SSブログ
小説<物体> ブログトップ
前の10件 | 次の10件

変化(6) [小説<物体>]

                            変化(6)

「板橋さん、さっき本当に目を閉じて歩いてましたよ。もしかしたら超能力者?」
 太田は茶化したが、見間違えていないことを言いたいようだ。
「よく見破ったな、ほら、ここに第三の目があるんだよ」
 と、髪の毛を上げて額の生え際を見せると、太田はマジな顔で額に顔を近づけた。
「あるわけねぇだろう、今ちょっと信じた?」
 そう言って笑うと太田は、
「いや、一瞬ドキッとしましたよ」
 と安心したように言った。しかし俺の中では何か引っかかるものがあって、それが物体と関係ありそうな気がしないでもない。思い切って太田に話してみることにした。

「超能力はないけどさぁ、実は家に変なもんあるんだよ、これはマジな話なんだけどね」
 と、物体を持ち帰ってから今朝までの話をかいつまんで話して聞かせた。
 太田は腕組みをし眉間に皺を寄せて聞いていたが、俺が説明し終わってからも黙ってコーヒーを口に運びしきりに首を傾げている。
「どう考えてもあり得ないと思いますよ、まるで形状記憶物体ですね、それだってそんな素材はどこにもないでしょうけどね。それで今、祐子さんが見ているんですね。大丈夫ですか?」
 と心配そうな顔で訊いた。
「まぁ、一応ケージに入れてあるからね、昼休みにでも電話してみるよ」
 そう返事をすると太田は首を傾げながら自分のデスクに戻っていった。

 図面は六階建てのマンションの意匠図で、後は細かい数字を書き込めば終わる。時々窓から外を見るが物体のことが気になって仕様がない。太田の言うように俺は目を閉じて歩いていたのかも知れないし、目を閉じた自分の顔を電車の窓に見たのかも知れない。もしそうなら物体意外に原因はないだろうと思う。物体に変化が起きているように俺にも何かの変化が起き始めているのだろうか。試しに目を閉じて外の景色を見たが、普通に視野が閉じられ何も変わった感じはしない。

 昼休みに祐子に電話をすると、特に変わったことはないが、可愛くて仕方がないという話を散々聞かされた。太田にその様子を伝えると安心していたが、仕事中にネットで色々調べたらしく、色彩の変化や形状の変化はある程度意図的にコントロール出来る素材はあるらしい。しかしそれは傷は簡単に付けられるし加工の痕跡ははっきり分かり、結論は地球上にはあり得ないだった。

 太田は千葉から通い俺とは逆方向だが今夜一緒に家に来るという。聞けば聞くほど見たくて堪らないらしい。帰りの電車の中で太田は色々な可能性を俺にまくし立てたが、その中で一番有力と思えたのは、隕石の中で何かの生物が冬眠していたのではないかという説だった。大気圏の中で外側の隕石は燃え尽き、中で眠っていた生物だけが地球にたどり着いたのだという。地球上ですら数百度の高温の中でも生きることの出来る生命体があるのだから、大気圏突入程度の衝撃に耐えられる生命体は可能性としてあるというのだ。もしそうならこれは歴史的な大発見で、その発見者に是非自分の名前を加えて欲しいとまで言った。 

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

変化(7) [小説<物体>]

                                変化(7)

