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第5章07 [宇宙人になっちまった]

「あの男は見覚えがある。多分、自由党の若手のような気がする。国民に人気があって、深夜の討論番組にも何度か出演していたかな。オヤジと一緒に観たことがあるよ。オヤジはあいつのことを頭の切れる男で、カリスマ性があるから将来有望株だって言ってた。ションベン漏らして震えてる男が政治の実権を握るなんて有り得ないだろう、勘弁してくれよ!」
 敬一は話の最後に大きな声を出してしまった。誰もいないと思って油断してしまった。あのションベン男がまだ薄暗い中で気を失ったようにうずくまっているのだ。声を潜めて男の様子を見ると、もう気がついているようで、身体を動かし始めた。かなり怠そうに見える。手を伸ばしてマントを掴むと、ふらつきながら立ち上がりマントの紐を結んだ。ようやく周囲の様子を気にするように見廻し始めた。敬一の声が聞こえていたのかもしれないが、仲間と思ったのだろう、それ以上気にする様子はなく廊下に出て行った。
「早くここから逃げようよ」
 夢実が心細そうな声で言った。陽介も敬一も同じ気持ちだが、まさかあれだけの人数がいるとは思わなかったし、悪魔の数も相当だった。出口は二カ所だけど、どちらから出ても見つかりそうな気がする。いざとなればパワースーツを信じるしかないが、できれば避けたい。陽介と顔を見合わせたが他に方法がない。階下の様子を探りながら慎重に下り始めた。あれほどの人数がいたのに物音一つしないのが不気味だ。踊り場から足を踏み出すと床のきしむ音がした。敬一たちではない。
「現れたわね、まさかオルギアを見られていたとは知らなかったわ。下僕が教えてくれたの、まだ誰か上にいるのかってね。どこかで見たことあると思ったら、天文部へ来たわね。せっかくだから私の正体を教えてあげる。私は女神よ。男に最高の幸せをプレゼントするの。下僕になりたがる男が多くて困るわ。だからね、私は一流の男しか下僕にしないの。
お前の正体は知ってるわ、サードブレインね。私たちの邪魔者だわ。三人を捕まえてペットにしているけどその割には優秀で使えるわ。もう一人の女もサードブレインね、一緒にペットにしてあげる。もう一人は動物にして飼ってあげる。ここにいる動物は元人間で私に懐いているの。かわいい子は生け贄にしてあげる。ほら、祭壇にいたでしょ」
 綾音はそう言うと顎を少し動かした。後ろにいた屈強そうな男が敬一と陽介の腕を掴んだ。
「おしまいだ、諦めろ」
 胸板が厚く格闘技でもやっていそうだ。
「そこ、どいてよ、出るんだから!」
 夢実がヒステリックに言うと、別の男が夢実の腕を掴んでねじり上げた。つま先立ちになって痛がる夢実は敬一の目を覗き込むように見た。
「夢実、逆らうな!」

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第5章08 [宇宙人になっちまった]

 夢実はスーツの力で男をはねのけようとしたのだ。二人も同じように腕をねじ上げられたが我慢して部屋へ連れて行かれた。
「どうする気よ、誘拐の罪は重いわよ」
 夢実が腕を掴んでいる男を睨みながら言った。
「姉ちゃん元気がいいねぇ、今のうちだけだ」
 男は半笑いで言うと、更に腕をねじ上げ、三人を壁際に立たせた。その間に男二人で床板を持ち上げると地下室に降りる階段が現れた。三人は背中を押されながら地下へ下りて行くと、地上の古びた建物からは想像できない景色が目に入ってきた。
「え、ここは何? どういうこと?」
 夢実が思わず言った。かび臭くて陰気な地下と思ったら、かび臭いこともなく、隅々まで明るい照明で照らされている。
「驚いたか、俺たちの研究所だ。ここで日本を操ることができる。もうすぐだ。お前たちにも協力して貰う」
 男がニヤニヤしながら言った。
「嫌よ、早くここから出して!」
 夢実が威勢よく言った。
「自分の立場がわかってないねぇ。家出高校生が行方不明ってことでおしまい。誰もこんなところに探しに来ない。諦めて協力した方が身のためだ」
 男はそう言うと、三人を小さな部屋に入れた。
「お利口さんにしてろよ」
 男はそう言い残すと地上へ行った。
「どうして逃げないの?」
 夢実が不満そうに言った。
「池田綾音の顔見たら気が変わったんだ。あいつの正体を知りたいんだ。キルケ様が何者か正体を暴いてやる。スーツがあればいつでも逃げられるさ」
 敬一が辺りを見廻しながら言った。
「ここはどうなってんだよ、古くさい建物かと思ったらさ、二階は怪しげな教会みたいだし、地下室は研究所だって言うし。ここで日本操るってできるわけないだろう。あいつら何者だよ」
 陽介が苛立ちながら言った。
「サードブレインの奴らはここじゃ子ども扱いで優秀なペットだって言うし、どうなってんだ。俺にもわからないよ」
 敬一は窓のない部屋を見廻しながら言った。
「エフと連絡できるかな」
 夢実はそう言いながら目を閉じた。しばらくして目を開けると、
「話はできたわ、でも私たちのいる場所はわからないらしい。この場所はウェーブも電磁力線も通らなくてブロックされているんだって。エフの言う謎の場所ってここらしいよ」
 夢実はそう言って天井を見上げた。見たところでは普通の天井に照明器具が付いているだけだ。普通のコンクリートならなんの問題もないらしい。だけどここは何かを隠す目的があって、最初から円盤から見られることを想定していたんだろうって。速く逃げた方がいいよ。

