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第1章 占い [小説<ろくでもないヤツ>]

              仮題   「 碌でもないヤツ 」

第1章  占い

 渋谷の繁華街を歩く俺の足元を枯葉が舞った。屋上の庭園か近くの公園から北風に煽られて飛んできたのだろう。どっちにしろ目に映るもので安心出来るのはこの小さな枯葉一枚だ。見上げれば高層ビルの隙間に薄っぺらい空が見えるが、あんなものは偽物に決まっている。俺は騙されたりしない。あの奥に広大な宇宙空間があるなんて信じてるヤツは一人もいないだろう。通りの左右は見るだけで目の中に異物が入り込んでしまったような違和感を感じる。

 だから枯葉の行方を追った。こいつだけが一番正直者で嘘をついたり騙したりしない。まるで意思でもあるかのようにすれ違う人の間をすり抜け、占い小路と呼ばれる狭い道に吸い込まれていった。俺の行く渋谷駅とは違う方向なのに、気がつけば俺も占い小路に足を踏み入れている。枯葉は俺の少し前で動きを止め、俺も慌てて足を止めた。枯葉を挟むように二本の足があり、その傍らに運命鑑定五百円也と書いた看板がある。占い師の前で立ち止まってしまった。その占い師は俺を迷える羊かカモとでも思ったのだろう、顎を上下に動かして椅子に座るよう促している。一瞬ためらったが、座るのが当然のように身体がフラフラと動いてしまった。 

「名前と年齢を」                                                    
 俺が座るとその占い師は俯いたまま陰気な声で言った。
「三浦海斗、二十一歳」
 問われるまま答えてしまったが、俺の口から出る声も陰気になった。返事をしたのに占い師は俯いたまま俺を見ようともしない。
「ある日のことだ」
 占い師が言った。まだ俯いている。
「ある日?」
 俺は物忘れをした老人のように問い返した。しかし頭は反射的に働き、ある日に相当するような事柄を探したが、何を言われているのか見当がつかない。
「近くもないがそう遠くもないある日だ。君は小さな荷物を持ってあるところへ行く」
「あるところ?」
「近くもないがそう遠くもない、あるところだ」
「荷物って?」
「そんな重いものじゃないから心配しなくていい。君は持っていくだけだ」
 いかにもいかがわしい雰囲気を漂わせながら占い師は言った。
「それが………何?」
 特別な意味を期待して問い返した。
「君の運命だ。以上、鑑定終わり」
 占い師は面倒そうに言うと、見料と書かれた四角いお盆のような器を目の前に差し出した。
「ふざけんなよ! 何のことだかわかんねぇよ。事業で成功するとか失敗するとか、結婚するとかしないとか、色々あんだろう」
 俺は目の前の痩せた老人に怒鳴った。
「そんなことなら三千円の占い師に訊けばいい、望み通りの運命を教えてくれる」
 老人は何事もなかったように筮竹を両手で揉み、少し離れたところにいる占い師を見た。
「五百円の客を馬鹿にする気か、運命とやらをちゃんと占えよ」 
 老人の顔を睨むと、痩せた顔を上げ俺の目を突き刺すように見た。

 

 


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第1章 占い(2) [小説<ろくでもないヤツ>]

第1章  占い(2)                   

「………今日は特別だ………いいだろう」
 占い師はあっさり言うと目と閉じて俯いた。俺は占いに金を払うのは溝に捨てるようなものだと思っていたが、今日はなぜかスルスルとこの安っぽい椅子に座ってしまった。五百円という見料の安さもあるが、妙な風が占い師に向かって吹き背中を押された。

 俯いていた占い師がゆっくり顔を上げた。俺の顔も見ないで黙って筮竹の本数を数えている。ようやく占いらしいことを始めたと思い、黙ってその指先を見ていると急に動きを止めた。

「右か左か毎日のように何かを選ぶだろう。だが運命というものは一本の道のように大筋は決まっているものだ。変えられるのは運命の入り口と出口だけだ。一度選んでしまうと、途中でどんな選択をしようと大筋は変わらない。だから運命が変えられないというのは半分当たっている。大事なのは出口の選択だが、大抵は間違った選択をしてしまう。だが君はまだそんなことは考えなくてもよい。何か荷物を運ぶ選択があれば、迷わず運ぶ方を選択しろ、さっきも言ったが小さい荷物だ。それが君の運命の入り口を決める選択だ」

