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第2章14 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 終電前に客はいなくなり、いつもの時代遅れのジャズ喫茶に戻った。換気扇を強にしてたばこの煙を地上へ追い出したが、匂いはいつまでも残る。そこにコーヒーの香りが漂うと、地下室のビザール独特の味わいが漂い始める。この味わいは壁の向こうの地中からやってくるのかも知れないし、床下の得体の知れないカビが謎の胞子を放っているのかも知れない。
「京都の話の続きだけど、慎太郎君は裏山で消えたってこと?」
 カズは待ちかねたように訊いた。
「そうなの、裏山よ。間違いなくUFOだわ。カズもそう思うでしょう?」
 紗羅が言った。
「いきなりUFOと決めつけるのはどうかと思うけど、状況は何かありそうな気がするね。祐介君はどう思う?」
「俺はUFOをこの目で見たからね、慎太郎君がUFOに乗ってどこかへ行ったって何の不思議もないと思う」
 祐介には確信があった。UFOのことを思い出したときは、自分の記憶に自信が持てなかったし、慎太郎君の存在も自信がなかった。しかし裏山に登り思い出の場所に立ったときにありありとあの日の情景が目に浮かび、慎太郎君の存在も確信することができた。行方不明になったのはその十日後で、それが一本の糸で繋がったのだ。
「紗羅は似たような事例をたくさん知っているんだろう?」
 カズが訊いた。いつの間にか聞き覚えのあるピアノ曲に変わっている。ジャケットを見るとビル・エヴァンストリオだった。
「一番の事例は私よ。カズもよく知ってるでしょう、中学一年だったわ」
 紗羅はそう言うと横目で祐介を見た。
「え、事例って沙羅さんもUFO見たの? なんで今まで教えてくれなかったの?」
 祐介は意外なカミングアウトに驚いて訊いた。
「同じ体験者がそばにいるとね、記憶とかに変なバイアスがかかることがあるのよ。同じような事例を調べたときに、私の体験を話すとね、曖昧な記憶を確かなことと思い込んでしまったり、間違った記憶を正しい記憶だと勘違いすることがあるの。だから今まで黙っていたの」
 紗羅はそう言うと申し訳なさそうに微笑んで見せた。
「どんなだったの、沙羅さんの見たUFOは」
 祐介は紗羅の顔をのぞき込むようにして訊いた。
「祐介さんと似ているわ、私も友達と見たの。東京のど真ん中、うちのマンションの屋上よ、薄暗くなりかけた夕暮れだったの。何気なく友達を見たらね、黙って空を見上げて指さしてたわ。指さす方を見るといたの。銀色の目立たないUFOだった。オレンジ色の光もなく無音で空中にいたの。真上よ、十メートルくらいだった。大きさも祐介さんが見たのと同じくらいだと思うわ」
「それだけ?」
「うん、二人で黙って見上げてた」
「で、それから?」
「それだけなの、そんなに長い時間じゃなかったと思う。あっという間にいなくなった」
 紗羅は素っ気なく言った。
「その友達は?」
「いるよ、私と一緒にサークル活動をしてるわ。二人とも記憶は確かよ、見間違いでも思い込みでもないわ。間違いなくUFOだった。カズも知ってるよね」
「俺は見ていないけど、あの日のことはよく覚えているよ。会社に電話ですぐ来いって言うんだ。お母さんとは連絡が付かないと言うから行くしかなかったんだ。で、何事かと思ったら屋上へ連れて行かれて、UFOを見たって話だった。もう一度現れるからと言われて三時間も屋上にいたよ。来なかったけどね。俺が邪魔だったようだ」
 カズは紗羅を見て笑った。

タグ:UFO
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