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宇宙人になっちまった 一章 1 [宇宙人になっちまった]

         宇宙人になっちまった

一章 1


 世の中にこれほどの醜さを晒しながら、それでも何食わぬ顔をして、誰も気がついていないだろうと確信して暮らす。それが山谷敬一だった。

 自分の異変に気がついたのは、中学生になりしばらく経ってのことだ。それまではまったくもって平穏だったのだ。誰もが自分と同じだと思っていたし、思春期の変化は知っていたからそれほど驚くことはなかった。少し秘密が増えたくらいのことだったのだ。陰毛やペニスの変化、声変わりは休み時間の暇つぶしの話題になる程度だったし、それ以上に興味のあることが山ほどあった。

 敬一が毎朝行う最も重要なことはヘヤースタイルを決めることだったが、その異変はある日突然に訪れた。それは今まで感じたどんなことよりも衝撃が大きく、諸々の興味あることが瞬く間に色褪せていった。

 敬一は全神経を自分の指先に集中し、注意深く頭頂部を触った。異変を感じた辺りには何も変わったことはなく痛みもない。先ほど感じた異変と痛みがどこかの神経の気まぐれであることを願いながら少し力を入れて押してみた。気のせいだったのだろうか、いつも通りで変わったところは何一つ感じられない。でも確かに頭蓋骨の一部が隆起したように感じた。髪の毛をわしづかみにして吊されたようで、脳天が数センチほど飛び出したような感覚だった。だが余りにも一瞬のことで何が起こったのか確かめようがない。指先に伝わる感覚は堅く閉じられた頭蓋骨と毛髪の滑るような感触だけだ。少し力を入れて脳天を押してみたが何の手応えもない。思い返しても変わったことは何もしていない。ドライヤーの筒先を脳天辺りに向けていたが、それだっていつものことだ。首を左右に捻ったり、上下に動かしたり、最後に数回ジャンプしてみたが何一つ違和感はない。敬一はどこかの神経が気まぐれを起こしたに違いないと思い、家族には何も言わずに家を飛び出した。

 これが異変の初日で次の日も同じような衝撃がやってきた。驚きはしたが、やはり痛みは一瞬で消え何の痕跡も残っていない。こんなことを毎日繰り返していると、一瞬の痛みを上手くやり過ごす方法を編み出し、まるで思春期の一ページのようにさえ思えてきたのだ。乳首や膝の痛みのように、皆も同じような痛みをやり過ごして登校していると思い、一番仲のいい風見陽介に何気なく打ち明けた。しかし予想に反して陽介の対応は大笑いだった。そして、毎朝脳天が盛り上がって痛い奴なんかいない、一度病院で診てもらった方がいいと忠告された。

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2020-09-14 [宇宙人になっちまった]

第1章02


 敬一は何かしら妙な後ろめたさを感じながら母に打ち明けると、すぐに病院に連れて行かれた。医者から訊かれるままに頭頂部の有様を伝えるとすぐに検査となった。かなりの緊急対応で、医者は脳圧の異常を疑い慎重に画像をチェックしたが、怪しいところは何一つなかった。ただ、と言って医者が首をかしげながら指さした頭頂部は少しだが盛り上がっているように見える。敬一はモニターに写された自分の頭頂部を覗き込むように見た。確かに医者の言うように少し盛り上がって見える。母親がほお~っと言いながら敬一の頭を撫でるように触れると、
「ほんまや、コブができとるなぁ。どこかにぶつけたか?」と訊いてきた。
 敬一が首を横に振ると、
「なんでなん?」と独り言のように言った。大阪出身の母親は大学からずっと東京で暮らしているが、関西弁はいつまで経っても直らない。
「ストレスなどから頭頂部の骨がコブ状に盛り上がることもありますから、少し経過を見ましょう」と担当医は申し訳なさそうに言った。     
 それから定期的に診てもらっているが、コブは徐々に成長し痛みは軽くなった。医者に言わせると、骨の接合部が盛り上がってきたのは、骨の良性腫瘍で問題ないとの診断だった。気になるようなら切除できますが、成長が止まるまで様子を見ましょうとのことだった。しかし、まだ不明な点もあるのでどんなことでも気がついたことがあれば教えて欲しいとも言われた。
 こうして敬一の思春期はコブの成長とともに時が流れ、やがて高一の春を迎えた。中学校では陽介がコブのことを言いふらしたせいで、しばらくは女子にクスクス笑われたり、突然後ろから脳天にタッチをして走り去る奴もいた。だが飽きられるのも早くあっという間に目立たない存在になった。それに髪型の工夫で、脳天のコブはよほど注意してみなければ分からないほど上手にごまかせるようになっている。おかげで高校では敬一のコブのことを覚えているのは陽介の他には数人しかいない。他人はたかが脳天のコブくらいと思っても、敬一はこれ以上に醜いものはないと思っている。中学生の頃はコブと言ってもせいぜい三センチ程度だったが、今は七センチを超えてきた。髪型で誤魔化すのも限界に近い。敬一はいっそのことカミングアウトしようかと思ったが、髪の毛をかき分けて眺められたり、話のネタにされるのも気が進まない。できることなら隠しておきたいが、発覚したときの状況を予想すると、やはり用意周到に自分から言った方が楽な気がする。中学校では陽介が勝手にカミングアウトしたものだから、しかもコブが動くと尾ひれまでつけた。その日の休み時間は大騒ぎになり、職員室から先生が何事かと飛び出してきたほどだった。

