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占い(11) [小説<ろくでもないヤツ>]

                   占い(11) 

 婆ちゃんはそれからずっと黙ったまま押し入れの中を整理したり、お袋の衣類をまとめたりしているが、時々まるで固まったように動かなくなる。そして動き始める前には必ず大きなため息をついた。俺に背を向けているけどきっと泣いているに違いない。俺は婆ちゃんが大阪から来るまでに嫌ほど泣いた。布団を頭から被り大声で泣いた。だから婆ちゃんが着いた頃にはもう涙は空っぽだった。婆ちゃんの顔を見たときに泣き出しそうになったけど、婆ちゃんの方が先に泣き出して俺は我慢した。今は涙の袋に憎しみが溢れ出しそうに溜まっている。悲しみも憎しみも俺にとっては同じことだ。

 犯人の顔が見たいと思うけど捕まって欲しくない。警察に捕まってしまったら俺の憎しみは行き場を失ってしまう。この憎しみはぐつぐつ煮立った鉛の鍋のようになり、どろどろに溶けた鉛は火の玉となって犯人を焼き殺す。そして先端が鋭利に尖ったぎらぎら光る槍で犯人の喉を突き破る。俺の中の憎しみがジリジリと俺の身体を焼いている。

 目を閉じれば、犯人に馬乗りになっている自分が見える。俺は憎しみに震える手で犯人の首を絞めている。お袋が締められたより百倍の苦しさを味わわせている。だから捕まって欲しくない。犯人に自分を呪いたくなるほどの苦痛を与え、気が狂うほどの後悔をさせたい。

 その手がかりが寄せ木造りの箱にある。明日になったらこの箱を届けて、植村昌人という男の反応をこの目で確かめたい。少しでもその男が動揺したら掴みかかって、首根っこにナイフを突き立てて白状させてやる。白状したら手足の骨を折って動けなくして、お袋を殺した理由をじっくり聞いてやる。痛めつけるのはそれからだ。婆ちゃんには、荷物を届けたら警察に知らせると言ったけどそんな馬鹿なことはしない。この箱のおかげで俺の身体に怪しげな力が漲り、俺の中にもう一人の俺が目覚めたように感じる。

 俺はもう一人の自分を落ち着かせようと部屋の中をゆっくり見廻した。質素な祭壇があるほかはいつもと変わりない。もし霊魂とかあればお袋はこの部屋の中のどこかにいて俺たちを見ているに違いない。そしたらお袋はあの写真のように笑っているだろうか。それとも首を絞められた苦しみをそのまま持ち続けて助けを求めているのだろうか。俺の心の中にはこんなにはっきりお袋が生きているのにどうして目の前に姿が見えないのだろう。確かに火葬場でお袋の身体を高熱の炎で焼いて、その骨を俺と婆ちゃんで骨壺の中に入れた。だからお袋の身体はもうどこにもない。それはわかっている。だけど俺の何かがお袋はここにいると懸命に叫んでいる。

「婆ちゃん、お袋はどこにいると思う?」
 背中を丸めた婆ちゃんに訊いた。
「加寿子はなぁ、ずっとここにおる」
 婆ちゃんはそう言って部屋の隅を見た。
「見えるの?」
「若い頃なら見えたけど、今はもう見えんようになった。そやけど加寿子はここにおるんや、それはようわかる。海斗にもわかるか?」
「俺はそんな気がするだけだよ」
 そう言いながら部屋の隅を見たけどお袋は見えない。

 

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占い(12) [小説<ろくでもないヤツ>]

              占い(12) 

「それは気配いうてな、誰でも感じることができる。そやけどみんな信用せんのや」
「お袋と話せるの?」
「さっきから心の中で加寿子を呼んでみたけど何も聞こえんのや。そやけど加寿子は何か伝えたいことがあるんや」
 婆ちゃんは部屋の隅を見ながら言った。
「伝えたいことって?」
「それが、ようわからへんのや」
 婆ちゃんはそう言うとまた溜め息をついた。

