SSブログ

第6章21 [宇宙人になっちまった]

「僕たちが入った通路は防火扉で防げるはずだ。他に入り口はありますか?」
 浜辺がスタッフに訊いた。
「数カ所あるけど、全部鍵がかかって簡単には入れないはずだ。念の為確認しておこう」
 そう言うと、若いスタッフを確認に走らせた。悪魔に鍵は開けられないはずだが、もし悪魔に乗っ取られた人が職員だったらいつものようにカードキーを使えば簡単に開いてしまう。
「中に入っているわ!」
 夢実が叫んだ。下を見下ろすと、人の列が渋滞することなく建物の中に吸い込まれている。
「マズイ! 防火扉の開いているところがある。急いで職員を屋上に上げよう」
 スタッフの一人がそう言いながら走り出し、その後を二人が追いかけるように走り出した。
「ダンプが突っ込んでくる!」
 夢実が叫ぶと、しばらくして鈍い衝突音がした。下を覗き込むと車体半分ほどが入り口近くに刺さって止まっている。白い煙はラジエーターからだ。エンジン部分から火が出て黒煙を吹き出した。
 綾音がこの放送センターを襲うように指示しているのだろうか。知的能力を奪われてもキルケの指示には忠実に動くようだ。乗っ取られた人の能力に量子悪魔の個性が絡み合って、悪魔に乗っ取られた人も千差万別で、恐ろしいほど殺人能力の高い人から、それほどでもない人もいる。共通しているのは強い殺意だ。そんな人の集団がどれほどこの放送センターに向かっているのだろう。全員がこの屋上を目指してくれば、ここはあっという間に殺人鬼で溢れてしまう。
 浜辺がスタッフの一人に何かを指示している。スタッフが無線で何かを話すと、上空を照らしていたサーチライトが屋上に向けられた。どうやら屋上への出口を照らすようだ。
屋上に上がってくる悪魔に光を照射して活動力を低下させるのだろう。
 出口から叫び声や足音が響いてきた。スタッフに誘導されて職員が次々に出口から現れ、眩しそうに目を覆っている。最後の人が階段下を覗き込み、誰もいないことを確かめると重そうなドアを閉じた。屋上側から鍵はかけられない。ドアの前にバリケード作ろうにも、役に立ちそうなものは何もない。若い職員は屋上を探し回り、垂木を何本か見つけ、半分ほどに折って手に持ちドアの前に立った。奴らが屋上に来れば凄惨な殺し合いになる。死を怖れない殺人鬼が下から無限にやってくるのだ。
「みんな、こっちだよ。早く!」
 エフが円盤の上から呼ぶと、声に気づいた敬一が女の人を先に円盤に誘導した。サードブレインならすぐにピックアップできるが、初めての人は円盤の上を歩いて中に入る。敬一たちが最初に乗ったときと同じだ。十数人乗せると屋上ドアの辺りが騒がしくなった。殺人鬼がここまで来たのだ。ドアの内と外で押し合いになっている。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章22 [宇宙人になっちまった]

