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第1章 遭遇(1) [小説<物体>]

                          「物体」 

             第1章 遭遇(1)

 今年の春は妙に気分が沈む。何故だろうかと想いを巡らすが思い当たる節はない。確かに会社の人事移動で幾人かの親しい同僚が職場を離れていったことは寂しく感じるが、しかし、理由はもっと他にあるような気がしてならない。入社して十年近くなり、仕事も順調で彼女との仲も問題はない。一体俺の心の中に何があるというのだろうか。

 部屋の窓から公園の桜が見える。今が満開だが今日は冷たい雨に打たれ花見の人はいないだろう。俺にとっては絶好の花見日和なのだ。雨に打たれた桜の方がよほど趣があっていい。これから公園に行き、桜を見がてら商店街に行き昼食はラーメンでも食べようと思う。

 自宅マンションから十分ほど歩いたところにその公園はあり、予想通り人は誰もいない。自然の山を公園に整備したその公園は広く、公園の奥にまで入り込むことは滅多にない。入ったのは去年の秋頃だったろうか、今のマンションに越してきたときに彼女の祐子と一緒に行ったきりだ。思い切って奥にまで足を踏み入れるとまるで別世界のように感じる。

 人混みの中では自分の感覚を鈍感にして余計なものを感じないようにするが、この公園の奥まで来るとそれは全く逆になる。感覚を尖らせると様々なものが自分の命の中に流れ込んでくるのが分かる。それらの中に余計なものは何一つとしてないのだ。気がつかないうちに自分の中からも何かが流れ出しているのだろう。何かが繋がり会話をしているのかも知れない。

 身体は軽くなり雨に濡れて重くなった靴も気にならない。狭い道は樹木がアーケードのようになり、鈍色の空を覆い隠してくれている。公園と言っても小さな山を一つ越えるような感じで、一番高いところが近づくと道は広くなり樹木のアーケードは途切れ、鈍色の斑模様が見えてくる。やがて頂上にたどり着き、少し広くなったところで足を止め木々の隙間から見える市街地を眺めた。花見のつもりがとんだ散歩になったと苦笑しながら近くの樹木に目を移すと妙なものが置いてあるのに気づいた。祐子と来たときもこの場所で休んだが、その時は何もなかったように思う。

 今まで見たことのない物だが、自然のものではないようだ。細長い箱のような形だが鬼の角のように突起した部分が付いていて、横には取っ手のように見える部分もある。直線部分は殆ど無く、緩やかな曲線で形作られている。高さは三十センチくらいで長さはやや長く四十センチほどだろう。至るところに窪みが沢山あり、大きな窪みは二つの面を貫通しそうなくらいに深い。色は全体に暗い感じだが光沢があり、まるで磨き上げた鉱物のように見える。しかし同じ色ではなくマーブリング模様のように様々な色が混ざり合っている。
 まさに奇妙としか言いようがない。自然のものでなければ誰かがここに置いたに違いないが、ここにある理由も皆目見当が付かない。不思議に思いながら雑草を踏み分け、樹木の下まで行って雨に濡れた表面をそっと触ってみた。ひんやりした感触とともにガラスのような滑らかさが伝わる。材質はプラスチックか金属か、それとも鉱物なのか、そのどれも正しいように思えるが、どこか違和感を感じる。試しに取っ手のようなところに手を掛け持ち上げてみると意外に軽く、おそらく金属や鉱物ではないだろう。

 

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第1章 遭遇(2) [小説<物体>]

                                    第1章 遭遇(2)

 さて、どうしたものかとその物体を見下ろしながら考えた。誰かが捨てたものか、それとも近くに住むアーティストが自然の中にオブジェとして意図的に置いたものか、或いは落とし物なのか。やはりそのどれもが決定打を欠いているように思う。

 何事もなかったように此処を立ち去りラーメンを食べて帰る。一度はそうしようと歩きかけたが何か心に引っかかるものがある。俺は急いで戻ると傘を畳みその物体を両手で抱え上げた。取っ手を持てば片手でも持てる重さだがそれでは歩きにくい。仕方なくお腹に乗せるようにしながらマンションまでの道を歩いた。途中で誰に会うこともなく辿り着いたが、傘は畳んだままでずぶ濡れになってしまった。