 お袋がここにいるというのは本当だと思う。人が死んだらどうなるかなんて俺には解らないけど、婆ちゃんの言うことは間違いない。きっとお袋は姿は見えないけど、いつものようにこの部屋の中にいて俺を見ているに違いない。部屋の隅をずっと見続けた。お袋を見るように見続けた。お袋は俺の視線を感じているし、俺の気持ちも解っているに違いない。見えないお袋に犯人を見つけることを約束した。何があっても絶対犯人を見つけてお袋の悔しさを晴らしてやる。身体の奥の方からエネルギーが沸沸と湧き出してくるのを感じる。このエネルギーさえあれば俺はどんなことでもやってのけることができそうだ。腹が減ってきた。

 外を見るともうすっかり日が暮れている。いつもの夕暮れで、いつものように向かいの家からジャズが漏れ聞こえる。隣の部屋からは食器の当たる音が聞こえた。いつものお袋は洗濯機を回し始め、俺が帰るのを待っている。そして俺の表情を見て明日も仕事が続きそうなのかを判断するのだ。俺の仕事が続きそうにないと判断するとお袋は急に優しくなる。昔なら仕事を続けるように励ましたり、時にはきつい言葉で俺を叱ることもあった。優しくなったのはどの方法も効果がないことを知ってからだ。

 俺が仕事を辞めたいと思う理由はいつも大したことじゃない。少しきつい言葉で注意されたり、簡単な作業をしくじったり、後は馬鹿にされたときだ。普通の人ならそれくらいのことは一晩ですぐに忘れてしまうと思うけど、俺はそうはいかない。なぜそうなるのか解らない。だけど、何かが決定的に打ちのめされてしまう。もう職場へ行くことができなくなってしまう。それでも無理をしていくこともあったけど、その後は必ず下痢や嘔吐に頭痛に耳鳴りまで起こり、立っていられなくなるのだ。それで一巻の終わり。だからそうなる前にやめてしまうのだ。

 自分でもデリケートすぎると思うけどどうにもならない。友だち関係ではそんなことはないのに、職場の人間関係では上手くいかない。だから今まで職場で親しくなった人は一人もいないし、誰も俺に話しかけたりしない。
 
 婆ちゃんが食事の用意を始めた。後ろ姿が少しお袋に似ている。婆ちゃんが昔犯した、母親と子ども二人を死なせてしまった罪って何だろう。不倫とかそんなことだろうか。俺は自分の父親のことをほとんど知らないし、お袋も話してくれたことはない。作り話でもいいから、お前の父親は頭が良くていい男だったとか言ってくれてもいいと思う。なのにお袋は父親の話をすることさえ嫌がっていたように思う。だから俺もいつの間にか父親のことは訊かないようになってしまった。お袋も婆ちゃんも自分の過去のことをあまり話したがらない。婆ちゃんの背中にお袋が重ね合わせに見える。お袋は俺の訊きたい話を全て持って行ってしまった。婆ちゃんもそんな話を胸の中にたくさん抱えているのだろうか。

 

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占い(13) [小説<ろくでもないヤツ>]

            占い(13)

「その箱、ほんまに届けるつもりなんか?」
 婆ちゃんが野菜を切りながら訊いた。
「とにかく明日にでも行ってみるよ。別にその男が犯人と決まったわけじゃないし、何かお袋の考えがあるのかも知れないしね」

 俺はできるだけ冷静に返事をすると、自分の部屋に戻りパソコンを開いた。ネットで検索をかけると新聞店の情報だけはある程度わかったが、植村昌人については特定はできなかった。とにかく会って確かめるしかない。お袋が自分の死後に渡して欲しいというのだから相当に親しい男には違いないだろう。お袋は手帳とか日記の類は何も残していないようだし、パソコンもしないから何のデータも残っていない。唯一手がかりのありそうな携帯は警察が捜査の為に保管しているし、婆ちゃんが隅から隅まで持ち物を調べても犯人に繋がりそうな手がかりは見当たらなかった。この寄せ木細工の奇妙な箱だけがどこかで犯人に繋がっているかも知れない。お袋はどんな気持ちでこの箱を押し入れの奥にしまい込んだのだろう。植村昌人に会えば何かがわかりそうだ。