 占い師はそう言って筮竹を小さなテーブルの上に置いた。
「運ばなければどうなる?」
 占い師に突っかかるように訊いた。
「何もない、それだけだ。わかったらさっさと金を払って帰れ」
 占い師の声が苛立っている。もうどうでもいい。俺はポケットの中の五百円玉を投げ捨てるように器の中に転がした。粗末な丸い椅子から腰を上げ隣の占い師を見ると数人の女性が並び、その向こうも数人並んでいる。俺の後ろには誰も並んでいない。

<暇なくせに急かせやがって、ふざけんじゃねぇよ、人より自分を占え!> 
 心の中で吐き捨てるように言うと、通りを渋谷駅に向かって歩き出した。振り返ると、先ほどまで苛立っていた老人がうなだれている。どう見たってしょぼくれた負け犬だ。野垂れ死にする運命が目に浮かぶ。あんなヤツに一瞬でも何かを期待した自分に腹が立ってきた。俺の方がよっぽどアイツの運命を占うことができる。

 通りをすれ違うヤツらはどいつもこいつも下らない連中ばかりで何も考えちゃいねぇ。楽しそうにしているのは嘘っぱちに違いない。女を連れた学生風の男が通り過ぎた後に唾を吐き捨てた。五百円でちょっとした夢でも見られるかと期待した自分がバカバカしい。入り口も出口も俺には関係ない。運命なんてもうとっくの昔に決まっている。これから先だって同じだ。俺はぬかるみの中に足を踏み入れて、もうどうやったって抜け出せない。そんなことはチンチンの毛が生えかけた頃に分かった。

 世の中に俺の居場所も入り口も無い。あったとしても出口まで行く着くことはない。俺もあの占い師と同じだ。何をやったってぬかるみのなかで藻掻いているだけだ。人混みの中をわざと逆方向に歩いた。すれ違うヤツらは俺を見下しているに違いない。どうせ俺はどこへ行ったって相手にされないし、俺より下のヤツなんてどこにもいない。

 

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占い(3) [小説<ろくでもないヤツ>]

                  占い(3)

 アパートまでは井の頭線と京王線を乗り継ぎ三十分もあれば着くが、その時間の居心地の悪さは吐き気がする。夕方のラッシュはピークに達し、改札を抜けた辺りで俺の胃袋は条件反射のように縮み始めた。俺が車内に乗り込むと誰もが俺に視線を向け、わざと顔を背けたり、マスクを取り出したり、混み合う中で俺から離れようとするヤツもいる。

 しばらくすると皆に背を向けられた俺がぽつんと立っている。少し離れた女子高生は俺を見てひそひそ話をしている。ちらりと俺に顔を向けた中年男の視線が<能なし野郎!>と言っている。もう何も気にしない、何も見ない聞かないと決めて目を閉じる。それでも頭の中には俺を罵倒し軽蔑する声が聞こえてくる。何をやったって、どこに行ったっていつも同じように馬鹿にされる。

 俺はあんたらが垂れ流した糞ションベンを下水道に入って配管清掃しているだけだ。お袋だって俺が部屋に入ると嫌そうな顔をして早く風呂に入れと急かし、俺の作業服を指先でつまんで洗濯機に放り込む。

 この仕事も長続きしないだろう。いつものことだ。そうやって今まで幾つも仕事を変えながら暮らしてきた。収入が無くっても大したことはない。ゲームソフト代と煙草に困るくらいだ。それだってお袋に言えば多少の文句さえ我慢すれば手に入る。子どもの頃から欲しいものはそうやって手に入れてきた。

 中学校で引きこもった時も、夜間高校を一年で中退したときもお袋は欲しいものを与えてくれた。だから俺は自分が不自由なのかそうでないのか分からない。値の張るものはさすがにお袋も買ってくれないので仕方なくバイトをするが、そうでなければ働く必要は特に感じない。家にさえいれば食うに困ることはないからだ。