「すぐ戻るから待ってて!」
 エフはそう言って円盤の中に消え、円盤もあっという間に見えなくなった。押し合いは激しくなり、ドアに隙間が少しできるとそこから手が伸びてくる。ドアを押し返すと手が挟まれて腕から血が滴っている。それでも手を引こうとしない。それどころかその隙間に更に別の手が入ってくる。手や足がたくさん挟まれ、頭まで隙間に入れてくる。ドアの下にはたくさんの血が溜まりだした。奴らにとって痛みは何の意味も持たないようだ。若い筋肉質な男が頭から血を流しながら上半身をドアから出すと、それをきっかけに大きくドアが開き、数人がドアから転がり出てきた。だれも手や足から血を流している。足をひきずるように立ち上がった男が目の色を変えて職員に襲いかかろうとしたが、サーチライトに照らされ急に動きを止めた。その前に垂木を振りかぶった職員が立っている。肩を大きく上下に動かしながら睨んでいる。一緒に転がり出た男たちも同じで、身体のあちらこちらから血を流しながら動きが緩慢になった。強力なサーチライトが効いたようだ。しかし、サーチライトの届かないドアの内側では殺気立った人が後から後から階段を上がってきてドアを死に物狂いで押してくる。一度は押し返してもすぐに押し返され数人が転がり出てくる。サーチライトの照射範囲はそれほど広くない。、せいぜい直径十メートル程度だ。その外に出ればどうなるかわからない。垂木を持った若い男たちが、光から出た殺人鬼が動き出す前に殴っている。
「こっちだよ、早く乗って!」
 エフの声だ。敬一は年齢の高そうな人から円盤に誘導した。十数人が限界のようだ。あっという間に円盤が姿を消し、残った人もドアを押すのが限界になってきた。若い職員数人と報道局の伊東さんとユニコ会だけが残っている。サーチライトを浴びて立ち尽くす殺人鬼を押し倒すように後ろから次々に出てくる。もう時間の問題だ。光の輪から押し出された殺人鬼が再び動き出せばどうしようもない。挟み撃ちだ。ユニコ会はスーツを着ているから攻撃を避けることはできるが、伊東さんや若い職員はひとたまりもないだろう。
 ドアが完全に開いて閉めることは不可能になった。屋上に飛び出しても、いったんは光を浴びて大人しくなる。だけど光から出ると再び殺人鬼になってしまう。その動き始める前に倒さないとこちらがやられてしまう。垂木を持った職員が返り血を浴び、鬼のような形相で動き回っている。敬一も垂木を持って殴ろうと思ったが、どうにも身体が言うことをきいてくれない。スーツのせいだ。スーツが攻撃的な動きを勝手に拒否してしまう。たとえ強引に頭を狙って振り下ろせても垂木は必ず空振りになってしまう。自分を守ることはできるが、人のためには何の役にも立たない。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章23 [宇宙人になっちまった]

一人の職員が頑強そうな殺人鬼を垂木で殴ったが、簡単に防御され垂木を奪われてしまった。殺人鬼はにやりと笑うと、立ち尽くす職員の頭に真上から垂木を振り下ろした。頭頂部から大量の血を吹き出しながら倒れ込んだ職員を踏みつけながらその男がこっちへ向かってくる。他の職員を助けようと思えば自分に注意を惹き付けるしか方法はないだろう。敬一が大きな声を出して男を睨みつけると、男の視線が敬一に止まり一直線に向かってくる。敬一は皆から離れるように逃げ出した。ヘリポートを見ると円盤が到着し、浜辺が皆を誘導して乗せている。敬一を追っているのは数人で、円盤を見つけた殺人鬼が群がり寄っている。サードブレインが盾になって職員を乗せようとするが防ぎきれない。浜辺が押し倒され、首を絞められている。スーツの力で跳ね返すことができないほど囲まれ、押さえ込まれている。敬一が攻撃をかわしながら浜辺を助けようとしたとき、奴らの動きが止まった。円盤の中からエフが姿を現し、浜辺は辺りを見回しながらゆっくり身体を起こした。
「電磁波を出してるからしばらく効いていると思う」
 エフはそう言って皆に手招きした。フラフラと歩きながら職員やユニコ会のメンバーが円盤に集まってくるが無傷な人はほとんどいない。幸い武器を持った奴はいなかったので、殴る蹴るの暴行をされた人がほとんどだ。垂木を奪われ頭部を打たれた若い職員が一人犠牲になった。
 お互い助け合いながら円盤に乗り、屋上から離陸した。いつもならあっと言う間に地上は見えなくなるが、今回は少し浮上した後、屋上を旋回するように動いた。電磁波を受けて大人しくなった人で溢れているのに、ドアからは血相を変えた人が次々に出てくる。普通の人がいないことを確認すると、あっという間に上昇した。
「着いたよ」
 いつも通り早い到着だが、どこに来たのだろう。今の状況では安全な場所はない。どこに行こうとキルケに狙われる。放送では、キルケに出て行けと勇ましいことを言ったが、現実は自分たちが居場所を追われ出て行くことになった。だけど、放送を見た人たちは、宇宙から来たエフという子どものような宇宙人が日本を救ってくれると期待して待っている。
「降りるよ」
 エフはそれだけ言うと、高度をゆっくり下げている。サードブレインだけの場合は瞬時に地上に降ろしてくれるが、今回は職員がいるからなのか、円盤を地上に着陸させた。
「見覚えあるよね」
 そう言われ、外を見て驚いた。キルケの拠点だ。あの忌まわしい儀式の現場だ。
「今は誰もいないよ。みんな出て行った。君たちの先輩のサードブレインはね、キルケと一緒に東京にいる。工場も使わないと思う。ここが日本で一番安全だね。誰も来ないよ」
 エフはそう言うとみんなに円盤から出るように促した。長い一日の日付がもうすぐ変わろうとしている。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章24 [宇宙人になっちまった]

