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悲劇のブタが生まれた(11) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                              悲劇のブタが生まれた(11)

 絵里子、私も連れてって! 
「花子! 散歩じゃないの、あんたは留守番ね。お母さん、花子を家の中に入れて!」
 絵里子のお袋さんが面倒臭そうに出てきたけど私を捕まえるなんて無理だわ。絵里子がドアを開けた隙に足元から車内に飛び込み、後部座席の一番狭い場所に身体を押し込んだ。絶対出てやらない。お袋さんがチーズを目の前にちらつかせて誘い出そうとしているけど、そんな子供だましになんか乗らない。寝たふりをしてやった。絵里子が痺れを切らして平手パンチを繰り出してきたけどじっと耐えた。まったく虫も殺さないような顔をして暴力的な女だ。自分より絶対的に弱い者に暴力を行使するのは最低中の最低よ。何か問題を抱えているに違いない。自分も同じ目に遭っているか、相当のストレスがあるのね。
 頭が少しジンジンするけど、絵里子は私を追い出すのを諦め車を発進させた。しばらく大人しくしていよう。時々窓から外を見ると見覚えのある道を走っている。横浜方面に向かっているのは間違いない。病院が横浜なら一時間足らずで到着するはずね。なんだか揺れが心地いい。目の前がだんだんぼやけて見えるわ、どうしよう寝ちゃいそう。


「一美、どうしたの? 身体の調子でも悪いの、急がないと遅刻よ!」
 え? 遅刻? 頭がぼんやりするけどなんだか似たようなことが………デジャブ? 
「キャー!」
 ブタ顔のママが立っている。
「ママの顔が………顔がブタよ!」
「もういい加減にして、二度目よ!」
 ママは容赦なく布団を剥がすと、勢いよく尻尾を振りながら部屋を出て行った。このままリビングに行けば、眼鏡ブタのパパがいて康平もいるはず……よね。

 私は絵里子のミニブタで、それで私は病院で昏睡状態。そうよ、絵里子の車で病院に向かってたはずだわ。

 でも今は私の部屋で出勤前………トーストを食べ損ねたような気がする。時計を見るともう時間がない。納得出来ないけど、時計の針を見ると身体がまるでプログラムされているように動き始めた。とにかく家を出てみよう。
 いつもの見慣れた光景だけど、違っているのはみんなブタ顔ってことくらい。尻尾があることを無視すれば身体は人間と同じに見える。このまま会社に行けばブタ顔の課長がいて、ブタ顔の俊介や絵里子がいるのかも知れない。まるで嘘みたいなこの世界はどうなっているのだろう。

 バスが来て私は後ろの人に押されるように乗り込み椅子に座った。上手に尻尾を横に出して座っている自分が笑える。バスの中にぶら下がっている広告も見慣れたものだが、人間の顔は一つもない。そう言えばママが私に言ったわ、まるで人間か犬みたいって。人間と犬は同じってことかしら。
 窓の外に目を向けると驚きを通り越して呆れてしまった。人間が首輪をされてブタに連れられている。予想通りの光景で、信じられないほどバカバカしい世界だと思う。だけど私はこの世界で生きているみたいだし、幻覚でも夢でもなさそうだ。だってこれから会社に行こうとしているのはブタ顔で尻尾のある一美に間違いはない。私は一美だって自信がある。

 

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悲劇のブタが生まれた(12) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                          悲劇のブタが生まれた(12)

 見た目がブタでも人間でも私は一美でしかないわ。水だって水蒸気になったり氷になったり姿を変えるけど水は水よ。きっと宇宙定数とか何とかがほんの少し違った世界にいるのね。私の知らない難しい理屈のせい、きっとそうだわ。
 会社はバス停からすぐのところで、ブタ人間がぞろぞろビルに吸い込まれていく。見慣れてしまえば平気よ。五階建ての小さなビルの三階に私の経理課があってブタ顔の同僚がいる。そして私はいつものように挨拶をしていつものように仕事をすればいい。それだけのことよ。それに絵里子や俊介にも会えるかも知れないし、この世界がどうなっているのか興味もある。昔読んだ小説でパラレルワールドなんて話があったけどもう忘れた。とにかくどんな世界だったとしても私が今を生きていることは間違いないわ。それにどの世界が本物とか偽物とか考えてもわからない。一番強烈に残っている記憶は絵里子のミニブタと昏睡状態の私だけど、それは昨夜の夢のような気がしてきたわ。