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第5章09 [宇宙人になっちまった]

 夢実はそう言うとドアに近づきノブを回した。
「え、鍵かかってないよ」
 驚いたように言うと、ゆっくりドアを開けて見せた。外には誰もいない。三人はゆっくり部屋の外へ出ると、地上への階段を慎重に上り扉を上に押し上げた。ガチャリと重そうな金属音が響くだけで開けることはできなかった。
「まさかね、出られるわけないよ」
 敬一は自嘲気味に言うと廊下に下りた。地下室にしては長い廊下が続き、思った以上に広いスペースがありそうだ。部屋にいるときは気づかなかったが、廊下に出ると低く唸るような機械音が聞こえる。ドアの向こう側からだ。そっとドアを開けると中が少し見えた。
幾つもの機械が繋がり、それぞれが役割を忠実にこなしている。機械のそばには白い服を着た作業員がいて、脇目も振らずに作業に集中している。三人が入ったことに気づいているはずなのにまるで無関心で見ようともしない。廊下に平行した長い部屋を歩いて端へ向かった。端にいるのは悪魔の儀式を手伝っていたあの三人だ。敬一たちが近づくのをじっと待っているように見える。
「俺たちの仲間になれ、死にたくなかったらな」
 奴らの一人が薄笑いを浮かべながら言った。ネームプレートに岩田と書いてある。
「仲間じゃない、悪魔の手下だろう」
 敬一が睨みながら言った。
「キルケ様の恐ろしさを知らないからな、いい気なもんだ」
 岩田はそう言うと仲間二人と機械の方に向かった。敬一たちは、最後の工程で作業員が何かを箱詰めしているのを見に行った。一錠ずつパウチされた錠剤が段ボールに入れられている。薬のように見えるが、名前も何も印字がなく正体がわからない。これをどうしようというのだろう。悪魔の拠点でビタミン剤を作るはずがない。何かの悪事に使うのだろう。敬一は作業員の目を盗んで一錠ポケットにねじ込んだ。作業員に話しかけても、ゆっくり首を動かしてこちらを見るが、どんよりした目は死人の目だ。意思と感情をなくし、手だけが動いて作業を進めている。操り人形以外の何物でもない。
 廊下から乱暴な足音が響き、ドアがバタンと大きな音を立てて開いた。
「ここにいたか、今日からここがお前たちの職場だ。ブラックじゃないから八時間労働だ。十分寝られるだろう、キルケ様に感謝するんだな」
 筋肉質な男がそう言うと後ろの男にコップと水を用意させた。
「これを飲め、心配するな毒なんかじゃない。気持ちよくなるだけだ。嫌なら痛い目に遭うだけだ」
 男が敬一の前にコップと謎の錠剤を突き出すと、敬一は後ろを振り返り二人に目で合図した。

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第5章10 [宇宙人になっちまった]

