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第6章08 [宇宙人になっちまった]

 ドクターはそこまで話すと細かい分担は皆に任せた。下手に口を出すよりサードブレインに任せた方が的確でしかも短時間で決められるからだ。その能力はコンピューターレベルかもしれない。何気ない行動でも、無駄がなく安全で確実な道を瞬時に判断することができる。人の瞬間の表情を見ただけで嘘を見抜いたり、本音を暴いたりする。カミソリのようだと感じることがある。エフに言わせると、これはまだまだ序の口らしいが、これからどんな能力を獲得するのかはエフにはわからないらしい。
 ドクターはやや間を置いて話を続けた。
「もう一つ相談がある。この集まりのことだが、病院を使うのは目立ちすぎると思う。どうだろう、エフの円盤を使わせてもらえないだろうか。使いたいときに随時だ」
 ドクターはエフを見ながら訊いた。
「いいよ。いつでも。使いたいって伝えてくれればすぐに行く。天井のないところに居てくれればすぐにピックアップできるよ。五分もあれば全員集まれる。でも自動販売機はないからね」
 エフは嬉しそうに返事をした。サードブレインの仲間は状況の厳しさを理解しているから深刻なこととして受け止めているが、陽介と絵里子は少し華やいだ表情を見せた。絵里子は今まで以上に浜辺と会えることを期待し、陽介は絵里子の気を引こうと考えたのかもしれない。
 一週間が過ぎると、浜辺と敬一のところに色々な情報が集まってきた。綾音は地方での大規模コンサートに加え、ライブハウスでの小コンサート、握手会も精力的にこなしている。どの会場にも錠剤が常備され残ることはない。自然に錠剤に手を伸ばし服用しているのだろう。気になることは綾音が夜遅くに一人で官邸に行ったことだ。これはエフからの情報だが、官邸には総理と官房長官の二人だけで、綾音は遅くまで居たようだ。夜明け前に、来たときと同じように一人で帰ったと教えてくれた。
 浜辺が心配しているのは今週に入って自殺者が目立つことだ。ほとんどが十代と二十代の若者だ。男女比では男性が多い。ほとんどが綾音ファンだが、そのことについてはどのマスコミも触れず、若者の自殺者が異常に増えていることだけをクローズアップして、様々な論評を展開している。自殺者の増え方も急激で異常だが、もっと異常なのは自殺の理由と方法だ。どのケースも遺書がなく、自殺するような原因もなく思い当たる節もない。寸前まで家族と談笑していたのに、数分後にはコンクリートに叩きつけられているのだ。鼻の効く記者は、自殺者の大半は綾音のファンで、錠剤を手に入れていることを把握している。だけどそんなことはこれっぽっちも表に出てこないで、真面目な顔した評論家が難しい理屈を並べて、ウィルスとか、隣国から細菌がばらまかれたとか、若者が感染しやすいとか荒唐無稽な話で世間を騒がせている。テレビ局は番組が盛り上がり視聴率が上がりさえすれば問題を掘り下げたりしない。どの局も同じような報道で、示し合わせたようだ。

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