SSブログ

その(7) [小説 < ツリー >]

世界のナベアツ 3の倍数の時アホになる音声電卓世界のナベアツ 3の倍数の時アホになる音声電卓

 

 

 

                                   その(7)

 混沌という名の期待。混乱した感性。それらが最高潮に達したとき、くるくる回る羅針盤が急に方向を定めピタリと止まる。それが唯一の行動原理なのだ。だがいつもそこには何もない。荒い呼吸がため息になったのを感じながら、加代子が丁寧に並べたタバコやワインを眺めた。落ち葉を踏む足音が聞こえ振り返ると若い女性がこちらを見ている。吸い込まれるように視線が合うと、その女は小さく会釈をしてゆっくり近づいてきた。

「あなたなのね、、お供え物をしてくれたのは」
 祐介は慌てた。衝動の結末はいつも何事もなく無為に終わっていたし、今日も期待は裏切られたと確信していたのだ。狼狽えた自分を繕うことも出来ず自分だと返事をし、偶然この場所を見つけただけなのだと言った。言い終わった瞬間、錆びた巨大な歯車がゆっくりと動き出したような気がした。

「自殺なの。私の妹で紗英と言います」
 返す言葉が見つからず、「そうですか」と言うと俯いてしまった。
「この木は人の命を吸い取るのよ」
 その言葉に驚き顔を上げると真正面から女と視線が合った。まるで無防備と思えるその眼差しが危険な罠なのかそれとも善良な証なのか分からない。吸い込まれるように視線を合わせ続ける不自然さに気が付いて巨木を見上げた。

「あなたも紗英と同じね、きっとこの木に吸い取られてしまうわ」
「どうしてそんなことが分かるのですか?」
「だって、目の色が同じだもの。紗英と貴方が生きて出会っていたらきっと恋人になっていたわ」
 女はそう言いながら近づき、俺の目を見ながら両腕を伸ばし、そのままゆっくりと背中に巻き付けた。今まで味わったことのない香りがする。まるで催眠術にでもかかったように女の背中を抱きしめた。胸が重なり合いお互いの呼吸の動きが伝わってくる。力を入れるでもなく話すでもなくただ黙って抱き合っている。確かなものは何もない。ただあるのは感じる存在感だけなのだ。

 抱きながら状況を理解しようとしたが、何処かに迷い込んでしまった困惑を覚えるだけでただ身を任せるしかない。目に見えない力に翻弄されてしまう不安を感じるが、それよりも女の持つ存在感は瞬く間に思考を停止させてしまった。

「一緒に来てもらえるかしら」
 女は冷静にそう言うとゆっくり腕を下ろし黙って歩き始めた。来た方向とは逆に歩いて行くとやがて視野が広がり、暮れ始めた景色に街路灯の明かりがぽつりぽつりと
見えてきた。この辺りに人家はほとんど見られない。軽自動車がかろうじて通れる程の道をしばらく歩くとようやく古い平屋建ての家が見えてきた。敷地は広く周囲は塀で囲まれている。

 

創作小説ランキングサイトに登録しました。よろしければ下記リンクをクリックお願いします。http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=3967


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0