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悲劇のブタが生まれた(1) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                     「恋なんて理不尽な夢」

第1章 悲劇のブタが生まれた(1)

 横浜港の夜景が目の前に広がり、運転席では俊介君が黙って遠くの灯りを見つめている。彼は同じ職場の同僚で、女子の間では高嶺の花だ。彼の一挙手一投足が昼休みの話題に出ない日はない。誰にも悟られないよう、必死のラブラブ光線を送り続けた甲斐があった。遂に用意周到に仕組んだ計画が実を結んだのだ。その仕上げが目前に迫っている。モテ男の大半は待男に違いない。このまま手を拱いていては千載一遇のチャンスを逃す。さり気なく辺りの様子を見ると、この岸壁にいるのは私たちの車と、少し離れたところに釣り人が三人いるだけだ。予想通りこの進入禁止区域は人が少なく、ロケーションは抜群だ。
 晩秋の海風は冷たくフロントガラスは暖房でいい感じの曇り具合に仕上がってきた。気づかれないよう、ブラウスの第一ボタンを外しておく。これほどの好条件が揃っているのに俊介は黙って前を見ている。もうフロントガラスは完全に曇っているのに何を見ているのか、やはり高嶺の花は究極の待男なのだろう。いやいやこれぞ最高の技、モテ男のみ可能な待ち伏せ攻撃なのかも知れない。相手が最高の技を繰り出してきたのなら望むところだ。私も最高の技を繰り出すしかない。ドリンクホルダーにミネラルウォーターを用意したのは正解だった。古典的だがかなりの威力を発揮することは実証済みだ。機は熟した。

 私は眠そうな気配を装いながら、怠そうにドリンクに手を伸ばす。半分ほどは飲んでおいた方がいい。横目で俊介を見ると、曇ったフロントガラスを見つめている。なかなか手強いヤツだ。決行するしかない。口の中に半分ほどミネラルウォーターを含み、口を半開きにしたままで喉の奥に流し込むと間違いなくむせる。激しくむせるのは初心者だが、私のレベルになると可愛くむせることが出来る。むせながらコップの水をブラウスにこぼすのがポイントで、胸元に水を少し垂らしておくのも忘れてはいけない。
「うぅ、ゴホッ! ごめんなさい」
 私はそう言って、濡れたブラウスを困ったように見た。後はさり気なくコップを左手に持ち替え、右手でブラウスをつまんで胸元を見えるようにした。寄せて作った谷間も申し分ない。だめ押しでもう一度むせておいた。
「あぁ~大丈夫?」
 俊介が遂に行動開始、私の背中をさすってくれる。この角度なら苦心の谷間がバッチリ見えているはずだ。大抵の男はここで起動し、立ち上がりの早い男ならブラウスのボタンを二つほど外してハンカチで拭いてくれる。ここまで来れば少し恥ずかしそうに見上げるだけで十分なのだ。だが俊介は心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
 そう言うと俊介は、安心したように優しい笑顔で微笑んだ。もう、世話のかかるヤツだ。こうなったら仕方がない。自分でブラウスのボタンを外してからバッグに手を伸ばした。ハンカチを探す振りをしながら、二時間迷って決めた黒のブラも見せた。統計学上は、黒の方が心理的に行動を誘発しやすいからだ。理由はわからないが、何かで読んだ記憶がある。私の選択は間違っていないはずだ。
 おぉ、これだ。俊介の気配が変わった。動きが止まったように感じるのは俊介の理性が活動を停止したのだろう。いよいよ本能が飛び出してくる吉兆だ。

 

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