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第6章11 [宇宙人になっちまった]

 敬一は胸が苦しくなってきた。並んでいる人に知り合いを何人か見つけたのだ。同級生の友達もいるし、好きだった女の子も見つけた。大声で止めろと言いたいが、どうにもできない。中に入ってしまえば取り返しのつかないことになるのだ。整然と並んでいるようだが、やたら辺りをキョロキョロ見回したりして落ち着きがない。何か変だと感じ始めているのだろう。並んでいる人同士で話をすると兵士に小突かれている。
 出口を見ると、出てくる人は皆紙コップをゴミ袋に放り込んでいる。中で飲まされるのだろう。用意周到に計画されている。まるでナチスのガス室だ。違うのは即効性か遅効性かだけだ。半日すれば人間性を失い、悪魔に支配されてしまうのだ。
 街の中は装甲車が走りまわり、処方会場に行くよう拡声器で促している。家の中に人の気配を見つけると兵士がドアを叩き連れ出そうとしている。玄関先で小さな紙切れを見せた人はそのまま家の中へ戻っていった。処方証明書でも出しているのだろうか。街の中にカーキ色の車と人が目立つ。まるでどこか外国の映像を見ているようだ。ドクターは腕組みをして厳しい顔で画面を睨んでいる。
「これじゃ、変だと思っても処方会場に行かされる。逃げられないようにできているんだ。本気で全国民を悪魔にするつもりだ。時間がない。急いで家族や友達に連絡して隠れるように連絡するんだ。可能な限りたくさんの人に伝えよう。方法は何でもいい。画像も送ればいい。とにかく処方会場に行ったらヤバいと伝えるんだ。警察と自衛隊の言うことは絶対信用するなと言うんだ。急ごう」
 ドクターはそれだけ言うと連絡を始めた。室内には携帯を操作する音だけが響いている。直接伝えている人はなかなか信用されず、何度も「嘘じゃない」を繰り返している。敬一も思いつく限りの人に連絡した。なかなか本気にされないが、多くの人はしばらく様子を見ようと、会場に行くのを見合わせ、居留守を使うことにしてくれた。それでも笑い話程度にしか受け止めてくれない人はどうにもならなかった。悔しいがどうしようもない。
「エフ! 僕たちは悪魔を退治するためにサードブレインをプレゼントされたんだろう、逃げて隠れるだけじゃどうにもならない。何か手はないの?」
 敬一は連絡を終えると、エフに詰め寄るように訊いた。
「僕は量子の悪魔を追い払う方法はわかるけど、キルケって名前の悪魔はよく知らなかったんだ。量子の悪魔がキルケから生み出されてるなんて思いもしなかったよ。遠くの宇宙から来る肉体を持たない生命体だと思ってたんだ。でも肉体のある悪魔なら弱点はたくさんあるはずだよ。だって君たちと同じ身体でしょ。だからね、キルケをどうにかするしかないと思う」
 エフから緊張感のない答えが返ってきたが、正解だろう。確かにキルケをどうにかしなければ解決しない。
「綾音は今どこにいる?」
 ドクターが訊いた。


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