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その(6) [小説 < ツリー >]

                                その(6)

 翌朝加代子は身支度を済ますと、「たまには一緒に行かない?」と挨拶代わりに誘った。爽やかな笑顔が不思議でならない。女はどうしてあんなに爽やかに目覚めることが出来るのだろう。昨夜蹂躙した生き物の数を思い出した。                

 加代子が部屋を出て行くと空虚が身を包む。加代子と触れあっている時だけは生きていると錯覚する。俺はとうの昔に死んでいるに違いない。無数の死骸に囲まれ押し潰されているのだ。頭の中にガムランが鳴り響く。終わりのないリズムの繰り返しは宇宙の果てまで響き逃げ場がない。きっと一人一人逃げられないリズムを持っているのかも知れない。

 どんなにあがいても無駄なのだ。また布団を頭から被った。身体とか心とか精神とかいうものがリズムに揺さぶられバラバラになって宇宙の闇に落ちていく。この手とか足とかは誰の物なのだろう。自分の一部だとは到底信じることが出来ない。ガムランのリズムが激しくなればなるほど自分がミクロの細切れになってしまう。果てしない死の道を彷徨っているのだろうか。

 子どもの頃に毎夜夢見たモザイク模様がぐるぐる回りをしながら闇に吸い込まれていく。空虚というのは空っぽではなくてまとまりのない断片のゴミ捨て場なのだ。全ての関係がずたずたに切り刻まれ何一つ繋ぎ合わせることが出来ない。過去も未来も現在もそして自分自身も壊れたジグソーのようになってしまった。
 
 身体が無性に痒くて堪らない。掻きむしり血だらけになるときは全てを忘れることが出来る。蹂躙した生き物の死骸も消えガムランも聞こえない。宇宙空間を一人で漂っていようともこの痒みがあれば耐えることが出来る。死の誘惑を拒んでいるのはこの痒みなのだろう。

 何度か目覚めそしてまた闇に落ち眠る。もう眠ることが苦痛でしかなくなったときようやく身体を起こし、ぼんやりと辺りを眺め何も変わっていないことを確かめる。変わったのは時間だけだが、時間なんて信用できないし目覚めていることだって信用できない。夢の方が余程真実に近いと感じるし、夢の中に確かな現実がありそうだ。

 しばらくぼおっとしていたが、思い立ったように身支度を調え部屋を飛び出した。
なんだか気持ちが落ち着かない。どうしたというのだろうか。時々何かに突き動かされるように行動してしまう。勝手にストーリーが出来上がり、自分は舞台の上で演出家の言うとおりに演技をしている役者のようだ。そういう時は余計なことを考えない方がいい。何をしてるだとか、バカみたいとか思うと一気にブルーの穴に落ち込んでしまう。何かの衝動を感じるときだけが生きている時間なのだろう。

 まるで酸欠になった魚のように喘ぎながら急ぎ足で巨木の下に着いた。白い息が木々の間に吸い込まれ、夕暮れ近い陽光が斜めに差し込み光と影の境界を際立たせる。何かが充満し辺りを包み込んでいる。死に場所としては最高の場所なのかも知れない。この場所にいつも何かを期待してやってくる。

 

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