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第1章03 [宇宙人になっちまった]

 結局のところ、敬一が高校でのカミングアウトの相談相手として選んだのはやはり陽介だった。というよりも、話せる相手がいなかったというのが正直なところだ。
「そうだなぁ」
 陽介は感慨深そうに敬一の脳天を背伸びしてまじまじと眺めた。
「もう限界だよ、このまま大きくなったら十年後の同窓会はコーンヘッドだよ。そのときバレるより今の方がまだいいかも知れないなぁ」 
 敬一は頭のコブをなで回しながら言った。見た目は嫌いだが手に伝わる感触は例えようがないほど気持ちいいのだ。そのことを知っているのは陽介だけなので、時々陽介にも触らせることがある。見た目は硬そうだが実はほどよく柔らかくて触るだけでリラックスできる。だから陽介と二人の時は肩を組む代わりにコブに手を乗せてくることがある。
「よし、わかった、こうしよう」
 陽介が目を輝かせながら言った。こういうときは失敗することが多く要注意だ。陽介が調子に乗ったときはろくなことがない。
「コブをパワースポットにすればいいよ、今だって触ってるだけで気持ちいいし、なんだか癒やされる気がするよ。そうだ、清正の井戸にすれば大人気になること間違いなし」 陽介の鼻がヒクヒク動いている。絶好調の証だ。
「人のことだと思って適当なこと言うなよ、こんな醜いコブが人気になるはずないだろう」 敬一は陽介を睨みながら言った。
「大丈夫、簡単さ。ネットを利用すれば一夜で敬一は有名人だよ」
 陽介の瞳が一段と輝きを増し、潤み始めている。自分の言葉に酔い始めている兆候だ。敬一は、こうなるとなかなか止まらない陽介の性向を知っている。もうマネージャー気取りだ。「ちょっと横を向いてくれ」
 陽介はそう言いながらスマホを敬一に向けた。
「いい加減にしろよ」
 敬一は怠そうに横を向いたがまんざらでもない。陽介はアングルを変えながら動画と静止画を数枚撮り、
「よし、取り敢えずこれでいいだろう」
 と独り納得するとスマホをいじりながら校舎内へ消えていった。何かに熱中すると周りが目に入らなくなるのは陽介の癖だが、その分やることが早くて的確だ。下校するまでにはパワースポット山谷敬一が出来上がるだろう。敬一は中学時代の騒ぎを思い出し少し不安になった。

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第1章04 [宇宙人になっちまった]