「ここなら食べ物があるはずだよ。僕はいらないけどね、人間ってホントに不便だね。一日に何度も食べなきゃいけないしね。もっと簡単にすればいいのに、わざわざ時間かけて食べるなんて意味がわからないよ」
 エフはそれだけ言うと別の部屋に行った。降り方は簡単で、壁に向かって歩けば手品のように通り抜けられる。一瞬で円盤の外に立っている。あとは自分で歩くだけだ。様子を知っている敬一たちのグループが食料と医薬品のありそうな場所を調べて回った。二階は気になるが、今はその余裕がない。ほかの人には二階に行かないように注意した。食料と医薬品は地下室から見つかり、傷の手当てと食事の用意を分担した。誰もほとんど口を開かず淡々とやるべきことをこなしている。
 ようやく傷の手当てや食事の準備ができた。これだけの人数がいるのに誰もほとんど口を利かず静かな食事が進み、食事を終えた人は膝を抱えて眠そうにしている。安全な場所を得て、疲れがどっと出てきたのだろう。今夜安全に休める場所が今はありがたいが、明日のことは誰にもわからない。
「眠る前にこれからのことを相談しておこう。今の状態はどこにも活路が見い出せない、八方ふさがりだ。僕の頭では何も思いつかない。サードブレインの君たちがどう感じているか教えてもらいたいんだ。」
 ドクターが眠い目を擦りながら言った。
「状況はドクターの話されたとおりだと思います。僕のサードブレインは信じろと言ってますが、でも具体的には何もないようです」
 浜辺が申し訳なさそうに言った。
「あの、僕のサードブレインも信じろと言ってます。でも何を信じるのかよくわからないんです」 
 敬一だ。困ったような表情をしている。
「私もよ、信じろって」
 夢実が言うと、今まで黙っていた人も、同じだと声を出した。
「君たちは時々、サードブレインがどう思っているとか言うけど、それは君たちの中にサードブレインという別人格がいるってことなのかい」
 ドクターが不思議そうに訊くと、ユニコ会のメンバー同士で顔を見合わせた。少し意外な質問だったようだ。
「いえ、別人格とかそんな感じじゃなくて、サードブレインは優秀なアンテナとでも言えばいいのかなぁ」
 浜辺がもどかしそうに言った。頭では明瞭に理解できているのに、正確に表現できる語彙が見当たらないのだ。
「天才のアンテナよ! サードブレインはね、宇宙の中心と繋がっているの。ピカソもモーツァルトもみんなそうなのよ。アインシュタインだってきっとそうだわ。小さなサードブレイン持ってたのよ」
 夢実が目を輝かせていった。まるで何か大発見をしたようだ。
「天才のアンテナ?」
 ドクターは困ったように訊いた。
「そうよ、私たちのはもっと凄いの、大天才のアンテナね!」 
 夢実は得意げだ。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章25 [宇宙人になっちまった]

