SSブログ

第1章06 [宇宙人になっちまった]

「行こう」
 夢実が声をかけると、絵里子よりも早く男が振り向き、夢実は時間が止まったように男を見ている。
「夢実!」
 絵里子が声をかけると、ハッとしたように気がついた。
「夢実、行くよ!」
 絵里子はそう言って強引に夢実の腕を引っ張った。引きずられるように店を出た夢実はまだぼんやりした視線を店内に向けている。
「夢実、どうしたの、大丈夫?」
 真正面から声をかけられてようやく正気に戻ったように見える。
「う、うん、大丈夫」
 夢実はぼんやりした視線を絵里子に向けながら返事をした。
「何があったの?」
 絵里子は外のベンチに夢実を座らせ、顔を覗き込むようにして訊いた。
「あいつ、私と同じだった。絵里子はあいつの頭に気がついた?」
「いや、なんのこと?」
「あいつの頭も盛り上がってた。そこは私と一緒だけど、めっちゃ違和感あった」
 夢実はそう言いながらブルリと身体を震わせ後ろを振り返った。数メートル離れたガラスの向こうに雑誌コーナーが見える。男の姿は見えないがまだ店内にいるはずだ。
「絵里子はなんか感じた?」
「いや、何にもないよ、男がいるなと思ったかなぁ。違和感ってどんな?」
「ここが感じるの、ビンビン感じた」
 夢実はそう言って絵里子の手を取り、自分の頭に乗せた。
「ひゃ~、冷たい。なんで?」
 絵里子は手をさすりながら言った。
「わかんない、こんなこと初めてだし。だけどあいつのせいに間違いない。あいつも髪の毛で上手に隠してたけど、私には一目で分かった。あいつもユニコーンよ」
「それなら友達じゃないの、そろそろ出てくるわよ」
 絵里子はそう言って店の入り口に目を向けた。夢実も同じようにしたが、落ち着かない様子だ。何度も頭に手を乗せ、その度に首を傾げている。
「あ、出てきた」
 絵里子が小さい声で教えると、夢実は視野の端で男の姿を確かめている。男はコンビニ袋をぶら下げ、二人にはまるで気づかずまっすぐ歩いて行く。その後ろ姿を二人の視線が追いかけると、急に立ち止まり振り返った。男の視線はまっすぐ夢実に向かっている。身体の向きを変え、つま先がゆっくり動き二人の前にやってきた。
「座ってもいい?」
 男が小さな透き通った声で言うと、二人は立ち上がることも出来ず、不自然な動きでベンチの席をを一人分空けた。
「ど、どうぞ」
 と絵里子が小さな声で返事をした。絵里子の右に男が座り、左に夢実が座っている。
「ありがとう、食べる?」
と男が唐突に差し出したコンビニ袋にはシューケーキが入っている。夢実を肘で小突き、
「あ、夢実も同じもの買ったよね」
 と絵里子が言うと、
「そ、そう、一緒に食べますか?」
 と夢実はちぐはぐな返事をした。シューケーキを持った二人に挟まれた絵里子は、飲み物買ってくるねと言い、店内に逃げてしまった。夢実も後を追って立ち上がりかけると、
「君も同じ?」
 と話しかけてきた。すぐにその意味が分かり、黙って頷くと、
「だと思った」
 と言って、手の平を夢実の頭の上に乗せた。
「冷たいね、俺を触ってごらん」
 男はそう言うと、強引に夢実の手を掴み自分の頭に乗せた。夢実よりも幾分お大きいコブが髪の毛の中に隠されていて暖かい。
「俺は熱くなるタイプ」
 夢実は慌てて手を引っ込めたが、手のひらには触れたときの暖かさが残っている。
「私とは違うんですね、どうしてですか?」
 夢実は顔を上げながら男の足先から頭の上までを瞬時に観察し、最後に視線を合わせた。「どうしてだろう、よくわかんないけど、色の変わるタイプもいるよ」
 細めの顔で一重の瞼は和風のテイスト。夢実は瞳を覗き込むように見た。
「他に同じような人を知っているんですか?」
 夢実が訊くと、
「うん、定期的に会ってるよ。先月は十人ほど集まった」
 と言って、会の名前や経緯を詳しく教えてくれた。会の名前は、頭頂部隆起症候群患者の会が正式で、仲間内ではユニコーンを省略してユニコ会と呼んでいるらしい。元々は東京の医師がこの病気を発見し命名したようで、ごく最近のことらしい。共通しているのは頭部がコブのように盛り上がることだけで、細かい症状は一人一人違うらしい。原因も分からないし、直す方法もないらしい。医学界でもこの病気を知っているのはほんの一握りで、脳研究の分野からは強い関心を持たれて、実際に被験者となって研究に協力している仲間もいると教えてくれた。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。