 祐子が食事の支度をする筈もなく、当然のように俺が三人分の弁当とビールを少し買って帰った。
「お帰り、何買ってきたの?」
 祐子はコンビニ袋の中身をチェックし終わると太田に笑顔を向けた。
「あなたが太田さんね、そんなにマーブル君が見たいの?」
 そう言うと、太田の手を強引に引っ張り部屋の奥に連れて行った。
「どう、可愛いでしょう、触ってもいいわよ」
 祐子は物体の前に座り自慢気に話すと、太田の手を取ってケージの中の物体に触らせようとしている。太田は困ったように俺を振り返ると、
「触っても大丈夫なんですか?」
 と俺に救いを求めた。
「今のところは大丈夫だろう、口も何もないから噛みつきはしないよ」
 太田は俺の返事を聞くと、そうっとケージの中に手を入れて頭の辺りを触った。
「ツルツルで堅いんですねぇ、こんなものが勝手に形を変えたなんてとても信じられないなぁ。もっと生々しい感じを想像していたんですが、とても意志を持った生き物なんて思えないですね」
 そう言うとケージから手を出して大きく息を吐いた。
「ねぇ、こんなものとか、生き物とか言うの止めてよね、彼はマーブル君なのよ」
 祐子が弁当の包みを開けながら言った。
「あ、ごめんなさい、マーブル君だったね」
 太田はそう言うと、
「マーブル君のどこが気に入ったの」
 と祐子に訊いた。
「最初はね、とても模様が綺麗だったのよ、だから一目惚れね。でもね、模様が消えても形が変わっても変わらないものがあるの。とても惹きつけるものよ。謙太は鈍感だから分からないみたいだけど私には分かるわ。そうね、それは宝石の輝きでもないし、柔らかな陽ざしの心地よさでもないし、可憐な花の美しさでもないし、そう、私の望むものなのよ。
マーブル君には私の望むものがあるの。だから惹きつけるのね」
 そう言いながら唐揚げを口に放り込んだ。
「つまり、子どもが欲しいって事?」
 太田は少し口を尖らせながら訊いた。
「違うわ、私、子どもなんて嫌いだもの、そうじゃないの、幸せみたいなものかしら」
 祐子はそう言うとまた一つ唐揚げを口に放り込んだ。
「それなら、唐揚げの方が惹きつけそうだけど」
 俺がふざけて言うと、
「唐揚げは二番目で、謙太が三番目よ」
 祐子はペロリと舌を出した。

 俺と祐子がビールを飲んでいる間、太田は一人で物体を色々な角度から見たり、触ったりしていたがやはり何にも分からなかった。一緒にビールを飲み始めても首を傾げてはため息をついていた。
「不思議としか言いようがないなぁ、今夜も変化しますかねぇ」
 太田はそう言って俺の顔を覗き込んだ。
「たぶんな」
 頷きながら俺が答えると、太田はビールを飲みながら物体を横目で見た。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

変化(8) [小説<物体>]

                             変化(8)

 ビールを飲み終えると祐子はさっさと寝る準備を始めた。一緒に生活し始めて分かったことだが、とにかく祐子は小学生並みの就寝時間で子どもの頃から一貫して変わらないらしい。テレビ番組にはまるっきり興味が無く、だから流行の歌とかお笑いとかは奇跡と思えるほど何にも知らない。

 太田はもう少し話したい様子だったが、祐子が物体の横で布団にはいると観念したようにソファーに横になった。俺もベッドに入ったがまだ眠くなる時間ではない。祐子の背中越しに、ケージに入っている物体を見ているが何の兆候も見られない。おそらく太田も俺と同じように物体を見ているのだろう。

「祐子さんの言ってること、わかんないなぁ。幸せみたいなものって……いくら見ても何にも感じないよ」
 太田が独り言のように呟くと、
「どうしてわかんないのかなぁ」
 と祐子は眠そうな声で言った。
「幸せなんて考えたこともないだろう?」
 俺が言うと、
「考えるの苦手ですから」
 と太田は小さく笑った。

 太田には偉そうに言ったが、俺だって幸せなんて考えたことはない。それよりも重要なのは心の中を吹き抜ける妙な風だ。まるで季節風のように周期的にやって来ては俺を戸惑わすのだ。別に生活や仕事に差ほどの支障をきたすわけではないが、その風圧に耐えるのに予想外の力を消耗してしまう。その風はいつも俺を辺境の孤独の地へ追いやろうとするのだ。俺に出来ることはガードを固めてひたすら風の弱まるのを待つことしかできない。まるで物体のようだ。硬い表皮で自分を守り誰にも気づかれないようにゆるりと自分を変えていくのだ。俺はそうやって今まで生きてきたが、たまたまそれ程強い風に吹かれなかったから何とか暮らしているだけで、この先どれほど強い風に吹かれるかは分からない。幸せなんて考えたところで、強い風が吹けばひとたまりもなく吹き飛ばされてしまうのだろう。