 ようやく駅について、俺は車内のヤツらを振り返りながら電車を降りた。いつもそうするのが癖で、ヤツらは必ず俺の背中を追うように見ているのが分かる。俺が降りたのを確認するとようやく大きく息を吐き、肩の力を抜くのだ。振り返るのはせめてもの俺の抵抗だ。そうでもしないと自分が情けなくなってしまうし、それで俺は何かを思いとどまることが出来るからだ。

 お袋と二人で住むアパートは駅から歩いて十分ほどの住宅街にある。まるで電車の中の俺みたいに建っている古いアパートだ。このアパートさえ無ければこのあたりも高級住宅地のように見えるだろう。二階建て六所帯、四畳半と六畳にキッチン風呂付きだ。今日は水曜だからお袋は遅くなる。いつもの男と逢っているに違いない。お袋に恋人のような男がいると知ったのは中学生の時で、同じ男ならもう十年近い付き合いなのだろう。その男と結婚するつもりだったのか、一度だけ男と一緒にディズニーランドに連れて行かれた。一番楽しくない思い出だ。その日も水曜日で学校を休まされて出かけた。それから水曜日はお袋の帰りが遅い。

 気に入らない男だけど、もしかしたら俺の実の父親じゃないかと思うこともある。何か特別な理由があるのかも知れない。小学生の頃に父親のことを訊くとお袋は、
「うちにはお父さんはいないの」と言った。
「どこにいるの?」と訊くと、
「どこにもいないわ、最初からいないの」と答えるだけだった。その頃はそれで分かったような気がしたし、お袋のあっさりした言い方は妙に説得力があって納得していた。

 

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占い(4) [小説<ろくでもないヤツ>]

                  占い(4) 

  中学生になるとそれが誤魔化しだと分かったけど、お袋に訊くのは抵抗があった。だけど死んだとは言わなかったからどこかで生きていると思っていた。あの男なのか分からないけど今でもどこかで生きていると思う。

 父のいない謎が解けたのは原付免許を取るときに自分の住民票を見たからで、父の欄は空欄で続柄は男と記載されていた。父の欄が空欄なのは何とも思わなかったけど、続柄が男となっているのを印刷ミスだと思った。一緒に行った友だちの住民票には長男と記載されていたからだ。

 窓口の人に苦情を言うと、その担当者は認知されない子どもの記載方法だと説明してくれた。その時はショックを受けるとかそういうことはなくて、なるほどそういう理由だったのかと納得した。今から思うとやはり大きなショックを受けていたのだと思う。夜間高校を中退したのはそれから三ヶ月後だった。得体の知れない憎悪が膨らみ、俺はその矛先を自分に向けるしか方法を知らなかった。

 その頃から俺は何も変わっていない。まるで成長がストップしたような気がする。経験したアルバイトの数とゲームソフトの本数だけが増えた。恨めしく見上げた部屋は真っ暗で、お袋は予想通り深夜まで帰ってこないだろう。以前は仕事だの、友だちと会う為だの色々理由を言っていたが、最近は何も言わず俺も訊かない。

<もう大人なんだから分かるでしょう>と言われているようだ。お袋は俺を十代で産んだからまだ若く、おまけに童顔で若作りだから二十代で通るかも知れない。先輩に姉を紹介しろと頼まれたこともあった。お袋だと言ってもなかなか信用してくれず、最後にはお袋でもいいから紹介しろと睨まれた。俺には気持ち悪くしか見えないけど、世間のスケベ男にはいい女に見えるのかも知れない。

 部屋に入るとまず冷蔵庫を開ける。水曜日はいつもそうだ。あんなお袋だけど俺の飯だけは手抜きしたことがない。大した料理じゃないけど、冷凍じゃないことはすぐ分かる。冷凍食品をチンしてラップをかけておけばいいだろうと思うけど、今までそんなことは一度もなかったと思う。子どもの頃からお袋が断固として譲らないところだ。まるで何かの罪滅ぼしをしているようだと思うこともあるけど、この料理が親父のいないことや何かの痛みを和らげてくれた。

 冷蔵庫の中には思った通り俺の好物の一つ、パイナップル入りの酢豚と杏仁豆腐があった。料理のメニューでもお袋の気持ちが手に取るように分かる。だから俺は水曜日のことやあの男について何も言わないし訊かない。それに最近ようやくお袋の人生と俺の人生を別に考えることができるようになったからだ。そう思うとお袋が自分の幸せを追いかけているのは当然だし、喜んでいいことなんだろう。一応頭の中ではそう思えるけど、心の中では裏腹なことを考えている。どっちが本当なんだろう。

