悲劇のブタが生まれた(5) [小説<恋なんて理不尽な夢>]
悲劇のブタが生まれた(5)
「一美! いつまで寝てるの、遅刻するわよ」
「………あと五分」
「もう三回目よ、起きて!」
ママの三回目という言葉でようやく身体のスイッチがオンになる。いつものことだけど、世の中でこれほど恨めしい言葉はないと思う。気持ちは精一杯抵抗しているのに身体は従順に動き始める。ママは私が身体を起こすまで仁王立ちで見ているはずだわ。
「キャー!」
「どうしたの、そんなお化けでも見るような顔して。悪い夢でも見たの?」
「ママの顔が………顔がブタよ!」
「もういい加減にしてよ、ママだって忙しいのよ」
ママは呆れたように言うと、そのまま部屋を出て行った。スカートに小さな穴があり、そこから出ている短い尻尾を振っていた。鏡よ、鏡! 私は跳ねるようにドレッサーの前に立った。
「キャー!」
なんで、なんで、なんで! どうしてパジャマを着た私の顔がブタなのよ。まるで絵本に描かれているような服を着たブタがいる。
「姉ちゃん、うるさいよ。寝てらんねぇじゃん」
弟の声だ。今度は驚かないようにゆっくりドアの方を見た。やっぱりブタ顔だ。
「あんた誰よ!」
今度は落ち着いて睨みながら言った。
「大丈夫かよ、この顔よく見ろよ、康平だろう」
そう言って私の方に顔を突き出した。
「あんたもブタなのね、この家はみんなブタ顔なの?」
「わけわかんねぇよ、一度病院行きな」
康平の声で話すブタはそう言って部屋を出て行った。やっぱりジーンズの後ろに小さな穴があり尻尾が出ている。鏡で自分の後ろ姿を見ようと思ったが首がそこまで回らない。手で確かめようと思っても手が届かない。不便な身体だ。
覚悟を決めて階下へ降りると、リビングから話し声が聞こえる。
「一美がね、私の顔見て驚くのよ、まるで私が人間か犬にでもなったみたいな言い方するの」
ママの声だ。
「俺も言われたよ、この家はみんなブタ顔なのかって」
康平がそう言って面白そうに笑っている。私が思いきってリビングのドアを開けると、予想通りというか、案の定パパもブタ顔で眼鏡をかけている。
「早く食べなさい!」
ママはそう言って私の席にトーストを置いた。
「食べたくないわ」
目眩がしてきた。サイドボードの上にはブタ顔の家族写真が並んでいるし、テレビのアナウンサーもブタ顔だし。壁には人間の赤ちゃんがバスケットの中で笑っている写真が飾ってある。
「なんで、なんで、みんなブタなのよ! もうイヤ!」
私はテーブルを両手でバンと叩いてリビングを出た。部屋に戻ってもう一度鏡で確かめたけど、やっぱり私は泣きべそをかいたブタにしか見えない。悲しくて悲しくて、もう一度布団に潜り込んだ。
創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=396
コメント 0