 俺は物体と一緒にシャワーを浴び綺麗に汚れを落とすとリビングに運んだ。部屋の真ん中にドンと置き、もう一度丹念に調べようと思ったがどこか感じが違う。気のせいだろうか、色の感じが明るくなったように思う。きっと汚れが落ちたせいに違いない。俺は顔を近づけて丹念に観察をした。自然のものでなければどこかに人の手の加わった痕跡があるはずだ。しかし、どう調べてみてもそのような感じは見あたらない。それに一体この物体をどう置けばいいのか……。取り敢えず鬼の角のような突起のあるところを上にして置いてみたが、これでは上に物を乗せることも出来ず何の役にも立たない。持ち帰ったことを少し後悔し始めた。

 押し入れからプラスチックハンマーを取り出して軽く叩いてみたが、所々反響の違うところがあるだけで、中がまるで空洞という感じの音ではない。これでは埒があかない。手持ちの工具を集めて前に並べて置いた。糸鋸、金槌、釘、ネジ、ドライバー、電動ドリル、ガスバーナー。まるでこれから手術をするようだ。

 まず、鬼の角のようになったところに金属用の糸鋸を当てて軽く引いてみた。しかし刃先はつるつると滑るばかりでどこにも引っかかるところがない。強く押し当てて引いても同じで、文字通り歯が立たない。釘を打ち付けたりドリルを当てたり、次々に試して見たが結果は全て同じでどうにもならない。

 残った道具はガスバーナーだけである。これなら、金属はもちろんガラスだって溶かすことが出来るし、表面の塗料などはひとたまりもなく変色するはずだ。慎重に着火してノズルの火炎を調節した。青白い炎が音を立てて吹き出している。遠くの方から火炎を当ててみたが変色する様子もなく何の変化も見られない。木材ならこの程度で簡単に火が付いてしまうだろう。もう少し近づけ一番温度の高い部分の火炎を当ててみたがやはり結果は同じで変化なし。思わず火炎を当てていたところを触ってしまい指先はジュッっと音を立てて焦げた臭いを漂わせた。
「くそ!」
 この部屋にある道具は全て使った。それでもこの物体の正体が分からない。それどころか謎は深まるばかりだ。

 

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遭遇(3) [小説<物体>]

                               遭遇(3)

 俺は物体を前に腕組みをして考え込んでしまった。何でもいいから答えが欲しい。それが間違っていようが、荒唐無稽であろうが構わない。とにかく誰かにこれはこういう物だと断定して欲しい。自分で断定すれば心のどこかで否定的な考えが浮かんでしまう。自分以外の人間が自信を持って断定してくれれば安心できるし、もし間違っていても断定したのは自分では無いのだから自分を責める必要もない。

 誰か友だちを呼んで見て貰おうと思ったが、断定してくれそうな奴が思い浮かばない。例えば川原ならきっとこう言うだろう。
『「近所に君のことを快く思っていない奴がいるに違いない。それでわざと君の目に付くようにあの場所に置いて持ち帰らせたのだよ。それは君の行動をよく観察して熟知している奴だろう。この物体が何かなんて事よりもそっちの方がずっと重要だと思うよ』
 とまぁ、こんな感じだ。
岩田ならこう言うに違いない。
『君がその物体を黙って持ってきたとしたら大問題だよ。まず土地の所有者に確認することが先決だね。所有者不明なら警察に連絡する必要がある。物体が何であろうと、重要なのは所有権だね』
 これじゃ話にならない。
小池ならどうだろう。
『この物体の色彩は実に見事で六十年代のアメリカを彷彿とさせるね。俺たちが生まれる前の良きアメリカの文化、サイケデリックそのものだと思う。ヒッピーカルチャーを現代に蘇らせているよ。これを描いたのはおそらく暗い室内でピンクフロイドのサウンドに酔いしれながらLSDをやってる危険なアーティストだろう。こんな物体と関わるのは止めた方がいい』
 そう言って元に戻すよう諭されるのがオチだ。