 隣の部屋から美味そうな匂いが漂ってきた。しばらく待てば、ひょいとお袋が顔を出して、早く食べろと催促されそうな気がする。お袋は今もこの部屋の中にいるのだろう。食事の後は黙ってテレビを見て過ごし、婆ちゃんとはほとんど話をしなかった。二人の沈黙の間に、画面から聞こえる笑い声が辛く心に刺さってくる。だけど何か話をすれは悲しくなるし、婆ちゃんが泣き出してしまう。俺は耐えられなくなって、婆ちゃんを部屋に置き去りにするように自分の部屋に逃げ込んだ。そして布団の中で唇を噛みしめた。隣の部屋から洗い物をする水音が聞こえ、その音に混じって婆ちゃんのくぐもった声が聞こえた。

 いつも通り目覚まし時計がジリジリと耳もとで鳴り始めた。少し我慢すれば静かになる。もう一度身体を丸めて眠ろうとしたら婆ちゃんの声に起こされた。いつもならお袋が部屋に来て目覚ましを止め、俺の肩を揺すって起こしてくれる。
「眠れたかい、ご飯できたよ」
 婆ちゃんの顔を見ると目が窪み赤味を帯びている。
「眠れなかった?」
「あぁ、加寿子が何度も夢に出てきてなぁ、その度に目が覚めてなぁ………何か言いたそうやった」
 婆ちゃんは背を向けながら言った。きっと今日一日婆ちゃんと一緒にいたら夢の話を何度も聞かされるだろう。俺だってお袋の夢を見たいけど、俺の夢には現れてくれなかった。気がついたら朝まで熟睡していた。目が少し開けにくかったのは眠りながら涙を流していたのかも知れない。

「婆ちゃん、飯食ったらすぐ出かけるよ。あの箱を届けに行く」
 俺はきっぱりと言った。婆ちゃんを置いていくのは可哀想な気もするけど、この部屋にいるのは耐えられない。お袋の為に動いていたい。そうでもしないとどうにかなってしまいそうな気がする。
 
 ここから新聞店までは1時間とかからないだろう。新聞店近くのマップをプリントアウトして、引き出しからバタフライナイフを出してリュックの底に隠した。バタフライナイフは中学生の時に買ったもので、一度警察に補導されたことがある。それ以来持ち出してはいない。もし警察に見つかれば間違いなく銃刀法とか何かで逮捕となるだろう。植村昌人という男がどんな男か知らないけど、もし尻尾を掴んだらこのナイフを使うつもりだ。 

 

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占い(14) [小説<ろくでもないヤツ>]

                  占い(14)

 部屋を出る前に祭壇の前で両手を合わせ、お袋の笑顔に届けることを告げた。例の箱は風呂敷で包みリュックに入れてある。ドアを開けると冷たい風が部屋に吹き込み、後ろで婆ちゃんが心配そうに見ている。

「気をつけてな、怪しかったらすぐ警察に連絡するのや、ええか」
 俺は曖昧な返事をするとドアを閉めた。いつも見慣れた道路だけど今日は違って見える。いつもより時間が遅く、通行人が少ないのもあるけどそれだけじゃない。いつもは目に入るもの全てが俺を見下し押し潰そうとしているように思えるけど、そんな感じは微塵もしない。俺を迎え入れるように、待ちかまえるようにしている。こんな気分は味わったことがない。何が違うのだろう。目の前を風に煽られた枯葉が駆ける。そうだ、今日は荷物を運んでいる。それほど重くないし、行く先はそれほど遠くない。

 占い師の言葉を思い出した。これが俺の運命の入り口なのだろうか。確かに俺は小さな荷物を運んでいる。だけどこんなことはいつだってある。ゲームソフトを斉藤の部屋に運ぶことだってあるし、先週は小さな携帯型のギターアンプを運んだ。会社員なら毎日のように小さな荷物を運んでいるはずだ。あの占い師の言葉は誰にでもありそうなことをたいそうに言っているだけかも知れない。
 電車に乗ることも苦痛ではなかった。誰も俺のことを見下さない。いつもと何が違うのだろう。背中にある箱のせいなのか、それともバタフライナイフの力なのか。それとも憎しみのせいなのか。得体の知れない何かが俺を別人のようにしている。