 酢豚を食べ終えると、テレビは相変わらずうるさい番組ばかりでやりたいことも思い浮かばない。誰か友だちから連絡でも来ないかと思うが、今日は誰からも連絡がない。大抵は暇なヤツが俺が帰った頃を見計らって連絡をしてくる。何か用があるわけでもなく、ただ俺の部屋に来て勝手にゲームをしたり漫画をよんだり、ギターの弾けるヤツは一緒に弾いたりする。要は俺の部屋が溜まり場と言うことだ。そんな毎日が高校を中退してからずっと続いている。

 

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占い(5) [小説<ろくでもないヤツ>]

                 占い(5) 

 ガードマンをしている斉藤が言っていた。
「俺たちは負け組で落ちこぼれだから、いつまでたってもいくら頑張っても同じさ。要するに能なし野郎なんだ」って。斉藤は自分でアパートを借りて彼女と一緒に暮らしているけど、生活するのがやっとだし、正社員で雇ってくれるような会社はどこにもない。あったとしても俺たちを雇うような会社はブラックに間違いないだろう。斉藤の言うことがリアルに分かる。

 頑張れるヤツは頑張れる才能があるに違いない。俺はすぐに挫けてしまうし、何をやっても長続きしない。気持ちはあってもいつの間にかダメになっている。怠けようと思っているわけじゃない。頑張れないだけだ。俺たちのことを怠け者って言うのは、頑張れる才能があるヤツの言葉だ。俺は精一杯頑張っているつもりだけど結果はいつも怠け者になってしまう。だから斉藤の言うように俺は能なし野郎だ。まともに出来ることなんて一つもないし、今の仕事だってあと一ヶ月もたないだろう。

 世の中は何かの才能を持ったヤツだけが生き延びて、俺みたいな何の能力もないヤツは長くは生きられないように出来ているに違いない。お袋は、ホームレスになるわよって言うけど、ホームレスだって才能が必要だ。立派に一人で生きている。俺はお袋に寄生しているだけで、一人じゃ生きてゆけそうもない。

 大体生きていくことに何の意味があるんだろう。斉藤みたいに結婚していれば話は別だけど、俺一人生きてようが死んでようがどうでもいいことだ。だからこのまま歳をとって、例えば三十歳の自分なんて考えられないし、その年まで生きられる筈がない。運命は上手い具合に出来ていて、適当なところで死んでしまうのだろう。そう考える方がよっぽど気楽でいい。大してやりたいことも出来ることもないし、この先いいことがありそうな気配もない。人の嫌がるような仕事しか回ってこないし、ろくなことはないだろう。自殺するほどの勇気はないから、きっと突然心臓が止まったり何かの事故とか災難で命が無くなるような気がする。だけど下水道で死ぬのだけは勘弁して欲しい。事故でも心臓でもいいからせめて地上で死ねればいい。

 携帯電話の呼び出しがうるさい。時計を見ると夜中の二時だ。遅くに電話してくるヤツはいるけど、さすがにこの時間に電話するヤツはいない。俺はゲームのコントローラーを持ったまま座椅子で眠り込み、座卓の上で振動する携帯に目を覚まされた。相手はお袋に違いない。時々隣の部屋から布団に入りながら電話してくることがある。音がうるさいだの、早く寝ろだの、どうでもいいようなことだ。またかと思い携帯にでると、聞き慣れない男の声がする。

「夜分に申し訳ありません。三浦海斗さんですか?」    
 やけに丁寧で落ち着いた話し方だ。気に入らない。
「そうだけど……」
「三浦加寿子さんのご家族の方ですか?」
「三浦加寿子は母親だけど、何ですか?」
「渋谷警察署、捜査一課の谷田と申します。急を要しますので三浦加寿子さんの携帯で番号を確認しました。お母さんは渋谷の済世会病院に緊急搬送中ですので至急来ていただけますか?」
 警察官の落ち着いた話し方は還って不安を煽られる。

 

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占い(6) [小説<ろくでもないヤツ>]

              占い(6) 