どの友だちも色々分析したり講釈を並べ立てるのは得意そうだが、何の解決にもならないだろう。となれば……祐子しかいない。祐子はいつも的外れなことを言っては俺を呆れさせ、この物体と同じように正体が分からない。この前二人で散歩をしたときに突然空を見上げて、
「ねぇ、空の上に何があるか知ってる?」
 と訊くから、
「そりゃ、宇宙だろう」
 と答えると、
「残念、ハズレ。思った通りだわ。宇宙なんて言うのは幼稚園児の言うことよ。空の上にはねぇ、大きな食パンよ、地球より大きい食パンがあるの」
 と、祐子は嬉しそうだった。
「幼稚園児が食パンで大人が宇宙だろう?」
 俺が言ったら、
「だから謙太は世間知らずなのよ、今時の子どもで空の上に食パンがあるなんて言う子いないよ。ビッグバンだって知ってる。だから謙太の頭脳は幼稚園児並みね」
 と笑われてしまった。いつもこんな調子だからウンザリすることもあるが、驚くほど鋭い感性も持っている。きっと祐子なら断定できるだろう。

 

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遭遇(4) [小説<物体>]

                                遭遇(4)

 電話をすると、謙太の方角なら行っても大丈夫だからすぐに行くという。最近は風水とかに懲り始めて一々面倒くさいし、俺よりも七歳年下なのに名前は呼び捨てでまるで俺の母親か姉のように振る舞う。だがそれでも祐子といると落ち着くし、この春の落ち込みにも耐えられそうに感じる。

 三十分もあれば来るというので部屋の中に散らかした工具を片付け、物体を窓際に置いた。物を置くことも座ることも出来ず邪魔でしかないのだ。俺の興味はこの物体がなんなのかそれを知りたいだけなのだ。それ以外の興味は急速に失せていった。煮ても焼いても食えない奴と言うが、そんな感じで存在価値はない。

 部屋の前の廊下からバタバタ音がする。祐子の足音だ。この雨降りだというのにいつものサンダル履きで来たのだろうか。
「なんか食べるものない?」
 祐子はそう言いながら濡れた足を玄関マットに擦りつけている。
「カップラーメンならあるよ、俺のも一緒にね」
 しばらくすると、祐子は箸を口にくわえ、出来上がったカップラーメンを二つもってリビングにやってきた。窓際にある物体を見ると、
「あれなのね、可愛い! ねぇ、チョー可愛くない?」
 と、ラーメンを置いて窓際に行き嘗めるように見ている。そのうち表面を撫で回してみたり角を持って馬乗りになったりし始め、まるで子どものようにはしゃいでいる。

「そんな変な物が可愛い? 何で女はすぐに可愛いって言うんだろうねぇ、俺にはさっぱり理解できないよ。それってなんだと思う?」
 俺が訊くと、
「これはマーブル君よ」
 祐子は目を輝かせて言った。
「マーブル……君? て……なに?」
「マーブル君はマーブル君よ、他に何があるって言うの?」
「いや、名前とかじゃなくて、色々あるだろう」 
 俺は控えめに訊いてみた。
「私は祐子で、彼はマーブル君なのよ」
 こうなるともう永久に会話は噛み合わない。しかし祐子は物体に名前をつけた。俺には逆立ちしても絶対に真似の出来ない革命的なことだし、俺の予想通り断定はしたがいきなりマーブル君と呼ばれても狐につままれたような気がする。そして俺の批判精神は祐子の前では何の役にも立たないことを今更に思い知った。

 そもそも祐子と知り合ったのも奇妙な縁だった。奇妙と言うか強引と言った方が近い。祐子は引っ越し屋として俺のところに来たのだ。祐子がトラックを運転し他に学生バイトを一人連れてやって来た。見るからに頼りなさそうな二人だったが、手際よく荷物を運び、祐子がスレンダーな身体で荷物を軽々と持ち上げるのを見て驚いた。

 

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遭遇(5) [小説<物体>]

                           遭遇(5)

