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第2章10 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 京都の五条通りを西に向かって進むと国道九号線に入る。京都縦貫道を走るとすぐに到着するが急ぐ必要も無い。一般道でも昼頃には着くことが出来るからだ。
 京都を一歩出ると人家は少なくなり、険しい峠道にさしかかる。老ノ坂だ。市内から目と鼻の先なのに、夜になれば闇の支配する異世界となる。京都の権力者が怖れた妖怪や鬼はこの辺りに潜んでいたに違いない。おそらくは都を追われたアウトロー集団の拠点があったのだろう。
 JR山陰線に平行しながら山間を縫うように車を走らせ、信号も渋滞もなく気持ちよいドライブが続いた。
「そろそろ到着だよ」
 祐介が指さした先に家が見える。紗羅は田舎の古い家を予想していたが、カズの家よりも新しい現代的な家だ。家の前には手入れの行き届いた庭があり、カズの家とは大違いだ。
 車を停めると、すぐに中から祖父母が出てきて迎えてくれた。祐介は女の友達としか伝えていないが、相当気合いを入れて待ち構えていたようだ。
 三年ぶりの再会で、表座敷に通されると、祖父母は丁寧に挨拶を始めて紗羅を慌てさせた。結婚する彼女を紹介するために来たと思っているようで、祐介に恥をかかせないように気を使っている。紗羅は祖父母の対応に、こちらも祐介に恥をかかせないようにと思ったのか、三つ指をついて丁寧に挨拶をした。一本筋の通った綺麗な姿勢を満足そうに祖父母が見ている。酒飲みの紗羅とは思えない躾の良さを思わせ、祖父母は祐介の次の言葉を期待して待っている。
「あの、違うよ、友達だからね、友達」
 そう言ったが、祖父母は嬉しそうに紗羅を見ている。友達と言ったのは照れているからと理解したようだ。誤解は解けないまま、二人はリビングに通され、予想通り最初の質問は二人のなれそめだった。祐介が困り顔で話そうとすると、紗羅が先に口を開いた。
「祐介さんとは、五日前に新宿のジャズ喫茶で出逢いました。色々あって、その日の夜に一緒にマスターの家に泊めてもらうことになったんです。明け方まで飲んで意気投合したというか、それで友達になりました。そのときに綾部の話を聞いたのです。それでどうしても行きたくなって連れてきてもらいました」
 紗羅はそう言うと、祐介に微笑んで見せた。祖母は目を丸くしてしばらく黙っていたが、
「五日前に知り合って……それでここに?」
 祖母はそれだけ言うのが精一杯のようで、次の言葉が出てこない。
「紗羅さんはね、学生時代から民俗学の研究をしていてね、前々から綾部で色々調べたいことがあって、偶然知り合った俺が綾部出身だったから一緒に来ただけなんだ」
 祐介はあまり祖父母を心配させないように話しを取り繕った。民俗学の研究という話しを理解してくれたかはわからないが、遊び半分のいい加減な二人ではないと安心してくれればそれでいい。
 どうやら誤解は解けたようで、今度は祖父がこの地域の歴史を得意げに話し始めた。そもそも綾部という地域には古墳が多く、かなり大規模な古墳も発掘されていて、勢力のある豪族が居たという。この地域が織物産業で成り立ってきた歴史は渡来人が多く移住したからだとも話してくれた。祐介には興味の無い話しばかりだったが、紗羅は祖父の話に質問をしたり、一緒に笑い合ったりして通じ合っている。祖父の話が真実かどうかはわからないが、紗羅はこの地域のことについて俺よりも詳しい。このままだと、明日は祖父と一緒に古墳に行くことになりそうだ。
「その古墳の近くに慎太郎君って居たよね、覚えてる?」
 祐介は強引に話題を変えた。
「慎太郎……ああ、覚えてる」
 祖父は眉間に皺を寄せた。
「一緒に遊んだ記憶があるんだけど、今、どうしてるかなと思って」
「そうか、何も知らないままだったのか」
 祖父はそう言うと俯いた。
「どういうこと、何も知らないよ。四年の夏休みに遊んだっきり会ってない」
「……そうか、お盆が終わってすぐ東京へ戻ったからな」
「何も聞いてないよ。何があったの?」
「慎太郎君はあの夏、祐介が東京に帰ってから十日も過ぎた頃だったな。突然いなくなって、今も消息不明のままなんだ。当時は大変な騒ぎになって、警察、消防団、地域のボランティアが総動員で探したけど見つからなかったんだ。裏山の登り口で目撃されたのが最後だった」
「裏山で?」
「そうだ。そこから山の中に入ったのか、引き返したのか……裏山を隅々まで捜索し、池や川も徹底的に捜索したけど、何一つ手がかりは見つからなかったよ。何の痕跡も残さず消えてしまったんだ。昔なら神隠しと言うだろうね」
 祖父は大きく息を吐いた。
「裏山……神隠し……」
 祐介は祖父の言った言葉をゆっくり呟いた。祐介に残された慎太郎の記憶もずっと神隠しのように消えていたのだ。

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