「緊急搬送って、お袋がどうしたんですか?」
 慌てて隣の部屋を見たがお袋はいない。
「三浦加寿子さんは事件に巻き込まれた可能性があります」
 警察官に腹が立ってきた。
「お袋に替わってくれ!」
 俺は大きな声で言った。
「今は搬送中です。至急来て下さい」
 冷静な警察官は、搬送中との一点張りで話が見えない。タチの悪い悪戯かと思ったけど、アパートまでパトカーを手配してあると言う。遠くの方からサイレンが聞こえてきた。
 
 指示されるままパトカーに乗せられたが、本人確認が済むまでは詳しい話は教えられないらしい。本人確認とはどういうことだ、嫌な予感がする。それなのにお袋や俺の生活のことは根掘り葉掘り訊かれた。病院に着くと玄関に背広姿の若い男が待っていて、俺を連れてきた警官と話をしている。俺は何か巧妙な罠にまんまとはめられてしまったような気がする。真面目そうなポリ公に騙されて犯罪者に仕立てられるのかも知れない。お袋は男とどこかで楽しくやっているはずだ。こんなところになんかいない。

「行きましょう」
 背広男が俺の腕を掴んだ。
「いかねぇよ、一体何だよ、お袋がどうしたんだよ!」
 俺は掴まれた腕を振り払って言った。 
「……わかりました、説明します。先ほど三浦加寿子さんと思われる女性が救急搬送されましたが、すでに死亡されていました。事件性の疑いがあるのでこの病院で死因を検査します。本人であることの確認と、遺族の方の承諾が必要なのです」

 俺を連れてきた警官は丁寧に話すと俺の腕を掴んで歩き出した。遺族? 足がフラフラする。お袋が死んだ? 本人確認? 何かの間違いだ。俺はその可哀想な女の人を見て別人だって確認すればそれで済む。目の前に誰もいない長い廊下が見える。こんなところにお袋はいない。
 どこをどう歩いてきたのか、目の前に白いドアがある。警官がゆっくり開けると部屋の中央にベッド位の台があり、その上に白い布をかけられた人が横たわっている。まるで刑事ドラマで見たような光景で現実感がしない。警官に押されてゆっくり前に進んだ。白い布は顔の部分まですっぽり覆われている。

「確認して下さい、三浦加寿子さんですか?」
 警官は白い布の端を掴んでゆっくり持ち上げた。お袋と同じ濃い茶色の髪が見える。額も眉毛も鼻も口も、全部お袋と同じだ。でも違う。お袋はこんなところにいる筈がない。何度も何度も顔を見た。今日の朝、この口が俺に行ってらっしゃいと言った。振り返ったとき鏡の中で目が合った。酢豚の味が口の中に広がった。
「かあさん! かあさん! なにしてんだよー!」
 目の前が霞み、誰かに肩を抱き抱えられた。

 

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占い(7) [小説<ろくでもないヤツ>]

                占い(7) 

 線香の香りが部屋の中に充満している。お袋の葬儀が終わり、部屋の中に俺と婆ちゃんと骨壺に入ったお袋がいる。壺を両手で揺すると乾いた音が部屋に響いた。俺はまるで夢遊病者のように言われるまま動き、病院に行ってからのことをよく覚えていない。だけど警察で見せられた防犯ビデオの映像だけは鮮明に覚えている。

 あの男がお袋の首を絞め、ラブホテルに置き去りにしたのだ。最初の映像は、お袋と一緒にホテルに入るところで、次の映像は男が一人でホテルから出て行くところだった。慌てる風でも無く、落ち着いた様子でカメラのアングルから歩いて消えた。白黒で画像も小さく顔の判別は難しいけど、あの男がお袋を殺したことは間違いない。中肉中背でスーツ姿の男に際立った特徴は見当たらない。普通のサラリーマンで普通の家庭を持つ男に見える。警察からお袋の交友関係をしつこつ何度も聞かれたけど、俺は何一つ知らなかった。俺はお袋の何を知っていたのだろう。