 将来のことは考えないでもないが、それだっていずれ結婚して子どもが出来てそれなりの家庭が出来てくらいの漠然としたことだ。祐子と今すぐ結婚したい訳でもないし、取り敢えず今の仕事と生活で手一杯なのだ。だから祐子のように望むものなんてはっきりしたものはないし、何を望めばいいかも分からない。欲を言えば給料が上がって休暇が増えればいいくらいなものだ。昔は恋人さえいれば全てが満たされ全てが解決すると思った時期もあったが、それがどれほど心許なくて切なく苦しくおそよ望むものと正反対であることは痛いほど知った。
 祐子はあの物体の中に何を見つけたのだろう。祐子が寝息を立て始めた。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

変化(9) [小説<物体>]

                              変化(9)

 太田が眠っていないことは気配で分かる。息を殺し物体を見つめているのだろう。俺もなかなか眠れず何度も寝返りを打った。物体に背を向けたところで変化は起こらないだろうと妙な確信があった。あいつは俺たちが本当に眠り込むのを待っているのだ。だから何も起こらない。
 太田の頑張りも力尽きたようで俺よりも先に寝息を立て始めた。俺は頑張っているわけではないが目が冴えてなかなか眠気が訪れない。身体に怠さを感じ始め、少し身体を動かそうとトイレに立ちふと洗面台の鏡を見ると目を閉じた自分が写っている。何度見ても俺は目を閉じている。そっと自分の目に触れてみると、閉じた目に触っている自分が見える。瞼に力を入れて目を開けるといつもの見慣れた顔がそこにあった。もう一度目を閉じると視野は閉じてしまい何も見えない。目を開けてまた閉じて、何度も繰り返したがもう閉じた自分の顔は見えなかった。
 しかし決して気のせいではなく、間違いなく俺は目を閉じた自分の顔を見た。まさかと思いながら前髪を上げて額の生え際を見たがそんなところに第三の目がある筈もない。自分の想像の滑稽さに苦笑したが、なにかが起きていることは間違いない。太田が見たという、目を閉じて歩いている自分は本当だったのだろう。
 部屋に戻ると祐子と太田は心地よさそうに寝息を立てているが、俺の意識と物体の意識はどこかで絡み合いぶつかり合っているのかもしれない。ベッドに横になり祐子と物体を見た。まるで寄り添うように眠る祐子も何かが起きているのだろうか。

 翌朝一番に目覚めたのは勿論祐子で、最初にすることは物体を隅から隅まで丁寧に観察することだ。それは、おはようの挨拶から始まり、観察しながらも小さな声で色々と話しかけている。
「ねぇ、みんな起きて!」
 祐子の大きな声に太田が驚いて跳ね起き、俺は気が付いていたので少し身体を起こして祐子を見た。
「見て、マーブル君がまた変わったわ」
 嬉しそうな祐子の声に、太田はすぐにケージの中を覗き込んだ。
「えぇ、こんなこと俺信じられないですよ、あり得ない、絶対あり得ない……」
 太田は、あり得ないを繰り返しては驚いている。
「なにがどうした?」
 と言いながら俺もケージを覗き込むと、思わず息を呑んだ。顔のパーツがほぼ出来上がりつつあった。ツルツルだった表面には盛り上がったところや窪みが出来、それは一目で鼻や口、そして目であることが分かる。目はまだ直線的に引かれた線のようだが、その奥には瞳が用意されているかも知れない。唇もまだ少し膨らんだ緩やかな曲線程度だが、その奥には体内深くに通ずる空洞が用意されているのかも知れない。どう見ても人間に近づいている。決して犬や猫の類ではない。表面に触れてみるとまだ堅い感じは残っているが、昨日と比べるとかなり柔軟性が出てきたように感じる。本当にこのままにして置いていいのだろうか、祐子のようには喜べない。太田の言うようにあり得ないことが目の前で起こっている。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

