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遭遇(5) [小説<物体>]

                           遭遇(5)

 荷物はそれ程多くなく、昼過ぎに終わった。缶コーヒーを出して休んでいくように勧めると、学生は少しだけと言って床に腰を下ろし、祐子は家具の配置を値踏みでもするように見ていた。帰る間際に、
「家具の配置、最悪ですよ、運が逃げちゃうんですよね」
 と、首を傾けた。俺もそんなことを言われると気になってしまう。
「何で?」
  と、聞き返したのがきっかけで付き合うことになったのだ。その日のうちにアフターサービスと称してやって来ると、勝手に家具の配置を変えてしまい、ついでに近隣の案内もサービスですからと公園に連れて行かれたのだ。こんな調子だから殆ど俺の意志の尊重される場面はない。だからといって不愉快な訳ではなくなんだかパック旅行に乗っかったようで、俺は只目の前に見せられる物を次々に楽しんでいればよいのだ。

 だから、祐子がマーブル君と言えばマーブル君で、俺もあの物体をマーブル君と呼ぶ羽目になる。しかし名前とは不思議なもので、たとえボールペン一本でも名前を付ければそのボールペンは他のボールペンとは違う存在価値が生まれる。物体は祐子が名前を付けた瞬間から、俺の部屋に置いてあるのではなくて、俺の部屋にいることになったのだ。ただ正直なところ俺はまだマーブル君を受け入れたわけではない。あくまでも祐子の気持ちに添ってのことだ。

「ねぇ、今晩泊まるよ」
「ああ、いいけどどうして? 明日は仕事だよ」
 今まで何度も泊まった事はあるがウィークデーに泊まったことはない。
「なんかね、マーブル君がちょっと気になるのよね。だから今夜は何もなしよ」
 この物体にどれほどの魅力があるのだろう、俺にはどうにも分からない。確かに子どもの頃に好きな玩具を手に入れると布団の中に持ち込んで一緒に寝た記憶はあるが、そんな感じなのだろうか。祐子らしいと言えばそうだし、感受性の豊かさや表現の素直さは羨ましい気もする。きっと俺もこの物体のように好かれたのだろうか。そう思うとたかが物体だが、少々嫉妬めいた気持ちもある。俺を嫉妬させているのは祐子なのか、物体なのかよく分からなくなってきた。

 祐子はウキウキして楽しそうだが、いつものお泊まりとはまるっきり様子が違う。二人で過ごしているのだがその二人の間に物体がデンと置かれ、俺と会話しているが視線は半分以上物体に注がれている。

 俺は翌日の仕事もあるのでさっさと入浴を済ませて布団に潜り込んだが、祐子は薄暗くなった部屋の中で静かに物体を見ている。まるで蝉が脱皮するのをじっと見守る子供のようだ。時々何かを呟いたり、そっと手を触れたりしているが、まるで生き物のように扱っている。

 

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