「断る!」
 敬一が大きな声で言うと、男は敬一の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。しかし男のゴツゴツした手は空を掴みバランスを崩してしまった。その隙を狙って敬一の手足が鮮やかに動き、男はどうすることできず床に転がり呻いている。敬一の動きを見ていた男たちは動くことができず、三人が廊下を走り出すのを見送ってしまった。我に返ったように慌てて後を追ったがその時はすでに扉は閉められ地上からロックされてしまった。
「綾音を探せ!」
 敬一は走りながら叫ぶと正面の入り口に飛び込んでいった。地下に閉じ込めた男の他にまだ何人かいるはずだ。一階のドアを全て開けたが誰もいない。二階へ駆け上がろうとすると、踊り場で四人の男が拳銃を構えている。
「動くな、撃つぞ!」
 先頭の男が大声を出して威嚇すると、敬一は動きを止めて男を睨んだ。
「綾音はどこだ」
 敬一は冷静な声で訊いた。男の大声より敬一の方が凄みがある。
「そんな女はいない」
 男は敬一の眉間にピタリと照準を合わせて応えた。後ろの夢実は懸命にビームを出しているが効いていないようだ。
「いるはずだ、ここを通る」
 敬一が言い終わる前に男は拳銃を落とされ、一階まで転がり落ちてしまった。他の三人は拳銃を手に持っているが、敬一に睨まれ進路を開けてしまった。人間離れした動きに怖じ気づいたようだ。三人がゆっくり二階に上がるの呆然と見送ると、階下で気を失っている男を助けに行った。
「綾音、池田綾音はどこだ、いたら返事をしろ!」
 敬一は大きな声で叫びながら廊下を進み、儀式を行った暗い部屋のドアを開けた。
「大きな声出さなくてもここにいるわ」
 声は聞こえるが薄暗くてよく見えない。短くなったろうそくの炎が揺らめいている。
「どこにいる」
 敬一が訊くと、祭壇の前で黒い塊が動き、夢実は思わず身体を固くして身構えた。
「よくここまで来たわね。役立たずな男たちより優秀だわ」
 綾音はそう言うと入り口のドアを見た。先ほどの男たちが廊下で敬一と綾音の会話を聞いている。
「助けてやるから俺たちと一緒に来るんだ」
 敬一は綾音の目を覗き込むようにして言った。暗くて見にくいが、儀式のときの怪しい光はなさそうだ。
「助ける? 何から助けてくれるのかしら」
 綾音は敬一たちの真剣さをもてあそぶように訊いた。
「わからないのか、悪魔だ。綾音は悪魔に利用されているだけだ」
 敬一は力を込めて言った。

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第5章11 [宇宙人になっちまった]

「そうかしら、残念ね。助けるのは私の方よ。利用されてるのはあなたの方よ。サードブレインがどうなるかわかっていないのね。特殊能力なんて言われて喜んでるかもしれないけど今のうちよ。あいつらはね、人間を利用して自分たちの都合のいいようにしてるだけなの。ペットなのよ。おいしい餌もらって尻尾振ってればいいわ」
 綾音は口を歪めるように笑いながら言った。
「そんなことはない! 悪魔は人を殺して楽しんでいる。俺はこの目で見たんだ」
 敬一は語気を強めていった。
「殺したって、餌で飼ったって同じことよ。人間だって同じことしてるわ」
 綾音は敬一を睨みながら言った。
「同じなんかじゃない。エフは絶対に殺さない」
「エフって言うのね、うまく騙されたものだわ。悪魔を退治しろとか言われたんでしょ」
 綾音は呆れたように言った。
「その通りだ。悪魔がいなくなればもっと平和になる。それのどこが悪い」
 敬一は何かを見透かされているような気がして慌てた。
「男はそれだから困るわ、単純なのよ。私の仲間にしてあげてもいいわよ」
 綾音の瞳が妖しく光った。
「仲間になんてならない! 私は嫌よ」
 夢実が敬一の前に出て、綾音を睨みながら言った。陽介もその後ろで睨んでいる。
「サードブレインだから優しくしてあげたけど無駄なようね。私が何者か教えてあげるわ」
 綾音はそう言いながらゆっくり祭壇に向かい、あの聞いたことのない砂漠の匂いのする言葉を唱え始めた。敬一は止めさせようとしたが言葉がどうしても出ない。空しく開閉する唇から僅かに空気が漏れる音がするだけだ。綾音の唱える言葉が室内に溢れ、竜巻のように自分たちを取り巻きながら回り始めた。妖しげな呪文の渦に囲まれた敬一たちは身動きできない。決して荒々しい呪文ではない。淡々とした繰り返しなのに、まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。何かが支配されてしまった。
 敬一は周りの様子を確かめようとしたが身体が動かない。かろうじて眼球だけが動いた。景色が変だ。ろうそくの炎が数本揺れていたがどこにも見当たらないし、窓にかけられた真紅のカーテンも見えない。ドアもない。友達を呼ぶにも声が出ない。自分の前に夢実がいるのは見えるが、その前にいるはずの綾音も祭壇も見えない。敬一は自分の場所を確かめようと藻掻いたが、気持ちが焦るばかりで何も見えない。得体の知れない場所に放り込まれたようだ。足もとを確かめるが地面を踏んでいるような確かさはない。妙にふわふわした感触が足底から伝わってくる。暗闇の向こうから飢えた何者かが棘のような視線を向けている。その視線が刺さると身体がブルリと揺れ、次第に震えが止まらなくなった。敬一は自分が悪魔に取り囲まれてしまったことを直感で理解した。陽介も夢実も同じように震えているのだろうか。ネックレスは役に立たず、逃げ出したいがどうにもならない。震えは大きくなる一方だ。悪魔が距離を詰めている。今まで感じたことのない恐怖が大きくなって襲いかかって来る。身体も顔も震えて揺れ動いているが正面の闇からは視線を外せない。懸命に正面を睨むことが最大の防御なのだ。これを外せば何が襲ってくるかわからない。サードブレインがそう警告している。