変化(10) [小説<物体>]

                                 変化(10)

「ねぇ、ケージから出してあげてもいい? こんなところで目覚めたら可哀想だわ」
 祐子は物体に同情するように言った。
「駄目だよ、出さない約束だろう。どうしてもそうしたけりゃ、連れて帰っていいよ」
 俺はそうしてくれることを期待して言った。
「出来れば連れて帰りたいけどね、駄目なの。マーブル君は謙太の部屋が気に入ってるみたいだから」
 祐子は残念そうに言った。
「何でそんなことが分かるの? 別にどこだって同じだろう」
 祐子は自分の都合のいいように言ってるように聞こえる。
「マーブル君は謙太が気に入っているのよ、分からないの? 謙太に気に入られようとしてるのよ」
 祐子の言い方は何か俺に落ち度があるように聞こえる。
「そんな訳の分からないこと言われても俺には理解できないよ。とにかくケージから出すのは駄目だからね」
 俺が少し強い口調で言うと、祐子は暫く黙って考えていたが、
「謙太はマーブル君からプレゼントを貰ってるはずよ」
 祐子は俺の目を覗き込むようにして言ったが、尚更言ってる意味が分からない。
「俺は祐子からも物体……マーブル君からも何も貰ってないよ」
 そう言うと、
「そんなはず無いわ、絶対貰ってる」
 祐子はきっぱり言い切った。
「どこに?」
 この言葉で祐子は返答に窮する筈だったが、祐子は黙って俺の頭を指さした。
「頭?」
「そうよ、何かあるはずよ」
 祐子に頭と言われて、洗面所でのことを思ったが、
「何かって何だよ!」
 と、年下の祐子に大人げないと感じながら喧嘩口調になってしまった。黙って聞いていた太田が堪りかねて、
「板橋さん、あのことじゃないですか、ほら、昨日目を閉じて歩いてたこと……」
 と、遠慮がちに言った。
「あれは気のせいだよ、関係ないよ」
 と言うと、
「ほらあったでしょ、目を閉じて歩けたのね」
 祐子は笑みを浮かべていった。
「だから違うって言ってるだろう」
 この事は祐子に話そうと思っていたが、話の成り行きで認めたくはない。しかし、それがプレゼントだとするならその理由を聞きたい。
「いいじゃない、謙太はマーブル君に好かれてるんだから」
 もう勝ち目はない。今まで何度か小さな喧嘩をしたがまた連敗記録を更新した。  

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967

 

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

第3章 目覚め(1) [小説<物体>]

                     第3章  目覚め(1)

 結局俺は祐子に押し切られるように物体をケージから出すことを渋々認め、祐子は大切に抱えるようにして物体をケージから出した。
「板橋さん、大丈夫なんですか? まだ変化しているような気がします」
 太田にそう言われ、ソファーに置かれた物体を覗き込むと確かに目の辺りが動いているように見えた。それに先ほど見たときよりも瞼の辺りが少し膨らんで、その奥に眼球が隠されているように思える。動いているのはその膨らんだところで、浅い眠りの時のようにピクピクしているのだ。
「そろそろ目覚める頃ね」
 祐子が嬉しそうに言った。
「何でそんなことが分かるの?」
 俺が訊くと、
「分かっちゃうのよ、何でか知らないけど。頭にふっと浮かぶのよね。でもそれで間違ったことないわ」
 まるで当然のことのように言う祐子は無邪気に笑って見せた。
「マーブル君て、何者? はじめは変な形をした塊だったんだよ」
「だからね、マーブル君はマーブル君なの。どうしてそんなことが気になるの、新種の人間とか、かに星雲から来た宇宙人とか、地底人とか言えば納得するの?」
 祐子はまるでそんなことはどうでもいいことのように言った。