 午後の最初の授業は英語で、眠い目を擦りながら板書された文字を書き写していると、陽介からの着信があり、ネットに記事をアップしたと伝えてきた。敬一は相変わらずの早業に驚いたが、何かが弾けてしまったように感じた。開き直りのような感覚かも知れない。こうなったら陽介のやりたいようにやればいい。何かが始まりそうな予感がする。敬一は高ぶり始めた自分の気持ちが不思議だった。陽介のネット操作が功を奏したのかコブへの興味なのかどちらとも分からないが、敬一が陽介と下校する頃には大半の学生が敬一の秘密を知っていた。中学の頃のような単純で爆発的な興味本位の関わりはないが、普段話したことのない奴が視線を向けてくる。敬一は視線に気づいて見返すが、向かってくる視線は脳天に向けられているのが分かる。
「ネット恐るべし、全校拡散だな。どうやった?」
「フェイスブックにツイッター、ユーチューブ、インスタ辺りから始めたよ。ユニコーン高校生発見ってことにした。まぁ、ベタだけどな」
「ユニコーンって、そんなツノになってねえし」
 敬一は不服そうに言った。
「いや、ちょっとだけ加工したら、なかなかいいのが出来たから……」
 歯切れが悪く、そこだけは声が小さくなった。
「加工した?」
 敬一のスマホからも確認できるが、陽介の携帯を取り上げて見た。静止画像では実際よりも5センチほど高くし先端を尖らせ、おまけに色もやや金色系にしてある。動画になると、ちょっとやり過ぎで、コブの先端から光線が飛び出し、癒やし光線発射と書いた吹き出しがある。さすがにこの動画はひどい仕上がりだが、静止画の加工は見抜けないだろう。本物のツノに見える。敬一は明日からの登校が憂鬱になってきた。地味で目立たない山谷敬一は今日で終わった。

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第1章05 [宇宙人になっちまった]

「ねぇねぇ、夢実、ちょっとこれ見て」
 いつもとトーンが違う。
「どうしたの?」
 並んで歩いていた夢実は絵里子の携帯を覗き込んだ。
「ユニコーン高校生だって、夢実と一緒じゃない。学年も同じだよ、どこの高校かなぁ」
 絵里子はそう言いながら夢実の頭を確かめるように見た。
「ユニコーン?」
 夢実は眉間に皺を寄せながら訊いた。
「ほら、子どもの頃絵本で見たことあるじゃん、頭にツノが一本ある羊か馬みたいな想像上の動物」
「それが何で一緒なの、私の頭にはツノなんかないし」
 夢実は頭に手を乗せながら言った。
「それに頭から変な光線出てるし、何なのこいつ、キモ!」
 夢実は怒ったように先を歩き出した。
「動画はやり過ぎだけどさぁ、ちょっとこの横顔見て、夢実と頭がそっくりじゃない」
 絵里子がうしろから携帯を見せると、
「そんなことないよ」
 と言いながら夢実はつい携帯を覗き込んだ。その静止画像で撮られた一枚は、頭頂部の髪の毛を立てて脳天の盛り上がりを隠している。夢実にはその高校生がちょっと変わった髪型をしている理由が見えてくる。多少は誇張されているのも分かった。自分と同じ悩みを抱えているに違いないと想像できる。
「ねぇ、似てるよね」
「う~ん、ちょっとだけね、私より盛り上がって見える」
 夢実はそう言いながらもう一度頭に手を乗せた。
「ねぇ、絵里子には思い切って話すけど秘密だよ、誰にも言わないでね」
 夢実は歩みを止めて近くのベンチに腰を下ろした。
「急に真面目な顔してどうしたの?」
「誰にも言わないでね」
 夢実は首をすくめるようにすると辺りに人がいないことを確かめた。
「わかった、絶対内緒にする」
 絵里子は夢実に身体を密着させるように座り直した。
「私、本当は宇宙人なの。頭のてっぺんが膨らんでるのがその証拠。絶対誰にも言わないでね」
 夢実が半分ほど話したところで絵里子がたまらず吹き出して笑った。
「そんなこと誰かに言ったらバカにされちゃうよ。頼まれても絶対言わないからね」
 絵里子がそう言って笑うと夢実も一緒になって笑った。
「でも本当に宇宙人だったらどうする?」
 夢実がもう一度言うと、
「本当だったら宇宙人のイメージ壊れるなぁ。運動神経ゼロで知能指数も低いし、なんか特殊能力ないの? 超能力的なやつとか」
「あるある、とびっきりの秘密能力!」
 夢実が自慢げに言うと、
「それ何? どうせ大したことないでしょ」
 と絵里子がつっこむ
「何言うてんねん、本場仕込みの値切りビーム発射できるし、笑かしビームは強力やで」
 夢実が負けずに言うと、
「それは宇宙人やあらへん、こてこての関西人や。正体バレたなぁ」
 二人はいつものように冗談を言い合って笑った。安藤夢実と梅原絵里子は小学校からの友達で家も近く、クラスも一緒で同じ仲良しグループだ。数人で学校を出るが、途中からは二人だけになり、別れる前にコンビニに寄るのが常だった。
 夢実は人気ナンバーワンのシューケーキを食べようと誘ったが、絵里子は誘いに乗らず雑誌コーナーで立ち読みを始めた。レジを済ませ雑誌コーナーに目を向けると、妙な違和感を漂わせている男を見つけた。絵里子の右隣に立っている。手に取っているのは成人コーナーの雑誌かも知れない。夢実は少し早足で絵里子に近づいた。