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第5章12 [宇宙人になっちまった]

 正面に小さな光が2つ並んで見え始めた。ろうそくの炎のように揺らめいている。ゆっくりその光が大きくなる。敬一が身構えたとき、目の前に現れたのは血を滴らせ目を光らせているイノシシの頭部だ。鋭い牙が敬一の顎を貫き脳天に達した。
「目を開けて!」
 夢実の声で気がついた。すぐ目の前に夢実の背中が見え、その背中越しに綾音がこちらを見ている。敬一は顎に手を当て、やっと我にかえった。
「夢実って言うのかしら、大したものね。あなたのサードブレインを見くびっていたわ」
 綾音は不敵な笑みを浮かべている。
「悪魔なんて暗闇に隠れてばかりの弱虫よ、ドラキュラと同じだわ。カーテンを開けて姿見せなさいよ!」
 夢実は綾音を指さして言った。
「元気がいいのね、褒めてあげる。ご褒美にいいものを見せてあげるわ」
 綾音が傍の男に何か伝え、しばらくすると三人の男が連れてこられた。全員白い作業服を着ている。一人は少し前に地下室で見た男だ。うつろな目で綾音を見ている。
「お前たちに最高の喜びを与えるわ、首を祭壇に並べてあげる。感謝するのよ」
 綾音はそう言って動物の首が並ぶ祭壇を指さした。男たちは祭壇を見ると、それが合図のように、うつろな目に光が戻り始めた。だがその光は男たちに絶望的な怖ろしい運命を突きつけた。目に映るのは恐怖そのものだ。一人がひぃと声を出して廊下へ這い出そうとしたが簡単に連れ戻された。あとの二人は身体を小刻みに震わせながら綾音に両手を擦り合わせて命乞いをしている。
「楽しいわ、私の意のままね。何が楽しいかって、それはね、命を好き勝手に操ることよ。
特に奪うときは最高ね、忘れられなくなるの。お前たちの命を奪うことを考えるだけでわくわくするわ」
 綾音は哀れな男たちを、宝物でも見るようにしている。
「いい加減にして!」
 夢実は震える声で叫んだ。
「元気いいわね、でもその方が後の楽しみが増えるわ。そろそろ始めようかしら。燭台を用意するのよ」
 出された燭台はまるで五寸釘のようだが、もっと細く鋭く尖っている。綾音は渡された三本の燭台を丹念に眺めると、先端に指先を当てて鋭利さを確かめている。
「いいわ、始めて」
 綾音が合図をすると、先ほど逃げ出した男が後ろから首を絞められ、あっという間に失神してしまった。声を出す間もなかった。綾音は燭台を男の頭頂部に当て、渡されたハンマーを振り降ろした。燭台の尖った先端が音もなく頭頂部に沈み込み、男の身体がビクンと動いて目を開けた。ハンマーを手に持った綾音が薄笑いを浮かべながら男を見下ろしている。
「お前は人間燭台になったわ。いい出来ね。ろうそくが消えたらお前の命も消してあげる。そしたら祭壇の上ね」

