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第6章26 [宇宙人になっちまった]

 無事に一夜が明けた。敬一は疲れているのになかなか寝付けなかった。東京に残してきた家族や友達が心配でたまらなかったからだ。誰も同じような一夜を過ごしたのだろう、疲れた顔をしている。フラフラと夢遊病者のように身支度をしているが、心は今にも折れそうになっているに違いない。昨日のあの惨状を目にするとなんの希望も見いだせない。もう二度と家族に会えないような気がして不安で心が壊れてしまいそうだ。
「おはよう、だったよね」
 エフが円盤から降りてやってきた。いつも通りで疲れた様子もない。敬一の顔を見ると、いつもと違うと言った。眠れなかったことや、身体がだるいことを言うと、目をぱちくりさせて、人間は面倒だねと微笑んでどこかへ行った。
 怪我をしてまだ休んでいる人もいるが、動ける人は食事の用意などを始めた。
ただ黙々と準備をしているが、頭の中ではまだ悪魔に追いかけられているのだろう。少しの物音に驚いて、後ろのドアを振り返ったりしている。振り返ったときの顔は、屋上で見た顔と同じだ。突然ドアが蹴破られ悪魔が飛び込んで来たと思ったのかも知れない。
 怪我をしている人は部屋の隅で休み、中央に食事が出された。紙皿にご飯が盛られ、保存食だが煮野菜や肉が添えられている。紙コップに入った味噌汁もある。豪華ではないが、皿やコップからは湯気が立ち、温かいものを口にすることができる。昨日の惨状を思えば天国のようだが、黙々と口に運ぶだけでほとんど会話もない。ユニコ会のメンバーですら酷く落ち込んでいるようだ。サードブレインを信じようとしても、それ以上に不安が勝ってしまうからだ。サードブレインを持たない職員の人は尚更のことだろう。重い空気が部屋に充満して息苦しく感じる。
 ドクターが立ち上がり唐突に歌い始めた。
「明日があるさ、明日がある。若い僕には夢がある いつかきっと いつかきっとわかってくれるだろう……」
  一番を歌い終わるとまた一番に戻って繰り返し歌った。俯きながら何人かが小さな声で歌っている。歌わなくてもリズムに合わせて足先を動かしたり身体を揺らし始めた人もいる。一緒に歌う人が増え、笑いながら歌っている人も出てきた。人の笑顔を見ると自分も嬉しくなってくる。
 いつの間にか室内に歌声が大きく響き始めた。敬一は放送局の職員が昔からの仲間のように思えてきた。あの惨劇をくぐり抜けてきた仲間なのだ。いつの間にかドクターは床に座り、静かに歌声を聞いている。ドクターの代わりに若い放送局職員が大声で歌っているが、よく見ると目から涙をぽろぽろ流している。その涙を見て何人かの職員が目を潤ませている。
若い職員は、何回目かの一番を歌い終わると、「負けねえぞ!」と大声で叫んで座った。何人かが同じように、「負けねえぞー」と叫んだ。部屋に漂っていた重苦しい空気は消え、明るいものが見え始めた。

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