「おはよう」
 元気よく声を出すと、給湯室から絵里子が顔を出して返事をした。いつも通りだわ。
奥のデスクで俊介が忙しそうにキーを叩き、モニターを睨みながら返事をした。少しくらい私を見てもいいのになんてヤツだ。顔はどいつもこいつもブタなのに絵里子と俊介がわかってしまう。それに自分がやけにクールな気がする。いつもだったら、自分に目もくれず仕事に没頭する俊介の横顔を見るだけでドキドキしたのに今朝はそうでもない。むしろその反対で嫌味な感じさえする。目の前の霧が一気に吹き飛ばされたみたい。どうしてそんなことで胸を高鳴らせていたのだろう。自分でも不思議な気がする。ドキドキの消えた自分が他人のようだわ。色褪せるってこんな感じなのかしら。もう永遠にあの理不尽なドキドキは来ないような気がする。でもそうなれば俊介を自分の手の上でコロコロ転がせるかもしれない。

 それにしても朝っぱらから俊介の仕事ぶりは異常だわ。何があったのかしら。絵里子が私の好きなカモミールティーを入れてやって来た。
「俊介君どうしたの?」
 もう一度俊介を横目で確かめながら絵里子に訊いた。
「なんかあったみたいですよ、課長が専務に呼ばれてました。その時にお姉さんを捜していましたけど、今日は一緒じゃないんですか?」
「お姉さんって?」
「先輩どうしたんですか? 薫さんですよ、自分の姉妹を忘れるなんて。今日はみんなちょっと変ですよ」
「え? ええ、ちょっとね」
 私を覗き込むように見る絵里子を笑って誤魔化したけど、薫って………母が話していた結合双生児の薫なの? 母は死んだって話してたけどここでは生きてるってことなの? 昏睡状態でベッドに横たわりながら聞いた話を思い出した。心臓の音が絵里子に聞こえそうだわ。自分でも動揺しているのがわかる。胸に手を当てながら絵里子の入れてくれたカモミールティーに手を伸ばした。いい香りだわ。一口飲むとようやく落ち着いた。

 

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薫(1) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                             薫(1)

 手に持っているカップは信楽焼で、絵里子と関西旅行に行った時に買ったものだ。黒い釉薬にクリーム色の刷毛模様が気に入り使っている。デスクの配置も備品の位置もいつも通りで何も変わったところはない。違うのはここに薫という姉がいること。私と結合双生児で、私を生かすために死を選んだ薫。私の中に住み続けているという薫。ここでは一緒に生活し職場も共にしているらしい。どうして死んだはずの薫がここに? 私に薫の記憶はひとかけらもない。
 ドアが勢いよく開き、課長が足早に入ってきた。部下には目もくれず自分のデスクに向かい、後から黒のレディーススーツに身を包んだ女が入ってきた。薫だわ。私には一目でわかった。似たようなブタ顔なのにわかる。薫は私の横を通り過ぎるときに顎を少し引くように動かし何か合図をした。私も同じように顎を動かして合図をしたが、自分でも驚くほど自然な動きだった。薫はもう課長の端末に手を伸ばしている。課長の険しい表情から何か問題が起きていることがわかる。
「佐々木君、来てくれ!」
 何か問題が起きると課長は俊介を呼ぶ。いつものことだわ。経理課には八人いるが俊介はその中では若い方だ。それなのに銀行口座を管理し、経理課の重要な仕事の大半を担っている。問題はいつも俊介に丸投げだ。可哀想に今日も残業だわ。
 俊介と入れ替わるように薫が席を離れ、横を通り過ぎる時にまた合図を送ってきた。何か話があるに違いない。薫が廊下へ出たのを確認すると、私も席を立って廊下へ出た。案の定薫はドアから少し離れて待っている。私より十センチは背が高くスリムだし何から何まで私より優っているように見える。結合双生児なのに不公平だわ。ゆっくり近づくと薫は私の耳に顔を近づけて言った。
「私はね、一美の案内人よ」
「案内人? 意味がわからないわ。それにここはどうなってるの?」
 薫の顔を間近で見ながら訊いた。ブタ顔とはいえ透き通るような肌が美しい。
「案内人は一美の味方よ。ブタ顔が嫌なら人間の顔にだってできるけどそれじゃ混乱してしまうわ。この方が特別な場所だって意識出来るのよ」
 薫はそう言って微笑んだ。
「特別な場所?」
「そうよ、一美だけの特別な場所よ。案内人がいるのも特別待遇ね」
「待遇って何なの、私にはさっぱりだわ」
 薫の目に悪意はなさそうだが要領を得ない。
「もう行くわ、でも覚えておいてね、私は一美の案内人よ」
 薫はそういい残して廊下の向こうへ消えた。私と同じ遺伝子をもつ姉妹とは思えないし、この世界のことは何一つわからず仕舞いだった。それに私だけの特別な場所って何よ。姉妹ならもう少し丁寧に判りやすく説明してくれればいいのにひどいわ。
               
