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第1章 占い(2) [小説<ろくでもないヤツ>]

第1章  占い(2)                   

「………今日は特別だ………いいだろう」
 占い師はあっさり言うと目と閉じて俯いた。俺は占いに金を払うのは溝に捨てるようなものだと思っていたが、今日はなぜかスルスルとこの安っぽい椅子に座ってしまった。五百円という見料の安さもあるが、妙な風が占い師に向かって吹き背中を押された。

 俯いていた占い師がゆっくり顔を上げた。俺の顔も見ないで黙って筮竹の本数を数えている。ようやく占いらしいことを始めたと思い、黙ってその指先を見ていると急に動きを止めた。

「右か左か毎日のように何かを選ぶだろう。だが運命というものは一本の道のように大筋は決まっているものだ。変えられるのは運命の入り口と出口だけだ。一度選んでしまうと、途中でどんな選択をしようと大筋は変わらない。だから運命が変えられないというのは半分当たっている。大事なのは出口の選択だが、大抵は間違った選択をしてしまう。だが君はまだそんなことは考えなくてもよい。何か荷物を運ぶ選択があれば、迷わず運ぶ方を選択しろ、さっきも言ったが小さい荷物だ。それが君の運命の入り口を決める選択だ」

 占い師はそう言って筮竹を小さなテーブルの上に置いた。
「運ばなければどうなる?」
 占い師に突っかかるように訊いた。
「何もない、それだけだ。わかったらさっさと金を払って帰れ」
 占い師の声が苛立っている。もうどうでもいい。俺はポケットの中の五百円玉を投げ捨てるように器の中に転がした。粗末な丸い椅子から腰を上げ隣の占い師を見ると数人の女性が並び、その向こうも数人並んでいる。俺の後ろには誰も並んでいない。

<暇なくせに急かせやがって、ふざけんじゃねぇよ、人より自分を占え!> 
 心の中で吐き捨てるように言うと、通りを渋谷駅に向かって歩き出した。振り返ると、先ほどまで苛立っていた老人がうなだれている。どう見たってしょぼくれた負け犬だ。野垂れ死にする運命が目に浮かぶ。あんなヤツに一瞬でも何かを期待した自分に腹が立ってきた。俺の方がよっぽどアイツの運命を占うことができる。

 通りをすれ違うヤツらはどいつもこいつも下らない連中ばかりで何も考えちゃいねぇ。楽しそうにしているのは嘘っぱちに違いない。女を連れた学生風の男が通り過ぎた後に唾を吐き捨てた。五百円でちょっとした夢でも見られるかと期待した自分がバカバカしい。入り口も出口も俺には関係ない。運命なんてもうとっくの昔に決まっている。これから先だって同じだ。俺はぬかるみの中に足を踏み入れて、もうどうやったって抜け出せない。そんなことはチンチンの毛が生えかけた頃に分かった。

 世の中に俺の居場所も入り口も無い。あったとしても出口まで行く着くことはない。俺もあの占い師と同じだ。何をやったってぬかるみのなかで藻掻いているだけだ。人混みの中をわざと逆方向に歩いた。すれ違うヤツらは俺を見下しているに違いない。どうせ俺はどこへ行ったって相手にされないし、俺より下のヤツなんてどこにもいない。

 

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