抱き上げ机の上に座らせた。
「スーツは着ているよね、着れば着るほど馴染んでくるからね」
 皆は頷いてエフの話を聞いている。
「知りたいのは岩田、清水、千葉の三人のその後だよね。状況は知ってる通り警察に追われている。僕は和歌山の上空から様子を探ったんだ。逃げた方向には余り人がいなくてね、ひどく時間かかったけど、ウェーブを使って三人の反応を見つけたんだ。古くて壊れそうな大きい建物があってね、そこに居るってわかった。余り近くまで行くと悪魔に気付かれるから詳しくはわからないけど、そこは三人だけじゃなくてね、もっと沢山の人がいるみたいだった。それとね、人の数よりもっともっと沢山の悪魔も感じたんだ。何か企んでいるのは間違いないよ。このままにしておくと大変なことが起きそうな気がするんだ。人間の警察なんか役に立たないからね、乗っ取られておしまいだよ。だからね、僕たちしかいないんだ。奴らの正体が分かるのは僕たちだけなんだ。僕はこの星が好きだからね。奴らの好きにさせたくないんだ」
 今日のエフは笑顔を一度もを見せないし、いつもの幼い話し方でも無い。感情的で、聞いている者に危機感を感じさせる。

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第4章03 [宇宙人になっちまった]

「常識的な判断としては、警察に任せるのが一番だがね。しかし、エフの言うように警察は役に立たないだろう。拳銃を持った人間が悪魔に乗っ取られたらおしまいだからね。悪魔の思う壺だよ。かといって余り君たちに関わらせたくないんだ」
 ドクターはそれだけ言うと黙り込んでしまった。
「あの、僕のグループが和歌山に行って偵察してきます。三人とは誰も会ったことないので顔を見られても大丈夫だと思います。近くまでエフが連れて行ってくれれば簡単です」
 言ったのは陽介だった。確かに陽介の言うとおりだと敬一も思った。
「僕も大丈夫です。ハイキングだと言えば怪しまれることはないと思います。限界集落や廃校を訪れるのは密かなブームですから」
 敬一が賛成すると、
「私も行くわ。敬一のサードブレインより優秀だから悪魔もすぐ見つけられるしね」
 元気な声で夢実が言った。
「夢実が行くなら私も行くわ。でも怖くなったらすぐ迎えに来てね。それと時間が余ったら温泉行ってホントのハイキングもしたいわ」
 絵里子は温泉とハイキングが目当てのようだ。敬一は絵里子が一緒だとお荷物になりそうだと思ったが、夢実は一緒に行くつもりなのでなんとも言えない。
「僕も一緒に行くよ。あそこに何があるか確かめたいんだ」
 エフが来てくれるのが一番頼りになる。敬一は心強く思った。
「あ、でもね、一つ言っておくけど、僕は円盤から外に出ると弱いんだ。だから何にもできないよ。持ち出せる道具もあんまりないしね」
 エフは申し訳なさそうに言った。
「大丈夫、俺に任せろ、オンブしてやるよ」
 陽介が威勢よく言った。
「そうか、わかった。他に選択肢はないようだね。僕も一緒に行きたいけど、顔がすぐにバレてしまうからね。よろしく頼む。こちらでできることがあれば何でも協力する。遠慮なく言ってくれ」
 ドクターはそう言って敬一たちに頭を下げた。しかしなかなか頭を上げない。
「先生、そんなにしなくてもいいですよ」
 敬一が言うと、ドクターはゆっくり頭を上げた。
「そうだな……その通りだ……」
 獲物を狙う蛇のような目が敬一を睨んだ。
「先生!」
 そこまで言うのがやっとだ。突き刺すような視線に身体が動かない。教室の中が凍り付いた。
「どうせ……俺らは……死ぬ……死ぬんだよ!」
 ドクターは大声で叫び、机を突き飛ばしながら窓際に走った。
「陽介止めろ!」
 敬一が叫ぶと、陽介はドクターの腕を掴んで引き戻そうとしたが、勢いのまま頭から窓に突っ込んだ。窓ガラスは鈍い音を立てて外に飛び散り、上半身から外に飛び出してしまった。敬一はかろうじてドクターの足を捕まえたが、重さに耐えられず手を離してしまった。誰もが落ちたと思い、地面に叩きつけられたドクターの姿を想像した。窓際にいた陽介が下を覗き込むと、円盤がゆっくり上昇してくるのが見えた。その上にドクターが額から血を流して倒れている。

