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第6章11 [宇宙人になっちまった]

 敬一は胸が苦しくなってきた。並んでいる人に知り合いを何人か見つけたのだ。同級生の友達もいるし、好きだった女の子も見つけた。大声で止めろと言いたいが、どうにもできない。中に入ってしまえば取り返しのつかないことになるのだ。整然と並んでいるようだが、やたら辺りをキョロキョロ見回したりして落ち着きがない。何か変だと感じ始めているのだろう。並んでいる人同士で話をすると兵士に小突かれている。
 出口を見ると、出てくる人は皆紙コップをゴミ袋に放り込んでいる。中で飲まされるのだろう。用意周到に計画されている。まるでナチスのガス室だ。違うのは即効性か遅効性かだけだ。半日すれば人間性を失い、悪魔に支配されてしまうのだ。
 街の中は装甲車が走りまわり、処方会場に行くよう拡声器で促している。家の中に人の気配を見つけると兵士がドアを叩き連れ出そうとしている。玄関先で小さな紙切れを見せた人はそのまま家の中へ戻っていった。処方証明書でも出しているのだろうか。街の中にカーキ色の車と人が目立つ。まるでどこか外国の映像を見ているようだ。ドクターは腕組みをして厳しい顔で画面を睨んでいる。
「これじゃ、変だと思っても処方会場に行かされる。逃げられないようにできているんだ。本気で全国民を悪魔にするつもりだ。時間がない。急いで家族や友達に連絡して隠れるように連絡するんだ。可能な限りたくさんの人に伝えよう。方法は何でもいい。画像も送ればいい。とにかく処方会場に行ったらヤバいと伝えるんだ。警察と自衛隊の言うことは絶対信用するなと言うんだ。急ごう」
 ドクターはそれだけ言うと連絡を始めた。室内には携帯を操作する音だけが響いている。直接伝えている人はなかなか信用されず、何度も「嘘じゃない」を繰り返している。敬一も思いつく限りの人に連絡した。なかなか本気にされないが、多くの人はしばらく様子を見ようと、会場に行くのを見合わせ、居留守を使うことにしてくれた。それでも笑い話程度にしか受け止めてくれない人はどうにもならなかった。悔しいがどうしようもない。
「エフ! 僕たちは悪魔を退治するためにサードブレインをプレゼントされたんだろう、逃げて隠れるだけじゃどうにもならない。何か手はないの?」
 敬一は連絡を終えると、エフに詰め寄るように訊いた。
「僕は量子の悪魔を追い払う方法はわかるけど、キルケって名前の悪魔はよく知らなかったんだ。量子の悪魔がキルケから生み出されてるなんて思いもしなかったよ。遠くの宇宙から来る肉体を持たない生命体だと思ってたんだ。でも肉体のある悪魔なら弱点はたくさんあるはずだよ。だって君たちと同じ身体でしょ。だからね、キルケをどうにかするしかないと思う」
 エフから緊張感のない答えが返ってきたが、正解だろう。確かにキルケをどうにかしなければ解決しない。
「綾音は今どこにいる?」
 ドクターが訊いた。


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第6章12 [宇宙人になっちまった]