 デスクに戻ると職員が慌しく動いている。何かあったらしい。ここが私だけの特別な場所ってどういうことよ。それなら私の好き勝手にしてもいいってこと? つまりこの世界の女王様? 

 

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薫(2) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                               薫(2)

「ちょっと来てくれる」
 険しい顔をしてキーボードを叩いている俊介に声をかけた。一応私が先輩だからこれはいつものことだ。先輩風を吹かせながらドキドキする感覚が好きだけど、今日はそうでもない。というか、今朝からドキドキを感じなくなった。興味を感じなくなったわけではないし、そこのところがよくわからない。
「なんすか?」
 ぶっきらぼうな言い方だけど、軽くゾクっとするときがある。でもこれは私の体調とか生理とかのリズムに関係がありそうで、今日は無風の海面みたいに味気ない。モニターを名残惜しそうに見ながら腰を上げた俊介がやって来る。意外と嬉しそうな顔………え! 俊介の顔、ブタ顔じゃないの? 私の好きな奥二重の眼に上品な鼻、締まった顎のラインが筋肉質な上半身を暗示しているようだ。
「顔………どうしたの? 変よ」
「変? 一美さん、それで呼んだんすか」
 俊介はそう言いながら自分の顎や頬に触った。
「い、いや、なんでもないわ。何があったの? 俊介君もみんなも様子が変よ」
 ブタ顔に慣れてしまったら人間の顔が変に見える。さりげなく絵里子を見ると懐かしい顔がある。ふっくらした頬の感じはブタみたい。
「不正経理だって課長が騒いでる。一千万ほど消えたらしい」
 俊介は声を落として言った。
「一千万? それって横領? うちの会社じゃ大金よ」
「しかも口座から引き落とされてます。一回じゃなくて、去年あたりから数回です」
「俊介君大丈夫なの? あんたが一番に疑われるわよ」
 そう言って俊介を見たが、それほど焦っている様子は見られないしまるで他人事のようだ。
「口座の管理は俺の担当だけど、そんなのは表向きで上級管理職なら誰でも引き出すことができるよ。俺の知らないところで管理職がなんかやらかして、それを俺の責任だって言われても困るよ」
 俊介はもう管理職がやったと決めつけている。
「だったら注意したほうがいいわ、身奇麗にしとくのよ」
 俊介は小さく頷くと自分のデスクに戻っていった。いつの間にブタ顔が人間に戻ったのだろう。私の特別な場所だから? 私が女王様だから? 夢? あり得ない! 薫! いるなら今すぐ私のところへ来て! 私の案内人なんでしょう? 心の中で叫んでみた。だけど何も起こらないし薫もやって来ない。ぐずぐずしていると私のところにもとばっちりが回ってきそうな気配がする。どうやら今日は営業職を含め経理課への立ち入りは禁止されたようだ。どういうこと、何で私たちが他人の悪事の尻拭いをしなくちゃいけないのよ。机上には昨年からの伝票や出納簿が並べられた。経理課で扱った決済をすべてチェックするようだ。いくら調べたって何も出てこないわよ、調べるなら管理職の身辺を調べるのが先決だわ。新車のジャガーを乗り回してご機嫌な経理部長が一番怪しい。息子を二人私大に通わせているのにどうして部長の給料でジャガーなのよ、家のローンだってあるはずだわ。しかもチェックを指示したのが部長なんて信じられない。