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第5章13 [宇宙人になっちまった]

 男は震える手を頭頂部に伸ばし、先ほど見せられた燭台の頭が数センチ出ているのを確かめた。歯がガチガチ音を立てている。そのまま祭壇の横に座らされろうそくを灯された。
残りの男も同じように頭頂部に燭台を突き立てられ、祭壇の横に座らされている。炎が小刻みに揺れている。
「次はお前たちの番よ、もっと楽しいことをしてあげるわ」
 綾音の周囲を黒い塊がユラユラと動き始めた。
「綾音、目を覚ませ、お前は悪魔に乗っ取られているんだ!」
 敬一は懸命にビームを送り、夢実は低い声で振動波を出した。
「わかってないのね、教えてあげるわ、もう何度も名前を聞いたでしょう。ずっと昔からキルケって呼ばれてるわ。世界中の悪魔は私から生まれたの、悪魔の中の女王バチね。かわいい子どもたちは何でも言うこと聞いてくれるの。エフに教わったでしょう、悪魔は量子のネットワークを利用してるって。その通りよ。いくらでも生み出せる。無限よね。でも私は違う。肉体を持った悪魔は私だけよ。ずっとこの星で私一人。生まれたときから悪魔なの、死ぬまでね。何回生まれ変わったか忘れたけど、いっぱい人間どもを殺して楽しかったわ。エフはきっと私のこと知らないわね。肉体は死んでも生まれ変わるから悪魔は永久に不滅ってことなの。誰も私を滅ぼすことはできない。どうかしら、これで私の正体がわかったかしら。でもね、高校生活は楽しませてもらうわ、同級生と一緒に勉強しながらね、どうやって殺すか考えるだけでワクワクするの。だから高校生活は最高ね。何か聞きたいことあるかしら、最後だからどんな質問でもいいわ」
 綾音は敬一に微笑みかけた。綾音の後ろには悪魔が恐ろしいほど集まっている。綾音の合図を待つように触手を動かしているのが見える。
「話はない。今すぐ悪ふざけを止めろ」
 敬一はそう言って綾音を睨んだ。
「そう、残念ね、もっと話してからの方が盛り上がるのにね。いいわ、ショーの開始ね」
 綾音がそう言うと後ろでうごめいていた悪魔が触手を伸ばしてきた。ビームも電磁波も効果がない。絡みついた悪魔に敬一たちは動きを封じられた。それどころか身体が意に反して動き始めた。
「こっちよ、おにさんこちら」
 綾音は楽しそうに歌いかけてくる。敬一は懸命に抵抗するがどうにもならない。綾音の前にひざまずいてしまった。スーツは何の役にも立たない。
「いいものをプレゼントするわ。まだ明かりが少ないから夢実を燭台にしてくれるかしら」
 綾音はそう言ってあの燭台を敬一の目の前に差し出した。敬一の左手がぎごちなく燭台を握りしめると、右手は床に置いてあるハンマーを拾った。
 敬一は後ろを振り返ると夢実に近づいた。夢実の身体にも無数の悪魔が絡みつき身動き取れないでいる。
「夢実さんは膝をつきましょうね」
 綾音がそう言うと、触手が動き始め夢実は押さえ込まれるように膝をついた。

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第5章14 [宇宙人になっちまった]