「官邸にいるよ。周りは兵士でいっぱいだよ。もしあそこに降りたらすぐに見つかるね。円盤でも手の出しようがないよ」
 エフが残念そうに言った。
「浜辺君の言うように、キルケが大量虐殺を考えてるとしたら何をするだろうか」
 ドクターは皆の顔を見ながら訊いた。
「原発狙われたら怖いですね、あれを破壊すればキルケのお望み通りの大量虐殺になると思います」
 陽介が言った。
「そうだね、僕も福島のことを思い出したよ。あれ以上に恐ろしいことは思いつかない。だけどそれほど簡単じゃないと思う。悪魔に乗っ取られた人間を増やしたところで、原発には手が出せないと思う。あの災害があってから原発の守りは相当厳重になっているからね」
「もし原発が無理だとしたらキルケはどうするつもりなんだろう」
 敬一が言うと皆は黙って考え込んだ。
「キルケはね、原発になんか興味ないのよ。あるのはね、人間が苦しむことと、人間同士が殺し合うことだと思う。昔からそうだったんだよ。きっとそうよ、今でも同じだと思うわ」
 夢実が言った。
「僕もそんな気がする。油断できないのは、人間を意のままに操る術に長けてることだね。今の状況を見れば、政権の中枢は綾音に牛耳られてやりたい放題だ。警察と自衛隊まで動かしてこの騒ぎだ。これがエスカレートして、今よりもっと強権的になるのは時間の問題だ。酷いことになるだろう。その前にどうにかしなくちゃいけない。僕たちの他にこの異常さに危機感を感じている人がきっといるはずだよ。どうにか探せないか」
 ドクターが皆に訊くと、ネットで情報を集めることになった。こういう作業はサードブレインに任せると的確にできる。信頼できる情報かどうかも間違いなく選択してくれる。
 一時間もすると相当数の情報が整理されてきた。やはり警察や自衛隊の動きを早めに察知して上手く逃げて隠れている人たちが相当数いることがわかった。ただし、誰も自分の名前や居所は隠している。隠しながら仲間を集めようとしていることがわかってきた。
「みんな家族や友達は大丈夫か?」
 ドクターが訊くと、皆は顔を見合わせながら、大丈夫そうだと返事をした。家族から更に他の家族に連絡して、その数は相当数になるだろう。処方会場に行っているのは、高齢者や一人暮らしの若者、それに思春期の若者のいる家族が多いようだ。自殺者に思春期の若者が多いと聞くと、少しでも早く処方薬を手に入れたいと思うのだろう。

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第6章13 [宇宙人になっちまった]

「ドクター、少し様子が変わってきました。午前中は警察も自衛隊も規律のある動きに見えたのですが、午後になると動きが緩慢です。警察も自衛隊も処方されていたんですね」
  浜辺が処方会場を見ながら言った。確かに午前中とは別人のように見える。立つ姿勢がまるっきり違うのだ。まるで緊張感がなくライフルの銃口が地面に当たったまま引きずるように歩き回っている。会場入り口に立っていた隊員は持ち場を離れて付近を目的もなく歩き回っているように見える。処方薬が効き始めたように見える。悪魔に乗っ取られているかはわからない。自衛隊の車両が電柱に衝突している。脳の活動が緩慢になってしまったのだろうか。
「状況が見えてきました。やはり相当数の人が不信感を抱いたようですね。初日に行った人は少数です。警察や自衛隊が各戸訪問したときは家の奥に隠れていたようです。これなら二日目以降に処方会場に行く人はいないでしょう」
 夢実が皆の情報をまとめて伝えてくれた。
「今はフラフラと歩き回っているだけのように見えるが、エフはどう思う?」
 ドクターが訊いた、
「悪魔はどんなに隠そうとしても目を覗き込むと見えるんだ。上からだとはっきりしないけど、たぶん違うと思うよ」
 エフは自信なさそうに言った。
「そろそろ処方会場を閉める時間ですけど、ちょっと変です」
 浜辺が下を見ながら言った。誰も会場を閉めようとしないどころか、担当者らしき人が逃げるように会場を出て行くのが見える。その後をマイクを持ったマスコミ関係者が追っている。足早に動き回る人と、フラフラ無目的に歩き回る人がぶつかりそうになっている。この状況を目にすれば誰だって服薬が恐ろしい罠だとわかる。マスコミ関係者は皆機敏に動いているから服薬していなかったようだ。おそらく全国どこの会場も似た状況なのだろう。円盤の中でテレビをチェックすると、どのチャンネルも放送を維持している。だが放送内容は混乱を極めている。現場中継のカメラも途切れがちで詳細がわからないのだ。ほとんどは会場に設置された固定カメラの映像が時々映るが、画面にはフラフラとうつろな目をして歩き回る人が見えるだけだ。服薬していない人はどこかに逃げてしまったのだろう。この映像を綾音もどこかで見ているに違いない。
「まだ悪魔に乗っ取られていないとしたら、いつ乗っ取るつもりなんだろう」
 陽介が言った。
「待っているのかもしれないね。できるだけたくさんの人が服薬するのを。それが終わったら悪魔が動き始めるのかもしれない」
 ドクターは不安そうに言った。
「じゃぁ、今かもしれない」
 敬一は下を見ながら言った。
「緊急放送だって!」