 

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薫(3) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                 薫(3)

 誰も口を開かず終わりのない単純作業が続く。、昼だっていつ食べたのか忘れたわ。夕食の時間はとっくに過ぎたのに餓死させるつもりなの。私は女子よ、こんな遅くまで残業させたら労働管理何とかって法に触れるはずよ。それなのにみんな熱心に作業を続けている。こんな作業いくらやったって同じよ、経理からは何も出てこない。部長のデスクと素行を調べるのが手っ取り早いわ。
「部長、これ見てください」
 絵里子が何か見つけたようだ。呼ばれた部長は黙って伝票の束を見つめている。
「これは………担当者は誰だ!」
 部長の声が室内に響いた。誰も顔を見合すだけで返事がない。だけど伝票処理に不正があったとすれば経理課の人間しか考えられない。
「あの、伝票を見せてもらえますか?」
 俊介はそう言って、受け取った伝票の束を一枚ずつ丹念に見ている。
「これは、私の担当になりますが、でも見覚えの無いものばかりです。なぜここにあるのかわかりません」
 俊介の声は消え入りそうだ。
「君の担当に間違いないかね」
 部長はまるで俊介が犯人であるかのように言い方だ。
「確かに私の担当ですが、でもこの伝票は見覚えがありません」
 俊介は伝票を部長の目の前に突き出すようにして言った。俊介が嘘を言っていないことは誰が聞いてもわかるし、普段の彼を知っている人なら尚そう思うだろう。

 会社からは開放されたけど、俊介は役員室で数人の管理職に囲まれ詰問されている。私には俊介じゃないってわかるけど上の連中がそんなことで納得するはずないわ。俊介じゃないって証拠を見つけないと警察沙汰になるかもしれない。
 自宅まではバスで三十分ほどの距離だけど、どこを見てもブタ顔は見当たらない。妙な緊張感と愉快さは無くなったけどその分疲れが押し寄せてきた。眠ってしまいそうだけどこのまま眠ったらまたミニブタになってしまうわ。家に帰れば薫がいるかもしれないしもっと話を聞きたい。薫ならこの奇妙なからくりを私に分かるように話してくれそうな気がする。
 家が見えてきた。子どもの頃から過ごしてきた私の家で思い出がいっぱい詰まっている。その思い出の中に薫はいなかった。 
 リビングのテーブルの上に私の食事が置いてあるけどあまり食欲はない。時計を見ると零時を少し過ぎている。もう父も母も眠っているし康平がこの時間にリビングに来ることはない。薫はいるのかしら。薫の記憶は今日の分しかない。一緒に遊んだ記憶も生活した記憶も何もないのに姉妹なんて信じられないわ。それにこの家に薫の部屋なんて無いはずよ。
 階段を下りる足音がするけど家族の誰の足音とも違う。
「お帰り、今日は大変だったね」
 思った通り薫がリビングに入ってきた。長い手足がモデルのようで下着しか身に着けていない。この時間に誰もリビングに来ないことを知っているみたいだ。

 

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薫(4) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                          薫(4)