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第4章04 [宇宙人になっちまった]

「みんなビームを!」
 エフが叫び、敬一は気持ちをドクターに集中した。他の仲間も同じようにしている。円盤が窓の高さに来て、陽一がドクターを室内に引きずり降ろした。粉々になったガラスの破片を取り除き、誰かが額の血をタオルで押さえた。その間も敬一たちはビームを送り続けた。これが効果があるのかわからないがエフはもっとビームをと叫んだ。車のエンジンを動かしたときと同じような感覚だ。きっと何かのエネルギーが届いているに違いない。ドクターの胸が上下に大きく動くと、うめき声を出して両手をバタバタ動かし誰かが倒された。
「目が開いたわ!」
 夢実が大きな声で言うと、側にいた陽介が肩を揺らしながらドクターの名を呼んだ。
「うぅ、俺は? どうなった?」
 ドクターは床から皆の顔を見上げながら訊いた。
「先生、死ぬとこだったよ」
 陽介が応えると、ポカンと口を開けて何かを思い出そうとしている。
「そうか、悪魔に……」
 ドクターはそう言って首に手を廻した。ネックレスがない。
「取り憑かれた奴にを引きちぎられた。電車だ」
 ドクターは悔しそうに言った。
「言ってることも何をしてるかもわかってた。でもどうにもならない。頭の中でどれほど叫んでも身体は言うことを聞いてくれなくて窓に向かって走り出したんだ。円盤が助けてくれなかったら地面に叩きつけられてた。目の前に円盤が現れたことははっきり覚えている。あとは気がつくまで何も覚えていない。俺を乗っ取った悪魔はどうなった?」
 ドクターは額のタオルを手で押さえると顔を歪めた。
「みんなでビームを送り続けたからいなくなったと思う。でも見えなかった。誰か見た人いる?」
 敬一が訊いた。
「はっきりとは見てないけど、先生が頭を下げるときに黒い影が見えた。外の銀杏の枝の影かなと思った」
 他のグループの女子が小さな声で言った。しかし、出るのを見た人はいないようだ。
エフはドクターの様子を注意深く観察していたが、ポケットに手を入れると、
「新しいネックレスだよ」
 とドクターの目の前に差し出した。ドクターはしばらく黙ったまま見つめている。
「早く着けた方がいいよ」
 エフが促すと、俯いたまま身体を小さく震わせ始めた。

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第4章05 [宇宙人になっちまった]