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第6章14 [宇宙人になっちまった]

 絵里子の大きな声が部屋に響いた。大きな文字で緊急放送の文字が画面いっぱいに見え、同時に耳障りな音も鳴っている。音の合間に、これは訓練ではありませんとテロップが流れ、音声も聞こえる。全員の目と耳がテレビに釘付けにされた。文字が消えると首相官邸の映像に切り替わり、執務机に座る竹内総理が映された。通常の会見室ではない。画面の端に芝浦官房長官とその後ろに綾音が見える。
「国民の皆様にお知らせします」
 竹内総理が原稿を持たず、カメラを正面に見ながら話し始めた。生気がなく目がうつろに見えるが、服薬した表情とは違う。人間性は保っているようだが、ぎごちない。
「日本国は、ただいまをもちまして日本国憲法を破棄いたします。依って国民の皆様の、全ての権利と義務が消滅いたしました。本日只今、日本と言う名前の国家の消滅を宣言します」
 話し終えると竹内総理は深々と頭を下げた。乗っ取られてはいなかったが、これでは乗っ取られたも同然だ。
「いい加減にしろ、こんなこと有り得ない!」
 ドクターが声を荒げて言ったとき、画面に綾音が大きく映った。
「人間の皆様に楽しいお知らせです」
 綾音が総理の椅子に座って話している。
「全ての自由が人間の皆様の手に入りました。窃盗、殺人を自由に行うことができます。世の中に犯罪という言葉はありません。あるのは自由のみです」
 綾音はここまで話すと、両足を執務机の上に投げ出した。スリットの間から下着が見えそうだ。
「そうそう、忘れていたわ、男性に朗報ね、強姦も自由です。どう、素晴らしいでしょ。あなたたちは今まで我慢させられていたのよ。もう私がいるから我慢なんかしなくていいの。憎い人がいたら、今すぐ出かけて殺すのよ。憎まれていると思う人は気を付けてね。殺される前に殺してしまえば安心ね。
 私が誰かって? アイドルの綾音? 教えてあげるわ。よく聞くのよクソ人間の皆様。私はお前たちのご主人様。悪魔キルケよ。よく覚えておくのよ。私に逆らえば死ぬだけよ。私のお薬を飲んだ人間は私の配下の者。いつだって悪魔にできるわ。私が命令すればいつだって殺人鬼になるの。隣の人が私の配下だったらね、早めに殺しておくことを勧めるわ。その方が安全ね。私の配下の者は今日一日で五百万人ってところかしら。これだけいれば十分よ。一週間後にまた会いましょう。その時に残った人間で私の国を創るわ。悪魔の国よ。必要なのは服従する人間だけ。それではまたね、グッドラック」
 官邸からの生放送が終わり、局の屋上カメラに切り替わった。見慣れた夜景で、まだインフラは無事のようだ。放送局内部は混乱しているのだろう。おそらく上層部にキルケの下僕がいるに違いない。

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第6章15 [宇宙人になっちまった]