「そうよ、いいわ。頭を敬一の方に出すといいわ」
 綾音は話しながら二人の様子を角度を変えて眺めている。自分の好きな美術品でも鑑賞しているようだ。夢実が差し出す頭の角度を微妙に変えた。
「いいわね、美しいわ。敬一の振り下ろすハンマーの角度もいいわね。完璧だわ」
 綾音は最後の仕上げに満足したようだ。敬一も夢実も心臓が今にも破裂しそうで息が吐き出せない。目を閉じることもできない。
「やるのよ!」
 綾音がそういうと、敬一の腕がぎごちなく動いて燭台を夢実の頭頂部に押し当てた。ハンマーを持った右手がゆっくり振り上げられ、重力に引かれるように夢実の上に落ちかけたとき、大きな物音と一緒に眩しい光が綾音を突き刺した。ハンマーは夢実の肩をかすめて床に落ち、敬一は手に持った燭台を床に投げ捨てた。窓に銀色に光るエフの円盤が見える。
「こっちだ!」
 エフが円盤の上から呼びかけた。三人を取り囲んでいた悪魔は跡形もなく消えてしまい、綾音が呆然とエフを見ている。三人はその隙に弾かれたように円盤に駆け寄り中に吸い込まれた。
「危なかった。夢実さんが知らせてくれなかったら僕は何もできなかったよ」
 エフが大きく息を吐いた。
「夢実が?」
 敬一が訊いた。
「そうよ、だってあのままじゃ私は燭台にされてたわ。敬一の手でね」
 夢実はそう言って敬一を睨んだ。
「ごめん、どうにもできなかった。綾音はキルケって呼ばれてたけど何者なんだ」
 敬一はエフに訊いてから唇を噛んだ
「キルケ? 聞いたことはある。僕らが量子の悪魔をいくら追い払ってもいつの間にか増えているのはキルケのせいだって言われた。でもそれ以上のことは何もわからないんだ」
 エフが話す間に円盤は桜ヶ丘公園に到着した。明日の夜に病院に集まることでドクターや仲間に連絡を入れた。これからのことはそれからだ。公園の隅の遊具で親子連れが遊んでいる。三人はその脇にある木立の裏に降りた。夕焼けが見える。親子の遊ぶ姿は何の不安もなく幸せそうに見える。悪魔とは無縁の世界だ。だが敬一が見たのは幸せの裏に潜む悪魔どもだ。ふらっと立ち寄り、頭を乗っ取ると最後は命を奪って喜んでいる。自分の命でも他人でも構わないようだ。どれほど良心的で道徳的に暮らしていたとしても一切関係ない。ある日突然脳内に悪魔が棲みついてしまう。ただ、敬一の感覚では乗っ取りやすい人とそうでない人の違いはあるような気がしている。どちらかというと従順で信じやすい人、素直で疑わない人、つまりは善人だ。そういう人が餌食になりやすいような気がしている。
「いないよね」
 夢実に訊いた。
「うん、あの親子は大丈夫よ」
 夕陽に照らされた夢実の笑顔が可愛く思えた。敬一にも悪魔は見えるし、前と比べるとかなり見えるようになってきているが、夢実の方が確実に見つけるから訊いた方が早いのだ。夕暮れ近くなると見つけにくいし、夜になるとよほど注意しないとわからない。悪魔が夜や暗いところを好むのは見つかるのが嫌なのだろう。悪魔にすれば、警戒されたり不審に思われると頭に侵入しにくいのだろう。公園の出口で夢実たちや陽介と別れた。家に帰ればハイキングは楽しかったかと質問されるだろう。適当な嘘を考えながら家までの道を歩いた。

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第6章01 [宇宙人になっちまった]