「弱っているけどまだいるようだね。どうしようか。悪魔は正体を見つけられるとおしまいさ。何にもできないんだ。ビームで相当弱ったからね。見つからないように逃げるつもりだったかもしれないけどね」
「でも殺せないんでしょう?」
 夢実が訊いた。
「そうだね、ほんとに嫌な奴らだよ。量子サイズのくせに、集まると悪いことばかりするからね」
 エフはそう言うとドクターの首に無理矢理ネックレスを着けた。ドクターは身体を捻るようにして嫌がったが、小さなエフの力にも負けてしまった。
「今度こそ大丈夫だ。いなくなったと思う」
 エフの前でドクターは首をうなだれ、放心したように見える。
 ドクターが怪我をしたと連絡すると、休憩中の当直医が来て見てくれた。その頃には自分で話せるようになり、適当にごまかしてその場を取り繕った。頭に包帯を巻かれ大けがのように見える。しばらく休憩して和歌山の話を再開した。
「ありがとう、みんなのおかげで助かった。悪魔に殺されてたかもしれないね。逃げ出したい気分だけど話を続けよう」
 ドクターはそう言ってエフに和歌山の様子をもう一度訊いた。
「さっき話したとおりだけどね、とにかく山奥で近くには誰も住んでいないよ。壊れかけた家が数軒あったかな。空から探さないと絶対見つからない場所だよ。そこはね、木が倒されて丸く平らになっているんだ。その周りには高い木がいっぱいあってね、それだけでも見つからないのに、内側は高い塀で囲まれているんだ。その中に壊れそうな大きい建物が一つだ。若い男女を数人見たかな。サードブレインは三人だけで、あとはノーマルだった。みんな完全に操られていた。あとはね、地上に降りて確かめるしかないと思う」
 エフは見たことを簡単に話してくれた。特にいい考えがあるわけではないが、奴らが何を企んでいるのかわからないことには動きようがない。何もしなければ奴らは沢山の人が死ぬようなことを仕掛けてくるのは間違いない。
 敬一は窓の外を見た。夕暮れ前の西の空から黒雲が近づいている。天気予報通りだが、敬一にはそれが悪魔の大集団に思えた。病院がすっぽり悪魔に取り囲まれてビームもネックレスも、何もかも役に立たなくなってしまうのだ。俺たちは狂ったように仲間同士殺し合う光景が目に浮かぶ。慌ててその光景を押さえ込むが嫌な余韻だけが残ってしまった。
「明日、君たちのグループで行ってもらえるだろうか」
 ドクターは陽介を見て声をかけた。敬一は慌てて視線を室内に戻すと、夢実も絵里子も小さく返事をしている。敬一もやや遅れて返事をした。ドクターが悪魔に殺されそうになったのを目の前で見たせいか、少し不安になってきた。ネックレスがあれば安全だと思っていたが、ドクターのようなこともある。スーツを着ていても安心できないし、気は進まないが自分たちにしかできないのだ。
 エフとは明日の十時に桜ヶ岡公園で待ち合わせることにした。この前のようにすぐピックアップしてくれるだろう。乗ったら一瞬で和歌山上空に行けるらしい。

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第5章01 [宇宙人になっちまった]

   第五章
 エフの言うように、乗ったら挨拶をし終わる前に和歌山上空に着いていた。乗り心地は申し分なく心地よいので、これで景色が思う存分味わえたら病みつきになってしまうだろう。大きな窓らしきところから見えている景色は本物だろうかと思うことがある。肉眼で見るよりも鮮やかに感じるし、遠景の徐々に色が薄れていく感じがない。どこまでも鮮やかなのだ。おそらく何らかの補正した映像を見ているのだろう。
 下に見えている光景はエフから聞いたとおりで、深い森の中に円形に拓かれた土地の中央に大きな古い建物が見える。周囲は高い塀と木立に囲まれて、近くまで来てもそこに人の活動する建物があるとは思えないだろう。よく見ると塀に出入り口が一つあり、普通トラックがかろうじて通れるくらいの大きさだ。敷地内には軽トラが三台と、ワゴン車が一台。小さなユンボが敷地の端にある。人の姿は見えないが、建物の窓から中の照明が見える。木々に遮られて昼間でも照明が必要なのだろう。
 余りにも地域から隔絶した様子は、部外者の立ち入りを明確に拒絶しているように見える。とても軽いハイキングで立ち寄るようなところではないし、道に迷ったなんて口実の通用するところでもない。そうなると下に降りてもどうにもできない。忍び込めば間違いなく見つかるだろうし、これはちょっとした要塞だ。見張りがいる様子はないが、よく観察すれば監視カメラや侵入センサーらしきものも見える。見た目以上に警戒は厳重そうだ。
敬一は自分の考えの甘さを悔やんだ。ハイキングの振りをして潜り込むなんて、実際を目の前にすると相当お気楽な計画だと思い知らされる。きっと誰も同じように感じているのだろう。黙り込んだまま誰も口を開かない。誰かの大きなため息が聞こえた。
「エフは宇宙人なんでしょ、いい方法考えてよ」
 絵里子が言った。エフは高度な技術を持った宇宙人だから、困ったことは何でも魔法のように解決してくれると思っているのだろう。敬一も初めてエフを見たときは、見た目は子どもだけど中身はスーパーマンに違いないと思った。自分たちを安心させるために弱い子どもの姿をしていると思ったのだ。でも実際は違っていた。確かに自分たちの知らない技術を持っているし、円盤の性能は考えも及ばないくらい凄いと思う。だけど案外できないことも沢山あるし、自分たちとよく似ているのだ。
「使えるものは電磁波しかないよ。思考力と運動能力を低下させるだけだね。敬一君はビームが出せるし、夢実さんは振動波が使えるからなんとかなるよ。陽介君と絵里子さんはここにいた方がいいね。安全だから」
 エフは建物の様子をチェックしながら言った。
「俺も一緒に行くよ。このスーツとネックレスがあれば大丈夫さ。俺は動画で中の様子を記録するよ。いいだろう?」
 陽介の声がやや高い。こういうときは注意しないといけない。信じられないような失敗をやらかすことがあるからだ。絵里子は行かないないと決めている。予想と目の前の景色が違いすぎたのだろう。エフは円盤から電磁波を操作し、絵里子は監視役になった。
 特に用意するものはないし、身体一つで下りることになる。しかしこれでは見つかったら奴らと乱闘になる。スーツとネックレスと、サードブレインを信じるしかない。