「これはクーデターだ」
 ドクターが吐き捨てるように言った。
「クーデターって?」
 絵里子が眉をひそめて訊いた。
「この日本じゃ有り得ないことだけどね。武力とかの力で政権を奪うことだよ。会社で言えば、一部の社員で社長を脅して辞めさせて、その一部の社員の思い通りに会社を動かすことだね。全社員の思い通りならいいけどね、一部の社員というところが問題なんだ。わかったかな」
「キルケが総理大臣になって自分の好きなようにするってことね」
「そう。キルケが好きなようにすると、死人の山が幾つもできる。殺しをするための国が出来上がる。人間は殺しの玩具だね。キルケの理想だ」
 ドクターは絵里子のように眉をひそめた。
「自衛隊員が発砲しています!」
 浜辺が指さしながら叫んだ。敬一はその声で指さす方を見ると、通りを走り抜けようとする自動車にライフルを発射している隊員が見えた。先ほどまで銃口を怠そうに引きずりながらフラフラしていた隊員に間違いない。悪魔が乗っ取り始めたのだろうか、もうフラフラしている人は見当たらない。自動車は銃弾を浴びながらもまっすぐな道を走り抜けた。どこかへ逃げ出したのだろう。だけどどこへ逃げようと、悪魔に乗っ取られた人間が待ち構えている。どこへ行っても修羅場になる。キルケが命令したのだろう。五百万人の殺人鬼が動き始めたのだ。
 ネット上に酷い写真が溢れだした。街中で残忍な方法で殺された人や、車に踏み潰されたような遺骸など、直視できないものばかりだ。数日程度ならなんとか家の中に隠れていることができるかもしれないが、それも限界がある。今夜だけでも相当数の犠牲者が出そうだ。
「これからどうしますか? このままじゃ酷すぎる」
 浜辺が訊いた。
「キルケを葬るしか方法はないだろう。五百万の悪魔はキルケ次第だ。だけど今は近くにも寄れないだろう。官邸の周囲は自衛隊員で溢れているからな。まずは、地上で安全なところと仲間を探そう。作戦はそれからだ」
 ドクターはそう言うと、皆に家族と連絡を取るように伝えた。ユニコ会の家族には事前に危険さを伝えてあるので、滅多なことはないはずだ。しばらくすると全員連絡が取れ、どの家族も無事に隠れているようだ。安全な場所が見つかれば、円盤で連れて行くこともできる。
 ネットで情報が集まってきた。悪魔に乗っ取られた人間は凶暴で恐ろしいが、知的能力の大半を失っているので、鍵を開けることはできないし、見つかっても隠れてしまえば記憶が途切れて探そうとしないようだ。見つからなければなんとかなる。その反面、身についている動きは考えなくてもできるので、運転などはできるようだ。暴走する車に飛び込まれた家の写真が上がっていた。警官は拳銃を撃つことはできるようだが、狙いは適当らしい。乱射して弾が尽きてもトリガーを引き続けている動画もあった。動画の中には、悪魔に乗っ取られた人を逆に襲って殺して得意げにしている動画もあった。乗っ取られた人には高齢者も多く逆にターゲットになりやすい。これがキルケの望んだ殺し合いなのかもしれない。弱肉強食列島だ。

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第6章16 [宇宙人になっちまった]