「うん、疲れたわ。二階に薫の部屋はあったかしら?」
 妙な質問だと思いながら訊いた。
「一美と一緒の部屋よ、ずっとね」
 薫はそう言いながら冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲み始めた。まるでいつもの私と同じ。違うのは薫の羨ましいほどの肢体だけだわ。
「ねぇ、昼間の話しさぁ、よくわからなかったけど、私ってどうなってるの? 眠って目覚めると住んでる世界が違うのはどういうことなのか教えて欲しいわ。薫は私の案内人なんでしょう」
 薫は美味しそうに冷えたビールを喉の奥に流し込んでいる。
「そうねぇ、説明してもきっとわからないと思うけど一応説明するわね。一つ言えるのは、どの世界も本物だってことよ。一つや二つじゃないわ、もう無数にあるの」
「無数? 嘘でしょう、私が知ってるのは昏睡状態の世界と、薫のいる世界の二つよ。ミニブタにもなったわ。他にもっとあるって言うの?」
「そうよ、でも普通は一つしか知らないの。二つ知ってるだけでも特別なのよ。無数の中から一つを選んで他はきれいさっぱり忘れてしまうわ」
 薫はもう二本目を開けようとしている。
「どうして私だけこんなことになったの?」
「昏睡状態になったからよ。人間って不思議よね、身体が不自由になると別のものが自由になるのね。特別なのは私がいるからよ。でも最後にはどちらかを選んで忘れてしまうわ」
「それじゃ、もしも私が今の世界を選んだとしたら薫と一緒に暮らすのね」
「私はその方を薦めるわ、その方が私も一緒だし海にダイビングしなくて済むでしょう。明日も大変だから先に寝るわね、一美のベッド使うわよ」
 薫はそう言うと返事も聞かずにリビングを出た。二つの世界が本物でどちらかを選ぶことができるなんて、やっぱり宇宙定数とか訳のわからないものが変に違いない。どんなに丁寧に説明してもらってもわかりっこないし、明日は明日の風が吹くわ。でも無数の世界があるならもっといい世界から選びたい気がする。もっと美人でお金持ちで、素敵な彼氏が何人もいて………もっと満ち足りた世界がいいわ。この次目覚めたらそんな世界の主人公になってないかしら。二つから選ぶなんて薫の言うことは矛盾している。
 急いで入浴を済ませビールを流し込むと二階の部屋へ向かった。明日のことを考えるとそう夜更かしもできない。薫は私のベッドで壁際に身体を寄せるようにして眠っている。一応私のスペースを空けてあるけど狭いわ。でも仕方がない。身体を摺り寄せるようにして薫の横に潜り込み、身体を少し横にすると腰の部分が触れ合った。とても懐かしくて暖かいものが伝わり流れ込んでくる。これって何? 今まで味わったことのない種類の気持ちだわ。皮膚を通して二人の血管が繋がり合い、真っ赤な血液が音を立てて流れ始めたような気がする。そうよ、私たち結合双生児なのよ。二人はこうやって生まれてきたのね。このまま時を遡り母の胎内で完全に繋がり合いたい。それが私たちの一番の願いよ。分離なんかしたくない、このまま二人で生きたいの。一人ぽっちになりたくないの、どうして二人を切り離そうなんて考えるの? 誰か助けて、お願い!

 

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薫(5) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                            薫(5)

