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第2章13 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 桜の花びらが舞い散り、浮かれた空気もやや落ち着きを取り戻しつつある。フィールドワークと称した丹波篠山探訪の旅は、裏山に登り近くの古墳を見学しただけで東京に戻った。急いで帰る必要もなかったが、祖父母の家に長居するのも気が引けるし、他に行きたいところも思いつかなかった。慎太郎君の家に行こうと思ったが、家族はどこかに引っ越して消息は誰も知らなかった。
 祐介と紗羅は相変わらず無職のままだ。東京に戻り一週間ほど過ぎた金曜の夜にビザールで紗羅と待ち合わせた。いつもと違って客が多く、カウンターの隅にどうにか二人分の席を確保した。
「今日は盛況ですね」
 祐介はカズに声をかけた。紗羅はまだ来ていないようだ。
「ああ、ちょっと雑誌で紹介されたからね、ご覧の有様だよ。頼んだ訳じゃないのにね」
 それだけ話すと、カップにコーヒーを注いだ。店内を見廻すとコーヒーを待っている客が何人かいる。
「手伝いましょう」
 祐介はそう言うとお盆にコーヒーを乗せて運んだ。コーヒーを出しても気がつかない客もいて、目を閉じて体を小さく揺らしている。指にたばこを挟んでいる客も多く、照明に照らされた煙が視界を悪くしている。小さな換気扇が動いているが、こんなところに一日いたらそれだけで呼吸器が音を上げそうだ。他人の煙は毒以外の何ものでも無い。
 祐介がコーヒーを運び終わると紗羅がやって来た。狭い通路をキョロキョロしながらカウンターに近づくとカズの目の前に座った。
「また雑誌のコラムか何か?」
 紗羅は店内を見廻しながら訊いた。
「年代物のスピーカーが珍しいって何かの雑誌に写真が載っただけだよ。一週間もすれば落ち着くよ。京都はどうだった?」
 カズはコーヒーを注ぎながら訊いた。
「そうね、収穫ありよ。慎太郎君が幻じゃないってことが確認できたわ」
「それじゃ、二人でUFO見たってことも確認できたのかな」
 カズは客の迷惑にならないように、顔を近づけて訊いた。
「それがね、二人でUFO見た日から十日後に行方不明になって、そのまま今も行方不明のままなの。でね、最後に目撃されたのが、裏山への入り口なの」
 紗羅もカズの顔のそばで話した。カズは黙って顔を上下に動かすと、
「未確認てことか。行方不明とはただ事じゃないね」
 そう言うとレコードを手に取ってターンテーブルに乗せ、会話はそこで終わった。他の客が迷惑そうにカウンターに目を向けたからだ。

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