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その(8) [小説 < ツリー >]

                             その(8)

 案内されて入った部屋は12畳ほどの和室で、一枚板の大きな座卓が置いてある。正面の仏壇はまるで飾り気が無く一段高いところに大きな水晶玉がある。調度品の類はほとんど無く、部屋には不似合いなアラジンストーブと上に乗せられたヤカンがあるだけである。質素だが柱の一本一本が年季の入った色合いで、それを見ているだけでこの家の歴史を感じさせられる。
「妹に線香を一本上げてもらってもいい?」
 そう言われて仏壇の前に座り中を見ると写真立てが置いてある。姉妹とはいえこれほど似ているとは思わなかった。今話している女は幽霊で、甘い罠にまんまとかかったのでなないだろうか。昔見た牡丹灯籠という怪談映画を思い出した。美しい幽霊が男に恋をし、幻影の色香で惑わせ徐々に命を奪っていくのだ。例え見破っても今の俺にはその誘惑に勝てない。不器用な手つきで線香に火を点けたが、こんな所に易々と来てしまった自分が分からない。きっとあの香りのせいに違いない。

 取り敢えず両手を合わせて目を閉じた。目を開け頭を上げると、女も後ろに座り同じようにしているのが気配で分かる。まだ出会って一時間も経たないのに、二人で仏壇の前に座っていると妙な一体感が部屋に漂う。
「ごめんなさいね、突然こんなことになって」そう言うと女は初めて笑顔を見せた。
「その写真が妹の紗英で、私は麻田美緒と言います」女が丁寧に頭を下げた。漂い始めた香りは、巨木の下で抱き合ったときに感じたものと同じだった。
「どうして俺をここへ?」
「貴方のことは前から知ってたわ、桜の木に抱きついているのもね。お供え物を見たとき、あなたに違いないと思ったわ。そして来てくれるような気がしたの」
 そう言うと美緒はお茶の用意を始めた。
「変な女って思っているんでしょう?」
 そう言いながら見せる笑顔は、桜の下で出会った女と同一人物とは思えない。
「俺も変な男って思っているんでしょう?」
「そう、かなり変よね。妹もね、あなたと同じようにしていたわ、そんな女がいたなんて知らなかったでしょう?」
「妹さんも?……俺だけの特別な場所だと思っていたけど……」
「今時はね、変な男の方がいいのよ、本当に変なのはまともに見える男たちよ」
「そんなに変?」
「 自分でも分かるでしょう……。何もかもが見えたような気がするけど、見ようとすると瞬く間に消えてしまう。だから、手がかりを探そうと懸命になってるの。一番確かなのは肉と肉が触れあう瞬間だけ。あなたが生きてるのはその瞬間だけね。」
 随分好き放題言う女だと思ったが不思議と腹は立たない。言われてみると本当のような気もするし、どこか違うような気もする。
「そんなとこかなぁ」と、適当な返事をした。
「美緒さんは変じゃないの?」
「きっと変ね、、そうでなきゃあなたを此処に連れてきたりしないわ」
そう言うと笑顔を見せたが、その笑顔は寂しげなものを感じさせた。

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