「天罰や……加寿子は天罰食ろうて死んだんや」
 婆ちゃんが俯きながら小さな声で言った。手の上に涙が落ちている
「何でお袋が天罰なんだよ! 男とホテル行ってどこが悪いんだよ」
 俺は俯いたままの婆ちゃんに言った。
「人は悪いことせんでも天罰食らうことがあってなぁ、この婆ちゃんの罪を加寿子が受けたんや、きっとそうや。全部婆ちゃんのせいや。加寿子に罪はなんもない」
「罪ってなんだよ、婆ちゃんが何しようとそんなの関係ないだろう」
 婆ちゃんは肩を震わせて泣いている。

「若い頃の罪が今頃になって……婆ちゃんのせいで母親と子どもが二人死んでな、その罰で加寿子が犠牲になったんや。婆ちゃんが誰かに殺されれたらよかったんや」
 婆ちゃんは泣きながら骨壺を抱いて、ごめんな、ごめんなと何度も繰り返した。
「お袋も婆ちゃんも悪くねぇよ、悪いのはあの男だ。俺が捕まえて殺してやる」
 平然と何事も無かったかのようにホテルを出るアイツが憎い。婆ちゃんは骨壺を抱きながら泣いて謝り続けている。六十を少し過ぎたくらいだけど、泣いている姿は十歳位老けて見える。若い頃の罪を抱えて生きてきたのだろうか。

 婆ちゃんの人生もお袋の人生も似ていると思う。婆ちゃんは沖縄生まれで、若い頃は評判のユタだったとお袋から聞いた。婆ちゃんの母親もユタで、代々ユタの家系らしい。お袋も婆ちゃんも、その前の婆ちゃんも皆若い頃に夫を亡くしたり、いなくなったりしている。婆ちゃんの母親は死ぬまで沖縄でユタをしていたらしいけど、婆ちゃんは沖縄とユタを捨てて大阪に移り住んだ。お袋が十歳位の時だと聞いた。そしてお袋は十八で大阪を捨てて東京にやって来た。婆ちゃんもお袋も男と引き替えに何かを捨てて生きてきた。そして二人とも男に捨てられ今日まで生きてきた。

 ユタは人の悩みや苦しみを解決したり癒したりするのが生業なのに、自分のこととなると何も見えなくなるのだろうか。そうでなかったらこんな人生を生きることは無かったはずだ。もしかしたらお袋にだってユタの能力が備わっていたかも知れない。だけどその人生は辛いことばかりの連続だったと思う。どうしようもない力で、ぐいぐい運命をねじ曲げられたように見える。どうあがいても結局何も変わらなかったのだろう。占い師の言葉を思い出した。

 

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占い(8) [小説<ろくでもないヤツ>]

 途中でどんな選択をしても大筋は決まっていて変わらない。変えられるのは入り口と出口だけで、大抵は出口の選択を間違えるとも言ってた。お袋は出口を間違えたのだろうか。だとしたら他にどんな出口があったのだろう。

 質素な祭壇を見ると、お袋の黒縁の写真が笑っている。若い頃の写真でとても幸せそうに見える。ラブホテルで首を絞め殺される結末が待っていようとは思いもしないだろう。誰だってそうだ。自分がどんな最後を迎えるかなんて予想出来ない。だけどそうなる理由はあるはずだ。何の理由も原因もなく物事は起こらない。今の俺の生活だってそうだ。きっと過去にその理由はあるはずだし、原因を作っていたのだと思う。だから今の惨めな暮らしがあるんだろう。

 もしかしたら婆ちゃんの言うことは当たっているかも知れない。世の中で一番の苦しみは子どもを亡くすことだと聞いたことがある。婆ちゃんは昔の過ちが原因で娘を亡くす苦しみを受けているのかも知れない。
 でもそうだとしたらお袋が可哀想すぎる。婆ちゃんの犠牲になる為に生きてきたみたいだ。そんな馬鹿なことはない。だけど世の中は説明出来ない理不尽なことだらけだ。人を傷つけることなく善良に暮らしてきた人が無残な死を迎えることがあるし、その反対に悪いことばかりしながらのうのうと生きている人もいる。どう考えてもおかしい。

「婆ちゃんは若い頃ユタだったんだろう、ユタって神様の言葉を聞いたり、未来を予知したり出来るのになんでお袋を助けられなかったんだよ」
 骨壺を抱いている婆ちゃんに言うと、婆ちゃんは涙を流しながら何度も頷いた。
「海斗の言う通りや、うちがちゃんとしとったら加寿子を死なせずに済んだんや。加寿子は何も悪うない。うちが全部悪いんや」
 婆ちゃんはそう言ってまた泣いた。