「放送局だ。NHKテレビを使おう。エフに言うとすぐに渋谷上空に来た。やはりここにも自衛隊員が多数歩き回っている。手には自動小銃を構え、人間を見つけたらすぐに射殺するのだろう。
「エフ、円盤から電磁波出してくれ、奴らの動きを鈍くしてくれればいい。その間に俺たちは局内に入る」
 浜辺が的確に指示を出し、グループ単位で行動することになった。目的は自分たちの映像を全国に放送することだ。ひっそり隠れている人たちと力を合わせて悪魔に対抗するためだ。必ず情報を求めてチェックしているはずだ。早く放送して怯えている人たちに勇気を与えたい。エフは見学コースの入り口付近に降ろしてくれた。近くに数人の隊員がいるがぼんやりした表情でふらつくように歩いているだけだ。電磁波が効いているのだろう。敬一たちも電磁波ビームを出せるし得意だが、相当のエネルギーを使って疲れてしまう。円盤からの支援はありがたい。中に入ろうとしたがやはり自動ドアは動かずロックされている。電磁気的な回路なら自分たちの力で解除できるはずだ。敬一は自動車を動かしたことを思い出しながら気持ちを集中すると手応えを感じた。自動ドアに手をかけ動かしてみると、かなり重いがゆっくり動いて隙間ができた。そこから全員が中に入りもう一度ロックをかけた。後は中にどれほどの悪魔がいるかだ。注意深く進まないと危険だ。スーツを着ていても突然の発砲などは避けきれない。館内には防犯カメラが多く設置されている。浜辺が段ボールの切れ端にマジックで大きくメッセージを書いた。〈だれかいませんか、僕たちは悪魔ではありません〉。このメッセージをカメラの前に差し出した。誰かが見つけてくれば何かのアクションを起こしてくれるだろう。エレベーターもエスカレーターも止められている。用心深くエスカレーターを上っていくが物音一つしない。四階まで進むと防火扉に妨げられ進めなくなった。ここの扉は物理的な構造部分もあって電磁気だけでは開けることができない。浜辺たちは顔を見合わせたが、来た道を戻るしかない。諦めて戻りかけたとき、重そうな扉の一部が動いて開いた。一人が頭を下げて通れるくらいのドアだ。
「急いで!」
 頭の薄くなった中年の男が上半身を出し、手招きして呼んでいる。かなり警戒しているから安全ではないようだ。
「全員で行動していた為、入り終えるまで時間がかかった。男は怯えて何度もドアの外を見ながら急かした。
「悪魔を見たか?」
 ドアを閉めると男が訊いた。見学コースの入り口付近にいたことと、中に入ってからは見ていないと浜辺が応えた。見学コースの扉をどうやって開けたか訊かれて、敬一が超能力で開けたと言うと、表情が曇りあからさまに警戒する素振りを見せ、
「証明して見せろ」
 と言った。悪魔ではないとわかってもこんな事態では疑い深くなって当たり前だ。床を見ると所々に汚れが見える。拭き取られているが血の跡のようにも見える。敬一は辺りを見回した。長い廊下が続いているだけだ。電磁波ビームの効果を見せられそうなものはない。敬一は少し考えてから天井を指さした。敬一の真上だ。
「見ていてください。消します」
 敬一はそう言って天井の長い蛍光灯を見つめた。数秒足らずで真上の一本だけが暗くなり、同じ列の蛍光灯は変わらず廊下を照らしている。中年の男は蛍光灯と敬一を見比べて何か言いたそうに口を開けている。
「点けて!」
 男は号令のように言った。敬一はコツがわかったので瞬時に点けることができた。男はすぐには納得できなくて、同じ動作を数回繰り返すとため息をついた。
「わかった。君は本物だ。トリックじゃできない。君の能力を認めよう」
 男は観念したように言った。首から報道局・伊東と書かれた名札をぶら下げている。

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第6章17 [宇宙人になっちまった]