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第5章02 [宇宙人になっちまった]

 エフが合図をすると次の瞬間には地面の上に立っている。妙な感覚が残る。場所は見つかりにくいユンボの裏だ。しばらく隠れて辺りの様子を探った。陽介が携帯で撮影し始めているが、物音がしない。もう少し人の気配とか動く音とか話し声とかが建物から漏れてきても良さそうだ。耳を澄ませても聞こえるのは枝を揺らす風音とか、森に響く鳥の鳴き声くらいだ。これが別荘なら申し分ないくらいリラックスして午睡を楽しめるだろう。だがここは悪魔の巣窟だ。人の命を苦しめて奪って喜んでいる。悪魔に頭を乗っ取られて操られている数人とサードブレインが三人いるはずだ。まずはサードブレインがどこにいるのか確認したい。
 敬一が先頭に立ち、その後ろに夢実、最後に陽介が携帯を左右に動かしながら歩いている。建物の側面に窓があり、その下にたどり着いた敬一は陽介に中の様子を撮るように小声で言った。陽介は頭を出さないようにカメラだけを窓の端に差し出した。数秒撮影して動画を観たが、二人とも声を出しそうなほど驚いている。
「この子……あの池田綾音、天文部の部長の綾音?」
 敬一が手で口を覆いながら訊くと、陽介は顔を何度も上下に動かした。もう一度動画を観ると、池田綾音らしい女の子と男子三人が何か話をしているように見えた。どう見ても池田綾音にしか見えないが、こんなところにいるはずがない。もしかして彼女も悪魔に取り憑かれてしまったのだろうか。エフが電磁波を照射しているから中にいる悪魔は思考力も運動能力も落ちているに違いない。それにいざとなれば俺たちにもビームが出せる。忍び込めそうだと思ったが、数人の所在が不明だから軽はずみには動けない。エフに様子を訊くと、どこにも人の動きは見えないらしい。敬一の見ている部屋の四人だけらしい。どこかに出かけたのだろうか。しかしここを出た形跡はない。どこかにいるはずだ。嫌な予感がしてきた。どこかに気配を消して身を潜めているのだろうか。
 敬一は裏口に廻ることにした。中に入る前に十分周囲の様子も見ておきたいし、外から観察できることもある。二階建ての長方形の建物の側面に沿って移動した。土がむき出しでフェンスの近くは雑草が伸び、車の駐車スペースは土が踏み固められている。通路は獣道のようで、蛇のようにくねりながら裏口に続いている。それ以外の場所は雑草が伸び、刈り取られた形跡もない。
 裏側にたどり着いたが、やはり人の気配はしない。いるとしたら後は二階部分だけだろう。一階部分は他の部屋も用心深くのぞいたが誰もいなかった。裏口のドアの前に座り、壁に耳を当てたが足音一つしない。数人いるはずなのにこの静けさはなんだろう。ドアを開けて中へ侵入するには怪しすぎる。監視カメラの存在も気になる。自分たちの動きは、モニターでニヤついた男たちに監視されているのかもしれない。そうだとすれば飛んで火に入る夏の虫だ。まんまと罠にかかってしまう。

