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変化(3) [小説<物体>]

                               変化(3)

 遠くの方で俺を呼ぶ声が聞こえる。懐かしい声だが名前を思い出せない。
「謙太君、忘れたの?」
「誰?」
 確かに聞き覚えのある声だが思い出せないもどかしさを感じながら訊いた。
「本当に忘れたの?」
 その声はとても寂しそうに聞こえる。
「忘れてなんかいないよ、ただ……」
 忘れていないのに何も思い出せない。空っぽの記憶だけが残っている。中にごっそり入っていた大切な記憶がどこにも見当たらない。
「私を殺す気なのね」
 懐かしい声は語気を強めて言った。
「そんなつもりはないよ」
 空っぽの記憶を手繰り寄せながら言った。
「一番罪が重いわ。そんなつもりもなく殺してしまうのよ。だから自分の罪に気が付かないの」
 懐かしい声が遠のいていく。
「待ってくれ!」
 俺は必死に呼んだ。
「もういいの、忘れることは罪深いわ」
 最後の言葉だった。懐かしい声が闇の中に消え、もう一度あの声を思い出そうとしたが、静まりかえった闇の中に俺の声だけが響いている。
「おーい、おーい、おーい、待ってくれ!」
 声の限りに叫んだが闇に吸い込まれ聞こえなくなった

「ねぇ、起きて!」
 祐子の声で目覚めたがまだ頭がぼんやりして、妙な夢を見た気がする。
「マーブル君見てよ、どう思う?」
 祐子に言われて物体を見ると、相変わらずケージの中に入ったままだが、全身から派手な色が消えている。
「ね、凄いと思わない?」
 祐子はどうしてそう単純に喜べるのだろう、俺は気味が悪くて仕様がない。この物体はもう間違いなく人間になろうとしているし、それは俺たちが眠り込んだ隙に変化している。見られないようにきちんと計算が出来ているという証拠だ。この物体はどこまで人間になろうとしているのだろう。そしてどうしようというのだろう。昔アメリカの映画で、宇宙人が繭から人間になり誰かをコピーして、コピー元の人間を殺してしまうという話を思い出した。この物体が俺か祐子をコピーして同じように殺してしまうのではないだろうか。もしかしてもう既に祐子はコピーじゃないだろうか。嫌な想像が頭を持ち上げて来る。

 そっと祐子を盗み見たが、どこにも変なところは見当たらない。いつもと違うのは普段見ない夢を見たことだ。友だちの中には、殆ど毎日夢を見るという人もいるが、俺は殆ど見ることがない。あの夢は物体と関係があるような気がしてきた。

 

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