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第1章06 [宇宙人になっちまった]

「行こう」
 夢実が声をかけると、絵里子よりも早く男が振り向き、夢実は時間が止まったように男を見ている。
「夢実!」
 絵里子が声をかけると、ハッとしたように気がついた。
「夢実、行くよ!」
 絵里子はそう言って強引に夢実の腕を引っ張った。引きずられるように店を出た夢実はまだぼんやりした視線を店内に向けている。
「夢実、どうしたの、大丈夫?」
 真正面から声をかけられてようやく正気に戻ったように見える。
「う、うん、大丈夫」
 夢実はぼんやりした視線を絵里子に向けながら返事をした。
「何があったの?」
 絵里子は外のベンチに夢実を座らせ、顔を覗き込むようにして訊いた。
「あいつ、私と同じだった。絵里子はあいつの頭に気がついた?」
「いや、なんのこと?」
「あいつの頭も盛り上がってた。そこは私と一緒だけど、めっちゃ違和感あった」
 夢実はそう言いながらブルリと身体を震わせ後ろを振り返った。数メートル離れたガラスの向こうに雑誌コーナーが見える。男の姿は見えないがまだ店内にいるはずだ。
「絵里子はなんか感じた?」
「いや、何にもないよ、男がいるなと思ったかなぁ。違和感ってどんな?」
「ここが感じるの、ビンビン感じた」
 夢実はそう言って絵里子の手を取り、自分の頭に乗せた。
「ひゃ~、冷たい。なんで?」
 絵里子は手をさすりながら言った。
「わかんない、こんなこと初めてだし。だけどあいつのせいに間違いない。あいつも髪の毛で上手に隠してたけど、私には一目で分かった。あいつもユニコーンよ」
「それなら友達じゃないの、そろそろ出てくるわよ」
 絵里子はそう言って店の入り口に目を向けた。夢実も同じようにしたが、落ち着かない様子だ。何度も頭に手を乗せ、その度に首を傾げている。
「あ、出てきた」
 絵里子が小さい声で教えると、夢実は視野の端で男の姿を確かめている。男はコンビニ袋をぶら下げ、二人にはまるで気づかずまっすぐ歩いて行く。その後ろ姿を二人の視線が追いかけると、急に立ち止まり振り返った。男の視線はまっすぐ夢実に向かっている。身体の向きを変え、つま先がゆっくり動き二人の前にやってきた。
「座ってもいい?」
 男が小さな透き通った声で言うと、二人は立ち上がることも出来ず、不自然な動きでベンチの席をを一人分空けた。
「ど、どうぞ」
 と絵里子が小さな声で返事をした。絵里子の右に男が座り、左に夢実が座っている。
「ありがとう、食べる?」
と男が唐突に差し出したコンビニ袋にはシューケーキが入っている。夢実を肘で小突き、
「あ、夢実も同じもの買ったよね」
 と絵里子が言うと、
「そ、そう、一緒に食べますか?」
 と夢実はちぐはぐな返事をした。シューケーキを持った二人に挟まれた絵里子は、飲み物買ってくるねと言い、店内に逃げてしまった。夢実も後を追って立ち上がりかけると、
「君も同じ?」
 と話しかけてきた。すぐにその意味が分かり、黙って頷くと、
「だと思った」
 と言って、手の平を夢実の頭の上に乗せた。
「冷たいね、俺を触ってごらん」
 男はそう言うと、強引に夢実の手を掴み自分の頭に乗せた。夢実よりも幾分お大きいコブが髪の毛の中に隠されていて暖かい。
「俺は熱くなるタイプ」
 夢実は慌てて手を引っ込めたが、手のひらには触れたときの暖かさが残っている。
「私とは違うんですね、どうしてですか?」
 夢実は顔を上げながら男の足先から頭の上までを瞬時に観察し、最後に視線を合わせた。「どうしてだろう、よくわかんないけど、色の変わるタイプもいるよ」
 細めの顔で一重の瞼は和風のテイスト。夢実は瞳を覗き込むように見た。
「他に同じような人を知っているんですか?」
 夢実が訊くと、
「うん、定期的に会ってるよ。先月は十人ほど集まった」
 と言って、会の名前や経緯を詳しく教えてくれた。会の名前は、頭頂部隆起症候群患者の会が正式で、仲間内ではユニコーンを省略してユニコ会と呼んでいるらしい。元々は東京の医師がこの病気を発見し命名したようで、ごく最近のことらしい。共通しているのは頭部がコブのように盛り上がることだけで、細かい症状は一人一人違うらしい。原因も分からないし、直す方法もないらしい。医学界でもこの病気を知っているのはほんの一握りで、脳研究の分野からは強い関心を持たれて、実際に被験者となって研究に協力している仲間もいると教えてくれた。

