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第1章 遭遇(1) [小説<物体>]

                          「物体」 

             第1章 遭遇(1)

 今年の春は妙に気分が沈む。何故だろうかと想いを巡らすが思い当たる節はない。確かに会社の人事移動で幾人かの親しい同僚が職場を離れていったことは寂しく感じるが、しかし、理由はもっと他にあるような気がしてならない。入社して十年近くなり、仕事も順調で彼女との仲も問題はない。一体俺の心の中に何があるというのだろうか。

 部屋の窓から公園の桜が見える。今が満開だが今日は冷たい雨に打たれ花見の人はいないだろう。俺にとっては絶好の花見日和なのだ。雨に打たれた桜の方がよほど趣があっていい。これから公園に行き、桜を見がてら商店街に行き昼食はラーメンでも食べようと思う。

 自宅マンションから十分ほど歩いたところにその公園はあり、予想通り人は誰もいない。自然の山を公園に整備したその公園は広く、公園の奥にまで入り込むことは滅多にない。入ったのは去年の秋頃だったろうか、今のマンションに越してきたときに彼女の祐子と一緒に行ったきりだ。思い切って奥にまで足を踏み入れるとまるで別世界のように感じる。

 人混みの中では自分の感覚を鈍感にして余計なものを感じないようにするが、この公園の奥まで来るとそれは全く逆になる。感覚を尖らせると様々なものが自分の命の中に流れ込んでくるのが分かる。それらの中に余計なものは何一つとしてないのだ。気がつかないうちに自分の中からも何かが流れ出しているのだろう。何かが繋がり会話をしているのかも知れない。

 身体は軽くなり雨に濡れて重くなった靴も気にならない。狭い道は樹木がアーケードのようになり、鈍色の空を覆い隠してくれている。公園と言っても小さな山を一つ越えるような感じで、一番高いところが近づくと道は広くなり樹木のアーケードは途切れ、鈍色の斑模様が見えてくる。やがて頂上にたどり着き、少し広くなったところで足を止め木々の隙間から見える市街地を眺めた。花見のつもりがとんだ散歩になったと苦笑しながら近くの樹木に目を移すと妙なものが置いてあるのに気づいた。祐子と来たときもこの場所で休んだが、その時は何もなかったように思う。

 今まで見たことのない物だが、自然のものではないようだ。細長い箱のような形だが鬼の角のように突起した部分が付いていて、横には取っ手のように見える部分もある。直線部分は殆ど無く、緩やかな曲線で形作られている。高さは三十センチくらいで長さはやや長く四十センチほどだろう。至るところに窪みが沢山あり、大きな窪みは二つの面を貫通しそうなくらいに深い。色は全体に暗い感じだが光沢があり、まるで磨き上げた鉱物のように見える。しかし同じ色ではなくマーブリング模様のように様々な色が混ざり合っている。
 まさに奇妙としか言いようがない。自然のものでなければ誰かがここに置いたに違いないが、ここにある理由も皆目見当が付かない。不思議に思いながら雑草を踏み分け、樹木の下まで行って雨に濡れた表面をそっと触ってみた。ひんやりした感触とともにガラスのような滑らかさが伝わる。材質はプラスチックか金属か、それとも鉱物なのか、そのどれも正しいように思えるが、どこか違和感を感じる。試しに取っ手のようなところに手を掛け持ち上げてみると意外に軽く、おそらく金属や鉱物ではないだろう。

 

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