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第7章09 [宇宙人になっちまった]

「早く撃つのよ、何をしているの?」
 綾音は少し苛つくように言った。職員は恐ろしい形相で綾音を睨み付けているが引き金を引けない。目の前にいるのは悪魔のキルケだと理解していても、見た目は可愛い女子高生なのだ。
「撃たないのね、仕方がないわ。私の番よ」
 綾音はそう言うと静かに立ち上がり天井を見上げた。
「オルギアの始まりよ」
 そう言うと天井の照明が一斉に消え、ろうそくのほの暗い灯りに綾音が浮かび上がった。
浜辺たちは慌てて照明装置を綾音に向けたが暗いままだ。何度スイッチを入れ直しても点かない。
「だから言ったでしょう、眩しい光は嫌いだって」
 綾音は子どもに話すような言い方でからかいながら着ているガウンの紐に手を掛けた。紐をゆっくり引くとガウンの前が少し開き、首から胸元が露わになった。
「何をする気だ、やめろ!」
 敬一が叫んだ。和歌山で見た忌まわしい儀式が頭をよぎった。
「今日の主役はあなたよ、や・ま・た・に・け・い・い・ち」
 綾音は可愛い笑顔で、敬一を指さしながらゆっくり言った。
「いい加減にしろ!」
 敬一は綾音を睨み付けたが、まるで何も聞こえていないかのように振る舞っている。
「灯りが足らないわ。燭台も必要ね、誰がいいかしら」
 綾音は敬一の後ろを物色するように見ると、自動小銃を持った職員二人を指さした。
「私の燭台にしてあげるわ、ここに来てちょうだい」
 綾音は微笑みながら手招きした。二人は互いに顔を見合わせると、自動小銃を構え直し、綾音に狙いを定めた。
「私に逆らうのね、それなら私の好きにさせてもらうわ」
 綾音の顔から微笑みが消え、ガウンをゆっくり脱いだ。ろうそくの光が綾音の肌の上を這うように揺れている。浜辺も敬一も言葉を発することもできず息を呑んだ。揺れているのは光だけではなかった。身体の輪郭が揺らめき始め、その境目が曖昧になってきた。
「来るわよ!」
 夢実が叫ぶと、揺れ動いていた影が光を無視するように動き始めた。影のように見えていたが、まるで生き物のように影の先端が伸びてくる。銃を持った二人を挑発しているようだ
「逃げて!」
 夢実が言ったときは、もうすでに二人は触手のようになった先端に捕まっていた。銃を発射しようと藻掻き、数発の発射音が響いたが、銃口は天井を向いていた。顔は苦痛に歪み、うめき声を出しながら膝を折った。自動小銃は銃身を曲げられ床に落ち、二人は絡みつかれた黒い影に引きずられて綾音の足もとに転がっている。敬一が呼んでも返事がなく身体も動かない。
「私が誰か知ってるでしょう、キルケよ、ままごとは終わりね。楽しみにしていたのに残念だわ。飛んで火に入る夏の虫ってね、あなたたちのことなの。虫ケラよ。誰もここから生きて出さないわ」
 表情が豹変した。もう綾音の面影は見られない。悪魔キルケが正体を見せてきた。

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