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悲劇のブタが生まれた(6) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                            悲劇のブタが生まれた(6)

私………えっと………生きてる! でも変だわ。何も感じないし、それに………見えない! 目の前は白い靄がかかったみたいで身体の感覚がないわ。どういうこと?
「一美! 一美! 一美!」
 お母さん? 聞こえるわ、お母さんの声ね! 
<私はここよ、お母さん!>
 返事をしたのに声が出ない。手や足を動かそうとしたけど身体はシンと静まりかえったままで手応えがない。どうすればいいの………。
「先生、何とかして下さい、お願いします!」
 お母さんの声だわ、私のこと? 私はどうなっているの? 私はここにいるよ! だけど手も足も背中も頭もわからない。まるで宙に浮いてる見たい、身体はどこにあるの?
「最善を尽くしていますが、今は深い昏睡状態ですのではっきりしたことは申し上げられないのです」
 昏睡状態って私のこと? でも私は声も聞こえるし考えることもできるのよ、昏睡なんかしてないわ。
<私はここよ! お母さん返事をして!>
「はっきりしたことが言えないって、助かるんですか?」
「脳幹は生きていますので心臓や肺は自力で動いています。しかし脳のダメージの程度によってはこのまま脳死に至る場合もあります。ですが、脳幹が生きていれば回復するケースもありますので、どうか希望を捨てないで見守ってあげて下さい」
 脳死? 私のことなの? 私は死んだりしないわ。ちゃんと考えられるし声も聞こえるのよ、馬鹿なこと言わないで!
「助かる可能性はあるのですね、どうかよろしくお願いします」
 足音が遠ざかりドアの閉まる音がした。お母さんのすすり泣く声がする。
「大丈夫だよ、一美は必ず目覚める。顔色だって良くなってきたし、先生も回復するケースがあるって言ったろう。一美は頑張っているんだよ。何度も心臓が止まって、それでまた息を吹き返したんだからこの子は生命力が強いんだよ」
「姉ちゃん、頑張れよ!」
 お父さんと康平もいるわ。でも私はひとりぼっちよ、誰か私に気づいて! 
「瞼を三十分ほど開けて固定します。先生の指示で視覚からの刺激を脳に入れます」
 聞いたことのない声、看護師さんかしら。瞼を固定するって何? え? 目の前の霞が突然晴れた。見えるわ! 白い天井と蛍光灯が眩しい。ここが病室だってわかる。私は何でも聞こえるし、目だって見える。昏睡状態なんて嘘よ、すぐに目覚めるわ。でもどうしたらいいの?
<康平! 驚かせないで!> 
「お母さん、俺が覗きこんだら瞳孔が大きくなったよ、姉ちゃんの瞳孔が動いた」
 康平の顔が引っ込むと、お母さんとお父さんの顔がくっついて私の目の前に飛び出した。よく見えるわ、嬉しい。二人の目が潤んでいる。私の目も潤んでいるのかしら、でも何も感覚がない。
<見えるよ! 見えるよ! 私生きてるよ!>
 心の中で叫び、身体のどこでもいいから動かそうとしたけど手応えがない。壁の方を見ようとしたけど、いくら頑張っても天井しか見えない。私の目は動かないの? こんなに見えているのに動かせないの? 私は目と耳だけの生き物なの?

 

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