 荷物はそれ程多くなく、昼過ぎに終わった。缶コーヒーを出して休んでいくように勧めると、学生は少しだけと言って床に腰を下ろし、祐子は家具の配置を値踏みでもするように見ていた。帰る間際に、
「家具の配置、最悪ですよ、運が逃げちゃうんですよね」
 と、首を傾けた。俺もそんなことを言われると気になってしまう。
「何で?」
  と、聞き返したのがきっかけで付き合うことになったのだ。その日のうちにアフターサービスと称してやって来ると、勝手に家具の配置を変えてしまい、ついでに近隣の案内もサービスですからと公園に連れて行かれたのだ。こんな調子だから殆ど俺の意志の尊重される場面はない。だからといって不愉快な訳ではなくなんだかパック旅行に乗っかったようで、俺は只目の前に見せられる物を次々に楽しんでいればよいのだ。

 だから、祐子がマーブル君と言えばマーブル君で、俺もあの物体をマーブル君と呼ぶ羽目になる。しかし名前とは不思議なもので、たとえボールペン一本でも名前を付ければそのボールペンは他のボールペンとは違う存在価値が生まれる。物体は祐子が名前を付けた瞬間から、俺の部屋に置いてあるのではなくて、俺の部屋にいることになったのだ。ただ正直なところ俺はまだマーブル君を受け入れたわけではない。あくまでも祐子の気持ちに添ってのことだ。

「ねぇ、今晩泊まるよ」
「ああ、いいけどどうして? 明日は仕事だよ」
 今まで何度も泊まった事はあるがウィークデーに泊まったことはない。
「なんかね、マーブル君がちょっと気になるのよね。だから今夜は何もなしよ」
 この物体にどれほどの魅力があるのだろう、俺にはどうにも分からない。確かに子どもの頃に好きな玩具を手に入れると布団の中に持ち込んで一緒に寝た記憶はあるが、そんな感じなのだろうか。祐子らしいと言えばそうだし、感受性の豊かさや表現の素直さは羨ましい気もする。きっと俺もこの物体のように好かれたのだろうか。そう思うとたかが物体だが、少々嫉妬めいた気持ちもある。俺を嫉妬させているのは祐子なのか、物体なのかよく分からなくなってきた。

 祐子はウキウキして楽しそうだが、いつものお泊まりとはまるっきり様子が違う。二人で過ごしているのだがその二人の間に物体がデンと置かれ、俺と会話しているが視線は半分以上物体に注がれている。

 俺は翌日の仕事もあるのでさっさと入浴を済ませて布団に潜り込んだが、祐子は薄暗くなった部屋の中で静かに物体を見ている。まるで蝉が脱皮するのをじっと見守る子供のようだ。時々何かを呟いたり、そっと手を触れたりしているが、まるで生き物のように扱っている。

 

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第2章 変化(1) [小説<物体>]

                           第2章   変化(1)

「キャー!」
 翌朝、祐子の悲鳴で飛び起きた。
「な、何なの!」
 俺の横で祐子の指さす方を見ると、物体のあった場所に細長く横たわるモノがある。
それは色粘土で作った人形のようにも見え、首のようなくびれと手足のように細長く伸びている部分もある。マーブル模様は消えているが、色粘土が混ざり合ったようになっている。
「祐子、何かした?」
「何にもしないわよ、見てただけよ」
「でも話しかけてたよね」
「女の子は人形にだって話しかけるわ、ただそれだけよ。私が何かしたって言うの?」

 とにかく気味が悪い。どんな工具を使っても傷一つ付けられなかったあの物体が勝手に形を変えたのだろうか。どう考えてもあり得ない。用心深く近寄り触ってみると、表面の感じは前のようにツルツルして堅い。どうやったって人の手で形を変えるのは不可能だろう。だとすれば物体が勝手に形を変えたことになる。