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第5章03 [宇宙人になっちまった]

 敬一は裏口ドアノブを慎重に引き、中に足を踏み入れた。床のきしむ音がする。入ってすぐ左に上り階段が有り踊り場が見える。まっすぐな廊下の向こう側には正面入口が見える。廊下には数枚のドアが有り、そのドアから誰か出てきたら隠れる余地はどこにもない。一階の入り口の部屋には池田綾音たちがいる。二階の様子を探ることにした。階段を一段上がるたびに木造作りの建物はギシギシ音を出す。踊り場で動きを止めて聞き耳を立てたがやはり物音一つしない。罠なら階段の上と下で挟み撃ちにすることができるが、なんの動きもない。
慎重に足を動かし二階に着いた。一階と同じ位置に長い廊下があり、階段はここだけのようだ。ドアの数は少なく、大きな部屋が一つと階段のそばの小さな部屋だけだ。
 敬一は物音のしないことを確かめると、二階の部屋の中に何があるのか確かめたいと小声で言った。二人は黙って頷き敬一の後に続いた。
 ドアを少し開け、隙間から中を覗き込んだが人のいる様子はない。半分ほどドアを開け、中腰で上半身を中に入れると何かに弾かれたようにのけぞり倒れた。すぐ後ろにいた夢実も倒れ、陽介は階段から落ちそうになった。様子を窺ったが気づかれてはいないようだ。敬一は陽介に室内を見るように促し、驚くなよ、と小さく言った。陽介は体勢を整え慎重に身体を室内に入れた。ゆっくり顔を動かすと部屋の正面が見え、陽介はビクンと身体を動かすと固まったように動かない。敬一は心配になり陽介の肩を引いて廊下に身体を引き出した。
「なんだあれは?」
 陽介は放心したように言った。
「吐き気がする」
 敬一は吐き捨てるように言った。
「撮ったか?」
 敬一が訊くと、陽介は首を横に振って撮るのを嫌がった。夢実は二人の様子を見ていたが、陽介を押しのけると、自分の身体を室内に半分ほど入れた。携帯を取り出すと、そのまま頭は出さずにカメラを正面に向け撮影した。すぐに再生すると夢実は声を出しそうになり自分の口を押さえた。
 部屋の正面には祭壇があり、その中央に動物の首が並べられ血が滴っている。猪や鹿、熊の首もある。その頭部に立てられたろうそくが顔に垂れている。

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第5章04 [宇宙人になっちまった]

