SSブログ

悲劇のブタが生まれた(2) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

悲劇のブタが生まれた(2)

だがここで慌ててはいけない。俊介に十分な時間と隙を与えよう。しかし回りくどいやり方は理性を回復させてしまうので注意が必要だ。本能が目覚め始めたら直球勝負でぐいぐい押していくのが一番効果的だ。
「ちょっとごめんね」
 そう言って、ハンカチで胸元をゆっくり時間をかけて丁寧に拭いた。まだ俊介は本能と戦っている。ここまで来たら最後の一手を繰り出すしかないだろう。ゆっくり顔を上げ、顎を前に突き出すようにしながら目を閉じて見せた。これで駄目なら撤退するしかない。頭の中でゆっくりカウントする。一、二、三、四、まだ? 五をカウントしたとき俊介が動いた。吐息を感じた瞬間、歯に衝撃を感じた。
「キャー!」
 目を開けると身体が傾き全身に鈍い衝撃を感じた。俊介が大声で叫んだが何を言ったかわからない。サイドウインドウに水面が見える。
「助けて! 助けて!」
 懸命に叫んでドアを開けようとしたがどうにもならない。窓もロックされて動かない。車内に海水が噴き出すように入ってくる。俊介は気が狂ったように窓を叩き、足でフロントガラスを蹴っている。車が沈んでいくのがわかる。もう海水は胸の辺りまで迫ってきた。身体が海水で浮き上がってくる。こんなところで死にたくない。苦しくなって俊介にしがみついたが、俊介はまだ蹴っている。苦しい、喉に海水の流れ込むのがわかった。

 いい香りがする。身体は柔らかいもので包まれとても心地いい。今日は日曜日……いや月曜……仕事………えっと………確か俊介と………俊介!! そうだ、私たち車ごと岸壁から海に落ちたはずよ。私生きてるわ! 恐ろしい記憶が蘇り心地よさを断ち切るように目を開けた。  
 目の前に髪の毛をくしゃくしゃにした女の後頭部が見える。状況が理解出来ない。慌てて起き上がったが、なんだかいつもの感じと違う。目線の位置が変だ。立ち上がっているはずなのに目線は三十センチほどしかない。足元を確かめると変な足が二本見える。どう見てもブタの足。それも前足だ。試しに右手を動かすとブタの前足が動いた。これって夢?そう思いながら左手を動かすとまたブタの前足が動いた。夢にしてはリアルすぎる。頭に手を乗せようとしたがどうやっても出来ない。ジャンプしてみたが明らかに感じが違う。お尻だけが変に動いている感じだ。
「どうしたの? まだ早いよ」
 女が寝返りをしながら言った。
<絵里子! 何であんたがここにいるの? どういうこと?>
「花子、うるさいよ、今日は日曜だからね、散歩はあとで、わかった? あとで!」
<絵里子! 私よ! 一美よ! 変なこと言わないでちゃんと私を見て!>

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=396


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0