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第5章06 [宇宙人になっちまった]

 黒い塊が綾音に重なるように動き、長い触手が綾音に絡みつきながら血塗られた肌の上を彷徨っている。すでに綾音は目を閉じ、立っているのがやっとのようだ。倒れそうになるのを二人の男が支えている。
「私と……契りを結べば絶対……服従……」
 キルケと呼ばれた綾音は朦朧としながら言った。
「お前の欲しいものは……与える……契約するか」
 綾音が怪しい笑みを浮かべながら訊くと、男は綾音の前にひざまずいた。
「私はキルケ様の下僕。永遠の服従を誓います」
 男はそう言うと綾音の足の甲に唇を押し当てた。それが合図のように綾音は身体をエビのように反らし、支えている二人の男はそのまま綾音を絨毯に寝かせた。綾音に絡みついた黒い触手は男の身体にも絡みついている。触手に促されるように男は綾音の身体に自分の身体を重ね合わせている。もはや男の意思で動いているのか、黒い悪魔の意思で動いているのかわからない。男は何度もうめき声を出し、綾音は折れそうなほどに身体を反らせ、その度に悲鳴を部屋に響かせた。
 二人を囲む男たちの唱える声は二人を砂漠へ迷い込ませ、乾いた砂に二人の汗を吸い込ませている。二人に絡みついた黒い触手はやがて力を失い、砂の上に溜まった汗に溶け込むようにして見えなくなった。
 部屋が静寂に包まれ、ろうそくの明かりが揺らめいている。綾音は汗ばむ身体をゆっくり起こすと、身体を支えられながら立ち上がった。
「下僕に命令する。政治の実権を奪え。準備はできている。お前が動けば支持される。総理は神輿に乗せておけ」
 支えられて立ち上がったのに、部屋に響く声はまるで別の生き物の声だ。とても綾音の口から出たとは思えない。後ろで聞いている敬一はその声を耳にするだけで身体が小刻みに震え始め、夢実は耐えきれず敬一の手を握ってきた。その手は大きく震えている。陽介は声を出すこともできない。
 男は綾音の足もとで顔を伏せて震えているが、尋常な震えではない。失禁したようだ。
綾音は男を見下ろしながら微笑んでいるが、その瞳の奥に潜んでいる奴は計り知れない恐ろしさを秘めているに違いない。敬一のサードブレインがそう警告している。
綾音の周囲を注意深く観察したが、先ほどまで纏わり付いていた黒い塊は姿を消している。男の周りにも見られない。
 綾音が二人の男に支えられながら部屋を出て行き、続いて数人の男たちも静かに出て行った。ろうそくの明かりに照らされた男が床に倒れたまま動かない。敬一たちはようやく震えが収まり、お互いの顔を見合わせた。
「俺たちは何を見てたんだ?」
 陽介が口を尖らせながら言った。
「それに、キルケ様とかオルギアってなんだよ」
 陽介は得体の知れない恐ろしさを肌で知ったが、綾音の裏にいる奴には気づいていない。

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