「ここの状況を教えてください。綾音、いや、キルケのことは勿論知っていますよね」
 敬一が訊いた。
「勿論知っている。あの放送はここからだ。上層部が官邸からの生中継を指示したんだ。誰も放送内容を知らなかった。知っていたのは制作局のトップだけだよ。キルケのことも知っていたんだ。とんだ茶番劇だよ。あんな放送を流すなんて。もう追い出したからここにはいないけどね」
 男は自嘲気味に言った。
「局内に悪魔はどのくらいいますか?」
「ここから先にはいないはずだが確実ではない。若い局員と見学者が数人悪魔になったがね、みんなで取り押さえて閉じ込めてある。一人怪我をしただけでなんとか無事だったよ。君たちはなぜここに来たんだ」
「放送をするためです。悪魔から隠れている人にメッセージを送るんです。負けるなって伝えたいんです」
浜辺が拳を握りしめていった。
「それはいい。きっと放送を待っている人がいるはずだからね。すぐ準備にかかろう」
 男は嬉しそうに言うと浜辺たちを報道スタジオに案内した。壁面にはたくさんのモニターが稼働している。画像を見るとほとんどは処方会場が映されている。局内では政府の強引なやり方に違和感を感じている職員が多く、実体を探ろうと処方会場に多くの中継カメラを配置していたと男が教えてくれた。結果は予想通り強引なやり方で、何が起きているのかわからなかったらしい。その後は敬一たちと同じ光景を目にしてようやく自分たちの置かれている状況が掴めたようだ。その時には局内にも悪魔に乗っ取られた人が現れて相当混乱したらしい。伊東という中年の男の人は、家族には処方会場に行かないように伝えたが、その後連絡が取れなくなったようだ。どこかに隠れていれば放送を見るはずだから、必ず助かると伝えたいと言った。
 浜辺たちは報道局の伊東氏と打ち合わせをした。自分たちの素性やエフのこと、和歌山でのことなどを話した。質問攻めにされたが、丁寧に説明してようやく理解してもらった。
 放送の目的は息を潜めて隠れている人たちに希望を持ってもらうことだが、第一に消滅した日本を生き返らせなければならない。そのためには臨時政府の立ち上げと指導力のあるリーダーが欠かせない。しかし、どこを探してもそんな人材は見当たらない。いてもここに連れてくることは難しい。かといって局内の誰かをリーダーに祭りあげることもできない。伊東氏や報道局のスタッフも頭を抱えた。求心力のあるリーダーがいなければ、不安に怯える人たちを勇気づけることは難しいだろう。竹内総理の裏切りとも言える無力さとキルケの恐ろしさを目の当たりにしたから人を信用できなくなっている。
「エフがいい」
 敬一が唐突に言った。誰も言われた意味がわからない。

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第6章18 [宇宙人になっちまった]

「エフって、どういうこと?」
 浜辺が訊いた。
「臨時政府のリーダーはエフがいいと思う」
 敬一が微笑みながら言った。自分でもいいアイデアだと思ったのだろう。
「エフって、君の話では小学生くらいの宇宙人で、円盤に乗っているんだろう? どう考えても無理だろう。誰も信用しないよ」
 伊東氏や報道局のスタッフはお互いに顔を見合わせて苦笑した。
「本物の円盤を見せたらどうでしょう。屋上で見せるんです。円盤からエフが降りてきて臨時政府の樹立を宣言するんです」
 敬一が両手を大きく動かしながら話すと、笑っていた大人たちが腕組みをして考え始めた。
「円盤か。前代未聞だが、屋上で着陸するところから見せれば説得力はありそうだ。竹内総理よりましだろう。まず我々から信用させて欲しい。善は急げだ。これから屋上でエフに合わせてもらえるだろうか」
 伊東氏とスタッフはもうすでに腰を上げようとしている。
「エフに伝えます。五分あれば大丈夫です。すぐに移動しましょう。通路に悪魔はいませんね」
 敬一はエフに伝えると、悪魔の状況を確認した。エレベーターが使えないので非常階段を上ったが、屋上に着くと息が切れた。広い屋上にヘリポートが見える。よく晴れた空を見上げると数十メートル上空に銀色に光る円盤を見つけた。似たような光景を昔なにかの映画で見たような気がした。敬一が指さすと、すでに気がついて空を見上げている。円盤はわざとゆっくり下降してきた。ヘリポートから二十センチほど空中に浮いたまま停止した。この状況を見るのは敬一たちも始めてだ。いつもはあっという間に上空にピックアップされるからだ。敬一たちもスタッフもまじまじと円盤を眺めたり、そっと銀色の光沢を放つ機体に手で触れた。継ぎ目のようなところが一つもなく、スタッフはどこから出てくるのだろうと油断なく眺めている。音もなく現れるとはこういうことかと思うほど急にエフが円盤の上に出てきた。予想はしていたがそれでもハッと息を呑む瞬間だ。スタッフはもっと驚いたようで、口を開けたまま声も出ないようだ。
「どこから? 出てきた?」
 スタッフの一人がやっと声を出した。
「やぁ、エフだよ。話は聞いている。円盤をみんなに見せるんだよね」
 エフは敬一たちと初めて会ったときのように、ニコニコしながら出てきた。この笑顔を見せられると警戒心の強い人でも心を許してしまう。
「ありがとう、私は伊東と言います」
 ぎごちない自己紹介が続いた。どのスタッフも自己紹介した後は微笑んでいる。エフには人を笑顔にする魔法のような力があるのかもしれない。この笑顔で臨時政府の樹立を宣言され、リーダーと言われたらどんな感じだろう。誰も頭の中でシミュレーションをしているに違いない。

