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第7章10 [宇宙人になっちまった]

「ふざけるな!」
 敬一が叫ぶと、ろうそくの明かりに照らされたキルケの身体が揺れ、幾つもの黒い影が敬一たちに向かって触手を伸ばしてくる。思わず足を後ろに引いたが、それよりも早く敬一の足を捕まえた。
「こっちへ来るのよ、楽しいことしてあげるわ」
 キルケは薄笑いを浮かべた。敬一は足を踏ん張ったがもう片方の足も掴まれ簡単に倒されてしまった。どうすることもできず、そのままキルケの足もとまで引きずられた。
「はなせ!」
「私の下僕になる?」
 キルケは敬一を見下ろし、ヒールを履いた右足をお腹の上に乗せた。黒い触手が敬一の首に巻き付くように動いている。敬一の首はいつへし折られてもおかしくない。
「もう最後ね。下僕にしてくださいって、両手を摺り合わせて頼んだら考えてあげるわ」
 キルケは右足に力を入れ、敬一のお腹から血が滲んだ。触手は敬一の首を締め上げ、敬一は両手を喉元に当て顔を歪めている。声を出すことも身動きもできない。このままでは殺されてしまう。浜辺たちは、敬一が殺されかけているのを目の前で見ながら、触手に捕まり動くことができない。
「信じて!」
 夢実の声が響いた。夢実の必死の叫びは敬一の耳に届いたのかわからない。敬一の顔が赤黒く変わった。最後の力を振り絞っている。
「信じる? 笑わせるわね、ほら、敬一の命はもう終わりよ」
「信じて!」
 夢実は懸命に叫んだが、敬一は仲間の前で痙攣し、のけ反ったまま動きを止めた。
「何を信じたのかしら、私を信じれば助かったのにいい気味だわ、バカね」
 キルケは敬一を見下ろしながら、仰け反った身体を足で蹴った。
「やめて!」
 夢実が叫んだ時、入り口から強い光が差し込んだ。
「僕の友達に酷いことをしたね。でもね、君みたいに弱虫じゃないよ」
 強力ライトを持った職員の前にエフが立っている。
「待ってたわよ。でも手遅れ、お前の下僕はもう死んだわ。簡単すぎてちっとも面白くなかったわね」
 キルケはそう言って敬一の顔に足を乗せた。
「君はかわいそうだね。僕の友達になれない」
 エフは静かに話すと、キルケに向かって歩き出した。黒い触手を伸ばすがエフの身体にとどかない。
「君は僕を捕まえられないよ。やっと君の正体がわかったからね」
 エフがそう言いながらキルケに近づいていくと、夢実たちを捕まえていた黒い触手が見えなくなった。
「ほらね、思った通りだったよ」
 エフが嬉しそうに言うと、キルケは唇を噛みながら後ろに下がった。


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