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第7章11 [宇宙人になっちまった]

「円盤でね、何度もシミュレーションしたんだ。間に合ったよ。君は嘘の天才だね、このまま騙されるところだったよ」
 エフはキルケの前で話し、夢実は敬一に走り寄った。
「敬一! 敬一!」
 夢実は敬一を抱き起こすと何度も名前を呼んだ。
「敬一は大丈夫だと思うよ」
 エフは敬一を見ると微笑みながら言った。たくさんの仲間が周りに集まり、敬一を見つめている。
「生きてる!」
 夢実の声だ。敬一の目頭が小さく動き、指先が少し動いた。夢実が名前を呼ぶと、目を開いて小さく頷いた。敬一は仲間の顔を見廻すと、夢実に助けられながら身体を起こした。
「僕も……わかったよ。死にかけたけどね」
 敬一はキルケを睨みながら言った。
「死に損ないの虫けらに何がわかるって言うのよ」
 キルケは後ろに下がりながら言った。声が少し震えている。
「お前はキルケじゃない、偽物だろ。さっさと消えろ!」 
 敬一は夢実の肩を借りて立ち上がると、キルケを指さして言った。みるみるキルケの顔が崩れ、傲慢で自信に満ちた顔は見る影もなくなった。職員がライトを正面から当てると後頭部から黒い塊がユラユラと立ち上り、そのまま気を失って倒れた。
「綾音はダミーで操り人形だったね、本当のキルケはここのどこかに隠れているよ」
 エフが部屋の奥の方を見ながら言った。
「隠れてないで出てこい、弱虫キルケ!」
 敬一の声が部屋の奥まで響き、強力なライトが部屋の隅々まで舐めるように照らした。隅の方に数人の男が固まるように立っている。ほとんどが老人だ。名前はわからないが、テレビで見慣れた顔もいる。おそらくどの顔も日本の中枢を牛耳る奴らに違いない。
「みんなキルケの下僕だけど、このなかにキルケが紛れている。綾音はキルケの代役ってことさ。上手く使われたよ。本物のキルケは死にかけの年寄りさ」
 エフは歩きながら一人一人をゆっくり見た。芝浦智也が膝を震わせて立ち、その後ろに鎌田重蔵がいる。エフは鎌田を見上げると、小さな足で鎌田の膝を蹴った。
「見つけた!」
 エフが鎌田の顔を指さすと、身体の輪郭が揺れ始めた。黒い触手を伸ばすつもりだろうか。だがそれ以上何も起きない。
「諦めた方がいいよ。なんの力のない癖に、あるように見せかけるだけだね。もう幻覚に騙されたりしない。悪魔の正体は幻覚ってことだね、見抜かれたらおしまいなんだ。しぼんでしまうだけさ。手品と同じだね、タネがバレたら色褪せるよ」
 エフは得意気に言った。
「悪魔を舐めると後悔するぞ」
 キルケは両手を広げて口を大きく開けて見せた。身体の輪郭が小さく揺れているが、それ以上何も起こらない。
「ハッハッハッ、面白いよ!」
 エフはお腹を抱えて笑っている。キルケはそれ以上に両手を大きく広げ、顎が外れそうなほど大きく口を開けて唸り声を出し始めた。キルケは恐ろしい怪物でも見せているつもりなのだろう。一度醒めた夢は二度と見ない。キルケが量子悪魔をどれほど集めても、敬一やエフの頭を乗っ取ることはできない。悪魔の本当の姿は滑稽で弱虫で残忍なのだ。
「もう飽きたからいいよ」
 エフが言うと、キルケは両手を降ろすと肩で大きく息をした。
「どうしてだ! 誰も怯えて逃げ出すのに、何をした!」
 鎌田重蔵は息を切らしながら訊いた。
「何もしないよ、サードブレインがちょっとだけ頭が良かっただけだよ。いつまでも幻覚に騙されたりしない」
 エフは静かに言った。

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