「その、大天才のアンテナが信じろって言うのか?」
 ドクターは苛立っている。理屈を正確に積み上げて結論を導き出すドクターの思考方法では理解できず、拒絶感だけが虚しく残る。
「そうよ、信じるの。サードブレインを信じるのよ」
 夢実はドクターを納得させられない。
「それに、宇宙の中心と繋がるってどういうこと、浜辺君と敬一君はわかるの?」
 ドクターは夢実を諦めて二人に訊いた。
「先生は直感って信じますか?」
 浜辺が言った。
「直感ね、僕はあまり信用しないね。だってその根拠を人に説明できないからね」
 ドクターはクールに答えた。
「サードブレインは優れた直感マシンなんです。通常の感性では捉えることのできない情報をサードブレインは捉えているんです。例えば宇宙線だったり素粒子の動きだったり、精密な機器でも捉えきれない量子レベルの出来事も感知して分析もしているんです。過去のデータも記憶していて、それらの膨大な情報を全て統合して結論を導き出しているんです。その過程はスパコン以上に緻密で超論理的なのです。通常の脳細胞のネットワークでは理解できないので、結論だけ知らされるんです。それが直感なんです。宇宙の中心と繋がるというのは、夢実さんのいい例えだと思います。僕も似たような感覚なんです。エネルギーの根源みたいなことです。人類が最初に感じた神様かも知れません。いつの時代の人間もこの神様と繋がることを求めたと思います。だからその方法を探して色んな神様が生まれたんでしょう。人間は本能的にエネルギーの根源を知っているんです。そこが人間の生まれた場所だからです。サードブレインはその根源と繋がる優れた端末装置なんです。電磁波を出すのはおまけのような機能で、本当の力はもっと凄いと思います。でも僕にもそれがよくわからないんです。サードブレインが信じろと言うのはそのことじゃないかと感じるだけで、具体的には何もわからないんです」
 浜辺は話し終えると、少し申し訳なさそうにした。明確に説明できなかったからだろう。
「僕の専門は脳外科で、サードブレインと名付けたのも僕だし、君たちの脳は僕が一番よく知っているつもりだ。だけど今の話を聞くとね、医者は端末装置の構造の一部を細かく調べているだけで、大事なことは何もわかっていないかも知れないね。君たちがサードブレインを信じるというなら、僕は君たちを信じることにするよ。そしてサードブレインの直感を信じてみようと思ったよ。僕も宇宙の根源に触れてみたいね」
 ドクターはそう言って最後に微笑むと、
「話が長くなったね、今日は皆も相当疲れてるだろう。もう休もうか、いいよね、これからのことは明日相談しよう」
 と言って身体を横にした。この施設にはかなりの人数が長期間過ごせる用意がしてある。キルケはまだこの施設を使うつもりなのだろうか。そうだとしても朝までは大丈夫だろう。円盤からは、この施設に近づく車などの動きは見なかった。

nice!(1)  コメント(2) 

第6章26 [宇宙人になっちまった]

