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第5章14 [宇宙人になっちまった]

「そうよ、いいわ。頭を敬一の方に出すといいわ」
 綾音は話しながら二人の様子を角度を変えて眺めている。自分の好きな美術品でも鑑賞しているようだ。夢実が差し出す頭の角度を微妙に変えた。
「いいわね、美しいわ。敬一の振り下ろすハンマーの角度もいいわね。完璧だわ」
 綾音は最後の仕上げに満足したようだ。敬一も夢実も心臓が今にも破裂しそうで息が吐き出せない。目を閉じることもできない。
「やるのよ!」
 綾音がそういうと、敬一の腕がぎごちなく動いて燭台を夢実の頭頂部に押し当てた。ハンマーを持った右手がゆっくり振り上げられ、重力に引かれるように夢実の上に落ちかけたとき、大きな物音と一緒に眩しい光が綾音を突き刺した。ハンマーは夢実の肩をかすめて床に落ち、敬一は手に持った燭台を床に投げ捨てた。窓に銀色に光るエフの円盤が見える。
「こっちだ!」
 エフが円盤の上から呼びかけた。三人を取り囲んでいた悪魔は跡形もなく消えてしまい、綾音が呆然とエフを見ている。三人はその隙に弾かれたように円盤に駆け寄り中に吸い込まれた。
「危なかった。夢実さんが知らせてくれなかったら僕は何もできなかったよ」
 エフが大きく息を吐いた。
「夢実が?」
 敬一が訊いた。
「そうよ、だってあのままじゃ私は燭台にされてたわ。敬一の手でね」
 夢実はそう言って敬一を睨んだ。
「ごめん、どうにもできなかった。綾音はキルケって呼ばれてたけど何者なんだ」
 敬一はエフに訊いてから唇を噛んだ
「キルケ? 聞いたことはある。僕らが量子の悪魔をいくら追い払ってもいつの間にか増えているのはキルケのせいだって言われた。でもそれ以上のことは何もわからないんだ」
 エフが話す間に円盤は桜ヶ丘公園に到着した。明日の夜に病院に集まることでドクターや仲間に連絡を入れた。これからのことはそれからだ。公園の隅の遊具で親子連れが遊んでいる。三人はその脇にある木立の裏に降りた。夕焼けが見える。親子の遊ぶ姿は何の不安もなく幸せそうに見える。悪魔とは無縁の世界だ。だが敬一が見たのは幸せの裏に潜む悪魔どもだ。ふらっと立ち寄り、頭を乗っ取ると最後は命を奪って喜んでいる。自分の命でも他人でも構わないようだ。どれほど良心的で道徳的に暮らしていたとしても一切関係ない。ある日突然脳内に悪魔が棲みついてしまう。ただ、敬一の感覚では乗っ取りやすい人とそうでない人の違いはあるような気がしている。どちらかというと従順で信じやすい人、素直で疑わない人、つまりは善人だ。そういう人が餌食になりやすいような気がしている。
「いないよね」
 夢実に訊いた。
「うん、あの親子は大丈夫よ」
 夕陽に照らされた夢実の笑顔が可愛く思えた。敬一にも悪魔は見えるし、前と比べるとかなり見えるようになってきているが、夢実の方が確実に見つけるから訊いた方が早いのだ。夕暮れ近くなると見つけにくいし、夜になるとよほど注意しないとわからない。悪魔が夜や暗いところを好むのは見つかるのが嫌なのだろう。悪魔にすれば、警戒されたり不審に思われると頭に侵入しにくいのだろう。公園の出口で夢実たちや陽介と別れた。家に帰ればハイキングは楽しかったかと質問されるだろう。適当な嘘を考えながら家までの道を歩いた。

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