「あ、目が開いた!」
 覗き込むように見ていた太田が後ろに仰け反って叫ぶと、祐子は丸い目を一段と丸くして物体を覗き込み、
「ハッピーニューイヤー!」
 と嬉しそうに言った。俺も祐子の後ろから覗き込むと、黒い瞳が見える。まるで人形の目のようで、猫でもなく魚でもなく紛れもなく人間のように見える。その瞳は祐子の顔を捉えたままじっと見続けている。
「紹介するわ、私の後ろにいるのが板橋謙太。知っているわね。その隣にいるのが太田さんよ」
 祐子がそう言うと、物体の目が動き俺と目があった。こんな綺麗な黒色を今まで見たことがない。まるで宇宙空間と繋がっているような深さがあり、それが潤んで光っている。どんな頑なな心だって一瞬に溶かしてしまうことが出来るだろう。確かに人間だろうが、動物だろうがなんだって構わない。祐子の言うとおりだと思う。彼はマーブル君で十分なのだ。
「俺、謙太、よろしく」
 思わず挨拶をしてしまったが、不自然な感じはしない。マーブル君がしっかり理解していることが分かる。
「太田です。よろしくお願いします」
 太田は敬語で、おまけにお願いまでしておかしな感じだが、その感覚は分かる。ただ目が開いただけなのだが、そこから伝わってくる存在感の大きさがそうさせたのだろう。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

目覚め(2) [小説<物体>]

                               目覚め(2)

「ね、大丈夫でしょう。彼を怖がる事なんてこれっぽっちもないのよ」
 祐子はマーブル君の身体を撫でながら言った。
「でも、話せるの?」
 俺が訊くと、
「どうぞ」
 と素っ気なく言われた。俺はマーブル君に顔を近づけると、
「プレゼントのことを訊きたいんだけど、あれは本当なの? それと、君はどこから来たの?」
 マーブル君は俺の質問を聞き終えると目を閉じて口を動かし始めたが、まだうまく動かせないように見える。頬を膨らませたり唇を尖らせたりしていたが、動きを止めると綺麗な日本語で話し始めた。
「プレゼントは本当だよ、僕と同じ事が出来るようにしたんだ。本当は目とか鼻とか口なんていらないけど、それじゃ君たちが困ると思って作ってみたんだ。だから僕も目を閉じても見えるよ。可視光線を使って見るのは不便でしょうがないからね。
 それと、僕がどこから来たかって気にしてるみたいだけど、どこからも来ないよ。ずっと昔からいたんだ。気がつかなかっただけさ」
 言い終えると身体のあちらこちらを動かし始め、最終仕上げをしているように見える。みるみるうちに人形から生きた人間に変貌を遂げ始め、太田は口をあんぐり開けて見ている。
「出来た……」
 太田が俺を見て言った。
「ああ、どこから見ても人間の子ども……だよな」
 ソファーに横たわっているのはもう物体ではない。動きを止めた身体の隅々まで見たが不審なところは何一つ無く、健康そうな幼稚園児が寝ているように見える。

 祐子が部屋の隅に置いてあったバッグを持ってくると、中から子供服を出し始めた。
「似合うかしら」
 そう言いながらマーブル君に着せている。いつの間に用意して置いたのだろう。こうなることは先刻承知という感じだ。
「さぁ、起きるのよ。みんなに歩いて見せて」
 祐子がそう言うと、マーブル君は少しぎごちない感じで身体を動かしていたが、いったん動きを止めると次には滑らかに身体を動かしてソファーから立ち上がった。
「いいわ、とてもよく似合う」
 祐子が褒めると、マーブル君は嬉しそうに部屋の中を歩いて見せた。
「パパに挨拶した?」
 祐子がマーブル君に声をかけると、俺と太田を見比べ俺の前で立ち止まった。
「俺?」
 パパになったつもりはないし、なるつもりもない。だけど俺の前に立って見上げている黒い瞳を見ると不思議な気持ちが沸いてくる。全てを受け入れてしまいそうだ。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

目覚め(3) [小説<物体>]

                             目覚め(3)