「誰が悪いか訊いてんじゃないよ。どうして助けられなかったか訊いてんだよ」
 悔しい気持ちを婆ちゃんにぶつけるように言った。婆ちゃんはしばらく黙っていたが、骨壺を猫でも撫でるようにしながら話し始めた。

「加寿子はうちと同じやった。大切なものを捨てて男を選らんでしもうたんや。加寿子にもユタの血が流れているのはよう分かったし、沖縄にいたらええユタになったと思う。そやけど神さんより男の言葉を信じたんや。うちと同じや。そやから間違いや言うても加寿子は聞かんかった。うちもそうや、ひい婆ちゃんから間違いや言われても沖縄飛び出してしもうたんや。どないもできんかった。一度神さん裏切ると二度と神さんの声を聞くことはできんようになったんや。親の因果が子に報いとはこのことや。神さんはほんまに厳しいもんや。大目に見てくれたり、利子がついたりせぇへん。どんなちっちゃなことでも出した分だけ、回り回ってきっちり還ってくるんや。長いこと何ともなしに暮らしとっても、いつかはツケが回ってくる。逃げられへんのやなぁ」
 婆ちゃんは骨壺を撫でている。愛おしそうに撫でている。婆ちゃんの罪というのを聞きたいけど、これ以上聞いたら婆ちゃんがどうにかなってしまいそうで聞けない。

「俺にもユタの血は流れてるの?」
 お袋とユタの話は殆どしたことがないし、訊いてもあまり答えてくれなかった。
「海斗にも立派なユタの血が流れとる。加寿子が言うとった。この子は勘のええ子やて。そやからきっと苦労するに違いないって。カンダーリ言うてな、ユタになる前に頭が変になることがあるんや。それを乗り越えて神さん信じたらユタになれる。うちも加寿子も神さん捨ててしもたからこんな目に遭うたんや。ほんまにアホや」
 婆ちゃんはそう言うと、お袋を丁寧に祭壇に乗せた。」

 

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占い(9) [小説<ろくでもないヤツ>]

           占い(9) 

「これからどうするんや」
 婆ちゃんは涙を拭き、けじめをつけるように言った。
「まだわかんない。でも俺一人じゃここの家賃は払えないからどこかに引っ越さないと暮らせないと思う」
「そんなら大阪へおいで、婆ちゃんと暮らしたらええわ。贅沢はできんけど、食べるくらいなら何とかなるしな。加寿子も安心するやろ」
 婆ちゃんはそう言いながら押し入れの荷物を片付け始めた。

「犯人が捕まらないと大阪行く気になれないよ。お袋は婆ちゃんに何か言ってなかった?」
 婆ちゃんは荷物を片づける手を休めて考え始めた。
「加寿子は男のことは何にも言わんかったなぁ。うちの反対押し切って東京へ行ったからね、小さな意地があったんや。昔やったらきっと神さんが夢の中でも教えてくれたかも知れんけど、今は何にもわからんのや。そやから加寿子を死なせてしもうた。うちより海斗の方が聞けるかも知れんなぁ」
 婆ちゃんは丸めた背中を膨らませて大きく息を吐いた。

「俺は神さんの言葉なんか聞いたこともないし夢も見たことがないよ。やり方だってわかんない」
 婆ちゃんの丸くなった背中を見ながら言った。
「やり方は人それぞれみんな違うんや。そやから人に教えられへん。そやけど耳を澄ましとったら急に聞こえることがあるんや。ほんまに急に聞こえるんや。始めて聞こえたのはカンダーリで頭が変になって夜中に裸足で歩き回ってた頃や。名前呼ばれたんが最初やった。医者には幻聴とか色々言われたけどな、あれは絶対神さんの声やった。それから神棚祀って毎日拝んでたら近所の人が悩み事を相談しに来るようになったんや。そのまま沖縄で暮しとったら良かったのに、婆ちゃんアホやから大阪まで来てしもうた。挙げ句の果てがこのざまや。」
 そう言うとまた押し入れの片付けを始めた。見ていると片付けと言うより何かを探しているように見える。