 車のシートに身体が押しつけられ目が覚めた。遥か彼方の記憶の淵を彷徨っていたような気がする。そこに薫がいて私は泣いていた。
薫の横で眠ったはずだけど………慌てて窓から外を確かめると目の前に白い大きな建物がある。横浜愛育記念病院。私は車に飛び乗ったわ。そうよ、降りなくちゃ! 絵里子に続いて私も車から降りようとしたけど、ヤツは両手を広げて私を車内に押し込んだ。必死に飛びついたけどどうにもならない。絵里子はドアをロックするとそのまま歩いて遠ざかる。私の病院よ、連れてって! 大きな声で叫んだけど絵里子は少し振り返って視野の端で私を確認しただけだ。もうどうにもならない。
 仕方なくシートに横になった。まだ薫の感触が残っている。私は眠る度にこっちとあっちの世界を行ったり来たりしているみたいだわ。ミニブタなんてもう嫌! こっちに来るなら昏睡状態でもいいからベッドの身体に戻りたい。そうだわ、もう一度眠ってしまえばこん睡状態の私に戻るか、薫に会えるかもしれない………。ダメだわ、絵里子のヤツがエンジンを切ったせいで寒い。これじゃ眠れやしない。絵里子は動物に対して思いやりってもんがない。
 私は頭脳のあるブタ。絵里子より賢いのに身体がブタなだけで何にも出来ないわ。車のロックだってこの指じゃ解除出来ない。人が通りかかったときに思いっきり声を出して騒いでみたけど、珍しそうに車を覗きこむだけで行ってしまった。もう諦めて待つしかないみたい。だけどどう考えてみても理解出来ないし納得出来ない。なんでブタなのよ!
 そう言えばハワイ旅行でガイドさんからブタ男の話を聞いたことがあったわ、ハワイの神様にはカマプアアという名前のブタ男がいるって話だった。それにイスラム世界じゃ豚肉食べちゃいけないし、もっと地位は高いはずよ。こんなところに押し込めるなんて神への冒涜よ! 絵里子なんか生まれ変わったら動物にもなれないわ、昆虫よ。アフリカ奥地の部族じゃ、人間は生まれ変わったら蟻になるって話しもあったわ。大抵の宗教は人間は死んだら生まれ変わるって言ってるし、私みたいなことは当たり前なのかしら。人間が人間に生まれ変わる方が珍しいような気もする。散歩で出会ったゴールデンも元人間みたいだったし。でもやっぱり人間がいいわ、なんでかわからないけど人間がいいような気がする。でも考えたら元ブタだった人間もいるのかしら、元犬とか元猫とか当たり前にいそうな気がするわ。命は平等で人間とか動物とかの区別はないのかも知れない。ああ、もうわからない。でも私は人間がいい。絶対人間がいいに決まってる。このまま絵里子のブタで暮らすなんて絶対イヤよ。

 絵里子はなかなか戻らないけど昏睡状態の私は大丈夫かしら、きっと薫が頑張ってくれているはずだわ。だけど薫と私が一緒に暮らしている世界も本物だって薫は言ったけど、今の世界から見ると幻想のように思えるのはどうしてかしら。そんなのあり得ないって思うけど、あっちの世界に行くとそれが当たり前に思える。私は一人なのに住む世界が無数にあるなんて信じられない。その無数の中から好きな世界を選ぶことが出来るってどういうことよ。それが本当だとしたら、とても貧乏で不細工で貧乳の人もわざわざそんな世界を選んできたってことじゃない。あり得ないわ。

 

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薫(6) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                                         薫(6)

 もう日が暮れるわ、絵里子のヤツどういうつもりなのよ。私の見舞いに行ってくれてるから文句は言えないけど私はここなのよ! もう膀胱は限界、どうなっても知らないからね。
 病院から誰か出てきた。絵里子みたいだけど誰か一緒にいるみたい。俊介? 俊介なの?
一緒に入院していると思ってたけど無事だったのね! でもちょっと二人の距離近すぎよ、歩く度に身体が触れあってるわ。絵里子もっと離れて歩きなさいよ、どういうつもりなの。なによ絵里子の嬉しそうな顔、あんたの魂胆見え見えよ。まるで私のことなんか忘れているみたい。窓を思いっきり引っ掻いたらようやく私のことにことに気がついたみたいだわ。
「遅い! トイレよトイレ!」
「ごめんね花子、忘れていたわ」
 話なんかどうでもいいの。急いで飛び出そうとしたら頭の上でカチリと音がしてリードを付けられた。まったくこういう時だけは素早い。セメントの上じゃイヤなのよ、足が汚れちゃうでしょう、土か草の上じゃないとダメなの。絵里子をぐいぐい引っ張って植え込みのところでようやく一息つくことが出来た。あぁ、気持ちいいわ。何気なく振り返ると俊介と視線が合った。私の放尿する姿を見て笑っている。人の気も知らないで何よ、笑うことないでしょう。
 俊介が運転席に座り絵里子は助手席に座った。俊介に運転させてどうするつもりよ。絵里子の車でしょう、自分で運転しなさいよ。

