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第3章3 [メロディー・ガルドーに誘われて]


 紗羅はカズとの約束を忘れたわけではないが、自分の不調を理由に先延ばしにしていたことを後悔した。自分がもう少し早く動いていれば、淳子さんが旅に出る前にカズに会わすこともできたし、この青石のことを直接聞けたかも知れなかった。紗羅の脳が回転し始めたのがこの青石のせいだとは思いたくなかったが、いつもの不調回復のスピードとはかなり違う気がしている。淳子さんが世界一周の旅に出たのはもしかしたらこの青石のせいかもしれないと思った。
 カズに淳子さんを会わせるのは流れたが、もう一人候補がいる。淳子さんは紗羅と同じように季節の変わり目が苦手なことを除けば、外向的で誰にも好かれる性格だ。もう一人も淳子さんと同じようにUFOに乗った経験を持つが、性質は正反対でおとなしく内向的で、人見知りは紗羅よりも強い。川畑希良という名前で紗羅より二つ三つ年下だ。果たして中年のジャズ好きの変わり者に出会うことを承諾してくれるか自信がない。やんわりごめんなさいと断られそうな気がした。
 紗羅は久しぶりのビザールへの階段をゆっくり下りた。気怠そうなサックスの音が次第に大きくなる。この前の賑わいが嘘のように店内に人影はなく、見慣れた景色だ。
「彼女、もうすぐ来るわ。ビザールを検索したらジャズ界では有名なのねって驚いていたわ」
 紗羅はそう言いながらカウンターに座った。すぐにドアの開く音がして振り返ると祐介が女の子と一緒に入ってきた。
「あら、希良と一緒になったの?」
 紗羅が言うと、祐介は希良を見ながら、
「階段の入り口で立ち止まっていたからね、声をかけたんだ。看板が小さくて一度は通り過ぎたんだって」
 と希良を紗羅の隣に座らせた。紗羅は希良をカズに紹介すると、自分もカウンターの中に入りコーヒーを淹れ始めた。希良は店内の様子を首をすくめるようにして眺めていたが、古いレコードのたくさん収納された棚が気になるのか、じっと見ている。
「好きに見ていいよ、何かかけようか?」
 カズが希良の様子を見ながら声をかけると、希良はハイと返事をすると立ち上がって棚の前でレコードを選び始めた。
「父もジャズファンで、家には似たような古いレコードがたくさんあるんです。だけど誰も興味がなくて今では埃が積もっています。でも一枚だけ覚えているレコードがあって、中学生の時に父が聴かせてくれました。名前はわからないのですが、ジャケットが印象的で、目を閉じた黒人が胸にトランペットを抱いたモノクロ写真でした」
 希良が話し終えると、
「一九五七年のマイルスだな」
 とカズは即座に答え、膨大なレコードの中から一枚を選び出すと、
「これかな?」
 と希良にジャケットを見せた。希良は宝物を見つけたように喜び、再生して欲しいとカズに言った
「これを中学生の娘に聴かすなんて、君の父親はなんて人だ、面白いね」
 カズは嬉しそうにターンテーブルに乗せた。

タグ:UFO
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