 バスから降りると目指す新聞店はすぐにわかった。一見するとコンビニように見えるが、店の前には自転車が所狭しと並べてあり、読朝新聞と書かれた看板もある。店内には大きなテーブルが中央に置いてあり、その回りにはチラシや新聞の束が積んである。人影は見えない。時計を見ると十時を少し過ぎていた。早朝から配達をしていることを考えると今は休憩時間なのかも知れない。正面から見ただけでは様子はわからない。店の裏口を探して回り込むと、裏口から人の出てくるのが見えた。まだ若い学生風の男だ。俺と似たようなリュックを背負いバス通りへ歩いて行った。しばらく様子を見ていたがそれ以上人の出入りはなく、回りの賑やかさとは対照的に静まり返っている。ここに植村昌人はいるのだろうか。

 ここまで来たら躊躇しても仕方がない。リュックからバタフライナイフを取り出しズボンのポケットに落とし込んだ。たとえこれを使うようなことになっても俺は悪くない。悪いのは相手の方だ。俺は間違っていない。お袋だって喜んでくれるはずだ。俺はお袋の為にここまでやって来た。もし植村昌人が犯人だったら容赦しない。身体を切り刻んでやる。膝が震え出し、身体のあちこちの筋肉がぷるぷると動いている。俺にはナイフがある。絶対負けたりしない。

 表に回りもう一度中の様子を窺ったがやはり人の気配はしない。思い切って引き戸を開けて踏み込んだ。
「ごめんください」
 奥の方に向かって大きな声で言ったつもりだったが、喉が渇いて思うように声が出せなかった。俺の声は壁に吸い込まれたまま何の反応もない。唾を飲み込みもう一度大きな声で言うと、奥の方でドアの開く音が聞こえた。 

 

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占い(15) [小説<ろくでもないヤツ>]

              占い(15)

 「ふぉーい」
 緊張感のない間延びした返事だ。小太りの中年男が、寝癖のついた髪の毛を掻きむしりながら近づいてくる。丸い顔に無精髭を生やし眉間に皺を寄せている。迷惑だと言わんばかりだ。客が入れるのは畳一畳ほどの土間までで、その先は三十センチ程の高さの板間になっている。古びたセーターをだらしなく着込んだその男は、板間の先端に俺を見下ろすように立った。俺は客と思われていないようだ。

「植村昌人さんはいますか」
 その男のまだ目覚めていないような目を見ていった。
「何の用?」
 男は無愛想に言うと、露骨に俺の足の先から頭のてっぺんまで舐めるように見た。
「植村昌人さんは?」
「だから何の用?」
 初対面でしかも客かも知れないのに、腹の立つ言い方だ。
「植村昌人さんに荷物を届けに来ました」
「俺に荷物?」
 男はそう言うと、また眉間に皺を寄せ俺を疑い深そうに見た。どうやら目の前のこの男が植村のようだ。

「母からです」
 俺はリュックの中から風呂敷を取り出しゆっくり板間の上に置いた。
「名前は?」
 男の目に少し光が宿ったように見える。
「知念海斗です」
 名前を言うと男は大きく口を開けながら天井を睨み、その口から声とも吐息とも判別できない奇妙な声を出した。俺がゆっくりポケットに手を入れると、男は口を開けたまま俺に顔を向けた。
「そうか………加寿ちゃんの子どもか、君は」
 男の顔が別人のように変化した。目を大きく見開き、口を開けたまま顔を何度も上下に動かしている。

「………本当に持ってきたのか」
 男はそう言うと膝をついて風呂敷包みを開け始めた。驚いてはいるが俺を怖れてはいない。それどころか何の警戒心もなく俺が受け入れられたように感じる。この男はお袋とどんな関係だったのだろう。風呂敷の中から出てきた寄せ木造りの箱を顔の前で見つめている。だが安心はできない。俺はまだ男の正体を知らないし、演技ってこともあるかも知れない。
「海斗君、よく来てくれた、上がってくれ」
 男はそう言うと、箱を眺めながら俺を奥の部屋へ案内した。先ほど男が出てきた部屋で、四畳半ほどの広さしかない。真ん中に小さなテーブルがあり、その周囲はほとんどが書類棚で壁は見えない。男の座った後ろには小さな金庫が見え、床には毛布が雑然と置いてある。きっと俺が来るまでここで眠っていたに違いない。

 

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占い(16) [小説<ろくでもないヤツ>]

             占い(16)