「どこ行く?」
「そうねぇ、タートバンがいいわ。シャサーニュ・モンラッシェのワインが飲みたい」
「俺は熟成したムルソーかな」
 何! 二人でワインだって! 絵里子どういうつもり、いい加減にしてよ! 
「花子そんなに騒いでどうしたの? 寂しかったのね、いい子だから少し静かにして頂戴ね」
 痛い! 絵里子は優しく言いながら俊介に見えないように平手を繰り出した。言葉とは裏腹に冷血な女だ。だから女の言葉は信用出来ない。

 俊介をタートバンに誘ってどうするつもり? あの店は私が教えた店じゃない。恋人が出来たら一緒に来たいって言ってたけど、俊介なの? 冗談でしょう、私の目の前で何よ。絶対行かせないからね。
「花子、どうしたの? お腹減ったのかしら。今日はなんだか様子が変だわ」
 絵里子のヤツ、優しくいいながら手は素早く動いてリードを結んだ。これじゃ少ししか動けない。最後にまた平手を一発食らった。
「大丈夫?」
 俊介の声は相変わらず素敵だ。
「ええ、おやつをあげたら大人しくなったみたい」
 お腹が減ったのは事実だけど、それで大人しくしているんじゃない。俊介の声を聞いていたいからよ。

 

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薫(7) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                                         薫(7)

「花子は連れて帰るの?」
「大丈夫よ、トイレもさせたし車の中に置いとけば寝ちゃうわ」
「寒いし可哀想じゃない?」
 そうよ、俊介もっと言って!
「大丈夫よ、これだけ脂肪あるんだから雪の中だって眠れるわ」
 なんてヤツなの、もう自分のことしか頭にないのね。俊介はそれ以上何も言わずに車を発進させたし、わたしなんかどうなってもいいんだわ。先輩がベッドで昏睡状態なのに二人でワインなんていい気なものね。

「名前、薫って言ってたよね」
 え? なんで俊介がその名前知ってるのよ。 
「そう、薫って名前だった。ドクターもびっくりしてたわね。でもまさか結合双生児の片方が一美先輩に同居してるなんて想像も出来ないわ」
 どういうこと? 何があったの?
「でもこのまま回復したらその時は誰になるの? もう一人の薫って名前の人になったりしないのかしら」
「そうだね、お母さんの話だと薫って人は一美さんとは正反対の性格らしいけど、そうなったら今までみたいに付き合えるのかなぁ」
 何の話よ、回復したら私に決まってるでしょう。なんで薫になるのよ、馬鹿なこと言わないで!
「お母さんから詳しい話を聞いて思ったけどね、私たち薫って人格と話したことがあるんじゃないかしら。だって時々一美先輩が別人のように思えることってあったでしょう?」
「うん、思い返せば色々あるよ。それに俺が助かったのは一美さんのおかげって言ったけど、もしかしたら薫って人なのかも知れない。俺も一美さんもパニック状態で、もう駄目だって諦めかけたときに一美さんがどうやったのかフロントガラスを割ったんだよ。俺は夢中で海面に出たけど、一美さんは息が続かなくて溺れたんだ。もしかしたらパニックになった一美さんに変わって薫さんが冷静に動いてくれたような気がするよ」
 私がガラスを割った? 覚えてないわ。私は必死で俊介にしがみついていただけよ。だけど俊介の話が本当なら薫かも知れない。でもそんなことより早く自分の身体に戻りたい、ずっとブタなんてイヤよ。
「天然キャラでおっちょこちょいだけど、いざとなると頼りがいあったでしょう。薫さんのことを聞くと納得出来るわ。まるで二重人格ね」
「二重人格ってのは自分でコントロール出来なくてマイナスイメージがあるけど、一美さんの場合は少し違うね。だってさぁ、ここ一番って時に現れて助けてくれるんだよ。自分で気がつかなかったのかなぁ」
 何言ってるのよ、いつだって私は私よ、薫がいるなんて海にダイブするまで知らなかったわ。