 無事に一夜が明けた。敬一は疲れているのになかなか寝付けなかった。東京に残してきた家族や友達が心配でたまらなかったからだ。誰も同じような一夜を過ごしたのだろう、疲れた顔をしている。フラフラと夢遊病者のように身支度をしているが、心は今にも折れそうになっているに違いない。昨日のあの惨状を目にするとなんの希望も見いだせない。もう二度と家族に会えないような気がして不安で心が壊れてしまいそうだ。
「おはよう、だったよね」
 エフが円盤から降りてやってきた。いつも通りで疲れた様子もない。敬一の顔を見ると、いつもと違うと言った。眠れなかったことや、身体がだるいことを言うと、目をぱちくりさせて、人間は面倒だねと微笑んでどこかへ行った。
 怪我をしてまだ休んでいる人もいるが、動ける人は食事の用意などを始めた。
ただ黙々と準備をしているが、頭の中ではまだ悪魔に追いかけられているのだろう。少しの物音に驚いて、後ろのドアを振り返ったりしている。振り返ったときの顔は、屋上で見た顔と同じだ。突然ドアが蹴破られ悪魔が飛び込んで来たと思ったのかも知れない。
 怪我をしている人は部屋の隅で休み、中央に食事が出された。紙皿にご飯が盛られ、保存食だが煮野菜や肉が添えられている。紙コップに入った味噌汁もある。豪華ではないが、皿やコップからは湯気が立ち、温かいものを口にすることができる。昨日の惨状を思えば天国のようだが、黙々と口に運ぶだけでほとんど会話もない。ユニコ会のメンバーですら酷く落ち込んでいるようだ。サードブレインを信じようとしても、それ以上に不安が勝ってしまうからだ。サードブレインを持たない職員の人は尚更のことだろう。重い空気が部屋に充満して息苦しく感じる。
 ドクターが立ち上がり唐突に歌い始めた。
「明日があるさ、明日がある。若い僕には夢がある いつかきっと いつかきっとわかってくれるだろう……」
  一番を歌い終わるとまた一番に戻って繰り返し歌った。俯きながら何人かが小さな声で歌っている。歌わなくてもリズムに合わせて足先を動かしたり身体を揺らし始めた人もいる。一緒に歌う人が増え、笑いながら歌っている人も出てきた。人の笑顔を見ると自分も嬉しくなってくる。
 いつの間にか室内に歌声が大きく響き始めた。敬一は放送局の職員が昔からの仲間のように思えてきた。あの惨劇をくぐり抜けてきた仲間なのだ。いつの間にかドクターは床に座り、静かに歌声を聞いている。ドクターの代わりに若い放送局職員が大声で歌っているが、よく見ると目から涙をぽろぽろ流している。その涙を見て何人かの職員が目を潤ませている。
若い職員は、何回目かの一番を歌い終わると、「負けねえぞ!」と大声で叫んで座った。何人かが同じように、「負けねえぞー」と叫んだ。部屋に漂っていた重苦しい空気は消え、明るいものが見え始めた。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章27 [宇宙人になっちまった]

