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遭遇(4) [小説<物体>]

                                遭遇(4)

 電話をすると、謙太の方角なら行っても大丈夫だからすぐに行くという。最近は風水とかに懲り始めて一々面倒くさいし、俺よりも七歳年下なのに名前は呼び捨てでまるで俺の母親か姉のように振る舞う。だがそれでも祐子といると落ち着くし、この春の落ち込みにも耐えられそうに感じる。

 三十分もあれば来るというので部屋の中に散らかした工具を片付け、物体を窓際に置いた。物を置くことも座ることも出来ず邪魔でしかないのだ。俺の興味はこの物体がなんなのかそれを知りたいだけなのだ。それ以外の興味は急速に失せていった。煮ても焼いても食えない奴と言うが、そんな感じで存在価値はない。

 部屋の前の廊下からバタバタ音がする。祐子の足音だ。この雨降りだというのにいつものサンダル履きで来たのだろうか。
「なんか食べるものない?」
 祐子はそう言いながら濡れた足を玄関マットに擦りつけている。
「カップラーメンならあるよ、俺のも一緒にね」
 しばらくすると、祐子は箸を口にくわえ、出来上がったカップラーメンを二つもってリビングにやってきた。窓際にある物体を見ると、
「あれなのね、可愛い! ねぇ、チョー可愛くない?」
 と、ラーメンを置いて窓際に行き嘗めるように見ている。そのうち表面を撫で回してみたり角を持って馬乗りになったりし始め、まるで子どものようにはしゃいでいる。

「そんな変な物が可愛い? 何で女はすぐに可愛いって言うんだろうねぇ、俺にはさっぱり理解できないよ。それってなんだと思う?」
 俺が訊くと、
「これはマーブル君よ」
 祐子は目を輝かせて言った。
「マーブル……君? て……なに?」
「マーブル君はマーブル君よ、他に何があるって言うの?」
「いや、名前とかじゃなくて、色々あるだろう」 
 俺は控えめに訊いてみた。
「私は祐子で、彼はマーブル君なのよ」
 こうなるともう永久に会話は噛み合わない。しかし祐子は物体に名前をつけた。俺には逆立ちしても絶対に真似の出来ない革命的なことだし、俺の予想通り断定はしたがいきなりマーブル君と呼ばれても狐につままれたような気がする。そして俺の批判精神は祐子の前では何の役にも立たないことを今更に思い知った。

 そもそも祐子と知り合ったのも奇妙な縁だった。奇妙と言うか強引と言った方が近い。祐子は引っ越し屋として俺のところに来たのだ。祐子がトラックを運転し他に学生バイトを一人連れてやって来た。見るからに頼りなさそうな二人だったが、手際よく荷物を運び、祐子がスレンダーな身体で荷物を軽々と持ち上げるのを見て驚いた。

 

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