「俺が……パパ?」
 マーブル君に確かめるように訊くと、
「そうだよ、僕が選んで決めた」
 そう言うと小さな右手を差し出した。握手をするつもりらしいが、こんな親子の対面なんて聞いたことがない。あり得ない上に不自然すぎるが、マーブル君の黒い瞳を見ていると、こうなるのは当然のように思えてしまうのが不思議だ。まるで魔法にかけられたように俺はマーブル君と握手をしたが、これで親子になったというのだろうか
「どうして俺に決めたの?」
 マーブル君の目の高さにしゃがんで訊くと、
「僕を見つけてくれたことと、声が良かったんだ。何人も僕を見つけてくれたけど、声の気に入った人は誰もいなかったよ。声はね、響くんだよ。気持ちよく響いたり嫌な気持ちになったり、嬉しくなったり哀しくなったりするんだ。気に入らない人が何人も僕を持ち上げようとしたけど、地面にしがみついていたんだ。だからパパが持ち上げてくれたときは嬉しかったよ。パパの声はちっとも綺麗じゃないけど響いたんだ」
 と微笑んで見せた。
「俺はあの時何も話してないと思うよ、それにバーナーで焼いたし」
 俺は雨に濡れた桜を思い出しながら言った。
「話さなかったけど、ため息のような声を聞いたよ。僕にはそれで十分なんだ」
 マーブル君はそう言ってソファーに座った。

「ねぇ、お腹減ったわ」
 と、祐子はバッグの中を探して菓子パンを出した。
「マーブル君はどれにする?」
 祐子が訊くと、
「僕は水があればいいよ、それに綺麗な空気を吸ってベランダで太陽を見ていれば他には何もいらない」
 とコップを指さした。
「へぇー、食べなくてもいいんだ。俺たちとは大違いだね」
 俺はパンを選びながら言うと、
「パパたちはまるで食べるために生きてるみたいだね」
 マーブル君は面白そうに言った。
「だって、食べなきゃ死ぬだろう、こうやって食べるんだよ」
 俺はパンの半分ほどを口の中に頬張って見せると、マーブル君はお腹を抱えて笑い出した。
「そんな口の使い方を見たの初めてだよ。口はね、こうやって頬を思い切り膨らませて、喉の奥から音を出して響かすために使うんだよ。口の中に物を詰め込んだら台無しになってしまう」
 マーブル君はそう言うと頬を膨らませ、不思議な音を出した。まるで太いパイプが風に吹かれて共鳴したように、空気が震えていることがよく分かる。太くて低い音だが威圧感は無く身体の隅々まで心地よく響き、細胞の一つ一つが生き返るようだ。 

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

目覚め(4) [小説<物体>]

                      目覚め(4)

「なんて気持ちいいの!」
 祐子はそう言って腕を拡げると、胸一杯に空気を吸い込みマーブル君の出す音に合わせるように声を出した。音の高さは違うが綺麗に同調している。祐子の音が少しずれると音がうねりのように大きくなったり小さくなったりする。
「ねぇ、みんなもやってみたら」
 祐子に言われて太田が同じように声を出し、俺も二人を真似て声を出してみた。なかなか三人の音を綺麗に同調させるのは難しいが、だんだん上手く合うようになり、その瞬間は音の響きが何倍にも膨らんだようになり、全身が震えているように感じた。

「なんか、すごい」
 太田が目を輝かせていった。音楽の合唱とはまったく別物のように感じる。マーブル君の出す音はとてつもなく遠く深いところからやって来るようで、その声に合わせると自分がどこが知らない深いところと繋がったような気がする。太田も祐子も輝いている。まるで別人のように思える。身体全体からキラキラした輝く粒子を発散しているようだ。そして俺もきっと同じなのだろう。
「これって、幸せみたいな……」
 太田が言った。
「私はね、うーん、なんだろう、富士山のてっぺんで深呼吸して雲海を全部吸い込んじゃったような感じかしら」
 祐子はそう言うと、口を尖らせて音を出しながら空気を吸って見せた。いったい何だろうこの感じは……今まで味わったことがあるような気もするし、懐かしい感じもする。だけど何一つ思い出せない。でも、心か体か俺の何かがこの感じを記憶しているのだろう。故郷に帰った安堵感のようにも思う。