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第6章19 [宇宙人になっちまった]

「僕はいいと思う」
 伊東氏が一番に賛成した。続いて残りのスタッフも一人残らず賛成した。後は話す内容を詰めなければいけない。
 番組表はもう何の意味もなくなった。キャスターもいなければ、ニュース映像も届かない。今は録画済みの映像を流し続けている。もう少しお待ちくださいと時々テロップが流れる。できるだけ早く放送を再開して国民を少しでも元気づけたい。伊東氏は三十分後に緊急放送の開始を決めた。エフには話す内容をスタッフが伝えている。細かいことは浜辺や敬一が丁寧に伝えることになった。
夜九時になった。画面が切り替わり緊急放送の文字が画面いっぱいに映し出され、注意喚起する音声も流れた。進行役は伊東が務めることになった。ヘリポートからの生中継だ。
カメラ、音声、照明、スイッチャー、モニター全員がスタンバイ状態で待っている。キューが出た。
「皆さん、ここは放送センター屋上のヘリポートです。日本は消滅していません。これからわたしたちの日本が蘇ります。今、復活のキーマンが来ます。みなさん、驚かないで落ち着いてご覧ください」
 伊東はそう言って空を見上げ一点を指さした。カメラが暗い上空に向けられた。幾つか星の瞬きが見える。合図で三基のサーチライトが一斉に上空を照らしたが、光の先は闇に吸い込まれて何も見えない。三本の光の矢が交わった辺りに銀色に輝く物体が光を反射しているのが見え始めた。光を反射しながらゆっくり降下してくる物体の姿が露わになり、誰の目にもそれが円盤だとわかるようになった。
 敬一は、息を潜めながらこの映像を見ている人々を思い浮かべた。映画でも作り物でもない本物の円盤が徐々に大きくなり、ついにヘリポーに着陸した。陶器のようになめらかな機体がスポットを浴びている。
「みなさん、これは特撮でも作り物でもありません。地球外からの訪問者です。本物の円盤です。中から出てくるのは紛れもない宇宙人です。我々と多くの共通点があります。驚かないでください。中から出てくる宇宙人は我々の友達で、キルケと戦う仲間です。この日本を蘇生するために来てくれました。我々の味方です」
 伊東が話し終えると、誰も動かず時間が止まったように円盤を見ている。放送局のスタッフはリハーサル済みだが、テレビの前の人にとっては世紀の瞬間だ。人類史上、最も重大な瞬間だ。
 カメラの向こうで、その瞬間を見逃すまいと見つめている人がどれほどいるだろうか。だが気がつけば小柄なエフが円盤の端に立っている。一瞬だった。誰もその瞬間を目にした人はいないだろう。おそらくスロー再生しても同じだ。
 見た目は肌の色も服装も日本人の小学生にしか見えない。
カメラが足もとから上半身に向かってゆっくりパンしている。上半身がアップに映されたとき合図が出された。生中継だから全てが初めてのように見えるが、この場面もエフと緻密に打ち合わせ済みだ
「「やぁ、僕の名前はエフだよ。僕はここからかなり遠いところから来たんだ。この円盤に乗ってね。光の速さで何万年もかかるところだよ。僕の星の近くにはたくさんの友達がいるけどね、この地球という星は僕の世界では一番端っこなんだ。だから遊びに来る人は誰もいない。僕くらいだよ。一番美しい星なんだ。だから誰にも教えたくない。でも見つかっちゃった。キルケって名前だよ。僕と君たちはよく似ているけどキルケは全然違う生き物なんだ。知ってるよね、キルケはこの星を壊そうとしているんだ。僕と一緒にキルケと戦ってくれる友達を紹介するね」
 エフはそう言うと敬一たちを指さした。浜辺が代表してユニコ会の説明とサードブレインの話をした後で大事な宣言をした。