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第1章07 [宇宙人になっちまった]

「熱いコーヒーはいかが」
 カップコーヒーを持ちながら絵里子が戻ってきた。遅かったからしばらく様子を見ていたに違いない。
「もう自己紹介は終わったの?」
 絵里子が訊いた。
「そうだ、まだ名前言ってなかったね。僕は浜辺青磁、西川高校の二年。君たちの名前も聞いていい?」
 浜辺は暗そうで近寄りにくい雰囲気を持っているが、話してみるとそうでもなかったのだろう、最初は逃げ出した絵里子が饒舌に話し始めた。
「私は安藤絵里子で、友達は梅原夢実。二人とも綾高一年で、他には、家はこの近所ね。それで私の趣味は音楽で、ブラバンに入るつもり。中学校ではバレーボールやってました。浜辺さんの趣味は何ですか?」
 絵里子のスイッチが入ったようだ。気に入らなければ、体調でも悪いのかと心配するほど無口になるが、気に入ったときは別人のように饒舌になる。
「趣味か、これってなかなか言いにくいよね。音楽聴くのは普通に好きで、本だって多少は読むしね。運動系は、そうだなぁ、あまりやらないかも。一番関心を持っているのはこのコブかな。これがなかなか面白いんだ。だからちょっと気になって話しかけてみたんだ。雑誌コーナーで見たとき、すぐに俺と同じだなってわかったよ」
 浜辺は夢実の頭頂部を確かめるように見ながら話し、時々絵里子に視線を向けるが、関心があるのは夢実のようだ。そのことに気づいた絵里子は少し元気をなくした。
「このコブに病名があったんですね、知らなかった。でもこのコブのどこが面白いの? 隠すのに苦労しているのに」
 夢実は自分の頭を触りながら話した。
「そうだよね、そんなに面白くはないよね、特に女の子はみんな苦労しているみたいだね」
「他にも女の子知っているんですか?」
 夢実は似たような女の子がいると知って嬉しくなった。
「先月の定例会では、十人中女の子は四人だったかな、みんな高校生なんだ。これがコブの不思議その一。偶然かも知れないけど、まだ高校生以外で見つかっていないんだ」
「東京で十人? みんな高校生?」
 夢実が訊き、絵里子は大人しくしている。
「正確には東京近郊かな、千葉、埼玉、神奈川もいたかな。名簿上は十五人だけど、夢実さんが入ると十六人になるね」
「全国だとどのくらい?」
「地方のことは何もわからないんだ。病院の先生も情報が無いって言ってた。夢実さんはなんて診断されたの?」
「頭蓋骨腫瘍で良性だから問題ないって。気になるようなら手術で取れるって言われた。でもそんな手術は恐いからしないわ」
「ほとんどの医者はそう診断すると思うし、たいていの場合はそれで正しいよ。僕も最初は同じ診断名だったよ。でも親が心配性で、セカンドオピニオンで今の主治医の後藤先生に詳しく診てもらったんだ。そしたら今まで知られているどの症例とも違うことがわかって、学会で発表したり、会を組織したり、色々とやってくれたんだ。多分だけど、夢実さんは僕と一緒だと思うよ。後藤先生を紹介するから一度診てもらうといいね」
 そう言いながら夢実のコブを何度も触って確かめた。
「もし、浜辺さんと同じコブだったらこれからどうなるの?」
 夢実は少し不安そうに訊いた。
「まだ症例が少ないし、診断できる医者が少ないからなんとも言えないけど、今のところ、命に関わるようなことでは無いらしい。むしろその反対で、脳研究の立場からは新しい可能性が期待できると言われているんだ」
 こんなコブにどんな可能性があるんだろう。浜辺の話は少し大袈裟なように思えた。

