占い(3) [小説<ろくでもないヤツ>]
占い(3)
アパートまでは井の頭線と京王線を乗り継ぎ三十分もあれば着くが、その時間の居心地の悪さは吐き気がする。夕方のラッシュはピークに達し、改札を抜けた辺りで俺の胃袋は条件反射のように縮み始めた。俺が車内に乗り込むと誰もが俺に視線を向け、わざと顔を背けたり、マスクを取り出したり、混み合う中で俺から離れようとするヤツもいる。
しばらくすると皆に背を向けられた俺がぽつんと立っている。少し離れた女子高生は俺を見てひそひそ話をしている。ちらりと俺に顔を向けた中年男の視線が<能なし野郎!>と言っている。もう何も気にしない、何も見ない聞かないと決めて目を閉じる。それでも頭の中には俺を罵倒し軽蔑する声が聞こえてくる。何をやったって、どこに行ったっていつも同じように馬鹿にされる。
俺はあんたらが垂れ流した糞ションベンを下水道に入って配管清掃しているだけだ。お袋だって俺が部屋に入ると嫌そうな顔をして早く風呂に入れと急かし、俺の作業服を指先でつまんで洗濯機に放り込む。
この仕事も長続きしないだろう。いつものことだ。そうやって今まで幾つも仕事を変えながら暮らしてきた。収入が無くっても大したことはない。ゲームソフト代と煙草に困るくらいだ。それだってお袋に言えば多少の文句さえ我慢すれば手に入る。子どもの頃から欲しいものはそうやって手に入れてきた。
中学校で引きこもった時も、夜間高校を一年で中退したときもお袋は欲しいものを与えてくれた。だから俺は自分が不自由なのかそうでないのか分からない。値の張るものはさすがにお袋も買ってくれないので仕方なくバイトをするが、そうでなければ働く必要は特に感じない。家にさえいれば食うに困ることはないからだ。
ようやく駅について、俺は車内のヤツらを振り返りながら電車を降りた。いつもそうするのが癖で、ヤツらは必ず俺の背中を追うように見ているのが分かる。俺が降りたのを確認するとようやく大きく息を吐き、肩の力を抜くのだ。振り返るのはせめてもの俺の抵抗だ。そうでもしないと自分が情けなくなってしまうし、それで俺は何かを思いとどまることが出来るからだ。
お袋と二人で住むアパートは駅から歩いて十分ほどの住宅街にある。まるで電車の中の俺みたいに建っている古いアパートだ。このアパートさえ無ければこのあたりも高級住宅地のように見えるだろう。二階建て六所帯、四畳半と六畳にキッチン風呂付きだ。今日は水曜だからお袋は遅くなる。いつもの男と逢っているに違いない。お袋に恋人のような男がいると知ったのは中学生の時で、同じ男ならもう十年近い付き合いなのだろう。その男と結婚するつもりだったのか、一度だけ男と一緒にディズニーランドに連れて行かれた。一番楽しくない思い出だ。その日も水曜日で学校を休まされて出かけた。それから水曜日はお袋の帰りが遅い。
気に入らない男だけど、もしかしたら俺の実の父親じゃないかと思うこともある。何か特別な理由があるのかも知れない。小学生の頃に父親のことを訊くとお袋は、
「うちにはお父さんはいないの」と言った。
「どこにいるの?」と訊くと、
「どこにもいないわ、最初からいないの」と答えるだけだった。その頃はそれで分かったような気がしたし、お袋のあっさりした言い方は妙に説得力があって納得していた。
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