「ねぇ、マーブル君はどうしてこんな事が出来るの?」
 祐子が訊いた。
「どうしてって言われてもわかんない。パパもママもしないの?」
 マーブル君はそう言って不思議そうに二人を見比べた。
「一度もしたことないよ」
 祐子がそう答えると、
「みんな食べるために忙しいんだね、口の使い方忘れたのかなぁ」
 マーブル君はそう言って微笑んだ。

「他にも何かできるの?」
 俺が訊くと、
「何でも出来ると思うよ。でも何が出来るか思いつかない」
 そう言うと、大きく伸びをしてベランダに走っていった。ベランダの柵に掴まって景色を眺めている後ろ姿は、どこから見ても無邪気な幼稚園児だが、昨日はただの物体だったのだ。そして俺はどうやらその物体のパパになったらしい。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

目覚め(5) [小説<物体>]

                             目覚め(5)

 玄関のチャイムが鳴った。
「誰よ、こんな朝早くから」
 祐子は不審気にドアー窓から覗き、相手を確かめると少しだけ開けた。
「おはようございます。もうお目覚めですか?」
 ドアーの向こうには灰色のスーツを着た初老の男が立っている。スーツは少しくたびれた感じで、ズボンの折り目も消えてよれよれに見える。無精髭を伸ばし顔は日焼けして、まるで浮浪の旅から帰ってきたようだ。
「おはよう、あなた誰?」
 祐子が訊くと、
「朝早くから申し訳ありません」
 と言いながら、一枚の名刺を差し出した。祐子が手にした名刺を後ろから覗きこむように見ていると、ベランダにいたマーブル君が嬉しそうに走ってきた。

「おじさんおはよう、僕、目覚めたよ」
 そう言ってその男を嬉しそうに見上げている。
「おはよう、元気そうだね」
 その男も嬉しそうに返事をした。
「知ってるの?」
 祐子がマーブル君に訊くと、
「知らないよ、でもおじさんは僕のこと知ってると思う」
 そう言って祐子に微笑んだ。祐子は名刺と男の顔を見比べるようにしながら、
「住民コンサルティング業の、愛田さん……この子、知ってるの?」
 そう言うと、
「はい、よく知っています。そのことでお話があって来ました」
 と、使い古した皮の鞄から数枚の紙を取り出した。
「昔はこんな物必要なかったんですがね、最近はやはりきちんとしておかないと何かと不都合でしてね。ご面倒でもこの書類を市役所に届けて頂いてですね、こちらの書類は桜ヶ丘幼稚園に出して頂ければ大丈夫なようになっています」
 男はにこやかに言うと、数枚の書類を祐子に手渡した。祐子はその書類を見ながら、
「これって、何? 正男って、もしかしてマーブル君の名前? ダサイよ、変えて!」 
 と、男を睨み付けた。祐子から書類を受け取ると、それは、住民票だの、親権がどうのこうのとか、出産に関する証明とか、入園手続きだの、マーブル君に関する書類ばかりだった。開いた口が塞がらないとはこの事かも知れない。あまりの手際の良さとタイミング、それに、俺たち以外にマーブル君のことを知っている人がいたとは驚きでしかない。

「これは、一体……どういう事ですか?」
 俺が訊くと、
「皆さん、同じように尋ねられますが、私はいつもこう答えているんです。天からの授かり物です。どうぞお受け取りくださいと……。昔はそう言うと、皆さん納得されて丁寧にお礼を述べられたものですが、このように書類が必要な世の中になりましてからは、なかなか納得されない方も時々見られるようになりました。しかし、自分でも不思議なのですが、どう考えても説明の言葉を思いつかないのです。納得して頂けない場合はお子様をお連れして帰ろうと思っておりますが、今までそのようなことは一度も無く感謝しております」
 男はそう言うと深々と頭を下げた。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
前の10件 | 次の10件 小説<物体> ブログトップ