     第六章
 ネットでの〈ユニコーン高校生発見〉のネタは飽きられ、敬一の周辺は落ち着いてきたが、敬一自身が落ち着かない。以前よりも悪魔の発見頻度が多くなってきた。サードブレインの能力が高まってきたのだろうと敬一は思っているが、それにしてもよく見かけるようになってきた。
「見つけた?」
 教室の隅で陽介が訊いた。
「少しね、乗っ取られてる奴はわからない」
 敬一は注意深く教室内を見回した。
「おかしな奴は目の奥を覗き込めばわかる。悪魔がいれば背中が凍り付きそうになるよ。凄く嫌な感じだ」
 敬一は陽介の背中を触りながら感じる場所を教えた。今のところ要注意人物はいなさそうだ。気になるのは綾音だ。以前と同じように登校し、授業を受け、部活に参加するのだろうか。敬一は陽介と相談し、天文部に顔を出すことにした。キルケの顔を見せるのだろうか。エフに伝えると、あまり深入りしないで様子を見る程度にしておく方が安全だろうと言った。少しでも変なことが起こればすぐに連絡するようにとも言われた。
 敬一の通う高校はごく一般的な高校で、優秀ではないが、悪い評価もない。全てが平均点なのだ。その高校の天文部に悪魔を生み出す女王バチが通っている。人類の創世記より輪廻転生を繰り返し、人間の幸福を脅かし奪ってきた悪魔。肉体を持つ唯一の悪魔が目と鼻の先で、何気ない高校生活を送りながら虎視眈々と準備を進めている。一個の人間の影響力を過去と比較すれば、それは比較にならないほどに増大している。地球の救世主になることは難しいが、破壊者になることは簡単だ。都会の片隅にある平均的な高校の平均的な生徒の肩に地球の未来が乗っている。敬一にはそんな大それた自覚はないが、何かが激変するとき、その始まりは誰も気にもとめないような小さなことから始まる。敬一と陽介はその渦中にいる。
 放課後になり敬一は陽介と一緒に天文部へ足を運んだ。四階の一番奥にある部室に行くには長い廊下を通るが、日常でこの廊下を使うことはなく、三階の賑やかさを通ってくると別世界へ迷い込んだような錯覚を味わうことになる。敬一は二人の行き先に悪魔のキルケがいるかも知れないと思うと、自分たちが蜘蛛の巣にかかって藻掻いている哀れな昆虫のような気がしてきた。それでも天文部に行くには理由がある。それは綾音とキルケだ。綾音はキルケという悪魔に操られているのか、それとも綾音がキルケなのか確かめたいのだ。サードブレインは綾音は本物の悪魔そのものだと警告しているし、行くのを止めている。それでも触接会って確かめたいのはどうしてだろうか。敬一自身もよくわからない。
 ドアの小窓から覗くと、前回見た光景と変わらず長テーブルの端に綾音が座り、残り十人ほどがテーブルの隙間を埋めている。
 敬一は陽介と顔を見合わせると、ドアをノックしてゆっくり開けた。

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第6章02 [宇宙人になっちまった]

「見学いいですか?」
 敬一はやはり前回と同じように声をかけて中へ入った。綾音の笑顔も部員の反応も全て同じで、まるでタイムスリップしたような気分だ。
「いいわよ、こちらにどうぞ」
 綾音はそう言って二人を部室の奥まで誘い入れた。
「夢実さんは元気……かしら」
 昨日の記憶が蘇り背筋に冷たいものが走った。敬一は部屋に入ったことを後悔して出口を見たが、通路は部員に塞がれている。
「元気だよ、また会いたいって言ってる」
 敬一は綾音の目の奥を覗きながら言った。間違いない。昨日の奴がいる。
「今日はこれから屋上の天体ドームのメンテナンスなの、皆で案内してくれるかしら」
 綾音がそう言うと部員が二人の周りに集まり両腕を捕まれた。案内じゃなく連行だ。
部屋に入ったときは見えなかったが、今は見える。二人の周りに悪魔が集まってくる。ある程度の距離を保っているのはネックレスの効果だろうか。昨日はスーツもネックレスも役に立たなかったが何が違うのだろう。
「ドームは止めとくよ、またこの次見せてもらうよ」
 敬一はそう言いながら捕まれた腕に力を入れた。
「遠慮しなくていいわ、ドームの中は暗くて素敵よ。私の下僕にしてあげるわ」
 キルケだ。瞳の奥からキルケが姿を現した。綾音は仮の姿で本質は間違いなく肉体を持つ悪魔そのものだ。
「今までどれほどの人間を下僕にしたんだ。もう終わりだ。サードブレインを舐めるな」
 敬一は話しながらすこし驚いた。自分の口で話しているが、勝手に口が動いてしまったような気がする。見た目は綾音と敬一だが、実際はキルケとサードブレインの会話のようだ。
「威勢がいいわね、操られて脂汗流していたのは誰だったかしら。今だってできるわよ」
 綾音の瞳が潤み始めた。
「陽介、帰ろう。キルケの瞳を見るな!」
 敬一は捕まれた腕を振り払った。
「残念ね、敬一を下僕にしたかったわ。気が変わったらいつでもいいわよ。あなたの望むことすべてを叶えてあげる。それからいいこと教えてあげるね、もうすぐ始まるの、私が待ち望んだこと。この国が滅びるの、楽しみだわ」
 綾音の笑い声が廊下に響き、敬一たちはその笑い声を背中に聞きながら長い廊下を早足に進んだ。悪魔どもが後を追ってくることはなさそうだ。

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