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第5章11 [宇宙人になっちまった]

「そうかしら、残念ね。助けるのは私の方よ。利用されてるのはあなたの方よ。サードブレインがどうなるかわかっていないのね。特殊能力なんて言われて喜んでるかもしれないけど今のうちよ。あいつらはね、人間を利用して自分たちの都合のいいようにしてるだけなの。ペットなのよ。おいしい餌もらって尻尾振ってればいいわ」
 綾音は口を歪めるように笑いながら言った。
「そんなことはない! 悪魔は人を殺して楽しんでいる。俺はこの目で見たんだ」
 敬一は語気を強めていった。
「殺したって、餌で飼ったって同じことよ。人間だって同じことしてるわ」
 綾音は敬一を睨みながら言った。
「同じなんかじゃない。エフは絶対に殺さない」
「エフって言うのね、うまく騙されたものだわ。悪魔を退治しろとか言われたんでしょ」
 綾音は呆れたように言った。
「その通りだ。悪魔がいなくなればもっと平和になる。それのどこが悪い」
 敬一は何かを見透かされているような気がして慌てた。
「男はそれだから困るわ、単純なのよ。私の仲間にしてあげてもいいわよ」
 綾音の瞳が妖しく光った。
「仲間になんてならない! 私は嫌よ」
 夢実が敬一の前に出て、綾音を睨みながら言った。陽介もその後ろで睨んでいる。
「サードブレインだから優しくしてあげたけど無駄なようね。私が何者か教えてあげるわ」
 綾音はそう言いながらゆっくり祭壇に向かい、あの聞いたことのない砂漠の匂いのする言葉を唱え始めた。敬一は止めさせようとしたが言葉がどうしても出ない。空しく開閉する唇から僅かに空気が漏れる音がするだけだ。綾音の唱える言葉が室内に溢れ、竜巻のように自分たちを取り巻きながら回り始めた。妖しげな呪文の渦に囲まれた敬一たちは身動きできない。決して荒々しい呪文ではない。淡々とした繰り返しなのに、まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。何かが支配されてしまった。
 敬一は周りの様子を確かめようとしたが身体が動かない。かろうじて眼球だけが動いた。景色が変だ。ろうそくの炎が数本揺れていたがどこにも見当たらないし、窓にかけられた真紅のカーテンも見えない。ドアもない。友達を呼ぶにも声が出ない。自分の前に夢実がいるのは見えるが、その前にいるはずの綾音も祭壇も見えない。敬一は自分の場所を確かめようと藻掻いたが、気持ちが焦るばかりで何も見えない。得体の知れない場所に放り込まれたようだ。足もとを確かめるが地面を踏んでいるような確かさはない。妙にふわふわした感触が足底から伝わってくる。暗闇の向こうから飢えた何者かが棘のような視線を向けている。その視線が刺さると身体がブルリと揺れ、次第に震えが止まらなくなった。敬一は自分が悪魔に取り囲まれてしまったことを直感で理解した。陽介も夢実も同じように震えているのだろうか。ネックレスは役に立たず、逃げ出したいがどうにもならない。震えは大きくなる一方だ。悪魔が距離を詰めている。今まで感じたことのない恐怖が大きくなって襲いかかって来る。身体も顔も震えて揺れ動いているが正面の闇からは視線を外せない。懸命に正面を睨むことが最大の防御なのだ。これを外せば何が襲ってくるかわからない。サードブレインがそう警告している。

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