「これかなぁ、加寿子の言うてた箱は」
 婆ちゃんはそう言ってビニル袋に入った小さな箱を押し入れの奥から出してきた。中にりんご二つ位は入りそうな大きさの箱だ。
「何なのその箱は、俺は一度も見たことがないよ」
 婆ちゃんはその綺麗な模様のついた木の箱を色々な角度から眺めている。
「思い出したことがあるんや、これに間違いない、加寿子の言うてた通りの箱や」
 婆ちゃんは箱を下の方から見上げながら言った。
「だから何なのその箱は」
 少し大きな声で言った。

「ああ、これはなぁ………海斗が中学の頃や、お母さん子宮ガンの手術したの覚えてるか? そん時に言われたこと思い出したんや。もし何かあったら押し入れの奥に箱があるから海斗に渡してくれ言うてたんや。寄せ木造りの箱でなぁ、見たらすぐ分かる言うてた」
 婆ちゃんはそう言いながら箱を開けようとしている。

 

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占い(10) [小説<ろくでもないヤツ>]

                 占い(10) 

「勝手に開けるなよ」
 俺は婆ちゃんから箱を取り上げ開けようと思ったが、どこから開けていいのか分からない。どうやらからくり箱のようだ。開け方が巧妙な仕掛けになっていて、寄せ木の複雑な模様が余計わかりにくくしている。

 そういえばこんな模様をどこかで見たような気がする。記憶の糸を慎重に辿ると中学生の俺がぼんやり見える。昼間なのにカーテンを閉め切って部屋の中は薄暗い。あの日は学校にも行かず一日中部屋の中にいた。お袋が俺を残して一泊旅行に出かけた時だ。職場の旅行とか言ってたけど、俺には男と一緒だとわかってた。それまでお袋が俺を残して一晩出かけるなんて一度もなかったから余計記憶に残っている。あの時の土産がこんな模様のペンケースだった。俺はその奇妙な模様が気に入らなくて一度も使わなかった。机の引き出しに放り込んだままになっているはずだ。

 あの時にお袋がこんな奇妙な箱を押し入れの奥にしまい込んでいたなんて知らなかった。しかも婆ちゃんにこの箱を俺に渡すように頼んでいたなんてどういうことだろう。よほど大切なモノでもしまってあるのだろうか。幾つか動きそうなところを見つけたけど引っかかって動かない。
「開けられないよ、説明書とか付いてないの?」
 婆ちゃんは箱の入っていたビニル袋を覗きこむように見ている。

「あ、なんかあるね」
 そう言うと婆ちゃんは黄色くなった紙切れを取り出して読み始めた。
「箱の届け先、新宿区○○町、読朝新聞出張所、植村昌人様。なんやこれ、知らん人やね。海斗はこの人わかるかぁ?」
 婆ちゃんはそう言って紙切れを俺に渡した。確かにお袋の字で書いてある。あの頃一緒にディズニーランドに連れて行かれた男の名前はこんなじゃなかった。確か下の名前が金男だった。金の男ってあまりにも露骨すぎる名前を笑ったことを覚えている。

「これ、どういう意味?」
 婆ちゃんのポカンとした顔に向かって言った。
「うちにも何のことかわからへん。加寿子は、私になんかあったら押し入れの箱を海斗に渡して欲しいとだけ言うてたなぁ。あの時は死ぬような手術でもなかったし、返事だけしてそれ以上は何も聞かんかった。そやけど届け先って書いてあるしなぁ。海斗に届けて欲しいのかなぁ」
 婆ちゃんはそう言って首をひねった。

「この男がお袋を殺した犯人だったら?」
 お袋と親しい男が犯人ならこの男は怪しい。もう一度名前と住所を見た。
「そんな危ないとこ行ったらあかん、やめとき、警察に届けたらええ」
 婆ちゃんはそう言うと電話に手を伸ばした。
「待って、俺に考えがある。この荷物届けるよ、警察はそれからでも遅くない。大丈夫だよ、どんな男か見たいんだ」

 婆ちゃんは不安そうな表情で俺を見ながら電話から手を離した。
「加寿子は何のつもりでこんなことしたのやろなぁ。あの時にもっと話を聞いとけばよかったんや」
 婆ちゃんはそう言って祭壇を見た。お袋の写真が俺と婆ちゃんを見て笑っている。

 

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