「ここはヤバい、すぐ出よう」
 敬一がそう言って階段を降りかけると、一階のドアの開く音がする。階段の方に向かってくるようだ。逃げ場はない。敬一は部屋の後ろを指さし中に入ると後から二人が続いた。物陰に隠れたが、ここなら部屋の全体を見ることができる。この部屋は教会の礼拝堂に似ている。子どもの頃友達に誘われて行った近所の小さな教会のようだ。違うのは十字架やキリスト像がないことと、正面に置かれた動物の首だ。息を潜めていると足音が二階にやってきた。階段のところのドアではなく正面のドアを使って入り、すぐに後ろのドアが閉められカチリと鍵のかかる音がした。
「まずい、閉じ込められた」
 敬一が小さな声で言うと、祭壇の方から女の声が聞こえた。
「さぁ、ミサを始めるわ。用意するのよ」
 祭壇の前に立ち、三人の男に命令しているのは確かにあの池田綾音だ。天文部で話してくれた部長だ。天文部で見たときはブレザーの制服に短めのスカートが素敵に思えたが、今は全身を黒いマントで包み、顔だけが見えている。
 真紅の厚手のカーテンが引かれ、室内はろうそくだけの明かりになった。更に数本のろうそくを灯し壁面に置いた。
「いいわ、連れてきて」
 綾音が命令口調で言うと、背の高い男が一礼して部屋を出て行った。その間に残った二人は床に分厚い円形の絨毯を敷きその周囲に数本の燭台を用意した。
「何が始まるの?」
 夢実が小さな声で敬一に訊いたが、敬一は首を横に傾けるだけで何も応えてくれない。その横で陽介は携帯を構えている。
「あの女、何か変よ、よく見て」
 夢実が言った。敬一も陽介も目を凝らして見るが、言ってる意味がよくわからない。動物の首を並べた祭壇に向かって両手を広げたり、何かをブツブツ言っているだけだ。確かに変な行動だがそれ以外に不審なところはない。
「どこが?」
 敬一が訊くと、
「女の身体の輪郭よ、よく見て、変に揺れてるわ」
 そう言われて見れば、確かに揺れてるような気もするが、蝋燭の明かりのせいかもしれないし黒いマントのせいかもしれない。しばらく見ているとその揺らぎが大きくなったような気がした。
「おぉ!」
 陽介が思わず声を立て、慌てて自分で口を塞いだ。三人とも今の声を気づかれなかったか息を潜めたが、どうやら大丈夫そうだ。
「輪郭じゃないわ、見て、悪魔よ、悪魔がいっぱい集まってるのよ、見えるでしょ?」
 夢実が息を殺して言った。敬一も陽介も食い入るように見たが悪魔には見えないし、そもそもどんな姿なのか知らない
「どこに悪魔が?」
「女の周りよ、よく見て、変な黒い影が動いてるでしょ。あの影が悪魔がいっぱい集まってる証拠。なんか始まるのよ」

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第5章05 [宇宙人になっちまった]

 夢実が気味悪そうに言い、二人は息を詰めるようにして監視している。綾音が動けば動く方向に黒い影が揺らめきながら付いて動く。灯りの影とは明らかに違う。何度か手を広げ何かを唱え続けている。綾音の口から発せられる言葉に熱がこもり次第に大きくなってきた。黒い影はもはや光の影のようではなく、黒くうごめく生き物のように見える。敬一にも陽介にもその様子ははっきり見えてきた。三人とも言葉を失ったように見つめている。
 階段から足音が響いてくると、そばにいた男が綾音に知らせた。綾音はゆっくりと広げた手を下ろし、祭壇に向かってひざまずいた。
 正面のドアが開き、数人の男が一列に並んで入ってくる。真ん中に綾音と同じ黒いマントを着た男がいる。ろうそくの明かりだけではっきりしないがどこかで見たような顔だ。男たちは祭壇に向かって半円形に並んで止まると、綾音と同じように片膝をついてひざまずいた。
 綾音はひざまずいたまま先ほどまで唱えていた言葉を繰り返し唱え始めると、男たちも同じように声を合わせて唱え始めた。敬一たちの聞いたことのない言葉で、日本語でないことは確かだが、かといって、聞いたことのある外国語でもない。国籍のわからない言葉だ。強いて言えば中東の砂漠の匂いがする。
 唱える言葉が波打つように高まると綾音は立ち上がり、祭壇から前に進んで半円形に並んだ男の輪の中に入った。男たちは唱えながら綾音を見上げている。
 敬一たちは息を呑んでその光景を見ている。何が起きようとしているのか想像もできない。綾音のそばにいる黒い塊が激しく動き始めた。唱える言葉に共鳴しているようだ。夢実の足が小さく震えているのが伝わってくる。
 男二人が綾音の後ろに立った。綾音は輪の中で、ガウンを着た男と向き合うように立っている。両手を水平に開くと後ろの男がガウンの紐を解き、ゆっくりガウンを後ろに引いた。ガウンの下から露わになった素肌がろうそくの灯りに照らされ、柔らかそうな肌の上を滑るように落ちた。胸の膨らみを隠す一片の布きれすらなく、綾音は揺らめく明かりに晒されている。
 男は綾音の裸身をゆっくり眺めながら、自分のガウンの紐を解いた。バサリと音を立て絨毯の上に落ちると、獲物を狙う蛇のように勃起した下半身が露わになった。
 黒い影が触手を伸ばし、綾音と男の間でうごめいている。
「キルケ様、オルギアを始めてよろしいでしょうか?」
 綾音の後ろの男が冷静に訊いた。綾音がゆっくり首を縦に動かすと、祭壇に置かれたグラスが二人の前に差し出された。赤い液体が溢れるほどに注がれている。
 綾音は赤い液体に舌先を絡ませるように舐めると、唇の間を這わせるように喉の奥に通した。まだグラスに半分ほど残っているが、その半分は男の肩から胸にかけて弄ぶようにかけて流した。流れ落ちた液体は残らず絨毯に吸い込まれ、胸から下半身にかけて血塗られたようになった。男も同じようにグラスを口に運び、残った半分は綾音の肩から胸にかけて流した。