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第1章08 [宇宙人になっちまった]

「コブの不思議その二。コブのほとんどは頭蓋骨の異常だったり、脂肪だったり、普通のおできだったりするんだけど、僕たちは決定的に違うことがあって、それは脳容積が増えていることなんだ。先生は増えた脳細胞がサードブレインになるんだって言ってた。まぁ、簡単に言うと、普通は右脳と左脳があってそれが脳梁で繋がってるんだけど、サードブレインは右でも左でもなくその両方から増殖しているらしいんだ。だから綺麗に頭のてっぺんが膨らんでコブになるんだ。中心の大きさは親指くらいでそれを脂肪が包んでいるんだって。頭蓋骨の一部は軟骨のように変化しているとも言ってた。それがなぜ出来て、どんな働きをするのかをこれから調べるらしいよ」
「なんか、難しくてよくわからないけど、悪い病気じゃないのね」
 夢実は少し疲れてきた。絵里子はベンチから足を投げ出してつまらないサインを出している。浜辺は、夢実や絵里子の様子に気づかず話し続けた。
「悪い病気じゃないと思うけど、でも注意は必要なんだ。これは先生が言ってたんだけど、患者が三人行方不明になっているんだって。家出とか何かのトラブルに巻き込まれたとか、そんな可能性はほとんどないような人ばかりで、まったく足取りがつかめなくて警察も操作の手がかりがないらしい。それがもしかしたら、サードブレインの影響の可能性があるって」
「なにそれ、じゃ、夢実が急にいなくなったりするの?」
 絵里子が急に身体を起こし、浜辺の前に顔を突き出すようにして訊いた。
「いや、みんながそうじゃなくて、そうなる人もいるってことで」
 浜辺は身体を後ろに反らしながら小さな声で言った。
「え、でもそれって確率高くない? 患者数少ないでしょう? どれくらい!」
 絵里子は問い詰めるように訊いた。
「えっと、確か、先生の診た患者の中の数字で、二十パーセント位だろうって」
 絵里子は口をあんぐり開けたまま宙を見ていたが、我に返ってもう一度訊いた。
「ということは、患者が十人いたらそのうち二人は消えるってことよね」

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第1章09 [宇宙人になっちまった]