「こいつ、生きてるってことか?」
「生きてるって?」
 祐子は横目で物体を見ながら訊いた。
「だって、勝手に形が変わるわけないだろう。それに人間の形になろうとしてるし、意志があるってことだろう?」
「じゃぁ、動物なの?」
「なんだかわかんないけど、とにかく生きてて意志があるってことだけははっきりしてると思う」
「動物なら飼ってみようよ」
 祐子の気持ちの切り替えの早さには正直ついて行けない。さっきまで気味悪そうに見ていたのに、意志のある生き物だと聞いただけでもうペットにでもするつもりになっているのだ。
「飼うって、簡単に言うけど安全かどうかも分からないんだよ。それに此処は俺の部屋だからね」
「じゃぁ、私が一緒に住んで世話するから。それならいいでしょう?」
 祐子は勝手に可愛いペットと思い込んでいるようだが、今のところ動き出したりする様子はないからしばらく様子を見るくらいはいいだろう。俺もこの先どうなるのか興味はある。
「でもこのままじゃ不安だから、犬用のケージを買って中に入れてくれるならいいよ」
 そう返事をすると、
「わかった、今日買ってくるね」
 祐子は嬉しそうに返事をして、俺と同じように用心深く近寄り頭のように見える部分に触れている。初めて見たときは悲鳴を上げていたのに、一体どんな神経をしているのだろう。

 

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変化(2) [小説<物体>]

                                変化(2)

 早めに仕事を切り上げて帰ると、祐子は新品のケージの中に物体を入れて眺めている。丁寧に毛布まで掛けてある。
「どうだった?」
「少しくらい動いたり変化するんじゃないかと思ったけど変化なしね」
 そう言いながらケージの隙間から指を入れて頭の部分を小突いている。
「俺も一日中こいつのことばかり考えていたけどさっぱり分からないね、まさかロボットなんて事はないよね。ロボットだとしたら地球のモノじゃないし、生き物でも地球上のモノじゃないよ」
「ロボットでも宇宙人でもないわ、マーブル君よ。私のマーブル君よ」
 祐子は物体に話しかけるように言った。一日付き合っただけでもう母親気分になっている。
「もしかしたら夜行性かも知れない。夜の間に変化するんだろう、あんまりいい気はしないけど今夜は早めに寝て注意深く観察して見るしかないね」
「いいわ、寝る子は育つって言うしね」
 祐子は楽しそうだが、俺はそんな気分にはなれない。得体の知れない物体が夜の間に形を変えて人間のようになる。まるでホラー映画の主人公にでもなった気分だ。

 食事の時も祐子は、焼き魚の切れ端を物体の前に置いたり話しかけたりしてまるでペットのように扱っている。しかし物体は何の変化も動きもなくただケージの中で横たわったままだ。こうして見ていればただの人形のような物体で恐ろしくも何ともないが、しかし暗くなるともぞもぞ動き出して形を変えるのだろう。あの物体の中に何かが宿っている事は間違いない。それは命と呼べるモノなのだろうか。この地球上には想像を遙かに超えるような生物がいることは事実だが、それは深い海底だったり未知のジャングルだったりする。こんな身近なところにいるはずがない。それとも遠い遙か彼方の宇宙空間から舞い降りて来たのだろうか。

 祐子は物体をケージから出して一緒に風呂に連れて行き洗いたいと言ったが、さすがにそれは止めさせて寝ることにした。寝ると言ってもまだ時間は早く、横になって部屋を暗くするだけである。そうして物体の様子を観察するのだ。俺はいざというときのためにハンマーをベッドの横にそっと忍ばせ、祐子は俺のベッドには入らず、ケージの横に布団を敷いて横になった。

 時々祐子は物体の名前を呼んだり、手を伸ばして触ったりしているが、暫くすると静かになった。あれほど一晩中見ていると張り切っていたのに他愛もなく眠り込んでしまった。まるで子どものようだ。俺は仕事の疲れもあって何度か強い眠気に襲われたが物体が気になりなかなか眠れない。俺が眠る込むのを待って物体は形を変えケージを破って出てくるような気がするからだ。頭の中で恐ろしい妄想が膨らんでいく。祐子はすでにあの物体に侵されているのではないかとか、俺もすでに気がつかないうちに物体に操られているのではないかとか思い始めてしまう。
 物体は何一つ変わったことはなく、物体のシルエットはピクリとも動かない。だんだん眠気に抵抗出来なくなり意識が薄れていった。

 

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変化(3) [小説<物体>]

                               変化(3)

