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第6章10 [宇宙人になっちまった]

 敬一は落ち着かない夜を過ごした。あれから続報が有り、政府は一部の業種を除き三日間の経済活動の停止を命令したのだ。この期間に予防薬を全国民に処方するのが目的で、地域の指定場所に行くのが義務とされた。緊急時の対応という大義名分はあるが、憲法違反は明白で極端すぎる。有り得ないことだ。
 浜辺や敬一のところにサードブレイン仲間から次々に情報が入ってくるが、酷い話ばかりだ。高校の歴史で習った独裁政治のやり方に似ていると思った。気に入らない奴は片っ端から捕まえて闇に葬る。このやり方がまかり通っているのだ。ネット上にはその赤裸々な動画が雨後の竹の子のように驚くほどの勢いで増えている。これを見れば日本に何が起きているかよくわかる。勇気を持ってノーと声を上げた人を夜中に連行していくのだ。家族単位で連行されたケースもあった。
 昨夜は目が冴えてなかなか眠れなかった。夜明け頃ようやく眠れたがすぐに目が覚めた。だがいつもの新聞配達のバイクの音がしないし、車の音もしない。こんな静かな朝は記憶にない。元旦の朝だって何かの音が聞こえるし、大雪の朝だって雪かきの音が聞こえたりする。時計を見ると七時過ぎだ。近所の小学校で予防薬の処方が始まるのが八時からだ。敬一は処方されるつもりはないが、何が起きているのかこの目で確かめないことには何も始められない。
 テレビを付けると、どのチャンネルも処方会場から中継をしたり、有識者のコメントを伝えたり、昨夜の自殺者の人数を伝えている。増加傾向が止まらず予防薬の処方が急務だとキャスターが話しをまとめた。しかし驚いたのは処方会場の中継だ。自衛隊が出動しているのだ。駐車場に装甲車が止まり、会場入り口には武装した兵士が二人立っている。何のための兵士なのかわからないし、武装した兵士を見ることすら日常ないのだ。
 敬一はエフとユニコ会のメンバーに緊急で集まりたいと伝えた。他のメンバーも同じように感じていたようで、急いで外に出た。
 五分程で全員が円盤に集まった。誰も眠そうな顔をしている。敬一と同じような夜を過ごしたのだろう。誰も顔を見合わせて大きく息を吐くだけで言葉が出ない。
「そろそろ始まるよ」
 エフが皆に声をかけた。円盤は敬一の地域の上空から小学校の体育館を見ている。もうすでに行列ができ始めているが、並ばされているように見える。ウィルスに対する予防薬だと国家が大々的に宣伝しているから疑っている人はいないのだろうか。ドクターが、飲めば半日ほどで前頭前野の一部の細胞が壊されると教えてくれた。だからこの薬は飲んでしまえば別人のようになって元に戻れるかはなんとも言えない。治癒の可能性は少ないのだろう。残された道は、悪魔に脳細胞を明け渡すだけだ。悪魔のいいなりに行動してしまう。自殺も他殺も悪魔次第だ。

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