 夢実はぽかんとした表情で二人のやりとりを聞いている。ことの重大さに気づいているのは絵里子だけのようだ。
「だから先生は定例会には必ず来て皆からいろんな話を聞いているんだ。少しでも変わった兆候を見逃さないためだって」
 浜辺は二人を安心させようとして言った。
「夢実、わかった? コブ人の二十パーセントが消えるのよ! 浜辺さんに病院教えてもらって診察してもらったほうがいいわよ」 
 絵里子が夢実を睨むようにして言うと、夢実はその場で浜辺から病院を教えてもらい診察してもらうことにした。当の本人よりも絵里子の方が積極的で、ユニコーン同好会の次回予定日も教えてもらい、夢実は絵里子同伴で出席することにした。絵里子には他に魂胆があるのかも知れないが、夢実は一人で行くよりも安心できる。
 山谷敬一はあれ以来ちょっとした有名人で、高校ではほとんどの生徒がコブのことを知っている。そのことはある程度予測できたし、取り立てて困るようなことはなかった。予想を遙かに超えたのはネットの反響だった。どうやって調べたのか分からないが、通学路にまで敬一目当てのネットユーザーが現れる。いきなり写真を撮って、それほどでもないやと捨て台詞を残して立ち去ることもある。それだって腹は立つが実害はない。困るのは家を訪問されることで、しかも訪問目的が身の上相談のようになってしまっていることだ。その原因だってよくわかっている。陽介がネットにアップした動画が犯人なのだ。癒やしの能力や未来を見通す能力がありそうに仕立ててある。普通はその動画を面白がって見る程度で終わるけど、ごく少数の、何かが特別に弱った人がフラリと家にやってくるのだ。そういう人に限ってネットを駆使して住所を割り出すような能力に長けていたりする。

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第1章10 [宇宙人になっちまった]

 そうやって最初にやって来たのは、他校の女子高生だった。応対したのが母親だったこともあり、どういうわけかリビングで対面することになってしまった。自分の性格の悩みや友達関係、おまけに両親の夫婦関係の話まで聞かされた。敬一は退屈で仕方なかったが、関西弁の母親は話術に長けていて、瞬く間に女の子は元気になり大笑いするほどに回復したのだ。帰り際に敬一のコブに触らせて欲しいと頼まれ、これで終わりならと触らせたのが良くなかった。翌日、陽介が目を輝かせながら話した。その女の子が昨日の訪問のことをネットにアップし、コブに触ったら悩みがすべて解決したと、リビングで二人並んで撮った写真付きで報告していたと言うのだ。撮ったのはもちろん母親で、悩みを解決したのは百パーセント母親の力に間違いない。敬一はそこに座っていただけだ。
「敬一、やったな、これで女子が押し寄せるぞ」
 と陽介はまるで自分の手柄のように喜んだが、あれから一週間経つとさすがの陽介もうんざりした表情を見せるようになった。
 近寄ってくる女子高生は百パーセント敬一目当てで、さすがの陽介も嫌気が差してきたのだ。訪問客は毎日のようにあるが、ほとんど居留守を決め込んでいる。そのせいで山谷家の周辺は深夜まで怪しげな人が佇むようになった。
 朝までいる人はいないがそれでも用心深く出かけ、バス停も家から少し離れたところから乗るようにしている。途中で陽介が乗ってくるが、それでやっと落ち着くことが出来るのだ。
「よう、今日も疲れた顔してるね、ツノの調子はどう?」
 陽介がいつものように声をかけてくる。敬一はコブのことをツノと言われることにも慣れてきた。
「今日はいつもより暖かいね、まぁまぁかな」
 敬一がそう言うと、どれどれと言いながら陽介が頭に手を乗せてくる。いつものことで挨拶代わりのようになっている。
「確かにちょっと暖かいね、なんで日によって違うのかなぁ。何か意味がありそうな気がするよ」
 陽介は真面目な顔をして言った。コブのことを癒やし効果があるとか未来が見通せるツノだとか、ネット上には興味本位のようにアップしているが、二人の時には結構真面目に考えてくれている。癒やし効果も未来のことも丸々作り話でもないのだ。実際癒やし効果については、本当にしばらく触れているだけで体調が回復したこともあるし、友人なら誰しも経験して知っていることだ。見通す力も、それがコブの力なのかどうかはわからないにしても、時々陽介を驚かすこととがある。先日も遅刻しそうになったとき、先生の休みを当てたことがあった。だからといってテストの成績がいいことはなく、陽介といい勝負である。もちろん宝くじを当てることも出来ない。日常生活のつまらない事柄についてはよく当たるが、大して役に立たないことばかりなのだ。
「最近病院行った?」
 陽介が訊いた。
「先週行ったかな、まだ成長続けてるらしい。頭蓋骨腫瘍じゃない可能性が高いって言われた。最近学会で似たような症例が報告されたらしくて、詳しくわかったら病院を紹介してくれるって言ってた。患者の会も出来たらしい」

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