 遠くの方で俺を呼ぶ声が聞こえる。懐かしい声だが名前を思い出せない。
「謙太君、忘れたの?」
「誰?」
 確かに聞き覚えのある声だが思い出せないもどかしさを感じながら訊いた。
「本当に忘れたの?」
 その声はとても寂しそうに聞こえる。
「忘れてなんかいないよ、ただ……」
 忘れていないのに何も思い出せない。空っぽの記憶だけが残っている。中にごっそり入っていた大切な記憶がどこにも見当たらない。
「私を殺す気なのね」
 懐かしい声は語気を強めて言った。
「そんなつもりはないよ」
 空っぽの記憶を手繰り寄せながら言った。
「一番罪が重いわ。そんなつもりもなく殺してしまうのよ。だから自分の罪に気が付かないの」
 懐かしい声が遠のいていく。
「待ってくれ!」
 俺は必死に呼んだ。
「もういいの、忘れることは罪深いわ」
 最後の言葉だった。懐かしい声が闇の中に消え、もう一度あの声を思い出そうとしたが、静まりかえった闇の中に俺の声だけが響いている。
「おーい、おーい、おーい、待ってくれ!」
 声の限りに叫んだが闇に吸い込まれ聞こえなくなった

「ねぇ、起きて!」
 祐子の声で目覚めたがまだ頭がぼんやりして、妙な夢を見た気がする。
「マーブル君見てよ、どう思う?」
 祐子に言われて物体を見ると、相変わらずケージの中に入ったままだが、全身から派手な色が消えている。
「ね、凄いと思わない?」
 祐子はどうしてそう単純に喜べるのだろう、俺は気味が悪くて仕様がない。この物体はもう間違いなく人間になろうとしているし、それは俺たちが眠り込んだ隙に変化している。見られないようにきちんと計算が出来ているという証拠だ。この物体はどこまで人間になろうとしているのだろう。そしてどうしようというのだろう。昔アメリカの映画で、宇宙人が繭から人間になり誰かをコピーして、コピー元の人間を殺してしまうという話を思い出した。この物体が俺か祐子をコピーして同じように殺してしまうのではないだろうか。もしかしてもう既に祐子はコピーじゃないだろうか。嫌な想像が頭を持ち上げて来る。

 そっと祐子を盗み見たが、どこにも変なところは見当たらない。いつもと違うのは普段見ない夢を見たことだ。友だちの中には、殆ど毎日夢を見るという人もいるが、俺は殆ど見ることがない。あの夢は物体と関係があるような気がしてきた。

 

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変化(4) [小説<物体>]

                             変化(4)

 見た目は派手な色彩が消えてより人間に近い。人間らしく可愛くなったのかも知れないが、俺には人間に近づけば近づくほど気味悪さが増してくる。祐子は男の子と決めつけているが、まだ性別は分からずマネキンのようだ。
「一体いつまでこうしておくつもり?」
 俺は我慢できずに訊いた。
「いつまでって、マーブル君がいいって言うまでに決まってるでしょう」
 祐子はもうすっかり物体が人間の子どものようになって話し出すと思っているようだ。
「形は人間みたいだけど、マーブル君は絶対人間なんかじゃないよ、あり得ないだろう、そんなこと」
 可愛くなればなるほどその裏に悪意がありそうな気がする。
「人間かどうかなんてことは関係ないわ、確かなことは生きてるって事よ。それに此処にいるって事は何か理由があるのよ、きっと謙太にも関係あるわ。だから私は此処で育てるのよ、わかった?」
「育てる?」
「そうよ、マーブル君は私がいないと駄目なの。この子は人間になろうと頑張っているのよ」 
 もう何を話しても祐子の気持ちは動きそうにない。こうなれば俺は用心深く付き合うしかないだろう。
「じゃぁ、これだけは守ってくれ、絶対にケージから出さないこと。いいかい」
 せめてこれくらい守ってくれないと夜もおちおち眠ることも出来ない。
「わかった、約束する」
 祐子は嬉しそうに返事をしたが、きっと俺の心配なんかこれっぽっちも気にしていないだろう。