 俺が入り口近くに腰を下ろすと、慌ててテーブルの上に散らかった書類やら新聞を片づけどこかに電話をかけた。誰かにお茶を用意するよう手短に伝えると電話を置いた。
「そうか、君が海斗君か………歳は幾つになった?」
 男は妙になれなれしい笑顔で話しかけてくる。今のところお袋を殺した犯人には見えないが、このなれなれしさは不快だし信用出来ない。二十一歳だと返事をすると、そんなになったかと感心している。俺の何を知っているのだろう。初対面の薄汚い男に感心されても居心地が悪いだけだ。男はしばらく腕組みをして何かを考えていたが、急に顔を近づけて言った。

「それでお袋さんはどうしてる」
 この男は表情がころころ変わり、今は親身に心配しているような顔を見せている。
「四日前に死にました」
 無愛想に返事をすると、そうかと言って頷いた。何か不自然な気がする。もっと色々訊かれるかと思ったけど、しばらく考え込んだだけでそれ以上何も訊かない。君のお袋のことは俺の方がよく知っているとでも言っているようだ。

「仕事は何してる?」
 男はまた表情を変えて訊いてきた。こんな男をどこかで見たような気がする。そうだ、駅前で何かのスカウトだと言って俺に無理矢理名刺を渡してきた男だ。いい話かと思ったら高い買い物をさせられそうになったことがあった。

「バイトです」
 どうでもいいだろうと思いながら、最低限の返事をした。俺をわざわざ部屋まで上げたのはお袋の話を詳しく訊く為だと思ったけど、何かちぐはぐな感じがする。お袋のことは何一つ訊かず、どんな仕事だとか給料とか、どこまでどうやって通勤してるかだの、話すのがうんざりするようなことばかり訊いてくる。お袋とどんな関係だったのかを訊こうと思ったら俺の背中のドアが開いた。

「いらっしゃい」
 若い女の声だ。俺の後ろを通りお茶を持って入ってきた。俺の方にお茶を置くと、男の方には寿司屋で出てくるような大きい古びた湯飲みを置いた。
「娘の優美だ。時々店を手伝わせてる。彼は知念海斗君だ」
 男がそう言うと、優美という女は俺を見てぺこりと頭を下げた。俺より少し若く見える。丸顔でぽっちゃりした感じはタイプだけど、頭が良さそうで俺なんか相手にされないだろう。

「いつからですか?」
 丸顔の女が俺を覗きこむようにして訊いたが、何のことかわからない。
「えっ?」と、女を少し上目遣いで見ながら問い返すと、男は慌てて俺が知人の息子だと説明した。
「ごめんなさい、店員さんを募集してたからてっきり………」
 男の娘はそう言うと申し訳なさそうに部屋を出て行った。

「いや、そういうことなんだが、うちへ来ないか」
 男の表情がまた変わり、俺にお茶を勧めた。どうやら配達員に三人辞められ困っていたらしい。丁度いい具合に俺が来て、娘さんが勘違いしたようだ。 

 

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占い(17) [小説<ろくでもないヤツ>]

             占い(17)

「ここで働くということですか?」
 俺はお茶を一口飲んで訊いた。
「まぁ、そういうことだ。どうだね、ここなら朝夕二食と部屋付きで今のバイトより儲かるから悪い話じゃない」
 男はそう言って笑顔を見せた。お袋のことなんかどうでもよくて、要するに俺が目当てだった。だけど確かに悪い話じゃない。二食ついて部屋がタダなら好都合だ。どっちみち今の部屋には住めなくなるし、この話に乗って上手く利用すればいい。犯人なのかどうか様子を探るのにも都合がいい。それにお袋が死んだって言ってるのに、なぜ死んだのか訊いてこないし、俺がわざわざ届けた箱は脇に追いやられたままだ。とにかく怪しいことだらけだ。

「いいですよ、いつからですか」
 しばらく考える振りをしてから返事をすると、男は馬鹿みたいな顔で喜んだ。お袋はどうしてこんな男に箱を届けるよう言い残したんだろう。まさかこの男が俺の父親? どうみてもお袋とは釣り合わないし、俺を認知しなかった父親がわざわざ雇ったりすることもないだろう。