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第6章20 [宇宙人になっちまった]

「僕たちはここに日本の国の臨時政府の樹立を宣言し、日本国憲法が引き続き有効であることを宣言します」
 浜辺はマイクに向かって大きな声で宣言した。
「臨時政府の代表は、エフです」
 浜辺はそう言うとエフに視線を向け、エフはもう一度話し始めた。
「僕たちの目的はキルケをこの星から追い出すこと。キルケはこの放送見ているよね。見ていたらすぐにこの星を出て行くんだ。出て行かないと僕たちが君を退治するよ」
 エフはそう言うとカメラに向かって厳しい顔をして見せた。大人から見ればとんだ茶番劇だ。高校生の集団が臨時政府の樹立を宣言し、その政府の代表は小さな子どもなのだ。
これはなにかの冗談かと思うのが普通だが、円盤を見たことと、エフの登場は衝撃が大きい。エフの顔をアップで見ると明らかに人間とは違うのだ。宇宙人というのが一番しっくりくる。息を潜めてテレビを見ている人たちは、なにかの始まりを感じたに違いない。敬一は横からエフを見ながら希望を感じた。きっとテレビの前でも同じはずだ。小さな子どもが希望を与えてくれる。あの魔法のような笑顔を見るだけで元気が出てくるような気がした。
 この後は浜辺や敬一たちが、悪魔に乗っ取られた人から逃げる方法や隠れる方法などを細かく説明し、知的能力は低下するが、運動能力や職業に関係した能力は維持していることが多いので注意するように伝えた。また乗っ取られた相手が高齢者であってもこっちが攻撃すればやってることは悪魔と同じになって、結局キルケが一番喜ぶだろうとも言った。キルケの大好物は殺し合うことなのだ。あとは悪魔が強い光源や電磁波が嫌いなこと、鍵をかけて家の中に隠れていること、外に出るときは強力ライトを持って出ること等を伝えた。
 最後に、錠剤を服用していない人でも乗っ取られることがあるので、もし急に背筋に寒気を感じたら、迷信のようだが心の中で口汚く罵倒すると入れなくなることも伝えた。キルケの生み出す量子の悪魔は気の小さい奴だから、相手の弱みを見つけると途端に大きくなって見せるのだ。そこらのチンピラと同じなのだ。
 生中継はこの後、屋上カメラから渋谷の市街を映した。交通量は少ないが車のライトが流れている。運転しているのは悪魔に乗っ取られた人かも知れない。ノーマルな人を見つけたらアクセルを踏み込んで突っ込んでいくのだろう。
 各地の中継は途切れたままで、中継スタッフとも連絡は取れない。
「何か変よ!」
 屋上から地上を見ていた夢実が叫んだ。車のライトばかり見ていたが、歩道をよく見ると大勢の人が列を作って歩いている。車道に溢れるほどだ。その列がこの放送センターを目指しているように見える。
「キルケよ、キルケだわ。放送見たのよ。ここに集めてる!」
 夢実が言った。

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