 頃合いを見計らうようにドクターが話し始めた。
「みんな、おはよう。身体の具合の悪い人は遠慮なく言ってください」
 そう言ってゆっくり全員の顔を見た。怪我をした人は部屋の壁に寄りかかりながら話を聞いている。
「じゃぁ、始めよう。これからのことだが、話し合う前に少し情報が欲しいんだが、誰でもいいから知ってることを話してくれ」
 ドクターがそう言うと、大きな声で歌っていた職員が手を挙げて話し始めた。
「報道局の塩原です。ネットはまだ機能していますし、ライフラインもなんとか維持できているようです。悪魔は街に溢れているようですが、しっかりガードされた施設では障害は出ていません。大きく障害を受けているのは交通機関ですね。全部止まっていると思います。それから官邸からの放送の衝撃は想像以上です。日本国が消滅したんですから。誰も疑心暗鬼です。頼るべき隣人が最も危険な存在になったんです。お互いにそう思っているから、家の中でビクビクしながら隠れているしか身を守る方法がないんです。ネットには家の中から隠し撮りした映像とか、自分の殺人行為を自慢げに撮影してアップしている人もいます。悪魔に乗っ取られた老人を選んで殺している人もいます。悪魔よりも悪魔な人間が街中で殺人を楽しみ始めています。ライブカメラを見るとどこも似たような状況で、狂ったように人が走りまわっています」 
 塩原という職員が携帯を操作しながら話してくれた。話し終わるとすぐに山下という男子が手を挙げて話し始めた。
「僕はエフの放送を調べてみました。生放送で円盤の着陸を見た人は、救世主が現れたと拡散しています。着陸の場面とエフの顔の画像が一番ヒットしています。高いところからエフの名を呼べば円盤が助けに来てくれると話題になっています。実際に屋上からエフを呼んでいる人が相当いるようです。エフの顔を拡大プリントして屋根に貼ったり窓に貼ったりしている人もいるようです。サードブレインのことも騒がれていて、やはり救世主のように思われています。それから自称サードブレインも相当数ネット上に出ています。ヒーロー気取りで外に出て餌食になった人もいるようですね」
 山下はまだ話し足りないようだが、すぐにドクターが立って話し始めた。
「ありがとう、相当酷いことになっているね。自衛隊と警察組織が事前に処方されていたのは痛いね。治安を守れる組織がないから本当にキルケの望み通りの世界になってしまったようだ。早く手を打たないと、悪魔から隠れている人もそう長くは持たないだろう。食料だって底をついてしまう。生きるために外に出なくちゃならないからね。外は弱肉強食だから、体力のある内に行動しないと手遅れになると誰も考えるだろう。そうなると今まで真面目に暮らしていた人も武器を持ち歩くことになる。この人たちを殺人鬼にしたらもう日本は救いようがなくなる。まだ他に情報はないかい」
 ドクターが訊いた。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章28 [宇宙人になっちまった]

「ネット上で、処方されなかった一部の人たちが組織化しようと動き始めているようですが、現状を知らせ合う程度しかできないようです。外に出るときは、殺意がないことを示すアイテムとして、腕に白い布を巻ことを拡散中ですね。ただこれも不安は残ります。ダミーで白い布を巻いて安心させておいて食料を奪う奴が現れるかもしれません。どうしたって疑心暗鬼になってしまいます」
 女性職員が不安そうに話した。
「相当厳しい状況のようだ。生き残れるのは、疑い深くてずる賢くて、暴力に長けた奴だ。人を信じて正直に生きてきた人は真っ先にいなくなってしまう。僕たちが諦めたら間違いなくそうなってしまうだろう。だけどそうはさせない。絶対だ。キルケは五百万の悪魔を操ってる。僕たちはたった五十人だ。どう考えても勝ち目はない。だけど知恵を絞ろう」
 ドクターは皆に意見を求めた。
「おはよう、いい天気だけど悪魔ばかりだね」
 朝から姿の見えなかったエフが、どこからか急に現れた。
「どこへ行ってたの?」
 夢実が訊いた。
「あちこち行ってたよ。今までは見つからないようにしてたけどね、今は特別だからね、みんなからよく見えるように飛んだら屋上とかベランダから手を振ってくれた。僕は有名人だからね。でもね、そんなところは少しだった。血を流した人がたくさんいて。悪魔が多すぎるよ」
 エフは困ったような顔を見せた。
「息を潜めて隠れている人の希望はエフとサードブレインなんだよ。手を振ってくれた人はエフが必ず助けに来てくれると信じていると思う。僕だってエフとサードブレインが希望の星なんだ」
 ドクターはそう言ってエフを見た。エフはいつものように微笑みながら、少し間を置いて話し始めた。
「一つね、いいこと発見したよ。昼間は弱くなってる。光子が当たると量子ネットワークが混乱するみたい。昨日の夜もサーチライトが当たると動きが止まったよね。だから、昼間ならキルケに近づけるかもしれないね」
「それが本当ならチャンスはある。確かめてみよう」
 ドクターの言葉で、ユニコ会で実際に確認することになった。近くの繁華街に行き、実際に地上に降りて確かめるのだ。ユニコ会ならスーツを着ているので少々のことなら大丈夫だ。駅前上空で様子を見ると、悪魔と思われる人でいっぱいだが、昨日の夜のような機敏な様子は見られない。のんびりと歩く人がほとんどだが、その傍らには無残な死骸が転がっている。あの中に普通の人もいるかも知れないが、昨日の夜の感じだと悪魔は普通の人間を嗅ぎ分ける感性を持っていた。そうだとしたら襲われそうだがそんな様子はない。悪魔の感性が鈍っているのか、普通の人がいないかだ。とにかく下に降りてみないと何もわからない。浜辺と敬一のグループが、人通りの少なく目立たないところに降りた。周囲を確認したが、敬一たちに気づいていないように見える。しばらく観察したが、目的を持って歩いているような人は見当たらない。さりげなく接近して瞳を覗き込むと、背中が凍り付いた。瞳の奥から冷たく睨んでいる奴がいるのだ。しかし動きは緩慢で、まるで気づいていないかのように歩いて行った。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章29 [宇宙人になっちまった]