「今日でも明日でも、できるだけ早いほうがいいね。部屋を見せよう。もし荷物があったら隣の運送屋に頼めばいい」
 男はそう言うと立ち上がって二階へと案内した。通路の奥に階段があり、踏み板はどの段も塗装が剥げ落ち築年数の古さがわかる。階段の隅には埃が溜まり掃除はあまり行き届いてはいないようだ。

 二階に上がると通路を挟んだ左側にドアが三枚と右側に四枚見え、その内の一枚は下の方に十セントほどの穴が開いている。男がいきなり端のドアを足で蹴るとドンと大きな音がした。
「ヤブ、起きろ!」
 男が乱暴に呼ぶと、中から寝ぼけた声で返事がありドアが開いた。
「誤配ですかぁ?」
 若い男が目を擦りながら顔を出した。見るからに不健康そうな青白い顔をしている。
「新人の知念海斗君だ。奥の部屋を使うからな、何でも教えてやれ、いいな」
 男が言い終わると、ヤブと呼ばれた若い男は俺の顔も見ずにドアを閉めた。

 下の部屋で俺と話していた時とはまるで違って見える。これじゃ街のチンピラみたいだ。もう一度薄暗い廊下を見ると、階段よりもひどく埃が溜まっているし、トイレと下手な字で書いたドアの横にはエロ漫画が乱雑に積まれている。店の正面はまるでコンビニのように見えたが、その舞台裏がこんなになっているとは予想もしなかった。

 君の部屋だと見せられた一番奥の部屋は、畳が三枚横に並んでいるだけで、押し入れも棚も何も無いがらんどうで窓が一枚見える。窓を開けると下には狭い路地が見え、向かいの家の壁が目の前に塞がっている。
「ここには四人いて部屋が三つ空いてるから、この部屋が嫌なら好きな部屋を使えばいい。だけど日当たりはここの方がいい」
 男はそう言って笑った。この広さでは俺の荷物を持ってきたらもう寝るところはなくなりそうだ。 

 

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占い(18) [小説<ろくでもないヤツ>]

                                占い(18)

 部屋を見せ終わると今度は、店の食事は美味いとか、仕事は簡単で配達が終われば自分の好きなことができるとか、学校へ行きたければ奨学金もあるとか、上機嫌で話しながら一階の部屋へ案内した。すぐに何枚かの書類を取り出しサインをするよう言ったのは、俺の気が変わらないうちに話を決めてしまう魂胆なのだろう。

 だけどそう簡単にはサインなんかしない。俺は目の前に出された書類を見ながら思い切ってお袋との関係を訊いた。
もしもお袋が普通の死に方をしていたら、何も訊かずお袋の望みを叶えてそのまま帰るだけだ。だけどそうはいかない。男の目を真正面から見据えるようにすると、男は冷めたお茶を飲み干して話し始めた。

「お母さんとは若い頃からの付き合いでね、俺にもう一人親友がいていつも三人一緒だった。知り合ったのはレストランでバイトしていた頃だ。この頃の話は聞いたことあるかい?」
 知らないと返事をすると小さく頷いて話を続けた。
「その頃まだ君はいなくてよく三人で遊びに行ったよ。若い頃だから色々なことがあってね、君のお母さんは未婚の母を選んだけど、俺たちの付き合いは細々と続いたよ。なんて言うか、親友というか、戦友というか、そんな関係だよ。

 五年程前に突然連絡があってね、私が死んだら箱根の寄せ木細工の箱を息子に届けさせるから受け取れという話だった。子宮ガンだったのは聞いていたから、半分冗談で半分は本気で聞いたよ。なぜ箱なのかなんて理由は聞かなかった。今もわからないけどね。その話はもう忘れていたから、君が来たのは正直驚いたよ。届けてくれた見事な箱を見たときにね、加寿ちゃんは行ってしまったんだとわかった。俺の青春時代を失ったようだね」
 植村という男は話し終えると寂しそうに笑った。作り話では無さそうだ。

「父親のことは知ってますか?」
 俺の質問は意外だったようで、目が左右に落ち着き無く動いた。少し動揺したように見える。
「何も聞いてないのか?」
 男は確かめるように訊いた。俺が黙って頷くと少し間を置き重そうに口を開いた。