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第5章06 [宇宙人になっちまった]

 黒い塊が綾音に重なるように動き、長い触手が綾音に絡みつきながら血塗られた肌の上を彷徨っている。すでに綾音は目を閉じ、立っているのがやっとのようだ。倒れそうになるのを二人の男が支えている。
「私と……契りを結べば絶対……服従……」
 キルケと呼ばれた綾音は朦朧としながら言った。
「お前の欲しいものは……与える……契約するか」
 綾音が怪しい笑みを浮かべながら訊くと、男は綾音の前にひざまずいた。
「私はキルケ様の下僕。永遠の服従を誓います」
 男はそう言うと綾音の足の甲に唇を押し当てた。それが合図のように綾音は身体をエビのように反らし、支えている二人の男はそのまま綾音を絨毯に寝かせた。綾音に絡みついた黒い触手は男の身体にも絡みついている。触手に促されるように男は綾音の身体に自分の身体を重ね合わせている。もはや男の意思で動いているのか、黒い悪魔の意思で動いているのかわからない。男は何度もうめき声を出し、綾音は折れそうなほどに身体を反らせ、その度に悲鳴を部屋に響かせた。
 二人を囲む男たちの唱える声は二人を砂漠へ迷い込ませ、乾いた砂に二人の汗を吸い込ませている。二人に絡みついた黒い触手はやがて力を失い、砂の上に溜まった汗に溶け込むようにして見えなくなった。
 部屋が静寂に包まれ、ろうそくの明かりが揺らめいている。綾音は汗ばむ身体をゆっくり起こすと、身体を支えられながら立ち上がった。
「下僕に命令する。政治の実権を奪え。準備はできている。お前が動けば支持される。総理は神輿に乗せておけ」
 支えられて立ち上がったのに、部屋に響く声はまるで別の生き物の声だ。とても綾音の口から出たとは思えない。後ろで聞いている敬一はその声を耳にするだけで身体が小刻みに震え始め、夢実は耐えきれず敬一の手を握ってきた。その手は大きく震えている。陽介は声を出すこともできない。
 男は綾音の足もとで顔を伏せて震えているが、尋常な震えではない。失禁したようだ。
綾音は男を見下ろしながら微笑んでいるが、その瞳の奥に潜んでいる奴は計り知れない恐ろしさを秘めているに違いない。敬一のサードブレインがそう警告している。
綾音の周囲を注意深く観察したが、先ほどまで纏わり付いていた黒い塊は姿を消している。男の周りにも見られない。
 綾音が二人の男に支えられながら部屋を出て行き、続いて数人の男たちも静かに出て行った。ろうそくの明かりに照らされた男が床に倒れたまま動かない。敬一たちはようやく震えが収まり、お互いの顔を見合わせた。
「俺たちは何を見てたんだ?」
 陽介が口を尖らせながら言った。
「それに、キルケ様とかオルギアってなんだよ」
 陽介は得体の知れない恐ろしさを肌で知ったが、綾音の裏にいる奴には気づいていない。

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