 近くにスーパーがあり、入り口付近に店員の制服を着た人が倒れている。お腹の辺りに出血した跡がある。辺りは段ボールが散乱し、商品の野菜や果物が路上に転がっている。
 敬一たちが店内に入ると、奥の方から物音がした。警戒しながら奥に進むと、商品棚の隙間からこちらを見ている人がいる。敬一と視線が合うと、ゆっくり棚から顔を出してこちらを見つめている。
「サードブレイン?」
 小さな声で訊いたのは高校生くらいの女の子だ。
「そうだよ、テレビ見たの?」
 敬一が問いかけると、黙って大きく頷いた。話を聞くと、夜が明けるまでスーパーの事務所に隠れていたようだ。一晩中誰かが入ってきては大きな物音や叫び声がしていたという。ネット上で、明るくなると悪魔が静かになるという話を聞いて、用心しながら様子を見に出てきたと言った。家族とは連絡が取れなくなったようだ。自宅を聞くとこの近くだというので、皆で一緒に家まで送ることにした。
 少し歩くだけで人が倒れているのを見つける。誰も生きている気配はない。閑静な住宅街だが、どの家も窓が割れていたり、ドアが開けっぱなしだったり、何かしらの異変を見つけることができる。女の子の大きな家も一階の部屋の窓が割れて嫌な感じがする。敬一がチャイムを鳴らしたが、応答がないのでドアを引くと鍵はかかっていなかった。女の子が敬一の後ろから親を呼ぶと奥の方から物音がする。カーテンは閉められたままで薄暗い。部屋のドアが開く大きな音と同時に足音が響き、誰かが玄関に走ってくる。敬一が身構えると、中年の女がボサボサの髪でいきなり敬一に襲いかかった。その後ろから父親らしき男も同じように飛びかかってきたが、敬一に押し返され廊下に転がった。表情は引きつり常人の顔ではない。女の子は両手で顔を覆って玄関から飛び出し、敬一も後を追って出た。両親も襲いかかるように飛び出してきたが、直射日光を浴びた二人は急激に大人しくなった。そのまま何事も無かったかのように、しゃがみ込んで泣いている娘の傍を歩いて出て行った。女の子は名前を藤崎奈々と言い、敬一と同じ年齢だった。両親の恐ろしい姿を目の当たりにして相当のショックを受けている。このまま家に帰すこともできず、絵里子や夢実が抱きかかえるようにして行動を共にすることにした。
 駅前を中心にしばらく歩いていると、窓から声をかけられることが何度かあった。昼間なら外を歩いても大丈夫なことを伝えると、腕に白い布を巻いて出てくる人もいた。ネットで情報を知って、食料を調達に歩いている人にも出会った。この地域ではお互いが顔見知りなのだろう、鈍くなった悪魔を襲うような場面は見られない。だけど暗くなると殺人鬼に豹変して、間違いなく自分たちが襲われてしまうのだ。いつまでこの状態が続くのだろうか。夜に犠牲者が出れば、その家族は夜明けを待って報復するかもしれない。そうなればキルケの望む弱肉強食世界になってしまう。それに悪魔がいつも昼に弱いとは限らないから気を抜くことはできない。悪魔のことはまだまだ知らないことも多く未知数なのだ。決して油断はできない。
 駅前周辺をしばらく歩いただけだが、今のところ悪魔は太陽光を浴びると活力が低下するようだ。まるでドラキュラみたいだ。サーチライトでも効果があったから、強力な光源は武器として使えそうだ。敬一たちだけでなく、隠れている人たちも悪魔の弱点を発見してネット上に拡散している。
 地上の様子を円盤に伝えると、エフも予想はしていたようで、その場所でピックアップされるとあっという間に皆の待つ拠点に戻った。