「あの頃お袋さんに親しい男の人がいるなんて聞いたこと無かったし、きっと俺たちのどちらかと結婚するだろうと思ってたよ。それが寝耳に水のように、子どもが出来たって聞かされてね。しかも結婚はしないって言うし。相手のことを訊くと大学生としか教えてくれなかったけど、どうやら同じ大阪出身のようだった。君が生まれてしばらくした頃だったな、殺されたって聞いたように思う………お袋さんが黙っていたことをぺらぺら話してどやされそうだな。後はお袋さんに訊くしかわからないね」
 植村という男はそれだけ話すと、テーブルの隅に置いた寄せ木造りの箱をいじり始めた。
手は箱をいじっているが、目は虚ろになり箱を見ていない。俺は頭の中で目の前の男の話を反復したが、確かに殺されたと言った。そして話をそこで止めてしまった。

 男の手が不器用そうに動き、俺はその手を黙って見ている。背中に通っていた筋が抜けてしまったようで、辛うじて胸だけが呼吸に合わせて動いている。植村という男も急に何かが失せてしまったようで、二人の間に共通の闇が横たわっているように感じた。植村という男は話したことを後悔しているのだろうか。 

 

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占い(19) [小説<ろくでもないヤツ>]

                占い(19)

 俺は息苦しくなり、目の前の書類に汚い字でサインをすると店を出た。とにかくここで働いてみるのも手だし、植村という男にも興味がある。どっちみち今の仕事は辞めようと思っていたし、探すのも面倒だ。引っ越しは大した荷物はないが、隣の運送屋に頼んで明日の午後に軽トラックを一台寄越してくれることになった。だから実際の仕事は明後日からになるが、最初は配達の順路を覚えるのが仕事で、配達をするのはもう少し後になるらしい。

 しばらく歩いてから店を振り返ると、舞台裏を見たせいか来た時と違って見える。きっと俺自身も違って見えるに違いない。ポケットに手を入れるとバタフライナイフの冷たい感触が伝わってくる。俺は植村昌人が怪しいと思ったら本気でナイフを使おうと思っていたのだ。悲しさを憎しみが包むと恐ろしい程の力を持つ。悲しみが深ければ深いほど狂気は膨れあがる。植村を犯人だと疑いながら店の玄関に足を踏み入れたとき、俺の瞳は異様な光を宿していたに違いない。きっとその光に気づいていたはずなのに、植村はまるで何も気づかないように平然と俺に働くよう勧めた。店を出て落ち着いてみるとそのことがわかった。植村昌人はお袋を殺してはいないだろう。それどころかお袋とどういう関係だったにせよ、お袋が大切に考えていた一人だった。

 帰り道にバイト先に寄り仕事を辞めることを伝えた。係の人はそんなことはもう慣れっこになっているのか、事務的な話を済ませロッカーの鍵を受け取ると残りの給料を支払ってくれた。それで一切の終わりだ。仕事の関係とはあっけないものだ。ここには友だちもいないし、親しい人すらいなかった。街を歩いていてすれ違う人と何も変わらない。ただすれ違っただけだ。

 渋谷駅に向かう途中であの占い師を思い出した。今日もいるのだろうか。俺は占い師の言ったように小さな荷物をそう遠くないところへ運んだばかりなのだ。確かそれが俺の運命の入り口とか言っていた。占い的中みたいにも思えるが、考えればそんなことは俺だけのことじゃない。通りを歩く人を見れば誰だって小さな荷物を抱えて歩いている。

 占い小路の先に目をやると、一カ所だけ妙な空気に包まれているところがあり、そこがあの占い師の場所だとすぐわかった。思った通り周りの占い師とは違って誰も並んでいない。運命鑑定五百円也という看板が頼りなげに立っている。誰が見てもしょぼくれた負け犬に見えるだろう。
 俺は堂々と歩いて占い師の前に立ち上から見下ろした。

「この前の続きを鑑定してくれ」
 俺はそう言うと、座れと言われる前に腰を下ろした。占い師は居眠りでもしていたのだろうか、怠そうに顔を上げると俺の顔を見た。
「………あんたか………運命の入り口なんて嘘っぱちだ。そんなものはどこにでも転がっている。見つけた者勝ちなのが世の中ってもんだ。今日は何が聞きたい」
 占い師はまるで俺の考えを見透かすように言ったが不思議と腹が立たない。