「そろそろ着くよ」
「花子、いい子だから大人しくしてるのよ」
 絵里子はそう言って袋からビーフジャーキーを取り出し私の鼻先に置いた。ふん、なによ、こんな物で騙して置き去りなんてあんまりだわ。上目遣いで絵里子を見ると目がキラキラ輝いている。恋しているときの目だわ。私のいない間に俊介を乗っ取ろうって魂胆ね、ブタを甘く見るんじゃないわよ。

 

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薫(8) [小説<恋なんて理不尽な夢>]

                           薫(8)

 二人は寄り添うように店内に消えたけど、エンジンをかけてヒーターを入れてくれた俊介だけは許してやる。これで寒さに震えなくて済む。ワインを美味しそうに飲む二人を想像すると胃がシクシク泣き始める。悔しくて手当たり次第に噛みつき引っ掻き、シートを使い物にならないほど痛めつけるとようやく気持ちが落ち着いてきた。驚く絵里子の顔を想像するだけで小気味いい。室内の暖かさと暴れたせいで眠くなってきた。いい感じだわ、このまま眠ればきっと人間の私に戻れるはずよ。でもどっちの世界に行くのかしら。私には何の決定権もないの? 一体誰が私をこんな目に遭わしているの? これは普通に誰にでも起こることなの? 分からないことだらけだわ。でもミニブタよりいいに決まっている。さっさと眠って憎たらしい絵里子とミニブタにおさらばよ。なにか映像が目に浮かんでくる。子どもの頃かしら、静かな湾内にカヌーを浮かべ、その前で水着の私がはしゃいでいる。弟の康平は母に抱かれているけど、父と手を繋いでいる女の子は誰なの? 私の知らない顔よ。

 

「二人ともいつまで寝ているの、起きなさい!」
 お母さんの声ね、私は人間だわ。隣で薫が眠そうに目を擦っている。仁王立ちのお母さんをゆっくり見上げた。
「お母さんの顔、ブタじゃないのね」
「当たり前でしょ、もういい年なんだからたまには自分で起きなさい」
 お母さんは不機嫌に言い残して部屋を出て行った。お尻に尻尾は見えない。
「薫、起きた? この世界はどうなってるの? 私は病院のベッドで昏睡状態よ、それなのに薫と目覚めてるわ。薫だって本当はいるはずがないのよ、ここは私一人の部屋で子どもの時からそうだったわ。だいたいこんな狭いベッドに大人の女が一緒に眠ってるなんて不自然よ」
「だから言ったでしょ、一美は特別なんだって」
 薫が面倒そうに言う。
「特別って意味が分からない」
「だからね、世界を選べるのよ。私も選んだのよ、だから一美が分離手術で生き残ったの。私はそれでいいと思ったけどね、一美はそうじゃなかったのね、昏睡状態になって思い出したのよ。だから今の世界は一美が選んだ世界よ」
「でも最初はブタ人間だったわ」
「混乱してるのよ、なかなか思ったようにならないのが普通。元は人間だった犬に出会ったでしょう、大抵は上手くいかないものよ」
「いつかは昏睡状態の私に戻れるの?」
「そうね、それは何とも言えない」
「薫は私の案内人なんでしょう、そのくらい出来ないの?」
「私は案内するだけよ。本当はこっちの方がいいと思ってるでしょう? 本気で昏睡状態の一美に戻りたいって思ってる?」
 薫はそう言いながら目の前で着替え始めた。腰の辺りに私と同じあざがある。
「私の記憶は向こうが本当の世界だって思い始めてる。こっちには今があるだけで、昔のほろ苦い記憶も、薫と喧嘩した記憶もない。過去がどこにも繋がってないのよ。宙ぶらりんだから死んでるんだか生きてるんだか分からないの。たとえ昏睡状態でもあっちがいいわ」

 

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