nice!(1)  コメント(0) 

第6章30 [宇宙人になっちまった]

 待っていた放送局の職員もネットで各地の様子を把握したり、地方局員と連絡を取り合って放送再開を計画するなど、反撃の準備をしていた。
「待たせたね。街の様子はエフの言ったように、悪魔は光に弱かった。だけど油断はできないと思う。サードブレインが進化すれば悪魔だって進化するかもしれないからね。今のうちに動いた方が有利だと思うがどうだろう」
 ドクターが皆の様子を見ながら言った。
「僕もそう思うよ。悪魔は量子ネットワークの生命体だからね、すぐに変化することができるよ。だから恐ろしいんだ」
 エフが珍しく緊張した様子で言った。
「私たちも一刻も早く行動を起こすべきだと思います。放送再開はいつでも可能です」
 職員の伊東さんが言った。ネットで情報を掴んで判断できる人はいいが、そうではない人が大半で、その人たちは突然近所の人が何人も殺人鬼になって徘徊し始めたのを見ても理解できない。状況がわからないまま怯えて隠れているしかない。頼りになるのはテレビなのだ。
「皆の意見は、明るく有利なうちに行動を起こすことで一致したが、具体的にどうするかだ。肝心なことがまだ見えていない」
 ドクターは皆に問いかけた。
「私は放送再開を優先すべきかと考えます。怯えて隠れている人を安心させることと、味方を増やすことが大事だと思います」
 伊東さんが力強く話した。放送局職員の中には、昨夜の恐怖を思い出して二度と放送センターには行きたくないと考えている職員と、公共放送としての使命を果たしたいと考えている人が半々だった。
 ユニコ会の仲間は、自分たち意外にキルケを倒せる者はいないと考えているし、サードブレインは自分を信じて今すぐ行動するように言っている。家族が心配だったりするが、冷静に判断すれば、自分たちの素早い行動が家族を救うことに直結すると理解できる。
「それでは、決めましょう。色々意見はあると思いますが、やはり再度放送センターに行って放送を再開するべきだと考えます。よろしいでしょうか」
 ドクターは覚悟を決めて、やや強引に結論を言った。数人の職員が反対意見を述べたが、やめたとしても状況を打開できる方策は見当たらないし、黙って隠れていれば状況はもっと不利になる。やめたい気持ちは誰にも理解できるが、それでは何も解決しない。厳しい判断だが、行動することで話し合いは決着し、具体的な計画を話し合った。
 放送の再開は決まり、悪魔が明るさに弱いことを知らせることと、地域ごとに自警組織を作ることを呼びかけることになった。協力し合えば、昼のうちに悪魔を拘束してしまうことも可能になる。問題はキルケをどうするかだ。キルケは官邸で高みの見物で、五百万の悪魔が人間を殺してくれる。警察も自衛隊も悪魔に乗っ取られている今は、武力で制圧できる人間がいない。昼間弱くなった悪魔が殺されたとしても、キルケはそれも望むところなのだ。どちらにしても人間が苦しみながら死ぬのが一番の喜びなのだ。

nice!(1)  コメント(0)