「死んだらどうなる」
 占い師を真正面から見て言った。からかっているつもりもないし、ふざけてもいない。勝手に口をついて出た言葉だった。婆ちゃんは死んでも側にいるって言うけど、それだけじゃわかったようで何一つわからない。占い師は答えに迷っているのかそれとも勿体ぶっているのか、のんびりした手つきで筮竹を捏ねくり回し始めた。そんなの関係ねぇだろうと思うが、黙って見ているとしばらく空を見上げるようにして動きを止めた。 

 

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占い(20) [小説<ろくでもないヤツ>]

                 占い(20)

「見せかけの威勢はいいが、ボロボロだな。可哀想な男だ。もう少し話して見ろ」
 占い師は俺の質問を無視して言った。まだ空を見上げたままで目も閉じている。可哀想な男だと馬鹿にされたのに、悔しいが怒りの代わりに涙が出てくる。その涙が勝手に話を引きずり出し、気がついたらお袋がホテルで殺されたことや、植村から聞かされた話まで喋ってしまった。
「………いいことだ。ようやく運命の歯車が動き出したな。これからのことを話してやるからよく聞け」
 占い師は音を立てて筮竹を動かした。

「運命というヤツは容赦がない。決められた通りきっちり動いてくる冷酷なヤツだ。そんな相手でもやりようによっては味方になってくれるが、そう簡単じゃないぞ。俺の言うことをきっちり守ることが出来れば大丈夫だ。俺の言う通りに出来るか?」
 占い師は突き刺すような眼差しで俺を睨んだ。

「何だっていい、どうせ俺なんかこの世に居ても居なくても関係ないし、親父もお袋も殺されたからきっと俺だって似たような運命になっちまう。今ここで誰かを殺せと言われたらできる」
 俺は涙を拭いて占い師を見返した。

「威勢だけはいいようだな。頭がいいより悪い方が都合のいいこともあるが、お前は都合がいい。これから言うことを、言われたようにやるだけだ。難しいことは何もない。三つのことを毎日欠かさず実行するだけだ。まず一つ目は朝やることだ。部屋の北側に塩を盛って置いて、目が覚めたら一番にその塩を少し舐めろ。二つ目は、太陽の見える場所で太陽に向かって立つ。おでこに光を感じて暖かくなるまでだ。おでこに光を感じるのが大事だから忘れるな。最後は夜やることだ。小さな水晶玉を用意しろ、ガラス玉じゃダメだ。眠る前にその水晶玉を十分間見つめろ、視線を外すな。これだけだ。わかったらさっさと金を払って帰れ」

 占い師は話し終えると筮竹を乱暴に筒の中に放り込んだ。この前もそうだったが、話している内にだんだん苛立ってくるのがよくわかる。こんな貧相で口の悪い占い師に人が並ぶはずがない。俺はこの前より少し丁寧に金を器に入れると黙って立ち上がった。この前は腹が立ったが今日は妙な心地がする。もしかしたらこの占い師は俺と同類なのかも知れない。しばらく歩いてこの前と同じように振り返ってみると、やはり占い師の周りだけがぽつんと取り残されたように見える。人通りの多いあの中に真っ黒な穴が開いているみたいだ。もう少し歩いて振り返ったら、あの占い師は蒸発して消えているような気がした。

 渋谷駅までの道を人の流れに乗って歩いたがなんだか感じが違う。肩の力が抜けたようでとても楽だし、誰も俺のことを軽蔑したような目で見ない。前を歩く女の尻にばかり気を取られていたからだろうか。俺はその尻を追いかけるように渋谷駅まで歩き、女は別の方向に歩いて行った。まるで自分の彼女のようにその後ろ姿を立ち止まって見送った。

 あんな尻をした女と付き合いたい。顔は見なかったけどきっと美人に違いない。仲間の中で女を知らないのはもう俺だけで、ナンパでもしろよと馬鹿にされるがまだ一度もやったことがない。
 駅のホームまで歩くのが急に怠くなり、新聞店でのことが頭に浮かんだ。植村から聞いた父の話は本当なのだろうか。誰にどうやって殺され、殺された理由は何だったのだろう。お袋はそのことを婆ちゃんに話したのだろうか、お袋に訊きたいことが膨れ上がってきた。 

 

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