 俺はいつものように仕事に出かけるが、祐子は出かける気配もなく嬉しそうに物体を眺めている。
「バイトはいいの?」
「うん、辞めたよ。蓄えがあるから平気」
 一日中見ているつもりらしいが、俺ならこんな不気味な物体と一日過ごすなんて考えられない。元々興味を持って持ち帰ったのは俺だが、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。祐子を呼ぶ前にさっさと元の場所に戻せば良かったと思うが今となってはもう手遅れのようだ。

 祐子は確かに同年齢の女の子と比べると風変わりで、お洒落とか音楽とか今流行のモノなどにはまるっきり興味を示さない。美味しい店を調べて連れて行っても、味には無頓着でまるで連れて行った甲斐がないのだ。好きなモノを訊いても首を傾げるだけで手応えがない。金のかからない都合のいい女かと思えばそうではなくて、どこかに俺には理解できない筋が一本通っているように感じる。風水に凝っているようだが、あれも祐子が勝手に風水と言っているだけで、実は祐子のカンなのだと思う。いろんな事にダメ出しをして、その理由を尋ねると風水だからとしか答えない。風水と言えば皆が納得すると思っているようだが、納得できる説明や知識を聞いたことがない。でも祐子の言うことは後になってみると、無茶苦茶のように思ったことでも意外とそうではなかったと思うことがよくある。

 

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変化(5) [小説<物体>]

                                 変化(5)

 この得体の知れない物体に祐子のカンは警戒信号を出していないようだが、俺には怖いモノ知らずの無謀な行為のように思える。祐子は出逢った時から物体に愛着を感じて名前を付け大切に見守り、目に見える変化は祐子の気持ちを踊らせ夢中にさせている。もし祐子のカンが正しければこの物体は俺たちに災いを招くようなことにはならない筈だが、そう簡単に気を許す気にもなれない。

 祐子に見送られ仕事に出かけたが、通勤電車の中にもしかしたら誰かに育てられ成長した物体が何食わぬ顔でつり革に掴まっていやしないだろうかと気になる。そう思いながら周囲を見回すと、どの顔も物体に見えてくる。ふと窓に薄く映る自分の顔を見ると目が閉じているように見えた。もう一度しっかり見ようと思ったが、窓の明るさはもう俺の顔を映してはくれなかった。

 会社は飯田橋の近くにある小さな雑居ビルのワンフロアーを使っている。四階にある会社は入り口のドアに飛鳥設計と小さく書いてあるだけで他に目立つものは何もない。現場担当からここの設計室に配属になりもう三年が過ぎたが、仕事は単調で期待していたような設計業務に携われることは殆どない。今日もディティールを少し変更した程度の図面を引くだけの仕事が待っている。ドアを開けるといつものように後輩の太田が一番に出社して設計室の準備をしている。

「おはようござ………」
 後輩の太田はそう言いかけて俺の顔を不思議そうに見ている。
「うん…何?」
「板橋さん、どうしたんですか、今、寝ながら入ってきましたよ、寝不足ですか?」
 そう言って笑った。
「え? 俺がいくら有能でも寝ながら歩くのは無理だろう、図面引くくらいなら寝ながらでも出来るけどな、まぁ、太田には無理だろう」
 そう言って俺も笑ったが、太田のポカンとした不思議そうな顔は冗談で作れる顔じゃない。自分ではいつものようにドアを開け、正面にある時計を確認したのを覚えているし、太田が腰を屈めてゴミ箱の中身をチェックしているのを見ながら歩いたのも覚えている。その時に、ゴミ箱にプリンターのインクが捨ててあるのも思い出した。きっと太田が寝ぼけているか見間違えたのだろう。少し引っかかるものがあったが、それ以上考えることはせず設計スペースに向かった。

 まずコーヒーを用意して、昨日やり残した図面の前に座りパイプに火を付けた。これは気持ちよく仕事を始める為の儀式のようなものだが、パイプを使う理由は図面を引くときに灰が落ちないようにしたいからだ。最近は太田が俺の真似をしてパイプ愛好者になった。俺のブランデーグラスタイプのパイプはホワイトヒースという木を素材に使い、木目が美しく見た目にも飽きなくて気に入っている。俺が煙をくゆらし始めると太田がやって来て無駄口を叩くのがいつもの日課で、今日もコーヒーカップを手に持ってやって来た。

 

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